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青い世界と、きみが  作者: ひろい
それは序曲であり、単なるはじまり
10/61

#09

 この状況下でただ一人、要だけは思考を働かせていた。

「時は来た。ここからは選択を間違えたやつは、死ぬしかない。まだ灰にはなりたくないだろ? オレが、導いてやるよ」

 死にたくないだろうと訊かれ、死にたくないとは即答できなかった自分がいた。

 未由と心を繋ぎ合わせられない毎日に、意味は見出せなかった。だけど、死にたくないわけではないとも思えなかった。まったく受動的。自分に、嫌気が差す。

 でも構わない。それがぼくにとっての、真実だったから。

「……どうするんだ? ただの学生のぼくたちじゃ、何も」

 ただの学生以外の人間がこの街にいるかどうかもわからない状況下でこの言葉は、逃げ以外の何物でもなかった。ただ言い訳を、しているだけだ。

 そんなぼくの言葉に、目の前の机のデスクトップの横からこちらを覗き込んでいる要は、その瞳を細めた。

「そんな考えじゃ、ダメだ。生きるのに学生も、大人も子供もない。そういう枠に囚われるな。自分に、おまえ自身に、鈎束透といいう男になにが出来るのかを、考えろ」

 そんな風に言われたことがなかったからぼくは初め戸惑い、考えがまとまらなかった。枠じゃない、肩書きじゃない。ぼくに、鈎束透になにが出来るのか?

 そんなぼくに、要は笑みを浮かべる。

「すぐに考え付くことじゃない。簡単なことじゃない。むしろ、普段からそういう思考をしていなければ出来ることじゃない。焦らないでいい。まずは思考を、そういう方向にシフトさせろ。今まで集団的無個性になる訓練をしてきたんだ。少しづつでいい。その間に、今のうちにすべき行動を取るとしよう。

 まず、岸辺の殺された現場に行くぞ」

 唐突な言葉に、ぼくは反応するのが一瞬遅れてしまった。

「岸辺……」

 思い出す。高飛車だった。傲慢だった。だけどその在り方は煌びやかで、非凡だった。嫌いではなかった。他の大多数とは違い話を出来たことは、僥倖だった。出来れば、行ってほしくはないと、思っていた。

 死んで欲しくなんて、なかった。

「なんで、岸辺に……?」

 ぼくの呟きに、要は身を乗り出してきた。少し、気持ちが引いてしまう。

「まずはそこからだ。思考を止めるな。続けろ。だけどな、方向性を変えなくてはいけない。今までの記憶のように、断片的な情報じゃダメだ。すべてを繋げろ。連続的な情報に、整理し直せ。感情だけで、判断するんじゃない」

 要の言いたいことがわかるようなわからない気もしたから、わかる所から一歩一歩やっていこうと思った。

「じゃあ、この場合は……」

「すぐに出来ることじゃない。だから、それはおいおいだな。じゃあ、行くぞ」

 ぼくの質問を適当にあしらう要について、学校を出る。歩くという行為は、歩行者用エスカレーターが動かなくなって二週間が経った今でも、まだ慣れなかった。まさに文明の利器に頼っていた体。肉体労働なんて、ろくにしてきたこともなかったから。

「あと、体も運動に適応させておいた方がいい。お前は今まで、少し楽をし過ぎた」

 ぼくだけじゃなくみんなもだと思ったが、そういう脊髄反射こそ思考の停止だと、不意に理解した。理解したからには実践しようと思った。だから黙って頷き、手足を懸命に動かした。

「いい子だ」

 同じ歳の男捕まえてそれはないだろう。

 歩く。十分も歩けば、体が震えだした。歩く。更に歩くと、汗が噴き出し始めた。歩く。足が棒のように感じられる。歩く。限界だ。要に、声をかける。

「……わるい、要。少し……休ませて、くれ……」

 要は再び笑う。

「いい傾向だ。すべて自分で、判断するんだ」

 そして腰を下ろした。ぼくもその場に腰を下ろす。そこは無数の網目がついた、通路。ぼくたちはもう今は動かない歩行者用エスカレーターの上を沿って歩いていた。目的地が事件があった場所ならば、そちらの方が都合がいい。この歩行者用エスカレーターは公的な目的がある建物に対しては、最短距離が取れるようになっている。

 両手を後ろに回し、天を仰ぐ。暑い。これは運動をしたからだけではないと思えた。日差しが、強く感じる。これは気象制御装置が働いていないからなのだろうか?

 左腕の時計に目を走らせる。これは自動巻きの電波時計だから被害に遭わずに済んだ。電波の方はもう役には立たないが。施設を出てから、一時間七分が経過していた。

「少し、話でもしようか」

 要がぼくの向かいから声をかけてくる。それに視線を向けると、何かが飛んできた。右手でキャッチ。それは透明な液体が入ったペットボトルだった。視線を向けると、頷かれた。キャップを開け、飲む。水だった。それにかなり、気持ちが落ち着く。


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