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第3話 ペコの葛藤 side.Peko

 私の兄は不思議だ。


 考えてみれば兄の存在を理解した時からおかしかった。


 一緒に産まれた兄弟は私を含めて六匹いたがその中でも異質な雰囲気を放っていたように思う。


 ある程度兄弟の序列が決まった時、気づいたら兄はそのトップに君臨していた。

 私達兄弟は誰もそれに関して不満はなかった。

 

 兄はいつでも落ち着いていたし、優しかった。私達兄弟を親のように愛していることも伝わってきた。 


 今思えば、兄の体の中に何か違うものが乗り移っているのではないかと思うくらいの異質さではあったが、私もその時はまだ小さかったので頼りになる兄として慕っていた。



 兄には不思議な癖があった。


 私や兄弟を見つけては「もふもふ」と言って抱きついてきて、私達の毛を全身を使って撫でまわす。

 この行動には終わりがない。兄がもふもふし始めたら寝るかご飯の時間になるまでこのもふもふは続くのだ。

 序列が上の兄がもふもふを要求すれば私達は従うしかない。私達はもふもふされ続けたのだった。


 兄のお気に入りは弟のロニと私だった。


 ロニは「くすぐったいよ兄ちゃん!!ウフフ」といいながら嬉しそうにもふもふされていた。

 私も嫌ではなかった。むしろ嬉しかった。


 もふもふする時の兄の表情は、とても優しく楽しそうだった。

 私はその優しさと兄の温かさに包まれて眠るのが好きだ。

 恥ずかしい記憶だが、他の兄弟にバレないように兄に近づき、もふもふと小さい声で要求したことすらあったのだ。恥ずかしい……。

 兄はそんな私をいつもの優しい表情をしながら私をもふもふしてくれた。

 心が温かくなると共に胸が締め付けられるような気持になった。

 本当に幸せな時間だった。

 この時に私は兄に一生ついて行こうと決めたのだ。


 

 体が大きくなって狩をするようになると、兄の異常さが際立ってきた。

 兄は一度お母さんが狩をする姿を見せると、それだけで全てを理解したように狩を成功させてしまった。

 ちなみに私は三回目でやっと獲物を仕留めることができた。

 それでもお母さんにはあなたは上手な方よと褒められたのだが、兄の存在が邪魔して素直には喜べなかった。

 

 兄の事はもちろん大好きだ。

 でも、兄の才能に嫉妬しているというのも事実だった。


 だから私はこの時から兄に甘えるのをやめた。

 兄に守って貰うだけというのが嫌だった。

 いずれ兄は立派な狼になるだろう。その時に守られているだけではなく、隣に並び立てるくらいに強くなりたかった。


 

 だけど、兄離れはなかなかに厳しい道だった。


 弟のロニがもふもふされているのを横目で眺めることしか出来なくて寂しかった。

 いいな~私もして欲しいなと何度も思ったが、私は兄と並び立つ存在になるのだと我慢した。

 心の中で小さい時のように『もふもふ』といって兄が来てくれるのを待っていたが兄は来てくれなかった。


 私が甘えん坊を卒業しようとしていることを賢い兄は悟ったのかもしれない。

 私を尊重してくれていると分かってはいても寂しかった。


 

 兄弟だけで狩をするようになってから、兄弟は減っていった。

 まず、一匹が迷子になった。探しに行ってみると、弟が消し炭になっていた。私はこれは違う。弟じゃないと言って他の場所を探そうとしたが、兄が弟と断定した。

 

 私達はその亡骸を土に埋めて泣いた。兄も号泣していた。


 兄は俺のせいだと言って、次の日は巣穴から出てこなかった。

 私は、その時にどう言葉をかけていいか分からずただ見守ることしか出来なかった。


 その日の夜に兄とお母さんが話をしているのを薄っすらと聞いていたが、盗み聞きする気にもなれず私は頭を空っぽにして寝た。


 その次の日、兄は狩に出てきた。

 表情はさっぱりしていたが、なんだか瞳には闇が宿っているような気がした。


 

 その日の狩でさらに弟が二匹死んだ。


 

 鹿を狙って兄弟全員で距離を縮めていた時、私の横を矢が二本、風を裂いて通過した。そして弟二匹の首に突き刺さった。

 咄嗟に兄は兄弟に逃げろと指示を出して矢を放った人間に立ち向かった。


 兄の動きは見惚れる程に滑らかだった。


 兄は矢を放つ人間のタイミングを見計らってジグザグに避けながら首に咬みついた。


 一撃だった。


 一撃で人間の首をちぎって地面に降り立った兄は凄く怖い顔をしていた。

 そして、ただ怒りだけを込めて遠吠えをしていた。

 兄が遠吠えをしているのを見るのは初めてだった。

 怒りを空へ打ち上げているようなそんな遠吠えだった。


 そして兄はもう動かなくなった弟二匹を無言で地面に埋めた。

 兄は泣かなかった。だから私も泣けなかった。

 ロニの目は潤んでいたが、私が首を振って泣かないように釘を刺した。


 一番辛いのは指揮をとっていた兄だろう。

 それを分かち合ってもらえない事に寂しさを覚えたが、それもしょうがないと自分の気持ちを誤魔化した。私はただ呆然と眺めることしか出来なかった。そんな私には分かち合って貰う資格などないのだと思った。


 その日の狩はそこで終わりだった。


 トボトボと巣穴に戻っていく兄にまた言葉をかけることが出来なかった。

 私は何も出来ない。何も……。


 悔しかった。情けなかった。

 並び立とうとしているのに何も出来ない無力な自分が嫌で嫌でどうしようもなかった。

 

 だから何かを変えたくて兄の元へ向かった。

 何も考えて無かった。何が出来るのかはわからない。

 だけど、なにも出来なくても抱きしめてあげたい、近くにいてあげたいとそう思ったのだ。


 巣に入ると兄はこちらを向いていた。

 兄は無表情だったが、明らかに怒っていた。

 目に静かな怒りを蓄えて怒っていた。

 そして短く言った。

 「人間を狩る」と。


 私はうんと頷くことしか出来なかった。

 



 その次の日から私達はひたすらに人間を狩った。

 一人で行動している人間を見つけて、まず本当に一人かを確認する。

 その後、兄が人間の先手を取れるように動き、突撃して動きを止める。そこにロニが追撃。私が止めだ。


 兄はもはや天才といっても過言ではないくらい狩が上手い。


 人間の特性を理解しているように一撃で相手の初動を抑え込む。私とロニは動きの止まった人間に咬みついて殺すだけだった。こんなの動物を狩るよりも簡単だ。


 だから、兄に私も一番最初の攻撃をやりたいと申し出たが兄は首を縦に振ってはくれなかった。


 任せてくれない事に一抹の寂しさを覚えたけど、このチームのリーダーは兄なのでそれ以上逆らうことはしなかった。


 兄はもうこれ以上兄弟が死なないように必死に立ち回っているようにも見えた。

 危険がありそうなら、人間が一人でも手を出さずに近くに隠れて息を殺したことも何度もある。

 一見臆病風を吹かした様に見えた事もあったが、直ぐに違うとわかった。

 息を殺している時でさえ、兄は殺意に満ち溢れている怖い顔をしていた。

 そして兄が避けた人間は確かに腕利きの人間だった。


 私達と違う狼の群れを一人で殲滅させたり、大きめの熊を素手で殴り殺したりと他の人間とは明らかに動きが違った。

 兄はそれを外見から見抜いていたのだ。

 

 そうして人間狩生活を一ヵ月程続けていたら私の体に異変が起きた。


 今朝のことだ。


 朝起きたら、急に体が大きくなっていた。

 とても怖かった。視界が今までより高くなり急に別世界に来てしまったようだった。

 

 私は怖くて怖くて仕方がなくなり、寝ている兄に泣きついた。

 

 兄は弟をもふもふしながら気持ちよさそうに寝ていた。

 少し弟に嫉妬しながらも、兄に語り掛けた。


 起きなかった。

 いや、起きたけど、無視された。


 私がこんなに大変なことになっているのに、この兄は!! と初めて兄に小さな怒りの感情が沸いた。

 私はその感情を躊躇なく兄にぶつけてやった。


 そうすると兄は飛び上がって私を見つめ返した。


 「あの~すみません。どなた様でしょうか?」


 正直イラっとした。それと同時に悲しかった。私は今までこんなに兄を見て来たのに……。


 私はこの色々な感情が混じり合った激情を制御することが出来なくなった。


 肉球で思いっきり殴ってやった。


 やり始めると、色々な感情が心の中から溢れてきて止まらなくなった。

 涙が目元に溜まって視界が少しブレたがもう関係なかった。私は兄を殴り続けた。


 「その声は……ペコか?」

 

 兄はやっと気づいたようで私は手を止めてやった。


 朝起きたらこうなっていたと伝えると兄は少し考えてその後、



 私の頬っぺたを舐めた。


 

 私の全身に衝撃が走った。私の体は硬直して制御不能。ただただ、体を震わせるしかできなかった。

 体中の血が全身を暴れまわっている。体が熱い。熱い。熱い。


 私はこの熱を喉がら必死に吐き出そうと声を絞り出したが、自分でも何を言っているのか分からなかった。


 そんな様子を見た兄は、申し訳なさそうな顔をしていた。


 「その……なんかすまんな。間違えたかな?」

 「いや…その……そんなこと……ないかも?」

 

 もう訳が分からなかった。自分で何を口走っているのか意味不明だった。


 とりあえず、鼻息をフスーフスーと吐いて体内で暴れまわる血を落ち着けようとする。


 少し落ち着いただろうか…。

 すると兄に舐められた頬のヌメリを改めて感じた。


 もう私の頭は真っ白に発熱していて爆発寸前だった。


 ああああああああああああああああああああああああ


 どうしよう、どうする?何が?ええええええでも舐められた。嬉しいの?うん、嬉しい。なんか幸せ。でも凄い胸が痛い。ナニコレ?これはナニ?でもいい。気持ちいい。なんか幸せ。頭が白くて幸せ。好き。大好き。チロ兄大好き。幸せ。大好き。好き好き好き。幸せすぎて死んでもいい。いやだ。もっと一緒にいたい。一緒にモフモフしたい。モフモフ。もふもふもふもふもふもふもふもふもふ。


 もうぐっちゃぐちゃだった。でも幸せだった。


 私の頭が、勝手に盛り上がっているうちにロニが目を覚ました。


 ロニは私を見ると誰?ととぼけた顔で言いやがった。


 取り敢えず、鼻に一発パンチをお見舞いしてやったら、ロニは鼻を抑えて小さくなっていた。


 なんだかそれを見ていたら笑えてきて、私の心と頭を落ち着かせた。


 一応感謝しておこう。残念な弟よ。


 

 

 そこから兄は私が成長……『進化』した事を教えてくれた。

 なんでそんな事がわかるのか疑問に思ったが、兄に誤魔化されてしまった。

 いや、誤魔化されたのはロニだけだ。私は騙されないぞと兄の目を見つめて不満をぶつける。 


 あっ……。


 目が合ってしまった。

 私は全力で目を反らした。

 無理だ。兄の顔を直視できない。

 

 私は自分に落ち着け―落ち着け―と何回も何回も唱えて自分の心を静めた。


 危なかった。もう少しでまた暴走してしまうところだった。 



 その後に兄は急にお願いごとがあると言ってきた。


 人間狩をするときの止め役を変わって欲しいと言った。

 私がチャンスとばかりに目を輝かせて前のめりになったところで、兄は急に方針転換した。

 折角兄と同じポジションを任されると期待したのだが、残念ながらダメみたいだ。


 私は一応不満を口にしたが兄はやっぱり聞き入れてくれなかった。

 なんか悔しい。

 心を弄ばれている気がして悔しい。でもいい。

 こんな兄だが一緒にいたい。


 私はこれからこの兄に振り回されながら生きていくのだろう。

 

 まあ、そんな生き方も悪くはない。

  

 願わくば、このまま家族四匹で幸せな生活を送れますように……。


 私はそんな願いを胸に抱いて、母の帰りを待った。

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