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青い世界と、きみが  作者: ひろい
それは序曲であり、単なるはじまり
12/61

#11

 既に息も絶え絶えで、真っ当に声も出せなかった。俯き加減に、視線だけ上げる。

 鶫の家。青い家。四角い家。玄関には、ポーチもない。扉も四角で、シンプルで、清潔で、簡素で、それは鶫という純粋な在り方を守る聖域のように感じられた。

「沙紀、いるか?」

 そんなぼくの感慨を知ってか知らずか、その視線を遮るように要はぼくの前に立ち、無造作に声をかけ、躊躇なくノックした。そこにぼくにはない非凡さを、感じた。

 返事は、ない。

 それに要は、ドアノブに手をかけた。鍵はかかっていない。そのままドアを押し開け、中に入る。侵入る、と言った方が正確かもしれない。不躾すぎる。ここは注意すべきだろうか? しかし要の意図もわからない。ここは少し、様子を見ることにした。真っ当なやり方じゃ要の言うとおりこの先、生き残れないだろうから。

「おう、沙紀。いるなら返事しろよ」

 要の呼びかけは、気やすい。そう考えるとぼくに対しても初めからそうだったように思われる。性質だろうか。それとも密かに二人は接触していたのか? 今のぼくには、わからない。

「あ、はじめちゃん」

 鶫は部屋の奥、ベッドの前に座り込んでいた。ペタンと床に直接、女の子座りで。その手に、お粥が入った茶碗とレンゲを持って。

 その顔に、無邪気そうな笑みを浮かべて。

「久しぶりだな。元気してたか?」

 その言葉に、二人が知り合いだという予測が、確定される。しかし接触が続いていたという可能性は否定された。一般的な知り合いや友達、ぼくと鶫のような関係とは違うようだ。ならば二人の関係とは?

「おばあちゃん、最近よく食べるの。飲むの。笑うの。わたし、嬉しいなぁ……」

 ほんわりした満足げな笑顔。その向こうに横たわるおばあちゃんに、目を向ける。真っ白な髪、深いしわ、揺らぐことのない、穏やかな笑み。それらいくつもの要素が、重ねてきた年輪を思わせた。ぼくはとりあえず、挨拶をしておくことにする。

「おばあちゃん。どうも、ご無沙汰してます」

 その口元が、ややぎこちなく動く。

「はぁ、い。こん、に、ち、わぁ」

 高いキーと、ゆったりとした口調。

 まるで自動人形のようだと、不謹慎にも思った。

 要はおばあちゃんに視線を送ったあと、再び鶫の方を向いて、

「確かに元気そうだ。良かったな、沙紀。じゃあ、一緒に行くぞ」

 鶫の返事もぼくとおばあちゃんのやり取りも耳に入らなかったようなマイペースな口調で、要は断言した。

「どこ、え?」

 それに鶫もいつもと変わらず無邪気に、聞き返す。口を挟む余地が無い。すべてが予め決められた演技のようにすら、思える。考える。思考を、続行しなければ。

 要はその時間すら、待たない。

「ベヒモスの塔跡だ」

 また歩く。鶫の歩調は、軽かった。歩行者用エスカレーターの上を、苦もなくスキップしていく。おばあちゃんを置いてきたことに呵責のようなものはないのだろうか? 考える。ひょっとするとみんな、自分のことで精一杯で人のことに構う余裕はないのかもしれない。しかし、よく考えれば鍵はかけたのだろうか? ぼくたちが入る時もかかってはいなかった。わからない。それを理論だてるには、他者の意見が必要なようだった。

「鶫……おばあちゃん、良かったのか?」

「おばあちゃん、最近楽しそうなの……」

 笑顔。夢見心地な。動かない網目の上を、無邪気に飛び跳ねる。楽しそうならよかったと、ぼくも笑うことにする。それを、前を行く要は、優しげに眺めていた。

 一休み。

「腹……減ったな」

 先ほどと同じように代わり映えしないエスカレーター及び風景の中へたりこみ、ぼくは呟いた。腕時計に目をやる。現在時刻五時五十二分。いつもなら施設での学習を終え歩行者用エスカレーターを使い帰宅し自室で一息いれて、ダイニングで圭子さんの手料理――今は保存食に、舌鼓を打っている頃だった。

「空いたねー」

 初めて鶫から、おばあちゃん関係以外のレスポンスが届いた。それに視線を下ろし、目を合わせ、笑い合う。ぼくは力なく、鶫は無邪気に。そして右手の甲で額の汗を拭った。この青い世界で暮らし始めてから今まで、こんな風に不快な汗をかくなんてこともなかったのに。

 何もかもが、今までと違う。

「ほれ、二人とも」

 要の声に振り返ると、何かが飛んできていた。それを掴もうとして、失敗。見事にぼくの顔に当たる。

 べちっと。

「わ。透ちゃん、だいじょーぶ?」

 そっか。ぼくって透ちゃんって呼ばれてたのか。ここにきて発覚した事実を認識しながら、あんまり痛くなかったその物体を手で掴んだ。

 えんぴつくらいの大きさの、円柱形の茶色いもの。感触はぐにぐにと柔らかい。

「これって?」

「ビーフジャーキーと呼ばれているものだ。クセの強い味だが、慣れればかなりいける。それと飲み物は、これを飲んでおけ」

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