#24
それにぼくは、何も答えることが出来なかった。
ぼくに必要なのは、時間だった。あの子と再び、近づくための。あの奇跡のような、時を過ごすための。
「優先順位をつけて、考えることだ。お前にとって何が本当に大切か、をな」
ぼくの考えを見通しているかのように要は微笑み、
「今日は、なにもしない」
「――は?」
一瞬、聞き間違えかと思った。沙紀もポカンとして、刀耶は膝を抱えてぶつぶつ言っている。いつも通りだ。そう考えればぼくが驚くのもいつも通りといえなくもなかった。
そして要もいつも通りに、泰然としていた。
「休みだ。これも必要なことだ。各自、好きなことをしろ」
「そ、そんなこと言われたって……」
突然の展開に呆気にとられるぼくを残し、要は去っていってしまった。
ぼくはただ、途方に暮れる。
好きなことを、と言われても――
咄嗟に周りを、見回す。当然のように目に入るのは、刀耶と――
「鶫……」
「はじめちゃん、いっちゃったねー」
先日のことが、頭をよぎる。鶫に変わった様子は見受けられない。まるで昨日のことが悪い夢かなにかだったように考えたくなる。だけど世の中、そんな風に都合よくいってくれるわけもない。
間違いなく鶫は、鶫のおばあちゃんは――
「うーん、どうしよっか透ちゃん?」
まっすぐ、ぼくの目を覗き込んでくる。それにぼくは、咄嗟に目を逸らした。
一瞬だが、鶫のことが本当に怖いと思えた。
こんなこと、一度だってなかったのに。
「んー、刀耶ちゃんは……」
「――――」
視線を注ぐが、もちろん刀耶が沙紀の言葉に答えるはずも無い。それどころかその呼びかけを合図とするように立ち上がり、そして普段は見られないようなしっかりとした足取りで扉へ向かい、そのまま廊下へと出て行ってしまった。
沙紀もまたそれを見届け、
「んー、それじゃあわたしはぁ……」
なんて呟きながら、同じように反対側の扉へ向かい、同じように廊下の先へ消えていった。
あっという間に、気づけばぼくは、ひとりになってしまった。
これからぼくは、どうすればいい?
「…………」
仕方なく遅ればせながら、ぼくも廊下に出た。既にふたりは、その姿を消していた。またもぼくは、途方に暮れることになる。教室は息が詰まるから、あまり居たくはない。
好きなことをする。
見当もつかない。
「――――」
窓から中庭の時計を確認したが、昼休みまではまだ時間があった。中庭じゃない気がした。
初めてのことだ。
ぼくは、施設内を散策してみる気になった。
「…………」
考えても、答えなど出るはずも無かった。これが正解なのか。ぼくがすべきことなのか。好きなことなのか。答えてくれる人間は、この場には誰一人として、存在しなかった。
歩く。思えば初日にあれだけ歩かされたのはいい経験だったように思う。おかげで文明の利器がほぼ死滅した現在も、とりあえず滞りなく日々を送ることが出来ていた。だがそれがどれだけ役に立っているかと問われれば、それは疑問符が浮かぶところではあったが。
施設内はどこまでどこをいこうとも、同じような風景が続くだけだった。無機質な、ヒトがいない機械だらけの伽藍洞な空間たち。まるで巨大なパイプの中か、もしくは機械の巨大な動物の胃袋の中にでもいるような心地になる。
息苦しい。窒息しそうだ。初めてそう、実感した。
――どうして、残るのよ?
ふと、岸辺の言葉が脳裏に蘇った。彼女は言っていた。どうやっていくかは、まず行動してから考えればいいと。それにこうも言っていた。ぼくは、何もかも保障されて、決められていないと動けないのかと。
それに今のぼくは、答えられるのだろうか?
もし否というのなら、やはりぼくは人間ではなく、ただプラグラミング通りに動くだけのロボットだったりするのだろうか?
「どうして、どうして……」
ぼくは歩きながら、呟いていた。そういえば要は繰り返し問いかけていた。考えろ。考え続けろ。思考を止めるな。ぼくは考えた。事ここに至って初めて、本気で本当に考えていた。
どうしてぼくは?
なぜ今ここで?
好きなことは? なにがしたくて? どうして?
答えなど、ひとつとして出ることは無かった。確かに正直驚いたけれど、肩を落とすような事も無かった。だってひとつとしてぼくは答えを出せないのだという現実を、知ることが出来たのだから。
ほんの僅かだが、嬉しかった。生きていると感じることが出来た。
そして好きなことは? という問いを40回ほど繰り返した末、脳裏に過ぎった事柄があった。
「未由……」
窓から、中庭を見下ろした。
潔子ちゃんを見かけた。