#15
ノックもなしに要はドアノブを回し、侵入した。それにぼくは、少しだけ危惧を覚える。失礼な物言いだが、鶫ならまだいい。だけど刀耶の場合は、危険が生じる。なにしろ刀耶という人物は、少しキテいる側面がある。逆上とかされて、なんらかの攻撃などを受けなければいいが。
そこまで考えてぼくは初めて、こうして要が他者の住居に易々と侵入出来ている理由が、今まで機能していた指紋及び虹彩認証システムが電力供給が断絶されてしまったためにダウンしているせいなのだということに、気づいた。こうなると旧式の鍵文化もバカにできないものだ。
刀耶は部屋の隅で、膝を抱えていた。
「――――なんだ?」
反応は、視線を送ってからたっぷり4秒はかかった。
その瞳は、暗く淀んでいた。学校で見る以上の、奇怪さ。少し、気持ちが引く。
隣を見る。鶫はそれでもニコニコしている。今までの付き合いから、おばあちゃんのことを考えているのではないかと推測する。そして要もいつも通り無遠慮に、刀耶に近づいていった。
「用事があってな。オレは要一だ。お初にお目に、かな?」
手を差し出す。しかし刀耶にはそれに応える様子はない。そして要もそれに、笑みを絶やす様子はない。
「無愛想だな。そんなんじゃこの時代、生き残っていけないぞ?」
手を引っ込め、背筋を伸ばして居高気に刀耶を見下ろし、
「ベヒモスの塔が倒壊して、二週間経つな」
「……何の話だ」
「お前は生き残りたい側の、人間なのか?」
「……生き残りたい?」
意味を掴みかねる言葉と質問の羅列。それに刀耶は眉をひそませ、反芻するだけだった。体勢を変えることもしない。それをぼくはじっと見つめていた。要の考えがわからない。鶫も、同じようにただ事の成り行きを見守っていた。
「そうだ。生き残りたいか、生き残りたくないか、だ。お前はどっちだ、刀耶?」
少しの間、刀耶は考えていたようだった。
「……俺は、ただ、ただ……傷つけたい」
刀耶は以前ぼくと交わした会話を繰り返し――震え出した。
「声が、聞こえるんだよ……内側から、体の中から、心から声がさ……傷つけろって。傷つけろって。周りみんな傷つけろって殴れ蹴れ刺せ切れバラバラにしろってさあああああああああああああッ!!」
叫び――何の前触れもなく目の前に立つ要に、飛び掛っていった。
「か、要っ!」
いきなりの襲撃に、ぼくは慌てて声をかけた。
しかし当人である要は直立不動のまま驚く様子すらなく、それを受け止めていた。
要はその体にしがみつき、その首筋に歯を、突き立てた。
「な――――」
「はじめちゃん」
その光景にぼくは息を呑み、鶫もその名を呼んだ。刀耶は両手両足で要の体を拘束し、その歯をぎしぎりとめり込ませている。そしてそこから、大量の血液が吹き出ている。
それでもなお、要はその顔に笑みさえ湛えていた。
「そうか……刀耶、それがお前の願いか」
言葉に、獣と化したぼくの友達が応えた。
「……そうだ。俺は、傷つけたいんだ……なにもかも」
「そうか」
納得し、要は肩口に載せられた刀耶の頭を両手で掴み、ゆっくりと引き剥がした。相当な力で組み付かれているように見えたそれは、そのままいとも簡単そうに両手で抱えられ、元の位置にゆっくりと戻された。当の刀耶の方もそれに抵抗する様子は無く、元の体育座りに戻っていった。
そんな異常な光景を前に固まっていたぼくと、呆けたように見つめていた鶫に振り返り、要は告げた。
「悪かった二人とも、長いこと付き合ってもらって。今日はここまでだ。二人とも、家に帰ってもらっていいぞ」
そしてそのまま、帰路に着いた。