第8話 光翼騎士団第三席
エルガン大陸の北部。
年中温和な気候のこの大陸の中でも住みやすい土地。
そこにウィール村はあった。
村の西部にはキスカ大森林が広がり、南部と東部には街道と草原が、北部にはエルウィン山脈が鎮座しており自然豊かな村と言えるだろう。
この村の住人は半分が商いをするもの。そしてもう半分は冒険者で構成されている。
その冒険者たちは細かくは違えど皆似たような服装をしている。
綿の服に身を包み、皮のガードを胸につけて、木剣か辛うじて金属と分かる程度の錆びた鉄剣を腰に下げている。
そんな駆け出し冒険者が訪れる最初の村としてこのウィール村は存在していた。
駆け出し冒険者は金を持っていない。そういう者を受け入れる目的のため開墾された村なので、宿屋代や武器屋、防具屋などの相場も低い。こんなところで商いをしても儲からないことは明確なのだが、それでもここで商いをしている者達がいる。
別に彼等の頭が悪い訳ではない。
彼らはレイドル帝国から依頼を受けてここで商いをしているのである。
レイドル帝国は元冒険者達に声をかけてここで商いをする代わりに賃金を払うという政策をとっているのである。
そんなウィール村の唯一の酒場の主、エドも元冒険者である。
カウンターの正面に飾られた冒険者カードにはLV35弓術士と文字が刻まれていた。
帝都に行けば、この程度の冒険者は腐る程いるので飾る程の物ではないのだが、ここは駆け出し冒険者が集まる村である。
この村の冒険者がこのカードを見れば、ここで暴れたり食い逃げしようなんて考えるものはいないだろう。そんな抑止力の為にこのカードはここに飾られていた。
そんな場末の安酒場のカウンター席には三人組が陣取っていた。
「お客さん、ご注文は?」
「ガンを」
隻眼のエドがその三人の一番左の客に注文を取った。
麦の発酵酒を注文した男は、鉄塊のような巨人だった。
全身に銀色のごついフルプレートアーマーを身に着け頭部にはバケツをヒックリ返したような兜を装着している。そのバケツには目の部分と口の部分にスリットが入っており、そこから視界と酸素を確保しているようだ。
そのスリットから見える目からは何の感情も読み取ることが出来ない。
「俺もガンもらっちゃおうかなー。いいよね?」
「構いません。好きに飲みなさい」
一番右側に座った少年と真ん中に座った男が会話していた。
少年は、細いが筋肉で引き締まった腕を上げて笑顔でエドに注文する。
「おじさ~ん。僕もガンで。
あっ、リードさんはどうします?」
「私も同じものをお願いします」
少年は朗らかな表情で気さくに話しかけているが、真ん中の青年は明らかに他の冒険者とは違うオーラを纏っていた。
エドは注文通り三つガンを注ぎ三人組の前に差し出す。
その時に真ん中の青年の白い金属の鎧に書かれた紋章に気がついた。
「ほ~あんたら、光翼騎士団のもんか」
「未熟の身ながら末席を汚させて頂いております」
「へへーん、リードさんは凄いんだぞ。
第三席なんだぜ!!」
「こら。へクスやめなさい。
いつも言っているでしょう。無暗に己の力を誇示する者は愚か者だと。
しかも、今回は自分の力ですらないですね。目も当てられませんね。
このままここに置いて行きましょうか」
「ご、ごめんなさい。もうしません。お許しください。リード様」
エドはそんなやり取りを聞いて舌を巻いた。
光翼騎士団というのはレイドル帝国の帝都エルディアに拠点を置く騎士団で、入団するための最低ラインがLV50からという猛者しか入団できない格式高い騎士団であった。
団員は優に五百人を超えていて、その中でも上位五人は有名だった。
序列第三位リード・エクシアス。レイドル帝国最強の盾である。彼の盾『光壁グランデュリス』はあらゆる魔法を弾き返し、どんな刃も通さない。その強大な存在故に光翼騎士団の名前にも利用され、紋章にも彼の盾が描かれている。
そんな超有名人を前にエドは咄嗟に頭を下げた。
「リード様とは露知らず大変失礼致しました。
お代は結構ですので、お好きなだけご注文下さいませ」
冒険者とはこういう生き物なのである。
冒険者は上位の人間に強い憧れと羨望を抱き、恭しく頭を下げる。
光翼騎士団の第三席ともなれば当然の対応ともいえた。
「いえいえ、頭を上げてください。
私は一介の冒険者であなたは酒場の店主です。
私はお金を払いますし、あなたはこの店を経営している訳ですから、
お金を受け取る責任があるのですよ」
「はい。畏まりました。ありがとうございます」
そういってエドは顔を上げるとリードの顔を見た。
その表情は、慈愛に満ちていて神の様だった。
それを見たエドはもう一度頭を下げたくなるのを堪えて話題を提供した。
「皆さんは何故この様な場所におられるのですか?」
「キスカ大森林に凶悪な魔物が出現したとの噂でしたのでね。
討伐しに行って逆に全滅しないようにと守りにきたのです」
まさに聖人だなと、エドは思った。
わざわざリードが出てこなくても、騎士団員を数名派遣すれば事足りるだろう。
いかに凶悪魔物といっても、ここは初心者が集まる比較的安全な地域だ。
現れる魔物なんてたかが知れているだろう。
「それでわざわざこの村まで足をお運びになったのですか?」
リードはエドの意図を汲み取ったかのように話し出した。
「ああ、そうですね。わざわざ私が出てこなくても問題はなかったかもしれませんね。
でもここには、未来有望な原石が多いですからね。それをできる限り守るのであれば、
私が来た方が早いと思いましてね」
もう、エドは感心するしかなかった。
この自分よりも若い男は未来の事まで考えて行動しているのである。
そう考えると本当に頭が下がる思いだった。
「本日はもうお泊りになるところはお決まりでしょうか?」
エドは何か力になれないかと考えた。
「それが困ったものでしてね。
例の魔物退治に参加しに来ている冒険者達が思ったより多いようで、
宿屋がいっぱいになってしまったんだ。
仕方がないので、ここで一晩明かさせてもらおうと寄らせて頂いたのですよ」
「そういうことでしたら、上の部屋をお使いください。
普段は客室として使っていないので宿屋程の設備はございませんが、
一晩明かす程度でしたら問題ないと思います」
「いや。そこまで迷惑をかけられないよ」
「いえ。お使いください。お代は明日討伐に行く若者達の命でお願いします。
私も目がこんなになっていなかったら、護衛としてついて行きたかったのですが……
おこがましいですが、私の変わりに守ってやってください」
エドのそんな真剣な表情を見てリードは言葉を飲み込んだ。
「分かりました。お言葉に甘えさせて頂くことにしましょう」
「ありがとうございます」
こうしてウィール村の夜は更けていった。