#12
そういって、今度はペットボトルを投げられた。今度はよく見極め、慎重に伸ばした両手でキャッチした。安堵して隣を見ると、鶫は悠々とキャッチしていた。この辺りに自分の怠け具合が現れているようで、心苦しい。
一口齧る。歯ごたえが強くなかなか噛み切れなかったが、最近支給される保存食にも以前から頂いていた圭子さんの手料理にもない単純で、濃い味付けだった。それが今の疲れた体には心地よく、ペットボトルの水が喉を通り抜ける感触に、人心地つけた。
「……ぷあ、生き返るな」
「生き返るねぇ」
鶫からのレスポンス。それにぼくは、今さら気づく。鶫は僕の言葉を鸚鵡返しに、繰り返しているだけだ。そういえば以前から、鶫はおばあちゃん以外の話題で自分の意見を言ってはいなかった気もする。
鶫を見る。ただいつものように、ほんわか無邪気に笑っていた。
「二人とも、最近はどう過ごしている?」
要がとつぜん、こちらに話題を振ってきた。それに考え事を中断する。先ほどは、ぼくの方から質問させた。次は要の方から。内容は、日々の過ごし方。
鶫をもう一度見た。鶫のほうも、こちらを見ていた。やはりぼくから話すべきなのだろうか?
「最近……も、ぼくの生活は以前と変わりないな。朝起きて、ご飯を食べて、施設に行き、学習して、帰って、ご飯を食べて、眠る――」
不意に。
なんの確証も前触れもなく、ぼくは危ういと思った。理由もわからない。それに今述べたことは、以前から何度も繰り返し思ってきたことなのだ。今さらそんなことを思うくらいなら、以前から思っておいてしかるべきなのだ。
だけど言葉にしたとたん、そう思った。思えた。
それに、またなのだ。一日を総括する時、ぼくはいつも敢えてなのか意図的になのか、昼食を――未由との日々を、外して考える。
なんで?
「――鶫のほうは?」
ぼくの動揺を見て取ったのかどうかはわからないが、要は少しの間ぼくの顔を見てから、その視線を鶫へと移した。それにぼくも、注目する。
鶫の、日常。
「わたしは、今日はおばあちゃんとお粥食べてたよ。とってもおいしく出来たの。それに昨日は、一緒にお手玉したんだ。とっても楽しかったの。その前には、絵を描いたの。おばあちゃんと一緒に、お互いを。とっても上手に描けたんだよ?」
無邪気な笑顔。
繰り返しがない、日常。
思わず口を、挟んでいた。
「鶫は……施設には、行ってないのか?」
「なんで?」
鸚鵡返しの質問。
「だって……行くべきじゃ、」
「行かなきゃいけないの?」
そう訊かれ、ぼくは初めて考えた。施設に行くことの、必要性。ぼくは気づいた時から、毎日施設に通っていた。そしてやりたくもない学習を、一人孤独に行ってきた。それに反発していた。だから警告されても周りを見たり、出来る限りゆっくり学習は行ったり、昼食は中庭で圭子さんのお弁当を食べたりしてきた。それがぼくなりの、抵抗だった。
行かないという選択肢、発想そのものが、ぼくにはありえなかった。
「……わからな」
「二人とも、なかなかに個性的な毎日を送っているようだな」
要の言葉に、ぼくの反発心が刺激された。
「……確かに鶫はそうかもしれないけど、ぼくの場合は個性的でもなんでもないだろ?」
要はただ薄っすらと笑って、
「そうでもない。それはお前の感性で見た場合だ。もう一つ宿題だな。透は、もっと世界を広げることだな」
立ち上がり、
「さて、行こう。先は長い。あまり休んでばかりもいられないからな」
再度の進軍。疲労も痛みも既にピークを越えて、もはやそれは棒と化していた。つまりは感覚が鈍くなっていた。いわゆる体を引きずるように、歩く。その中ぼくは、だんだんと鶫と、そして要の生活に興味が湧いてきていた。
下がっていた視線を上げて、隣を跳ねるように進む鶫へ。
「鶫は、いつから施設には行ってないんだ?」
くるりと体が翻り、そのぼんやりした笑顔の瞳に、捉えられる。まるで猫。いや、この場合それこそ小鳥か?
「……いつから、っていうか、行ったり行かなかったり?」
それに再び少し、驚く。てっきり鶫はベヒモスの塔崩壊にかこつけてサボり出したと思っていたのだが――そういえば元々鶫は、世の中の動きに無関心な方の人間だった。ひょっとすると――
「鶫は……ベヒモスの塔が崩壊したことは、知ってるのか?」
「べひもすノとう?」
そこまでだとは、思っていなかった。
「鶫……ベヒモスの塔、知らないのか?」
声が僅かに裏返ってしまう。
「知らない」
無邪気な声に、真実を知る。
「だとすると……今までの食べ物とか飲み物とか服とか、どうやってたかとか知らないのか?」
「いい人が、いつも持ってきてくれてたよ?」
「……そっか」