#20
ぼくと違う対応に、その時初めて気づいた。要はぼくには、もっと自分らしく、人間らしく振る舞うよう、振る舞えるよう導くように話すが、沙紀に対してはただ尋ね、そして微笑み、肯定するだけだ。
それは果たして、やはり沙紀が自分を持っているからなのだろうか? ぼくが自分を持っていないからなのだろうか?
しかし、だとするなら沙紀にもいちいち答えを求めるのはなぜなのだろう?
自分を持っているとするのなら、もはや尋ねる必要も――
「お前は、なぜ周りばかり見るんだ」
不意の問いかけは、咄嗟に自分へのものだということを理解させるのを数テンポ遅れさせるものだった。
まだまだぼくは、現状に対応しているとは言い難い。
「……周りばかりって、どういう意味だよ? それって――」
「お前には、わかっている筈だ。透」
真っ直ぐな視線が、痛かった。
まるで目を逸らすな。わからないフリをするな。逃げるなと、糾弾されているようだったから。
いや、そうじゃない。ただぼくは純粋な瞳に怯えていた。
なぜなのかは、その時のぼくはわからなかった。
「……お前は、自分が見えているのか?」
逆にぼくは、尋ねていた。意図したものじゃない。
きっとぼくは、無意識のうちに求めていた。そこに潜む、答えに。
なにが正しいのか。自分の進むべき道なのか。
それを、教えてくれることを。
「自分が見えている人間なんていないさ」
期待は軽く、裏切られた。ふと襲う失望感。だが要はぼくから目を逸らすことなく、
「だが、それが問題なわけじゃない。問題は、自分がどうしたいかを求め、考え続けることだ。自分のことなんてわからなくたっていいんだよ」
「それって、矛盾じゃないのか? 自分が見えずに、自分がどうしたいかなんて……」
「わからないさ」
なぜそんな風に快活に笑うことが出来るのか、要一という男の底が知れなかった。
なのになぜか、怖いという感情は浮かばなかった。
この男の傍にいると、なぜかいつも不思議な安心感に包まれていた。
「だが問題は、何度も言うが求め、考えることなんだ。その意味がわからなくてもいいし、別にオレのいうことに従う必要も無い。だけどオレは言い続ける。なぜならそれが――」
「お前がしたいことなのか? 要」
ふと、ぼくは遮る形で言葉を挟んでいた。ハッとして、これまた無意識に口元を抑える。
そんなぼくを見て要は笑う。
ただ、満足そうに。
「なんだかはじめちゃんもとおるちゃんも、楽しそうだねー」
「……要はわかるけど、ぼくも楽しそうなのか?」
沙紀の言葉に眉をひそめると、鶫はいつものように楽しげに微笑んだ。
「うんっ、だからわたしもすっごく楽しいよー」
だったらいいかと、初めて納得出来た気がした。それが正しいかどうかの判断は、未だつかなかったが。
チャイムが鳴った。
「あ、」
ふと、ぼくはそれに声を漏らした。
あれからもぼくたちはサバイバルゲームを続けていた。刀耶との乱射戦は、正直生きた心地がしなかった。ゲームなんだから一発当たったら死んだフリしろなんて説教はもちろん通じるわけも無い。それどころか免罪符を得たとばかりにものすごい勢いで突っこんできていつもの透ぅ~トオルゥゥゥゥウウウだし。
そんなこんなんで一通り全員と撃ち合い逃げ合い隠れ合い撃ち合いを二周ほど演じたあと、
「チャイムだねぇ」
鶫の言葉に、ぼくはハッと我に返る。
「あ、あぁ……そうだね」
滑稽だった。もはや都市機能はマヒしており、施設も形骸化しているというのに、チャイムだけは鳴り続ける。
このチャイムは、なにを告げるというのだろうか? 学習もなく、つまりは休憩時間という概念ももはや消失している。つまりは一切の時間の垣根はなく、ただ日が昇り、沈むことだけが日々の変化だけなのだ。なのに――
「昼休みの時間だな」
その疑問にまるで答えるかのようなタイミングで、要が呟いた。
「――――」
その言葉に、瞬間ぼくは動けなくなった。昼休み。その言葉が脳裏で何度もループする。
昼休み。午前と午前の合間。昼食のための中休み。学習を中断し、一時的に行動の制限が緩和される隙間のような時間帯。
その時に、ぼくは――
「よし、サバイバルゲームは中断して、食事にしよう。沙紀も透も、食事は持参してきたか?」
「わたしは持ってきたよー」
「よしよし、よく出来たな。じゃあ透は……透?」
ハッとした。