第4話 狼流戦闘術指南
狼の嗅覚は人間のそれよりはるかに優れている。
そして、この森の湿度は狼の鼻をより鋭敏にさせ、かなり離れている獲物を捕捉することができる。
狼の聴覚も嗅覚の次に優れていると言われている。
圧倒的ハイスペック。この索敵能力を持ってすれば、逃げることも追うことも自由自在である。
人間の臭いを嗅いで、音を聞き、そして狩る。
単純と言えば単純なのだが、これも慣れるまではなかなか難しい。
まず人間の匂いについてだが、人間の匂いとひとまとめに出来ないのだ。奴らは一人づつ違う臭いを持っている。
だからまず、この森の匂いを覚えた。
その匂い以外の異臭を感じ取り、人間を捕捉する。
その次は音を聴く。
異臭が人間か他の動物かを聞き分けるのだ。
この森に棲む動物は鹿や、熊など色々なものがいる。それも全て覚えるしかない。
その動物特有の動くテンポを頭に刻み付ける。
それから外れた音を人間と割り振ると比較的効率よく人間を捕捉することが出来る。
だが、その能力に慢心してはいけない。
人間には脳と技術がある。
優れた冒険者は予め、そこに生息するモンスターを把握してそれに対応した準備をする。
かつて、俺もそうだった。そのマップにいるモンスターをWikiで調べて効率よく敵を倒せる属性の武器を作り乱獲する。
もはやそんなのは常識だ。
その中でも優れたハンターは狼の生息地に入る時、出来る限り音と匂いを消して近づく。
そして、狼に気づかれる前に弓で射るのだ。
これが出来るのが一流のハンターだ。
そして俺はかつてこれができるハンターに出会い、兄弟を殺された。
甘かった。
俺がもっと注意深く警戒していれば、兄弟は死なずに済んだのだ。
慢心というやつだ……いや、あれは不注意だな。
動物を狩るのに夢中で人間に対する警戒を薄めていたのだ。
もうあんなことにはならないように今回も最大限警戒して狩を行う。
俺の耳と鼻は既に人間を捕捉していた。
俺達狼三兄弟は森の茂みの中で体を丸めて小さくなりながら会議を行う。
「数は一つだな。異論は?」
「大丈夫だと思う……。一つしか足音聞こえない」
「僕も大丈夫だと思う」
俺達は狩を行う時、必ずこうして数の確認を三匹でやることにしている。
一匹でやると勘違いの可能性があるが、三匹でやればその確率もかなり抑えられる。
「よし後方に回る。いくぞ」
俺はそう言うと、体を起こして鬱蒼と茂る森の中を走り出した。
それに従いペコ、ロニもついて来る。
この森は獣道のように木が生えていない場所と視界が確保できないくらい木が生い茂っている場所で構成されている。
もし、人間が獣道から外れたら、どんな熟練ハンターでもその瞬間に音でわかる。俺達にとったら授業中に防災サイレンを鳴らしているようなもんだ。
そして、現在そのサイレンは鳴っていない。
だが俺たちの移動の音を聞かれても面倒なので、少し大回りで捕捉した人間のやや後方に移動した。
そしてもう一度三匹で耳と鼻に感覚を集中させる。
「後ろもいなさそうだな」
「うん」
「大丈夫」
俺は人間が完全に単独なことを確認すると、首を振って森の奥に移動することを伝える。
そしてそこから少し森の奥にいったところで最終確認をする。
いつもはそのまま突撃するのだが、今回は役割分担がいつもと違うから念の為だ。
「ロニ、今日はお前が止め担当だ」
「うん」
「やることは分かってるな?」
「うん!! 兄ちゃん達が突撃した音を聞いたら人間が見えるところまで走る。
それで、兄ちゃん達が咬みつくのに成功してたら僕が首を嚙みちぎる。
これでいいんだよね?」
「そうだ。それでいい。もし、俺達が失敗したらお前は真っ直ぐ巣穴へ走れ」
「わかった。お母さんを呼んでくるんだよね?」
「うむ」
正直母さんを呼んでくる意味など無いのだが事前にそう伝えてある。
ここから巣へ戻って母さんを呼んできたところで俺達が逆襲されて危なくなったら、帰って来る前に殺される。
あくまで道ずれに殺されないためにそう言い聞かせた。
まあ、よっぽどの達人が出張ってこなければ俺達も危ない目に合わないだろう。
奇襲をわざわざかけているのはそのためだ。
奇襲に失敗しても、茂みに戻れば追ってこれる人間など存在しないだろう。
森ごと焼き尽くす悪魔みたいな魔法使いでも出てこない限りは。あと、剣の達人か……。
これは、ラノベの読み過ぎかな。
狼の奇襲に反応して、剣を抜いて的確に反撃できる人間なんぞいてたまるか。
いやでもな~。この世界は割と何でもありえるしな。一応警戒しておこう。
まぁ、そのための奇襲担当だ。敵をしっかり観察してから襲い掛かるとしよう。
「それとロニ」
「な~に?」
「今回は、襲撃するまで少し時間をかけるからそれまでジッと耐えるんだぞ」
「うん!! わかった!!」
そう言うと、ロニはうんうんと頷いた。
本当にわかってるのかこいつ……。
まあいい。
ロニのポジションは一番安全なポジションだ。無駄に敵に身をさらさない限りは危険はないだろう。
そして、ロニは臆病だからそんなことはしないはずだ……たぶん。
「本当にわかってる?」
「うん!! 任せてよ兄ちゃん!!」
少し不安は残ったが、まあいい。弟を信じよう。
「よし、行くぞ。ペコついてこい」
「わかったわ」
「僕はいくね」
そう言って、ロニは森の中を走っていった。
俺はペコを従えて、人間との距離を縮めていく。
見えた。
俺は注意深く人間を観察する。
いつもの駆け出し冒険者スタイルの人間がいた。
ただ、今回は魔法使いのようだ。
黒い薄い布切れみたいなものをマントのように羽織っていて、右手に木のこん棒みたいなものを持っている。いやあれは、杖か。
そこまで確認すると俺は小声でペコに話しかける。
「なぁペコ、お前ならあの人間にどうやって仕掛ける?」
「ん~。足に噛みつく?」
「逃げられないようにするのは確かに大事だが違う」
「じゃあ、どうするの?」
「まずは手だ。あの人間は手に杖をもっているだろう?
恐らくあいつは魔法使いだ。あの布を巻いている奴は大体魔法使いだと覚えておけ」
「わかった。でも魔法使いって何?」
「そうだな~。矢をあの杖から打つ事が出来る奴だ」
「あれから!?」
「そうそう、だからまず相手の攻撃手段を潰す為に、右手に咬みついて杖を落とさせる。
手本を見せるからついてこい。」
「うん」
俺はそう言うと、獣道に飛び出して、一直線に人間に向かった。
人間は俺に後姿を晒して無警戒に歩いている。
相も変わらずぬるい連中だ。
俺は後ろから右の二の腕に咬みついた。
人間は悲鳴のような声を上げて杖を地面に落とした。
今回も問題なく進みそうだと思った矢先、人間が急に左側に倒れた。
そして俺の視界をペコと鮮血が凄まじい速度で通り抜けた。
んあ!?
ペコを良く見てみると、口に人間の左足を咥えていた。
おう……まじか……。
正直進化しても、筋力はそこまで変わらないだろうと思っていたのだが、どうやら違ったらしい。
あのスピードと足を一瞬でもぎ取るパワー。今までとは段違いだった。
人間は足をもぎ取られたショックで泡を吹いて気を失っていた。
左足の付け根から大量出血している。まずい、このままでは止めボーナスが……。
「ロニっ!!」
俺は大声でロニを呼んだ。
それから数瞬後にはロニが姿を現したが、頭の上にハテナマークを浮かべていた。
「ロニさっさと止めを刺せ」
「う…うん!!」
ロニは俺に急かされるままに既に瀕死の状態になっている人間の首に咬みつき完全に息の根を断った。
「危なかった」
「ごめんなさい?」
「いや、悪くはないんだ」
「そうなの?」
「ああ、ペコが凄すぎて少し焦っただけだ」
「へ~そうなんだ!! へ~ふ~ん!! フフフ」
俺がペコにそう言うと、なんともまあ表現の難しい顔をペコがしていた。
嬉しさと恥ずかしさとそこから漏れる気持ち悪い笑い声……。見なかったことにしておこう。
「ペコ悪いが、この人間を森の奥へ片付けてくれないか?」
「持って帰らないの?」
「ああ、こいつはもも肉だけ食べて捨てる。
今日はこのまま狩を継続しよう。」
「わかったわ」
それから人間の死体を森の奥へ引っ張っていき、もも肉だけ食べて他の人間を狩った。
今日は人間を三人狩る事に成功した。ロニもちゃんと止めを刺せたし、順調だった。
そして三人目の人間に止めを刺した瞬間、ロニが慌てて俺達を呼んだ。
「兄ちゃん、お姉ちゃん!! なんか変!! 体がなんか変!!」
呼ばれた俺達はロニに視線を移す。
そこには、ウルフリーダーLV10になったロニの姿があった。
「なんか変だよ。今まで見てたより高い!! これ凄いよ!! これが進化?」
ロニは興奮していた。
「そうだ、それが進化だ。お前も一人前の狼になったってことだ!!」
ロニがあまりにも嬉しそうにしているので、俺も嬉しくなった。
これで後は俺が進化するだけだな。
止めボーナスが入ってない状況でも今日は三人も殺したのだ。俺も後一人くらいで進化するだろう。
「よし、帰るぞ」
「わかった」
「ええ!? 兄ちゃんが進化するまでやらないの?」
「ああ、もうすぐ日が落ちるからな。母さんも心配するから今日は帰ろう」
「ん~。わかった。じゃあまた明日だね兄ちゃん!!」
ロニが少し申し訳なさそうにしていたが、直ぐ気を取り戻した。
「じゃあ、今日は僕とお姉ちゃんで獲物運ぶね」
「ん?おう……じゃあ任せる」
「お姉ちゃんは胸の方持って」
「命令しないで。まぁいいわ今日は許してあげる」
ロニが仕切り出したことに、ペコは少し不機嫌な素振りを見せたが進化祝いということで今日は大目に見てあげるようだ。
ロニは、足を一本ともう一本のズボンの裾を口に咥えてペコと並走して走り出した。
微妙に運びにくそうだったが、今日は何も言わないでおこう。
俺は二人仲良くタイミングを合わせて並走する弟妹を後ろから追いかけながら、帰路についた。