第2話 進化
「ねえ、チロ兄起きて~、起きてよ~!!」
誰かが俺を呼んでる気がするが、今は眠たい。
俺はそんな欲求に従い薄く開いた目を閉じて、俺の下でうずくまりながら寝るロニのもふもふ感を堪能しながらもう一度眠りに落ちた。
「うらぁ!!起きてっていってるでしょうがっ!!」
その声の直後、俺の長い鼻の丁度中央部に衝撃が走った。
「うおぉぉっああっと」
俺はそんな情けない声を出しながら顔を振りながら飛び起きる。
文字通り四つ足を瞬時に伸ばして飛び起きた。
すると目の前に見知らぬ大人の狼がこちらを見ていた。
「あの~すみません。どなた様でしょうか?」
寝ぼけた俺は咄嗟に口走った。
「もぉ~。チロ兄のバカ、バカァァァァァアアア!!」
目の前の狼は涙目になって、俺に向かって狼肉球百裂拳を繰り出してきた。
いくつかの肉球が俺の顎にクリティカルヒットし、俺の意識を覚醒させる手伝いをする。
目の前の狼は現在百裂拳の二十発目くらいだろうか、未だに肉球を繰り出し続けている。
肉球というと柔らかいイメージだが、野生の狼の肉球はそこそこ硬いので結構痛いのだ。ひっかき攻撃よりはましだがな。
それでもこれ以上肉球アタックを食らうのも嫌なので俺は必死に頭を回転させる。
「その声は……ペコか?」
すると、目の前の狼の肉球百裂拳がピタリと止まった。
そして、悪戯をした後の言い訳のようなことを言ってきた。
「そうなの、朝起きたらこんなになってたの!!」
ああ成程ね。
俺はペコの胴体の上の表示を確認する。
そこには、ウルフリーダーLV10と書いてあった。
つまりペコは進化していたのだ。
寝ている間に時間経過での経験値でLVが上がったのだろう。
朝起きて体が成長してれば、誰でも驚くだろう。
俺も目が覚めたら狼だったときはかなり驚いたもんだ。
いや、あの時は小さな兄弟達に興奮して驚きがどっかに吹っ飛んだような……。
ペコにはLV表示も見えてないだろうからな。
いきなり体が大きくなって不安な気持ちは理解できる。
いつもは凛としているペコだが、今日はなんか言動と行動がおかしい。
産まれてからの三ヵ月間一緒にこの巣で母さんの帰りを待っていた時のように甘えん坊な妹に戻ってしまっている。
俺はペコを安心させてやるために大きくなった彼女の頬っぺたを舐めてやった。
「なっ!!なっ!!いや…なっ!!何してるのお兄ちゃん!!」
するとペコは声を裏返してビクビクしていた。
ふーむ。間違ったかな?
正直俺は狼の正しいコミュニケーションの取り方がまだわかっていない。
母さんは俺をこうして慰めてくれたので、これでいいのかと思ったのだがどうやら違ったみたいだ。
「その……なんかすまんな。間違えたかな?」
「いや…その……そんなこと……ないかも?」
聞かれても困るんだが?
ペコが急にしおらしくなってしまった。
まあいい、今は置いておこう。
取り敢えず、ペコが落ち着いたので説明に入るとしよう。
その前に俺のすぐ下で眠るもふもふのロニを右前脚でゆすって起こした。
「おはよ~、兄ちゃん」
「おう、おはよう」
ロニは瞼をゆっくりと持ち上げ俺に朝の挨拶をするとペコに焦点を合わせた。
「だれ?」
ペコが間髪入れずにロニの鼻に肉球パンチをお見舞いした。
「いたぁああ、痛いよー。ごめんなさい。ごめんなさい」
ロニは訳も分からずに、うずくまって狼流土下座を実行していた。
「まあまあ、寝起きじゃわかんねーよ。今から説明するからちょっと落ち着いて」
「ふ~んだ」
「ロニ、これはペコ姉ちゃんだ」
「えっ!!うっそだ~。だってペコ姉ちゃん昨日はもっと小さかったもん」
「まあ、それも説明するからちょっとお前ら落ち着け」
そう言って、俺はその場で伏せをして楽な体制を取った。
それを見たペコも大きくなった前足を上手くしまって伏せた。ロニは伏せていたので顔を上げた。
こうしていると、なんか小さい子供のお泊り会みたいだなと思ったが、今はそんなこと言ってる場合じゃなかったな。
「ペコ」
「なに?」
「簡単に説明すると、お前は成長したんだ」
「急に?」
「そうだ。俺達は急に成長する。
これから、この事を俺は『進化する』と言うことにする」
「これ以上成長するの?」
「するかどうかは分からん。だが、する確率の方が高いと思っている」
確かに、ここで進化が止まる可能性もあるのだが、俺のやっていたネトゲでは割と後半のマップまでウルフ系モンスターがいたので、そんな感じに進化するのではないかと考えている。
「どうして、兄ちゃんはそんなことわかるの~?」
ロニが能天気にそんなことを言ってきた。
人間だった頃の記憶があることを話しても良かったんだが、信じてもらえるとは思えないし、何より面倒くさいので適当に誤魔化すことにする。
「それは、俺が兄ちゃんだからだ。お前達が分からないことがあったら、今まで兄ちゃんが答えてあげていただろう?」
「うん、そうだね。兄ちゃんすごく頭いいもんね!!」
全然答えになっていないが、考えることが苦手なロニは納得した。
ペコは訝し気な目をこちらに向けていたが、俺が目を合わせると目線を外された。
まあいっか。ペコのことは今は置いておこう。
とりあえず俺の確認したかった事が一つ明確になった。ウルフはLV10でウルフリーダーに進化する。それさえ分かれば、後は人間を狩ってLVを上げるだけだ。
「ここで、一つお前達にお願いがある」
俺があらたまってそう言うと、ペコもロニも興味深そうにこちらを見てきた。
「俺も早く進化したいから、協力して欲しい」
「もちろんよ」
「うん! 僕もしたい!」
二匹とも快諾してくれた。やっぱり持つべきものは妹弟だな!!
「でも、どうするの?私は寝ている間に進化していたんだけど?」
「一番手っ取り早いのは人間を狩る事だ」
「じゃあいつも通りじゃない」
「そうだな。でも早く進化するには止めを刺すことが大事だ。だから止め役を変わって欲しい」
「いいわよ。私もチロ兄のポジションやってみたかったの」
ペコはそう言って目を輝かせていた。
いや、よく考えろ。
人間狩で一番大事なのは先制攻撃だ。それをやったことのないペコにいきなり任せてもいいのだろうか…。
いや、ダメだな。
「いや、まずはロニの進化を優先しよう。ペコはロニとポジションを変えて俺の後だ」
「え~」
「僕も兄ちゃんの後でいいよ?」
「いや、ダメだ。俺がそう決めたんだからそれに従って欲しい」
俺がそう言うと、渋々ながら二匹とも了解してくれた。
狼という種族は上下関係が兄弟でもハッキリしているのである。
この群れのトップは母さんでその次は俺、ペコ、ロニという順番で序列が決まっている。
俺がお願いしたら断ることはしない。
まあなんて従順な弟妹達なのでしょう。お兄ちゃん嬉しいわ! なんて……。
「じゃあ取り敢えず、今日はそんな感じで狩をするから頼むな」
「わかったわ」
「は~い」
これで今日の予定は決まった。
とはいっても毎日人間狩りには行くんだがな。
ロニの表示を見てみると寝ている間にLV9に上がっていた。俺もまだ確認はしていないが、LV9になっているだろう。
とりあえず楽しみが増えたことに俺は満足した。
「じゃあ、朝ごはん食べて母さんに許しを貰ってから出発しよう」
「うん」
「は~い」
母さんは朝食の動物を取りにいっているのだろう。この巣穴には姿がなかった。
俺は母さんが帰って来るのをロニとペコと作戦会議をしながら時間を潰して待った。