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青い世界と、きみが  作者: ひろい
それは序曲であり、単なるはじまり
19/61

#18

 鶫を他人というほど薄情な人間じゃない。だけど、仲間なんていう単語が出るような仲のつもりも、なかった。確かに知り合いではあっても、しょっちゅう会うわけでもないし、ましてやその単語が指し示すような一緒に何かをするような間柄でもない。

 ぼくの疑問の声に要は、

「仲間だ。お前と沙紀、それに俺と刀耶は、他の奴らとは違うだろう?」

 その言葉が、ぼくの胸の奥に沈みこむ。確かに、違う。他の、まるでロボットのような人間たちと違い、いつもおばあちゃんのことばかり気にかけている夢見がちな鶫と、ぼくに適切な指示をくれる要と――

「くく……く、ハッ、ハッハッ、ハァ、ハァ……ハハ、ハ、ハハハハハハハッ!!」

 こんな愉快な笑い方をする刀耶という、非常に個性的な面々なのだから。

「……刀耶」

 さすがに気後れしてしまう。刀耶は彼自身のクラスである461号室で、一人机にしがみついていた。口元から涎を垂らし、顔の側面を天板にべったりとつけ、うめき声と雄たけびのような笑い声をあげつつ。もはやちょっとしたアレな人のレベルだ。興奮して俺の机に身を乗り出すこの男の行く先は何処にあるのか、ぼんやりとした頭の中でも危機感を持って考えるようになってきていた。

 刀耶の状態は、日に日に酷くなっているようだった。

 ぼくの囁きを耳に留めたのか、刀耶はその顔をゆっくりと上げ、

「……透、かァ……透、透ぅ。俺、俺ぁ、さぁ……今、すごく、たまらなくて……だから、俺は……俺は、さぁ……!」

 涎が口元からアゴを辿って机へと糸を引き、真っ赤に充血した瞳がこちらを覗き込んでいるのは、もはや近づきたくない関わりたくないと思わせるほどのレベルだった。

 どうしようかと、いつものように二人を見回す。

「とーや、ちゃんっ。あーそびーましょー」

 鶫はやっぱりなんの躊躇も無く刀耶が座る机の脇に立ち、話しかけていた。刀耶の様子に、気後れも何もしていない。そして、気安い口調。

「あ……? 誰、おまえ……」

「さきだよー」

「サキ?」

 二人の会話はいつ聞いても、興味深い。毎回のように鶫のことを忘れる刀耶と、それを気にもせず教える鶫。

 そして、

「サキ……鶫、沙紀か。なんの用だ?」

 鶫の名前を認識し、言動が正常のそれに戻る。そしてそれを見定めてからのように、要が前に出る。

「何の用かとはご挨拶だな、刀耶。今日もお前を、進むための旅に誘いに来たというのにな」

「進む……? なんだ、どこに進もうというんだ、お前は?」

 ほとんど内容が変わらない会話。そして要はいつもの言葉を発した。

「生きるためのだ。人として」


 人として生きる。

 その言葉に、ぼくは惹かれるものを感じていた。だから、ついていった。もちろん他にもやることがないという理由もある。それに人と繋がっていたかったという理由もあるのかもしれない。なんだかんだ賢こぶったり強がったりしていても、結局はぼくも弱いただ一人の人間だということなのかもしれない。

「今日は、どうしようっていうんだ?」

 刀耶も一度まともになれば、ぼくたちと一緒に行動している時はかなりまともな対応が出来るようになる。それがぼくには、いつまで経っても不思議だった。最初会った時の症状は悪化の一途を辿るばかりなのに。だけどぼくの名前を繰り返し呼ぶことと、そして沙紀のことで認識し、そして要と会話をするという事実は、なにかを指し示しているということなのだろうか?

「毎回、楽しいだろ?」

 要の言葉はいつも、人を喰っているようなところがあると思う。聞く人が聞けば、機嫌を損ねる可能性があるだろう。幸いぼくたち四人の中には、そういう類の人間はいなかったわけだけど。

「楽しいよー」

 鶫みたいな、無邪気でいい子ばかりだ。

「まぁ、そうだね」

 もしくはぼくみたいな、ろくに抗おうとしておきながら自分の意見を持ってこなかったために従うことしか出来ない人間だ。

「楽しいか?」

 要がぼくの顔を覗き込んでくる。それに少し、ドキッとする。

 要は考えなしのなし崩し的な答えは、許さない。

 それにぼくは、思考を開始する。いわれたことは、この行為。求められているのは、この行為だ。思考を日常化させる。今まで曖昧無味に生きてきたぼくにとって、それは容易いことじゃない。

 だけど、やりたい、やらなくては、いけない。

 人として、生きるために。

「そうだね……楽しいかどうかは、正直まだ、よくわからない」

 考えた末の結論が、それだった。ぼくはあまり、そういった感情が揺れることがない。日々の暮らしに違和感や納得のいかない思いをしてきてはいても、それが明確な憤りや不満といった形を成したことは少ない。そしてそれは同時にプラスの感情の振り幅の狭さにも繋がっていた。

 ある一つの事象を、除いては。

「そうか。だけどこれから、楽しくなると思うぞ?」

 そう笑って、要は顔を離した。少し、ホッとした。よく考えればこんな風にこちらの反応を見る、確認されることなんて、今までなかったように思った。

 試されるというのは、こういうことなんだろうか?

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