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青い世界と、きみが  作者: ひろい
それは序曲であり、単なるはじまり
18/61

#17

 失望、そして絶望感が体を支配する。またも無視されるのかという沈痛な思いが心を支配し――

「……はい、大丈夫です。先輩は、無事……みたいですね」

 一瞬の間。

「……う、うん。とりあえず、五体満足……だけど?」

 意図がつかめず、手探りな返答になってしまう。そんなやり取りをしているぼくらの間で、

「……フフッ」

 潔子ちゃんが、前触れなく笑った。

「な、なに? きよちゃん」

 戸惑うぼくに、潔子ちゃんは笑みを崩さぬまま、

「……鈎束さん、鈍いですね? 未由ちゃんは今の、鈎束さんのことを心配して訊いたんですよ? 都市機能が、停止しちゃったから」

「あ……」

 その言葉に、ぼくは無様に声を漏らした。そういわれて初めてぼくは、現状の危険度を実感した。確かに今までなにもかもが供給され、自動化されていたものがある日突然なにもかもストップするということは、それだけで壊滅的なほどの危機的状況なのだ。例えていうなら大事に育てられていた幼児が、いきなり路地に放り出されるような。

 そんなことも理解していなかったぼくは未由の言葉を、てっきり元気か、と同じくらいの意味として捉えていた。

「そ、そっか……わ、悪いね。心配させてた、みたいでさ」

「……別に。そんなの、潔子先輩が勝手に言ってるだけですから」

 逸らされた視線は、戻らない。表情も口調も、そこに以前と変わったものは見つけられない。だからそこから、潔子ちゃんが言っていることが正しいという確証は得られない。

 結局、この子の真意は、わからない。

「そ、そっか。まぁ、その、なんだ。何にしても、あ、ありがとう……」

「……どうも」

 結局最後まで、ぎこちない空気は解消されないまま、

「じゃ、未由ちゃん。行きましょ」

 呼びかける潔子ちゃんに従い、この子はぼくの目の前から、去っていった。別れの言葉を告げることも無く、そして一度も、振り返ることもなく。心配してくれてたかどうかも、そしてならば何故態度を変えたのかも、ここに来なくなった理由も、今日に限って姿を現した理由も。

 ぼくは、一切の判断がつかない状況に、胸中激しく揺らいでいた。


 あれから施設内でも、人と話をするようになった。

「今日も授業なァい、テストなァい、文句言われることも叩かれることもな~い」

 鶫はひとり、自分のクラスの自分の席で唄い、足をバタつかせている。

 周りに生徒は、誰もいない。先日、自宅待機命令が降りてからはこの施設内ですら人は姿を、消していた。

 それと相反するように、今までろくに学校に来ることがなかった彼女がちゃんと席について足をバタバタさせて愉快な自身作詞作曲であろう歌を楽しげに唄う様は、どこか皮肉げというか、なんというかこの退廃した世の中の様相を感じさせるものだった。

「ご機嫌だね、鶫」

「うんっ」

 にっこり花丸笑顔で、こちらに振り返る。その無邪気で楽しげな様子に、こちらまで嬉しくなる。わざわざぼくのとは違うこの教室までやってきたかいがあるというものだった。

 ぼくが今ついているのは、鶫の席の一個前の席だ。椅子を右にして、体を横にして座っている。

 こんなことをしたのは、初めてのことだった。

「今日はおばあちゃんは、どう?」

「も、さいっこぉ~~~~!」

 目を瞑り、足に加え手も握り締めてバシバシとテーブルの天板を叩き、喜びを爆発させる。少し、驚く。こんな激しい一面が、あったのかと。だけどここひと月で、それも少しだけ見方が変わった。

 彼女は元来、こういう性質を持っている人間なのだ。

 そしてそれは、周りに人がいない時に発揮されるものなのだ。

「透ちゃんは、楽しくないのー?」

 ニコニコ笑顔を見ていると、こちらまで楽しくなってくる気がした。

「そうだね。鶫が楽しそうなのを見てるのは、楽しいかな」

「まったまた~!」

 バシっ、と背中を叩かれる。ここまで来るとキャラが変わってる気までしてきた。でも、それでもこんな時に楽しそうに話が出来るというのは、貴重な気がした。

「そういえば、もうすぐだねー」

 その言葉に、ぼくも頷き返す。

「そうだね。じゃあ、そろそろ行こうか」

「うんっ!」

 鶫の精神状態は、徐々に安定してきているように感じた。

 もう一人の登校している引きこもりの元へ、ぼくたち二人は連れ添って歩いた。とちゅう鶫が手を繋いでのスキップを申し込んできたのにぼくは躊躇したが、結局受けることにした。無人の街中で、何を恥ずかしがる必要があるというのだろうか?

 ぼくを必要としてくれるのなら、応えたい。

「仲がいいな、お前たちは」

 よく考えればこれから人に会いに行くということを失念していた自分を殺してしまいたいとほんの少し本気で思った。

「い、いやその、こ、これは別にそういう……」

「仲イイよ!」

 鶫は完全に無邪気キャラへと変貌を遂げていた。要の言葉の裏を勘ぐる事もなく、素直に肯定している。ぼくは少し、頭を抱えたくなった。いくらなんでも変わりすぎだろ?

 要はそんなぼくたちを生暖かい笑顔で見つめ、

「仲がいいことは、なによりのことだ。この時代、仲間との協力はなによりの力になるからな」

 少し、意外な言葉が。

「仲間、か?」

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