#01
施設と呼ばれているものがある。
街の南東、ぼくの家から見て縦に街を分断して線対称に位置する建物だ。入り口から五十メートルほど離れてなんとか全体を視界に収められるていどの広さで、外観は、あえて例えるなら刑務所が近いだろうか。周囲は鉄柵に囲まれ、分厚い鉄筋コンクリートが幾重にも重なっているさまは、なかなかにキテるところがある。さらに規則も設備も、ついでに中にいる連中も入ってくる連中もなかなかにキテるという、そんなキテるところ。
それがぼくが毎日、学校の代わりに通っているところだった。
「おはようございます、透さん」
一階に降りると、いつものように圭子さんが声をかけてくれた。それにぼくは、微笑みを返す。
「おはようございます。今日も、いい天気ですね」
窓の外からは、眩い日差しが差し込んでいた。今日も天気は、晴れ。傘の出番はなく、洗濯物はよく乾き、災害の心配もない。いいこと尽くめだ。今日も空は、青い。
「ええ、ほんとうに。実際世間じゃ色々言われてるけど、気象がコントロールされてるというのもまんざら悪いことばかりじゃないわよね?」
「そうですね」
圭子さんの言葉に、ぼくは曖昧な笑みを返す。食卓には、既に朝ごはんが並べられていた。トーストに目玉焼きにベーコンにレタスにトマトに牛乳。全て焼きたて、注ぎたてものもの。実に理想的な朝食だ。
「今日も、とっても美味しそうですね。本当に、毎日ありがとうございます」
「あら? なに言ってるのよ、透さんったら。子供はそんなこと、考えないものよ?」
笑いながら圭子さんはそう笑ってはくれるものの、こちらとしてはそれにただ単純に甘えるわけにもいかなかった。なにしろぼくはもう、子供というには相応しくない年齢なのだから。
「さあ、早く食べましょう。ご飯は出来たてが一番よ?」
「はい、いただきます」
談笑を交しながらの美味しい食事は、温かかった。
無機質で冷たく、重苦しい雰囲気に包まれていた。
縦に七列、横に四列で、総勢二十八人の生徒が等間隔に理路整然と並び、座っている。それは左前方から背の低い順に始まり、右後方の巨人に帰結する。残念ながらぼくは中途半端な真ん中右手後方の席だ。学年というよりこの場合年齢は、三歳から七十歳までが集まっている。幅広い。それなのに、知り合いは酷く少ない。片手の指で事足りてしまう程度だ。人と共にいるのに、ひとりの時よりもより孤独を感じてしまう空間。
それがぼくが毎日学習を行う、教室だった。
施設の中は、全てがオートマチック化されている。扉は自動ドアで統一されており、階段はなくエレベーターが上下階を繋いでいる。そして、廊下を含めて一切窓はない。天井付近の換気扇と空調設備が完璧にコントロールしているが、正直重苦しい感じであることは否めない。床はリノリウムで、歩くとカツカツと硬い音が響き渡る。
「…………」
午前10時27分、現在。教室内に私語は一切無い。
それどころか、必要最低限の会話も存在しない。前方の元来教壇と教卓があるべき場所には、丸机とその上に載る回転式のモニターがあるだけだ。
少し作業の手を止め、辺りを見回す。
生徒たちは皆、脇目も振らず前方の机の上に置かれたものを凝視していた。そこには、平方形のモニター。そして手元には、キーボード。左手にはハードディスクが鈍い稼動音を響かせていた。学習はすべて、このデスクトップ型のパソコンによって行われる。
だから生徒たちはこれを、元来そうあるような授業とは呼ばない。ただの学習。パソコンにプログラムされた作業をただこなしていくだけのもの。教授されるものは一切無い。左右を見ることすら、ほとんど許されていない。事実それを行えば――
『――警告。ナンバー2911。現在学習が効率よく行われておりません。直ちに不必要な作業を中断し、学習へ戻ってください。繰り返します』
繰り返さなくていいよ。
ぼくは心の中だけで呟き、視線を目の前のモニターに戻す。そこには意味を成さない言葉と数字の羅列。まったく頭に入ってこない。いや、意味はわかるが、意義がわからないだけだ。なぜこんなことを、繰り返さなくてはならない?
だけど指は自動的に、正解と思える言葉と数字をタイプしていた。
以前よりも、自発的に考える力が低下しているように感じる。
チャイムが鳴った。それにより、まったく同時に全てのデスクトップパソコンの電源が落とされる。人の都合なんてお構いなしだ。決められた時間に決められたことのみをこなせばそれでいいという態度。まるで、機械に対するそれだ。
一斉に立ち上がる生徒たち。そして各々、まったく無個性に同じように席を離れ、廊下に出て行く。昼食時間。みんな、食堂でまったく同じ定食をとるのだ。
不満は、ないのか?
ぼくは心の中で呟き、みんな一人残らず出て行くのを待ってから、席を立った。そして残念なことにみんなと同じように廊下に出てから、みんなが行った方向とは逆に向けて歩き始めた。