#13
ぼくは鶫のことを、少し甘く見ていたのかもしれない。彼女の世間に関する無関心さは、度を越していた。いつもお婆ちゃんのことだけを言っているのを、ぼくは軽く聞き流しすぎていたのかもしれない。
「……要は」
「着いたな」
まるでぼくから何かを聞きださせるのを遮るようなタイミングだった。それにぼくは両手を両膝に乗せ、額の汗を拭った。そしてその顔を上げて、目的地の様子を見た。
思わず、声をあげていた。
「ひどいな……」
焼け焦げた鉄骨子の、墓場。そんな単語が脳裏を掠めた。
事件が起こって以来、初めて訪れた。確かに噂には聞いていた。だけど、生で見たこの場所には、視界を埋め尽くす無数の残骸と、立ち上る黒煙、さらには鼻をつく"なにか"の匂いが、充満していた。
撤去はまったく、進んでいなかったのだ。意味がわからない。
「うわぁ、すごいねぇ」
そんな退廃的な雰囲気の中を、鶫は無邪気に進んでいく。危ない。先が尖った無数のものが、天を向いている。だけど鶫は気にしない。そして実際危なげなく避けていく。その姿は軽快で、問題はないと思えた。立ち上る黒煙で、その清潔そうな青いオーバーオールが汚れてしまうことさえ、気にしなければ。
「さて」
鶫とは対照的に、要はゆっくりとその中に歩み入っていく。一歩一歩確かめるように、そしてそのその光景を覗き込んでいる。ここに訪れた目的は、いったいなんなのか?
「……よし」
それにぼくも、歩を進めることにした。鶫のように無鉄砲には進めず、かといって要ほどに慎重ではない、ちょうど二人の中間のような速度で。目線ではなにより鉄骨に注目しながらも、気にかかっていたのは息を詰まらせる黒煙と、そして正体不明の異臭の方だった。
――なんの匂いなのか?
鼻と口元を抑えながら、ぼくは前に進んだ。外にいた時はまるで剣山のような印象を受けたそれだったが、中に入ると実際それは実に様々な要素で構成されているものだった。尖った屋根や、丸い窓枠や、四角い壁。それにパイプや、ガラスの破片のようなものも散らばっていた。一旦止まり、靴の裏を見る。破片はゴツいブーツじみた靴裏に潰され、微塵となっていた。配給されたデザイン性もなにもない安全靴のようなこれに、初めて感謝した。
「でも……なんで?」
疑問が、口をついて出ていた。それは先も浮かべたものだった。
それに、前をいく男が振り返る。
「まったく撤去作業が行われていないのか? か」
それにぼくは、無言で首を縦に振って応えた。
三秒経った。要はぼくの質問に答えることなく、再び先に進んでいった。
また、教えてくれない。疑問が増えてしまった。なんでなのか? それでさらに少し前に言われていたことを思い出す。自分で考えろ。結局、そういうことなのだろうか?
再び歩き出す。辺りを見回す。この残骸の中、遠くにはいつもと変わらない青い都市が見えた。何も変わらない。その高さも、緻密さも、そして無機質さも。楽園が、遠くにあるように思えた。近くにピントを合わせる。そこには放置された、惨劇の現場。
ふと、恐ろしい想像が頭をよぎった。これがもし、ぼくの家で起こったことだったなら? そしたら同様に放置され、そして人々の間では無かったことのように扱われるのだろうか?
ぼくの楽園は、ひょっとしたら紙一枚の危ういものの上で成り立っているものじゃないのか?
「もどってきたよ」
鶫の声に、ぼくは我に返った。だけどすぐには、言葉を返せなかった。鶫のほうからの呼びかけなんて、ひょっとすると初めてのことじゃないのか?
「あ、うん。おかえり。どうだった?」
「いっぱい散らかってた。あっちこっちに家の部品が落ちてたよ。それと、これ拾った」
散らかってたとか部品という表現に新鮮さを感じているぼくの目の前に差し出された鶫の掌の上に乗っていたのは、一丁の銃としか思えないものだった。
「……なんだ、これ?」
ぼくは少し呆気に取られて、それに手を触れる。人差し指と親指で作れるほどの長さの銃身に、グリップ。その間には引き金があり、その上には撃鉄。全体が黒光りしているそれは、他のなにものにも見えない。
手にとってみる。大きさに反したずっしりとした重みを感じた。
「なんで、こんなものが……」
「てっぽーだね」
思いがけない言葉に、顔を上げる。
鶫が無表情に感情の灯らない瞳で、こちら――手にある銃を、見ていた。それらに、心臓がどきりとする。