第5話 vs重戦士
俺達兄弟三匹は巣穴に篭りあるものを眺めていた。
「兄ちゃん、これなに?」
「うむ。これは地図だ」
俺はロニの疑問に簡潔に答えてやった。
昨日の事である。
俺達三兄弟はいつも通りに、人間狩りを行っていた。
その時、聞きなれないテンポの足音を鳴らす人間を二つ捕捉した。
一つはベタッベタッと足を引きずるようなそんな特徴的な歩き方。
もう一つは重い物を運んでいるようなズシンズシンという足音。
どれも今まで聞いたことの無いような足音だった。
俺達はその人間を確認するために、視認できる距離まで近づいた。
一人は重装備に両手斧を背負っていて、どうやらもう一人を護衛しているみたいだ。
そして、もう一人は学者風の男だった。
眼鏡をかけひょろっとした体躯をしており、見ただけで貧弱とわかる。
武器も持たずに背中にリュックサックのような物を背負ってヨタヨタと歩いていた。
こいつは大丈夫。多少暴れられたところで俺達に傷を負わせることすら出来ないだろう。
問題は護衛のあの重装備の男だ。
両手斧を持っている男は靴も籠手も兜もアーマーも金属製で、明らかに今までに進入してきた人間と比べて手練れとわかる。
歩き方からしても、あんな重そうな装備を身に着けてるにも関わらず、足取りは軽やかだ。
どうする?
この状況を見るに学者の護衛で間違いないだろう。となれば、学者に手を出さなければ俺達に危害を加えないだろう。
ならば危険な賭けはやめたほうがいいか……?
いや、他の人間はいないみたいだし、学者は戦力外だ。
実質一対三だ。いつもの狩とさほど変わらないはずだ。
挑戦してみようか……。
昨日の時点で俺が進化してから二ヵ月の時間が流れていた。
俺達はその二ヵ月間、餌を確保するための狩ではなく、LVを上げるための狩を行っていた。
つまり、人間を見つけ次第狩りまくっていた。
そのおかげで俺達三兄弟ともにLV16に到達していた。
LV15で進化するのでは? と予想を立てていたのだが、残念ながらLV15での進化はなかった。
だが、わかったことがある。
目に見えないパラメータが密かに上昇していた。
俺はLVが上がるにつれて嗅覚と聴覚が強化されている。LVと連動して強化されているのかは定かではないが、確かに強化されている。
俺が人間に気づいた時に、ペコとロニが無反応ということが最近よくあった。
それから少ししてから、二匹とも人間を捕捉する。
このことから俺の索敵範囲が強化されているといって間違いないだろう。
また、精度も強化されているはずだ。今まで聞こえなかった細かい音が鮮明に聞こえるし敵との距離も前よりも的確に把握することができた。
どういうシステムで強化されるかは分からないが、俺は強くなっている。そう実感できた。
ペコは移動速度と攻撃力が目に見えて強化されていた。
全速力で走るペコは同じウルフリーダーにも関わらず明らかに速い。
俺とロニは置いて行かれないように必死に走るが差は開くばかりだった。
だから、最近は速度を合わせてもらっている。
移動速度に関しても凄いのだが、ペコについて特筆すべきはその攻撃力にあった。
人間の首に咬みつけば首から上が吹っ飛ぶし、胴体に咬みついた時なんか人間の胴体に空洞が出来ていた。
俺はその光景を見て口を開けて呆然とするしかなかった。
単純な力比べなら、この森のどの生物よりもペコは強くなっていた。
俺とペコは強化されている点を見つけられたんだが、ロニに関しては何が強化されているかわからない。
当のロニも「お姉ちゃんも兄ちゃんもすげえええ!!」といって目を輝かせているだけで特に気にしている様子もないので、まあいいだろう。
毎日同じ獲物を三人で狩っているのだ。ロニだけ強化されないというのは考えられない。
ロニの事だから見えにくい強化がされていても、自分で気づかない可能性の方が高いからな。このままLVを上げて狩をしていけばそのうち嫌でもそれが発揮される日が来るだろう。
こんな感じで俺達は最近メキメキと強くなっている。
正直、ここに侵入してくる雑魚人間に飽きていた。
だから、俺の中でこの斧持ちの重戦士と戦ってみたいという欲望が膨れ上がっていることは否定できない。
でも、本当に大丈夫か? 相手は見て分かる程の手練れだ。
どうする? やりたいが、慢心は良くない。これで兄弟が殺されることがあったら俺は……。
そんな事を考えていたら俺の左側から声がかかった。
「チロ兄、あいつ殺りたい」
声をかけてきたペコを見ると瞳に炎が宿っていた。
最近ペコには止め役以外の時は少し攻撃力を抑えてもらっているので、ストレスが溜まっているのだろうか。今日のペコはやけに好戦的だ。
「僕も僕も!!」
ロニはいつもと同じ調子で賛同している。
こいつに関しては何も考えていないのだろう。まあいい。
俺は妹弟の賛同を得て心を決めた。
「分かった。仕掛ける。
アイツは今までのより強い。俺が先行して隙を作るから、ロニは動きを止めろ。
ペコは全力で好きにやれ」
「兄ちゃん了解!!」
俺が作戦を発表すると、ロニが元気よく返事をよこした。
ペコは薄く笑っていた。
全力で攻撃できるのが嬉しいのか、あの重戦士を狩るのが嬉しいのか、彼女の心は分からなかったが我が妹ながら背筋が凍るような笑みだった……。
俺はいくぞと弟妹に声をかけて獣道にいる重戦士の背中目がけて走り出した。
俺が獣道に降り立った瞬間、重戦士の足が止まった。
ここまでは、予想通りだ。恐らく奇襲は出来ない。その程度の警戒はしているはずだ。
俺はそれでもどんどん距離を詰めていく。
そして、重戦士が背中に担いでいる両手斧に手をかけた。
来る!
どれだ!? 横なぎが縦かそれとも斜めか!?
横だ!
重戦士は両手斧を抜いで振り向きざまに、横なぎにぶん回した。
大丈夫だ。見える。
威力は高そうだが速度は大したことない。
俺は瞬時に伏せの体制を取り両手斧の下に潜りこんだ。
避けれた。
重戦士はその横なぎの反動を使って少し飛び上がり今度は縦に振り下ろそうと斧の刃を縦に向けた。
それを待っていた!
俺は左に動くフェイントを入れながら右へ方向転換した。
そして両手斧は俺の尻尾を掠めながら地面を抉り動きを一瞬止めた。
予定通り!
その瞬間に俺の後ろを走ってきていたロニがアーマーと籠手の間の露出部分に噛みつく。
その真後ろにピッタリとついていたペコが真正面から人間の胸の上あたりにぶつかり、その勢いのままペコは重戦士を押し倒した。
俺は止めを刺すために倒れた重戦士の首に咬みつこうとすぐさま移動を再開する。
そして噛みつこうと近づいた時には既に人間は半目を開けて空を虚ろに見上げていた。
重戦士の首にはペコの爪というか右前脚が抉りこまれていた。
ペコは直ぐに重戦士の首から右前脚を引き抜き、吹き出す血の噴水を無視してもう一人の人間に向かってダッシュする。
速い。
ペコには加速という概念がない。
一歩踏み出した時にはトップスピードに乗っている。
学者風の男は尻もちをついてただ呆然とこの光景を眺めている。
そんな学者の首に容赦なくペコは噛みついた。
人間の頭部が放物線を描いて吹き飛んだ。
そこには赤い噴水とその水を浴びて薄く笑うペコの姿があった。
まさに、狂犬だった。
狂狼か。
勝てて良かった。
俺は心の底から安堵した。
結果だけ見れば俺達の圧勝だが、この重戦士が槍を持っていたら負けていただろう。
重戦士の装備が両手斧じゃなければそもそも戦っていないか……。
初めて見た時から勝機は見出していたのだが、予定通りに事が進んで本当に良かった。
そして、安堵と共にもう一つ俺の心にある感情が芽生えていた。
それは、強者との戦い勝ったという達成感だろうか。説明が難しいがそれは喜びや興奮に似た何かだった。
その感情は俺の中を駆け回り存在を主張している。
俺は自分の前足が震えている事に気づいた。
何が原因か分からなかった。ただ震えていた。
俺はその震えを必死に抑えた。
なんとなくこれはダメなものだと思った。
この感情に流されてはいけないと、そう思ったのだった。
俺たちはその後、学者の体と学者のリュックサックを巣穴に持ち帰った。
その日の夜は学者を食べて寝た。
昨日はなんとなくペコをもふもふしながら寝た。
夕方の戦いの高揚感が胸に渦巻いていた。
いつもはロニをもふもふするのだが、今日はペコをもふもふしないといけないような気がした。
今日のペコは何かがおかしかった。
そして、俺もおかしい。
ペコは初め緊張した面持ちだったが、もふもふしている内に穏やかな顔をして眠ってしまった。
その寝顔を見ていると、なんとなく危機を乗り切った気分になった。
何がどう危機だったのかと言われると分からないが、本能的に今のペコも俺も危ない状況なんじゃないだろうかと思ったのだった。
俺もそんなペコの顔を眺めていると急激に眠気に襲われた。
俺は穏やかな朝を迎えることができた。
家族で朝ごはんを食べたあと、ふと周りを見渡すとそこに昨日の学者のリュックサックがあった。
それを引き裂いて中身を確認すると、読めない言語で書かれた紙の束と地図とコンパスがあった。
今まで、色んな人間を狩ってアイテムポーチを奪ってきたが、地図とコンパスは初めてだった。もしかしたら高額なものなのかも知れないな。
俺はその地図を広げてみた。
世界地図ではなかった。
地方番組の天気予報みたいに、ある地方を抜き取って地図にしているようだ。
そしてその右上に赤い丸があった。
絵を見る感じ、それは森だった。字も書いてあったが残念ながら読めないので意味はわからなかったが、俺は恐らくそれがここを示していると考えた。
この森は北側には山、東側は村、南側は街道、西側には湖と砦のような絵が書かれていた。
そして、コンパスをその上に置いて方角を確認すると、その予想は確信に変わった。
いつも人間狩りに向かう方角と地図で見る村の方角とコンパスの方位が一致したからだ。
とたんに、俺の中である欲望が首をもたげた。
冒険がしたい!
そんな感情が俺のなかでどんどん大きくなっていった。
俺はすぐに近くの川で水浴びをしていたペコとロニを巣穴に呼び戻した。
そして宣言したのだ。
「今日は冒険に行きます!」