#27
「……なんだ、透。転校生と聞いて、驚いたのか? まぁ、無理もないがな。実際、初めての転校生だからな」
初めての転校生も何も、この状況でこの場所で転校生なんてありえるのか? いやそもそも誰が来ようとこの施設が学校という呈を成しておらずかつこの集まりがクラスというものでない以上誰がどういう形で訪れ参加しようと転校生という呼び名にならないのでは――
「では入ってもらおう。潔子くん」
――潔子、って?
思考を止め、視線をズラして要が指差す扉の前へやると、
「初めまして、こんにちはー。潔子でーす」
本当にそこには、長身でポニーテールで愛想のいい笑顔の、快活そのものといった女性、潔子ちゃんがいた。
ホントに、いた。
「き、きよ、こ、ちゃん……?」
声が裏返りながら声をかけると、潔子ちゃんは笑顔にプラスして手も振ってきて、
「あ、鉤束さーん。どうもご無沙汰してます、潔子でーす。今日からこのクラスでお世話になります、よろしくお願いしまーす」
「って、本当に?」
「本当でーす」
さらにピースサインまで作る潔子ちゃんに、すぐに未由のことを連想した自分に、嫌悪感すら沸いた。
彼女は未由の、マスコットやおまけなんかじゃない、と。
これでぼくたちは、五人の仲間になった。
ぼくと、要と刀耶と、鶫と潔子ちゃん。男が三人と、女の子が二人だ。地味なのが三人と、明るい子が二人だ。輪を大事にするのが二人と、未ペースなのが二人と、リーダーぽいのが一人。そう考えればバランスが取れてるのかもしれないと思った。
その中に未由が入れないかとも考えていた。
だけど同時に、未由はそのまま一人でいて欲しいとも思ってしまっていた。
ぼくは自分の心が、だんだんと信じられなくなってきていた。もっといえば、自分の本当の姿を見せ付けられている心地になっていた。
この青い世界が機能していた時、ぼくは自分こそがより優れた人間だと考えていた。
だけどそれこそが、その考えこそがそもそも根本的に間違っていたことなのだと、最近わかってきた。理解してきた。
ぼくは何も、わかっていなかったのだと。
「今日の部活は、みなから意見を聞きたいと思う」
そして要は、突然みょうなことを言い出した。
「……どういう意味だ?」
ぼくは最前列教卓の前という定番の位置で、眉をひそめた。すると要もこれまた定番の笑みを浮かべて、
「他意は、ない。そのままの意味さ。これまでは俺が独断と偏見で内容を決めてきていたからな。しかしこの部活動も、始めてからもう三ヶ月だ。そろそろみなの自主性を鑑みてもいい頃かと思ってな」
「じしゅせー?」
鶫が子供っぽく繰り返した。最近の鶫は、少しづつおばあさんのこと以外にも興味を持っているようだった。それを喜ぶべきかどうか、今のぼくには判断できなかった。
「そうだ、自主性だ。自分で物事を決めるんだ。どうだ、出来そうか?」
「うん、やってみる!」
そして前向きだ。その姿勢だけでも見習わなければならないと、ぼくは少しだけ思った。
最近ぼくは、あまりに様々な発見があったため、今までのこと――主にぼく自身を、信じられなくなりつつ、あったから。
「自主性って、いいですよねー。自分で物事を決めるって、流されない自分の流儀を持ってるって感じがして、素敵ですよねー」
それに表情をほころばせたのは、潔子ちゃんだった。手の平を合わせて、声をあげている。上機嫌だ。でも基本潔子ちゃんに関しては上機嫌なところしか見たことがないけど。
「そうか、気に入ってくれてよかった。では、早速意見を聞こう」
『…………』
そこまで盛り上がっていながら、しばらく降りたのは沈黙だった。意見を求められていながら、誰も発言しない。それは結局、誰かが決めてくれるのを待つ発言だった。
慣れないことには、みんな咄嗟には反応できなかった。
「……じゃあ、」
それに最初に反応したのは、最後に入ってきた潔子ちゃんだった。
みんなの視線が集中する。鶫は笑うのをやめて、刀耶はいつもの無表情で、要までその見守るような雰囲気を消して、まるで値踏みするように潔子ちゃんの様子を見つめていた。
潔子ちゃんが、口を開く。
「みんなでお料理……なんて、いいんじゃないんでしょうか?」
それに最初に返答したのは、鶫。
「でも……それって、前にやったよぉ?」
刀耶まで、珍しく口を開く。
「それをもう一度、やる意味はあるのか?」
今度は、少し気まずい沈黙。一番あとに入ってきていながら最初に発言し、そしてその意見を否定された潔子ちゃんはもちろんのこと、それをした鶫と刀耶まで微妙な空気を作り出していた。それをぼくは、戸惑いを持って見ていた。