表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
17/38

第17話 天変地異を起こす危ない奴

 生肉が空を飛んでいた。


 長々と続く石畳みの上に多くの露店や屋台が所狭しとひしめき合っている。

 そこに集まる人々の合間を縫ってそれは飛んでいた。


 何の肉だろうか、牛か?豚か?

 というか、この世界に牛とか豚とかいるのか?

 この世界に来てからまだ見かけてないな。

 でも何かのミルクをエリスは飲んでたから牛っぽい何かはいるのかな?

 

 ちなみに俺のエサはイノグーという魔物の肉なんだそうだ。

 一度だけ市場で生け捕りにされたイノグーを見かけたことがあったのだが、まんまイノシシだった。



 

 その空飛ぶ生肉は放物線を描いて、俺へと向かってくる。


 俺は口を大きく広げてその飛来する生肉を牙に引っ掛けた。

 

 その途端に観客から拍手と歓声が上がる。

 「ナイスキャッチだチロ」

 「今日はエリスちゃんと一緒じゃないのかい?」

 「アイナさんに今度寄ってくれって言っといてくれ、いい肉が入ったんだ」

 「あら、珍しい今日はリードさんと一緒なのかい」 


 俺はいつの間にやらこの帝都エルディアの北部に位置するこの通りのマスコットになりつつある。


 人がごった返すこんな街中を可愛い子供を背中に乗せた巨大な黒狼と美人で有名な元S+冒険者が闊歩すれば話題にもなる。

 しかも、その背中の子供の言い分では人間の言葉を理解できる程の賢い狼だ。

 人気が出ない方がおかしいだろう。


 


 俺は街中では一言も喋らないようにしている。エリスが街中で喋ってみてと懇願してきても心を鬼にして無視する。流石に巨大な狼が人語まで喋り出したらマスコットじゃ済まないだろうしな。

 わざわざリスクを負う必要はない。




 俺は肉屋のおっさんから投げこまれた肉を咀嚼しながら石畳の市場を抜けていく。

 今日はいつものようにエリスやアイナは一緒ではない。

 その代わりにリードが一緒だ。


 そういえばリードと二人っきりで歩くのなんて、俺がこの街に連れてこられた時ぶりだな。


 【そうですね。あの時はみんな珍しい物を見る目で見ていたのに、今はこの街に馴染めているようで安心しましたよ】


 俺の思考にリードが割り込んできた。


 【おかげさまでな。まあ悪い気はしないからこいつらのマスコットくらいにはなってやるよ】

 【チロも楽しそうで……よかったですね】


 【こらああ! 人の頭の中を勝手に覗くんじゃねーよ】

 【許してくださいね。この念話をしていると勝手に見えてしまうんですよ。不可抗力です】

 【理不尽極まりねーよ。念話切れよプライバシーの侵害だぞ】

 【はいはい。わかりましたよ】

 

 念を飛ばしてきたリードはスタスタと俺の前を歩いて行く。

 今日のリードは珍しくあの白鎧と背中に背丈ほどの大きな盾と剣を背負っている。

 いつもはシュッとした細身のズボンにワイシャツみたいな服装で事務員みたいなのだが、今日はどこから見ても騎士にしか見えない。

 これが光翼騎士団第三席リード・エクシアス。レイドル帝国最強の盾のフル装備である。

 


 昨日のキュシアについての話し合いの後、もう一つの事案が議題に上がった。

 それは今日のとある任務に俺を同行させたいというリードからのお願いだった。

 

 アイナは少し渋っていたが、リードの「チロの今後にも役に立つことですからね」の一言を聞いて引き下がった。

 ちなみに俺には選択権は無いらしく、アイナOK、リードOK、じゃあOKという結論で話し合いは終了したのだった。


 朝になってエリスは俺がリードと出かけると聞いて号泣した。

 俺がどこかに捨てられるのかと思ったのか、涙を流しながら嫌だ。チロと一緒に行くと言ってぐずっていた。

 

 エリスの姿は別れる前のペコに重なって何かこみ上げてくるものがあった。


 俺は「大丈夫だよ。ちゃんと戻って来るよ」とエリスに優しく言い頬っぺたを舐めて慰めてやった。

 エリスはそれでも「ほんと? ほんとうにもどってくる?」と泣きはらした顔で不安気に聞いてきたので反対側のほっぺたも舐めてやった。


 どうやらエリスはそれで満足してくれたらしく「おかあさんといっしょにまってるから、ちゃんともどってきね」と言って俺の鼻先にチュッっと愛情表現をしてくれた。


 俺の頭の中の誰かがこのロリコンがと俺を罵った気がしたがそんなものは無視した。


 そんな訳で俺とリードはとある任務のために西門へ向かっているところだ。



 ちなみにまだその任務の内容は聞いていない。

 何故リードがアイナにもぼかした言い方をするのかわからないが、何か理由があるのだろうか。


 【おい、リード】

 【なんでしょう?】


 リードは振り向くことなく西門を目指しながら俺の念話に返事をした。


 【めんどくせぇ。頭読め】

 【さっきと言ってる事が違いますよ?】

 【そっちの方が早いだろ?】

 

 【えっと……私の娘は流石に狼にはあげませんよ?】

 【ちげぇよ!! わかってるよ自分の境遇くらい!!】

 【すいません。冗談です。この任務についてでいいんですかね?】


 【おう。なんの任務だ?】

 【護衛です。アルテイシア様が西方の国に出向いて会談なさるので私達はその護衛につきます】

 【アルテイシアって誰だ?】

 【アルテイシア様はこの国の姫君です。今のところこの国唯一の王位継承権を持っている方ですよ】

 

 ふーん。姫様の護衛か。よくありそうなやつだな。


 【その護衛に俺がついて行く必要はあるのか? お前がいれば大体の事は……いや微妙だな】

 【本当にチロは手厳しいですね。私も自覚はありますよ。私は自分の身を守る事は得意ですが誰かを護衛するという事に関しては正直そこまでです。だからチロを連れてきたのですよ】


 【だから俺を……?】

 【私はチロを評価しています。指揮官としてね】

 【お前らにボロボロにされたのに?】

 【ボロボロにされたのはこちらですよ。たかだかLV20前後の魔物数体にね】


 そういえば、あの森の戦いは結果としてこっち側の被害はツーとスリーと母さんだけなんだよな。

 母さんがやられた事が大きすぎたのと、最終結果が俺を押さえたリード側の勝利という印象が強すぎていつの間にかボロボロにされていると思い込んでいた。


 【それで俺に指揮官をしろと?】

 【それだと色々大変でしょうから、私があなたの指示に従って命令を部下に下します】

 【なるほどな。俺の力を使って部下から頼れる指揮官という信頼を手に入れる魂胆なんだな?】

 【やめてくださいよチロ。冗談とわかっていても結構痛い言葉です】

 【ふんっ】


 冗談で言ったのだが真面目なリードにはそこそこのダメージを負わせられたらしい。

 いい気味だよ。


 

  

 でも、確かに護衛任務においては俺はうってつけの人材なのかもしれんな。

 違うな、狼材か。


 索敵能力は人間など比べるにも及ばない、進化した俺の索敵範囲はキスカ大森林の半分を把握できるほどに広い。超遠方からの超電磁砲による狙撃でも来ない限り俺に気付かれる前に護衛対象を攻撃する方法はないだろう。

 そして、俺が気づきさえすればリードがいる。俺が知っている中で最強クラスの冒険者だ。そう簡単に抜ける壁ではない。最強の布陣と言えるだろう。

 不安な事といえば俺の未熟な戦闘力だが、今は目を瞑らせてもらおう。LVはまだ23だ。真正面から戦闘になったら俺に勝ち目がない事はもう十分に理解できている。指揮することに集中させてもらう。

 ちなみに今の俺のステータスはブラックファングLV23だ。

 俺のネトゲデータベースに則って考えれば黒狼って攻撃力重視のはずなんだが、どうやらこの世界ではそうではないらしい。

 まあ、何でもいいさ。今は手にある力でどうにかしないといけないんだから。



 

 そんな心構えをしていたら西門に到着した。


 西門には馬が三頭繋がれた大きな馬車と馬の手綱を引いているフル装備の冒険者の姿がちらほらあった。


 リードはそれをみて片手をあげながらその冒険者たちに声をかけた。


 「皆揃っていますか?」

 「はい。副団長全員揃っています」

 

 リードの言葉に生真面目に答えたのはリードと同じ白色のライトアーマーを装備し、背中に弓を背負った男だった。

 

 そしてその男が俺に気づいた。


 「これが噂の副団長の契約獣ですか?」

 「紹介しますね。これが私の契約獣のチロです」

 

 俺はリードに紹介されるままに、弓使いの男に自己紹介をする。

 「チロだ」


 弓使いは目を見張った。まあ正しい反応だろう。狼が喋ったんだから。

 弓使いはすぐにリードに視線を戻した。


 「これは……王ですか? 見た所低レベルですが……」

 「いえ。違いますよ。ただ、王候補であることは間違いないですね」

 「流石というかなんというか。副団長にはいつも驚かせられますよ」


 急に俺のわからない話が始まってしまった。王? 王候補ってなんだ? あとでゆっくり話を聞かせてもらおう。


 「とりあえず、名前くらいは教えてもらった方がいいと思うんだがな」

 俺は少し不満気に弓使いに声をかけた。

 

 「あっ。失礼しました。私はゲイル・アーカイルと申します。ヒューリーストーカーです」

 ゲイルは生真面目に俺にも丁寧に騎士がよくやりそうな挨拶をしてくれた。

 この人はきっといい人だな。クソ真面目な感じがする。

 ヒューリーストーカーって何だ? ネトゲのジョブみたいなものか?

 これも後でリードに聞いてみよう。楽しみだ。


 俺達のやり取りを見て、馬車を挟んだ反対側から長い鉄製の棍棒を肩に担いだ巨人と巨大な馬が現れた。

 こいつは見覚えがあった。

 キスカ大森林でリードの護衛をしていた男だ。

  

 「チロ、彼は見覚えがありますよね。ゴードン・テゾアです」

 「チロだ。よろしく頼む」

 「うす」


 ゴードンはそれだけ言うと黙ってしまった。

 本当こいつは何も喋らねえな。


 ゴードンも異様だが、ゴードンが連れているこの馬も異様だ。某世紀末な漫画の高級カップラーメンみたいな名前のラスボスの馬くらい巨大だ。

 確かにあんな巨人を背中に乗せるんだ。これくらいの大きさがないとやってられないのだろう。

 この巨大馬と会話ができないのが惜しいがそこはしょうがない。諦めるとしよう。

 

 俺が魔物語で会話ができるのはレベル表示がされているものだけだ。

 といっても、会話したことがあるのは湖で合ったグレッドチース族しかいないのだがな。


 

 「キャワワワ」

 次にそんな奇妙な声を上げて馬に乗って近づいてきたのは、赤いローブと赤いつば付きのとんがり帽子を被った少女だった。めちゃくちゃ目立つ。さっきから馬車の裏側にチラチラ見えていた赤色はこいつだったのか。

 中学生から高校生くらいの容姿の女は馬から飛び降りて俺に真っ直ぐ抱き着いてきた。


 「キャワワ、キャワワですよ。マジ天使。神もたまにはいいことするじゃない。凄い。これ凄いっ。もふもふもっふもふ。ふもっふるですよ。マジ神」


 抱き着いたまま少女は俺を撫でまわす。


 「おい。やめろ。悪い気分ではないが、今はやめろ」

 「うっひょおおおお。すげえっすよ。リード、このもふもふしゃべるんですけど~?」

 「そうですね。私の娘もお気に入りですね」


 「えー!! ずーるーいーっ!! 私も欲しい。もっふる欲しい!!」

 「ダメですよ。私の契約獣なんですから」

 「べー。リードのケチ」


 少女はリードに向けて舌を出した。


 「ところで、そろそろ自己紹介して欲しいんだが?」


 「おー!! すげえしっかりしてるっすよ、このふもっふる」

 「ふもっふるってなんだよ。俺はチロだ」

 「チロかー。ビミョー。私ならもっと可愛い名前付けてあげるのにぃ!!」

 「それは私が付けた訳ではありませんよ」

 

 だめだ、こいつとじゃれてたら話が進まない。


 「おい。リードこいつはなんなんだ?」

 「ほら、エーチ自己紹介をしてください」


 「あっしはエーチ・グリムノフっす。チロっちよろしくっす。ちなみに五席っすよ。あっしつえーっスよ。杖使うから……なんちって」


 「なんも面白くないが?」

 「ひぇー。チロっち辛口っす~。冷たいっす!!」


 【おい。こいつ本当に五席なのか?】

 【ええ。彼女が五席ですね。若いですが彼女の魔法は間違いなくこの国で一番ですよ】

 【マジか……】


 「まあよろしく頼むよ、エーチ」

 「おう。任せとくっす。あっしの天変地異を見せてやるっすよ」


 天変地異って……隕石落とすとか無いよな? いやメテオとかネトゲであったし……冗談だよな? そうだきっと冗談だ。

 やべぇ。仲間なのにすげえ不安だ。

 こいつ絶対頭のネジ緩いから仲間ごと巻き込んで魔法ぶっ放すよな。怖ぇええええ。


 【リード頼むぞ。こいつしっかり制御しろよ】

 【善処します】

 【この役立たずが!!】


 せめて任せてくださいくらい言えないもんかね。


 【任せてください】

 【おせえよ。本当に頼むぞ。俺はこんなところで死にたくないからな】

 【わかっていますよ】


 どうやら防衛部隊はこれで全部らしい。

 俺を含めて五人か……。


 もう既に一つ不安要素が存在しているんだが、これで大丈夫なのか?


 そんな不吉な予感がどことなく湧き上がってきたのだった。

 

 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ