#10
「さんきゅ……話、だっけ? 何をはな――」
――す?』と続けようとして、要の突き出された右手の人差し指に止められた。それに少し、ハッとする。そうか、思考停止。受動的。考え、
「……そうだな。そういや、要はこのことについて何か心当たりとかあるのか?」
「このこと、っていうのはどれのことだ?」
問われ、それが酷く曖昧な表現なのだと気づいた。人に話すことに、慣れていない。ぼくも鶫のことを言えないなと思った。
「あぁ、その、ベヒモスの塔が倒壊したことと、それから起こった混乱……というか、ベヒモスの塔が倒壊したからだから、つまりはベヒモスの塔が倒壊したこと、っていうところかな?」
一つの文章に同じ単語を三度も使ってしまった。我ながら、稚拙な文章力だと思った。要の顔色を窺ったが、別段変わった様子は無かった。
「当然、お前はそこにいくだろう」
お前、という言い回しが気にかかった。
「……お前というより、この街に住む人間だったらみんな気にかかってるんじゃないのか? この街の中心だし、そのせいでみんな生活が不便になってるわけだし」
そう言うと、要は少しの間黙り込み、
「――そうだな。確かにそれが、一般的な人間の思考だと考える。お前は間違ってないよ、透」
「……どういう意味だよ、それって?」
だけど要はぼくの質問には答えず腰を上げ、
「行くぞ。もう充分に休んだだろう? その答えは、来るべき時が来れば自然とわかるはずだ。今はすべきことを、行う時だ」
そう言われてしまえばぼくとしても返すべき言葉も無く、同じく黙って腰を上げ再び先に進みだした要の背中を追った。
それからさらに、四十七分が過ぎた頃。
「これは……?」
ぼくは事件現場で、息を呑んでいた。
現場は、街の外れに位置する陸橋の、真下だった。いくつものそれが連なり、八方へと伸びる高架橋。そこにはビルディングに匹敵するほどの巨大な列車が連なっており、外の世界と青い世界を繋いでいるのだという。それはまるで御伽話に近い。ぼくはその光景を、見たことはない。それどころか外の世界の存在すら半信半疑なぐらいだ。神話時代の超科学力の名残り、ぐらいに思っておけば、夢もあるかと思っている。そう考える余地があるくらいには、その列車は非現実的な存在だったから。
その足元の、砂利が敷き詰められた川原。そこに『KEEP OUT』の文字が印刷された黄色いテープが、無数に交錯していた。
隙間から、中の様子を窺う。当然だが、死体は既にない。だけど黒くエグい血痕らしき汚れは、無数にあった。
要はぼくの質問には答えず、テープで囲まれた部分の周りを巡り、中を覗いたり下を見つめたり上を仰いだりしながら、そのあと一通り川原全体を歩き回ったあと再び事件現場に戻ってきて、
「――間違いないな。よし、次は沙紀のところに行くぞ」
突然の言葉に、しばらく声が出せなかった。
まさか要から、鶫の名前が出るなんて。
「ど、どういうことだ?」
「なにがだ?」
「沙紀、って……」
知っているのか? 知り合いなのか? それに、今から鶫のところに行くって――
「向かう必要がある。会う、必要がある。手遅れになる前に、だ」
その断定した言い方に、否定の余地は無かった。というかこちらとしても、するいわれは無かった。ぼくはこの何もかもがオートマチック化された環境下で、その唯一の義務である施設通いの必要性と、生を謳歌する権利を奪われた身なのだから。そして、要の言われるままについてきている身なのだから。
また、歩く。靴の中の足が、痛む。こんな感覚は初めてのことだった。止まって中を確認したいが、要は先に進んでいる。置いていかれないためにも、今は進むべきだった。歩く。それに、関節も痛んだ。膝が腰が、まるで軋みをあげているように感じる。前を見る。飄々と進んでいるように見える要は、さっきぼくに言ったように運動に慣れるようにこんなことを続けてきたとでも言うのだろうか? 視線をめぐらせる。そこには今まで幾度も見てきた超高層ビルディング郡が、こちらを睥睨していた。守られているように見えていたそれが、今は監視されているように思えた。
「――さて。そういえば、透。こんなに長い時間お前と一緒にいるのなんて、初めてのことだな」
鶫の家の前に着き、要が声をかけてきた。だけどぼくはその時、
「ゼェ……ゼェ……」