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青い世界と、きみが  作者: ひろい
なぜ青く、なぜキミなのか?
31/61

#30

「まぁ、確かに暑いね。気象制御装置が働いていたときは毎日毎日同じ天気でウンザリするななんて思ってたけど、働いてないならないで決行不便なものなんだね」

「そんなこと言っても、少し暑いだけで別に天気は毎日晴れじゃないですか」

 その通りだった。それにぼくは少し思いつき、

「確かにそうだね。なら、雨が降ってないだけまだマシなのかな」

 ふと、未由からの返答が滞った。

「……未由?」

 未由は空を、見上げていた。

「雨、いいじゃないですか」

 四角く切り取られた、青い空を。

「雨くらい、降っていいんですよ」

 以前も見た、公園の中心で一人空を見上げる姿を思い返していた。


 未由は時に、一人で空を見上げる。

 ぼくは幾度か、その姿を見かけていた。そんなに多いわけじゃない。そもそも未由とぼくが触れ合うことが出来るのは、昼休み時間でのこの中庭、わずか五分足らずのことなのだから。

 一度は、偶然。帰路の中途から公園を眺めた際、そこに、いた。ぼくは思わず移動エスカレーターを降りて駆け出し、その公園の入り口まで着て、そこで、立ち止まってしまった。

 彼女の心に、気づいてしまったから。

 そこで、動けなくなってしまって。

 一度は、必然。ぼくはたった一度だけ、中庭に降りていくのが遅れた時があった。理由なんてもう覚えていない。あまりに繰り返しの日々の中、些細なことは忘れるように脳が努力してしまっているようだったから。

 遅れてきた先で、あの子は空を見上げていた。

 最初ぼくは、声をかけられなかった。その姿が、あまりに崇高で。あまりに儚くて。時間が止まったような感覚に、動けなくなってしまっていた。

 そのあまりの美しさに、見とれてしまっていて。

「さぁ、どんどん進みましょうっ!」

 潔子ちゃんが先陣を切って、山を登っていく。それをぼくは別のことを――未由のことを考えながら、見ていた。

 結局未由に、悩みのことは話せなかった。

 結局未由を、この部活動に誘えなかった。

 それがぼくの未由病に拍車をかけていた。未由病。自分で言っておいて、頭が痛くなるセンスだと思う。未由もいい迷惑だろう。だけどこれは実際一種の病気だとも思う。かかると、いてもたってもいられない。24時間そのことが頭から離れない。

「透ちゃん」

 いきなり、後ろから声をかけられた。

「――な、なに?」

 多少どもりながら応えると、声の主――鶫がぼくの顔を覗き込み、

「どうか、した?」

 その――曇りがないこちらの体の中の骨や内臓まで見通すような瞳に、背筋が凍りついた。

 それは以前、彼女の家まで尾けていった時に見たものと、同じだったから。

「は……いや、べ、別に、なにも……」

「どうかしたん、でしょ?」

 断定系の口調と、表情のない顔。

 そしてガラス球のような瞳。

「……ど、どうしたんだよ、鶫」

 思わず両手で、その肩を掴んでいた。

 すると鶫は、唐突にフニャッ、と笑った。

「? わたしが聞いてるんだよ? 透ちゃん、元気ないから」

 それにぼくも、我に返る。

「あ……う、うん。いや、最近ちょっと疲れててさ……」そして定番の台詞を口にする。ずいぶん、久しぶりに。

「おばあちゃんは、元気?」


「死んだよ?」


「――――」

 耳鳴りがする。

 嘘だという声がぼくの意思とは別に心象世界に木霊した。同時にそれは言葉には出さない方がいいというやたら冷静な声がそれに応えた。ぼく自身は、何も考えられない。考えが浮かばない。とにかく情報の整理だと理性が語り、それよりも真っ当に驚くべきだと感性が

「死んじゃったよ?」

 鶫が顔を、寄せてきていた。

 割れる、と不意に思った。

 壊れる。バラバラになる。ここまで築いてきたものが。そんな予感と恐怖に、心が震えた。ここはぼくにとっての、楽園だった。みんながいて、意味がなくても集まって、喋って、笑いあって、そして未由と会って。帰れば圭子さんが待ってくれて、今は温かくこそないが食事があって、眠ることが出来る。それだけで、ぼくは十分満足だった。そんな日々が、ずっと続いていってくれればいいと願っていた。

「――鉤束さん?」

 潔子ちゃんの声が上のほうから聞こえてきた。なかなか登ってこないぼくたちを心配して、見に来ているのだろう。

 それにぼくの思考が、高速回転する。

 この場合、潔子ちゃんたちが来るのはプラスなのかマイナスなのか? 現状最悪なのは、このまま鶫がおかしくなり、そこからぼくたちの絆に亀裂が入り、そのまま瓦解して個へと戻ってしまうことだ。それだけは絶対に回避しなくてはならない。ならばこの場合潔子ちゃんたちが来ることはマイナスだろうか? 鶫がおかしくなるとして、そのことを隠しておけば少なくとも潔子ちゃんたちとの仲がどうこうなることはないのだろうか? しかしその場合鶫を清子ちゃんたちの目に付かないところに隠しておく必要性が出てくるのではないか? となると実質それは不可能ということになる。だとすれば潔子ちゃんたちが来るのはプラスに働くのだろうか? おかしくなる前に鶫の暴走を止め、なんとか絆を取り持つ。しかしそれも難しい話なのではないか? 鶫はここに来る前から、既におかしくなっていた。それがいつからなのかすらわからない。それを、たとえ誰が来ようとも――

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