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第16話 家族だから


 女は完全に俺をロックオンしている。

 

 そして予備動作なしで飛びかかられた。


 「止まりなさい」

 

 まったく見えなかった。


 気づいたら俺の首ギリギリのところに短剣が押し当てられ刃が俺の首の皮に到達している。

 かなりの力が込められているのか刃が震えているのがわかる。


 背筋が凍る。


 ここから一ミリも動けない。動いたらこの短剣が俺の首を落とす。

 

 だが、何故この短剣は俺の首を切り落としていないのか。


 それはアイナが俺がされているのと同じように女の首にナイフを当てているからだ。


 彼女の静止の言葉が無ければ今頃俺の首は胴体と引き離されていたところだろう。


 

 「アイナァァッ! 何故止める!」

 「その子はもう私の家族です。私に残された、たった四人の家族の一人です」


 アイナの行動に対して怒りを表にしながら女は吠える。

 それに対してアイナは冷静に、でも強い意思の込められた言葉をぶつける。


 俺は動けないのでそんな二人を目だけを動かして眺めることしかできない。


 この女はアイナの知り合いのようだが、俺は一切見覚えはなかった。

 俺が何をしたのだというのか……。


 そんな状況の分からない俺を残してこの修羅場は進行していく。


 「アイナ。よくも私にそんな言葉が吐けたもんだな!!」

 「悲しい現実だけど受け入れなさい、キュシア」

 

 キュシアと呼ばれた女がアイナの冷たい言葉に激昂するのがわかる。


 「てめぇっ!! それで納得しろってのか!?」

 「私もあなたもそういう世界で生きてきたと思うんだけど?」


 何を今更な事を言っているのかという口調だった。

 

 「なら! こいつを殺されても文句はねーんだよな?」

 「ええ、構いません。でもどっちの首が飛ぶのが早いかしらね?」


 アイナの腕に力が込められる。


 アイナの手に持ったナイフはキュシアの首にめり込み首筋から血が流れた。

 

 その血を感じてか、キュシアの表情が憎しみに変わる。


 「てめぇだけは絶対に敵にならないと思ってたのにな。クソッタレ!」

 「私もそう思ってたわ。でもその剣を離さないなら私はあなたを殺すわ

  覚悟はできているの。いつかこうなるんじゃないかって思っていたから」

 

 アイナの声のトーンが低くなっていく。

 言葉から感情が消えていくようなそんな冷たさを感じる。


 「ダチよりそのクソ狼を選ぶっていうのか?」

 「ええ。チロはもう私の家族だから。私は家族を守るの。これは誰にも譲らない私の誓い」


 「あたしはこいつに家族をやられてるんだよっ!!」

 「知っているわ。でもチロもへクスにお母さんを殺されたそうよ。

  その上でリードと契約を交わしたのよ。兄弟を守るために」

 「犬畜生と一緒にすんじゃねぇよ!!」


 俺は混乱した。そして同時に話が見えてきた。 


 俺の頭の中で記憶の断片が繋がっていく。


 キュシアは俺の母さんを殺したあの子供の母親か……。

 そしてその子供を殺したのは俺だ。

 狙われる理由に合点がいった。


 そしてアイナとこのキュシアは友達でキュシアの子供を旦那のリードに弟子入りさせていたと。

 

 ただ、それがわかったところで俺にはどうしようもない。

 

 この二人の技量は俺の届く範囲にはない。

 キュシアの初撃も全く知覚できなかったし、どうやってアイナがキュシアの首にナイフを当てたのかも理解不能だ。


 俺はただ、眺めることしか出来ない。

 リードの時もそうだった。

 情けないな……。



 

 「チロは普通の狼じゃないわ。感情もあって人間の言葉も喋れる。

  私達人間が憎くくてたまらないだろうけど、それでもエリスを喜ばせようと遊んでくれるわ」


 「そんなもん知るかよ。じゃあお前はエリスがこいつに殺されていたら納得してたのかよっ!!」

 「戦いの場に出たなら命の保証はない。常識だと思うけど?」

 

 もうアイナの声にはほとんど感情が込められていない。

 この部屋の温度が下がったと錯覚するほどに冷たい言葉だった。


 「つまりはへクスが悪かったとそういいたいのか!?」

 「そうよ。あなたもこうなる可能性を理解していて、リードと一緒に行かせたんでしょう?」


 「貴様ぁあああああ!!」


 キュシアの反対の腕が動いた……。

 動いたように見えた。


 「動かないでって言ったと思うけどね?」


 キュシアの腕からは血が滴り落ちていた。

 そしてアイナの持つナイフが血で濡れている。


 何が起きたかは見えないがそういう事みたいだ。


 そして気づいたらキュシアは俺から距離をとっていた。

 違うな。


 アイナから距離をとっていた。


 そして、恨めしそうな目でアイナを見つめている。


 「これ以上は家を汚したくないかな?」


 アイナはキュシアにそんな言葉を投げかける。


 「馬鹿にしやがって!!」

 「片手が効かない状態で私に勝つつもり?」


 「くっ」


 キュシアは自分の状況を理解したのか、出口に一瞬目を向けた。


 「引きなさい。今ならまだ見逃してあげるわ」


 それを聞いたキュシアは無言で入口から飛び出して行った。



 残ったのは血に濡れた板の間と悲しそうな顔をしたアイナだけだった。




 ☆  ☆  ☆  ☆  ☆  ☆  ☆  ☆  ☆  ☆  ☆  ☆  ☆  ☆


 その日の夕食の後、エリスが寝静まったのを確認して、俺とアイナ、リードはリビングに集合した。


 俺はいつものように絨毯の上に座り、リードとアイナは仲良くソファーに腰かけている。


 

 「チロ。今日は大変だったようだね」


 まずリードが口を開いた。あの出来事を大変だったで済ませるところをみると、頭のネジがぶっ飛んでいると感じる。


 「ああ、久しぶりに命の危険を感じたな」

 

 「僕も薄々こうなる予感はしていたんだけど、まさかキュシアがこの街に戻ってきて真っ直ぐに向かうとは思わなかったんだ。許してくれ」


 こいつ……。


 わかってたんなら先に言えよ。

 

 「そういう事なら先手を打っておいて欲しいところだな」


 俺は不満を口にする。


 「そうだね。事務所に戻ってきたら話し合いをしようと思ってたんだけどね」


 リードはそういうところ詰めが甘いよな。

 俺達が殺したキュシアの子供だってそうだ、こいつがしっかり手綱を握っていれば俺達と遭遇することもなかったろうに……。


 言っても仕方がないか……。こいつは圧倒的な強者で作戦の重要性なんて気にもしていないのだろう。

 きっと、作戦『見つけた者からぶち殺す』で解決してきたに違いない。

 それで手から零れ落ちたものは諦めることができるのか?


 まあ、今はいい。こいつの生き方について考察したいわけじゃない。


 「ん? キュシアって騎士団に所属してるのか?」

 「彼女は第二席だね。キュシア・キルスティア。『赤蜘蛛』の通り名で呼ばれることの方が多いがね」


 赤蜘蛛って……。


 でも待てよ? 


 「って事は何か? キュシアはお前よりも強いのか?」

 「ん~そうだね~。待ち伏せされたら負けるかもしれないね。彼女の強みは巧妙な罠を張り巡らせる事だからね。

  完璧に罠に嵌った状態なら負けるかもしれないね」


 なるほどそういうタイプだったのか。


 「かもってことは、戦ったことはないのか?」

 「そうだね。そもそも僕は戦いは嫌いだし、二席をよこせって彼女が言ったから譲ったんだよ」


 リードらしいというかなんというか……。

 特に名誉とかには拘らない感じがリードらしいな。

 

 俺はふと、アイナの方を見ると話を聞いているのかいないのか、呆然と俺を見つめていた。


 「アイナさんは今日の事、後悔とかしてるんです?」

 「ん? ああ、大丈夫よ。後悔なんてしてないわ。

  家族を守るためならわたしは何でもするわ」


 少しの間を開けて、彼女は瞳に意思を通わせて言葉を紡いだ。


 その言葉に俺は強烈な違和感を覚えた。


 おかしい。


 俺とアイナは出会って三ヵ月しか経っていないはずだ。

 家族と言ってもらえる事に関しては素直に嬉しいが長年の友達で、しかも子供まで預かるような間柄の人間と俺を天秤にかけた時に何故俺を選んだのか。


 「それがわかりません。

  何故まだ出会って三ヵ月程の俺をそんなに大事にしてくれるんですか?

  僕は確かにキュシアの子供を殺した。間接的にじゃなくて、直接足と腕を引きちぎったんですよ。

  僕には明確な罪がある。アイナさんに庇われる程の価値はないと思いますけど?」


 「ふふふ。そうね。チロにはそう感じるかもしれないわね。

  でも、へクスの事は気にしなくていいわ。

  あなたにはわからないでしょうけど、私達の世界ではそれは罪にならないのよ。

  戦って敗北して死んだのなら、戦う事を選んだ人間の責任なの」


 理解に苦しむが、これがこの世界の人間の常識のようにアイナは語る。


 「殺していいのは殺される覚悟がある者だけって事?」

 「そう、それが私達の世界の常識よ。

  あの時へクスはチロ達を殺しに森に向かったの。

  それで返り討ちにあって恨みを抱くのは都合が良すぎると思わない?」


 この世界の善悪の捉え方が少しづつわかってきた気がする。


 「でも俺は確かにキュシアの子供を殺したんだ。その理屈で言うと俺も死んでも仕方ないことにならないか?」

 

 「これはね、冒険者の心得みたいなものよ。魔物に遭遇する場所に出向く時は死なない準備をするの。

  それを怠って死んだらどこまでも自業自得なのよ。

  お昼のはここは街中だし誰もそんな覚悟は必要ない。普通に生活をしてるだけよ。

  そこにキュシアは襲い掛かってきたわ。

  あのキュシアの行動を許してしまえばこの街は毎日戦争よ」


 なるほどな。フィールド上で対魔物で起こった死亡に関しては自業自得で処理されるのか。

 

 昼の状況は、まずキュシアが俺の命を狙ってきた。

 だがそれはこの世界だとただの逆恨みになってしまう。

 それに対してアイナは明確に家族を守るという意思を行動で示した。

 

 この世界の常識で考えれば正しいのはアイナという事になるのだろう。


 ただ理解はできても、感情は抑えきれないだろうな。


 俺には子供はいないが、もし自分の子供が殺されたならば仇をうちたいと思うに決まっている。

 常識としてはアイナだが、感情としてはキュシアを支持してあげたい気持ちになるな。


 だが、それでも殺されたくはない。


 今回は大人しくアイナに従おう。


 「すみません。理解できたと思います。守ってくれてありがとう。アイナさん」

 「お礼はいいわ。そもそも私達はこうなる可能性もあると思っていたの。

  それをチロに黙っていたんだからむしろ私達が謝らないといけないのよ」


 「それはもういいですよ。終わった事にしましょう。

  でもやっぱり納得できませんね。そもそもなんで俺をこの家に招いたんですか?

  こうなることも予測出来ていたなら尚更まずいと思いますけど?」


 俺がそう言うと、アイナはリードの方を見つめた。


 少しの間、リードとアイナは視線でやり取りをしている。


 すると、観念したような顔をしてリードは俺の目を見つめ口を開いた。


 「実はチロに黙っていた事が一つあるんだ」

 「ん?」


 なんだろうか。


 「それは君が元人間だということを僕たちが知っているという事だよ」

 「あ? はっ!? なんで? どうやって?」


 俺の頭はその言葉でパニックになる。

 なんでだ? 俺は一度もそんな事口にしてないし、家族にも話したことがない。

 何故だ……何故ばれた?


 「少し落ち着いてください。全て話しますから」

 「お……おう」


 俺は混乱する頭のままリードの次の言葉を待った。


 「まず人間と魔物の契約というシステムはね、人間側が作り出したシステムなんですよ。

  そして、チロのように僕たちの言葉を話せる魔物は非常に珍しいんです。

  だから普通は意思の疎通はできないんですよ……」


 その言葉の直後、俺の頭の中に声が響いた。

 【聞こえますか? これが契約した証で僕とチロは君の頭の中で会話することができるんですよ】


 俺は驚きつつもどうやって返答するのかは体が理解していた。

 テレパシーみたいなもんかな……。


 【つまり普通は契約獣と話をするときはこれを使うのか?】


 「そういうことですね。そしてこれは不平等な契約なんですよ」

 「不平等?」

 

 「ええ。これは元々人間が編み出したものですからね。少し公平性を欠くのは許して欲しいところですね。

  わかりやすく言うと、僕は君の頭の中を自由に覗き見る事ができます」


 おいおい……。


 まじか……こいつ本気で言っているのか?


 つまり俺の過去がこいつには筒抜けで、しかも現在進行形で俺の考えもわかると……。


 なにが少し公平性を欠くだ。


 不平等どころじゃないぞこれ。

 

 「つまり、俺の元いた世界の事も筒抜けということか?」

 

 「それがどうしても見えないんですよ。

  だから初めは君が違う世界から来た人間だって事も君の妄想だと思ったんですよね。

  でも、君の頭の中には妄想で済まない知識量があった。

  それをどう使うかは僕にはわからないけど、異世界の知識を見てしまったら信じる他にないよね」


 「なるほどな」


 「本当は森の問題が片付いたら君を森へ帰そうと思っていたんだ。

  ただ、君に興味が沸いたからこの家に連れ帰ったんだ」


 「それは、結構迷惑な話だぞ?」


 「僕の命令はなんでも聞いてくれるんでしょう?」


 俺はその言葉に言い返す言葉が見つからなかった。


 「ああ、その通りだ。俺はお前の契約獣だ」


 「すみません。怒らないでください。僕は単純にチロと仲良くしたいと思ったんですよ?」

 「仲良く?」

  

 「ええ。チロの頭の中を覗き見たら、君の頭の中は妹弟を守ることでいっぱいでしたからね。

  情に厚い人間は私は好きです。ああ、今は狼でしたね。

  それにチロの妹弟を守るなら私の近くの方が何かと力になれますしね。

  あともう一つ付け足せばアイナに君を紹介したかったというのもあります」


 「アイナさんに?」


 「ええ。アイナが昔の話をチロにしていないなら私の口からいう事は避けますが、アイナは必ず君の力になってくれるだろうと、私は思ったんですよ。」

  

 俺はアイナの方を見る。


 するとアイナは口角を上げて小さい声で言った。


 「ないしょ」


 そんなアイナを見てリードも笑顔を作っていた。


 よくわからんがアイナは俺に同情してくれているのかな?


 「少しだけ話すと、チロは昔のわたしに似てるのよ。

  だから応援してあげたくなったの。

  それにエリスも懐いているし、チロもしっかりエリスを愛してくれているみたいだし?」


 そういってアイナはいたずらな笑みを浮かべて俺を見てくる。


 ああ……。バレてたのね。


 そりゃそうか。リードに聞けば俺の頭の中は筒抜けなんだもんな……。


 「だからわたしはあなたを家族だと認めたし、これからもずっと家族よ。

  よろしくね。チロ」


 「ああ。よろしくお願いします。アイナさん」


 「もう!! 家族なんだからリードと話すみたいにして」


 「わかった。これからもよろしく頼む。アイナ」


 「よろしい」


 アイナは満足げに笑っていた。



 

 応援したいというアイナの言葉は嬉しいが、正直納得するほどの説得力はなかった。


 他にも何かあるのだろうか……。


 とりあえず今のところは教えてくれる気はなさそうなのでどうすることも出来そうにないな。


 今はこの好意に甘えさせてもらうとしよう。 

 

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