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第13話 ペットの黒狼

 「チーローチーローどこー?」


 舌足らずな声が俺を探している。

 俺はすぐにその声の主の元に駆け付ける。


 「エリス。どうかしたか?」

 「ん~何にもない。でも~チロと遊びたいの」

 「そうか」


 エリスはブルースカイの眼を輝かせ、綺麗に肩口で切り揃えられた金髪を振り乱しながら俺に突進してくる。

 そして俺に両手を前につき出して抱き着く。

 とは言っても、彼女の体はまだ小さい。

 俺の大きい体の側面にへばりついただけだ。


 「チロもふもふ~」

 「はいよ」


 俺はその要望に応えて横たわる。

 

 するとエリスは俺の右前脚を持ち上げて前脚の間に体を滑り込ませた。

 そして笑顔でもふもふ~といいながらグルグルと体を回転させる。

 ちなみにもふもふという言葉は俺が教えた。

 このグルグルは彼女流のもふもふらしい。


 もふもふは自由だ。

 感触を味わうことに重点が置かれるが作法は人それぞれだ。

 エリスが気持ちよく、俺のもふもふ感を感じているならばそれはもふもふなのだ。


 エリスは結構なスピードで俺の腕の中でグルグル回り続けている。


 目が回らないのだろうか……。


 まあ、どうせすぐに疲れて止まる。

 それがここ最近の定番の流れである。


 ほら止まった。


 そしてエリスは俺の腕を枕にして昼寝を開始する。


 先ほど昼食を食べてお腹がいっぱいになったのだろう。

 ゆっくり眠るがいいさ。



 彼女はエリス・エクシアス。俺の主リード・エクシアスの最愛の娘だ。

 年齢は四歳で、もうすぐ五歳を迎えるらしい。


 三ヵ月前にここに連れてこられた俺は、彼女の養育係に任命された。

 当初の予定では、リードについて回って暴れる魔物の説得を任される予定だったらしいのだが、このエリスが俺の事を離さないのでリードが諦めるという形でこうなったのである。


 そんなこんなで俺はエクシアス家のペットとして、こうしてエリスの簡易ベッドをやっているのである。

 

 ここの暮らしはそんなに悪くない。


 彼女の母。リードの妻のアイナ・エクシアスも優しい女性である。

 

 エリスには少し厳しいところもあるが、俺には本当に良くしてくれる。

 アイナもエリスも人語を話す俺を見て驚いていたが、エリスが一目惚れかというくらいの速度で懐いたのでアイナも快く受け入れてくれたのだ。


 一応エリスにも感謝しておこう。


 

 ここは、レイドル帝国の帝都エルディアという都市だ。

 レンガのような物を積み上げた家が立ち並び帝都というだけあってかなり広い。

 家の前の通りには屋台が立ち並び果実や肉、装備品や薬草など様々なものが日々取引されている。

 立地だけ見ればかなりいい場所で、一等地といっても過言ではないだろう。


 リードはこの都市というかレイドル帝国を守護する光翼騎士団の第三席らしい。

 かなりの猛者だけが入団を許される騎士団でその中の三番目ということになる。


 その分給金はいいはずなんだが、この家は豪邸と言うには小さい。

 それについてリードに聞いてみたが、私は小さくても家族の距離が近ければそれでいいと言っていた。

 金があることを見せびらかさない謙虚さというかそんな感じの美学をリードは持っていた。


 この家はダイニングとリビング、トイレと風呂が一階にあって二階は寝室とエリスが大きくなったら使う子供部屋(今は物置)があるだけのこじんまりとした家だった。


 リードは今日は騎士団の本部で事務仕事でもしているのだろう。先ほど昼食を食べに家に帰ってきて、また本部に出かけた。

 事務仕事の方が楽で助かるよ。とは今日の昼飯時のリードの言葉だ。

 確かにリードには事務作業の方が似合うな。

 あの優しそうな糸目と細くすらっとした体つきだけを見れば、帝国最強の盾とは誰も思わないだろう。

 リードは全てを包み込む不思議な包容力を持った男だった。


 あの男ならば、あの美人な妻を娶ったとて誰も不満は上げないだろうさ。



 

 俺がエリスとお昼寝タイムに入ろうとしたところで、リビングにアイナが入ってきた。

 アイナはエリスとお揃いの青い眼と金髪をしている。

 髪はエリスより長く肩より少し下まで伸びている。これをロングヘア―というのだろうか。

 その辺は男の俺は疎いのでよくわからない。

 ただ、その整った顔立ちと綺麗な金髪ストレートヘアーが風に揺られると幻想かと思わせるほどに美しい。

 それを見て微笑むリードと歩くアイナは周りの人を幸せな気持ちを抱かせる程に絵になっていた。


 そんなアイナはエリスにご立腹なようである。

 

 「もう。またこんなところで寝ちゃって。

  チロもエリスを甘やかすのは止めてくださいと言っているでしょう?」

 

 「いや~すいません。つい甘えられると弱くって」


 アイナはエリスには厳しい。

 エリスの躾に関しては、俺も日々怒られている。

 ただ、アイナの瞳にはしっかりと優しさも込められているので、エリスもそんなアイナを嫌いになったりはしない。

 はい。お母さんといって素直に従っている。

 

 俺は枕にされている左前脚をゆすってエリスを起こす。


 エリスは小さい手で目を擦りながらボーっと俺を眺めている。

 

 「チロどうしたの?」

 

 状況のわかっていないエリスに俺は右前脚でエリスの背中を優しく叩いてあげる。


 するとエリスは俺と反対側にゴロンと転がり反対側を見た。


 あっと小さい声がエリスから漏れる。


 するとエリスは立ち上がって服についた俺の黒い毛をはたいた。

 そして、アイナに向かって堂々と言った。


 「寝てないもん!」


 いやそれは苦しすぎるだろう。

 思わず吹き出しそうになってしまうのを我慢する。


 「エリス。嘘をついてはいけないと教えたでしょう?」

 「うぅ。嘘じゃないもん。チロが遊んで欲しそうだったから一緒に遊んであげてたんだもん。

  ねえ? チロ」


 巻き込まれた。


 アイナのやや怒りを帯びた目が俺の眼球を射抜く。


 エリスを甘やかし隊の俺としては心情的にはエリスの味方をしてあげたいのだが、

 アイナの既に真実を捉えている目はエリスの言葉を肯定させない圧力を放っている。

 

 完全に間に挟まれていた。

 

 勘弁してくれよまったく。


 俺が答えないことを悟ったアイナが溜息をついて、エリスに言った。


 「はいはい。わかりましたよ。

  じゃあエリスお昼寝はどこでするの?」


 「ベッド!!」


 「そうね。一人で行けるかな?」


 「行ける~」


 そう言ってエリスは階段を上がろうとする。


 その途中でエリスが戻ってきた。


 そして横たわる俺の耳元に近づき小声で言った。


 「チロありがとう。またあとでね」


 そしてニィっと笑いドタドタと階段を上がって寝室へ向かっていった。


 なんて可愛い生物なんでしょうか。

 頬が緩むのを抑えきれそうになさそうだ。


 そんな表情の俺を見てアイナも笑顔を作っていた。




 その後アイナはリビングの俺の後ろにあるソファーに座った。


 「チロ悪いわね。エリスの面倒見てもらって」

 「いえ。今の僕にはこれくらいしか出来ないですから」

 

 そういうとふふっとアイナは笑った。

 一瞬ドキッとしてしまうほど笑うアイナは美しい。


 俺は心のなかで人妻人妻人妻と三回唱えて心を落ち着かせた。


 まあ狼の俺には何も出来ないんだがな。


 「本当にチロと話をしていると狼とは思えないわ」


 そりゃそうだ。元人間だもの。


 「そんなことはないですよ。僕は見たまんま狼ですからね」


 俺が元人間だという事は、リードにもその家族にも言っていない。

 言ったところで信じてくれるとは思えないが、もし信じられた場合研究機関に連行される可能性も捨てきれないので、むしろ言えない。


 リードは優しいのだが、凄く合理的に物事を考えるきらいがある。

 もし俺が元人間で狼に転生したと知ったら、それがこの世界をいい方向に導くと考えて研究機関に入れられて解剖されるかもしれない。それは絶対無いと言い切れないところがこの男の恐ろしいところだ。


 最近はリードの事を知れば知る程に知られてはいけない情報だと思うようになってきた。


 これは墓まで持って行こう。




 その後俺とアイナは世間話をして時間を潰した。


 これも最近の定番の流れだ。


 アイナはご近所のミルド夫妻がどうだこうだと言っている。


 俺は適当に相槌を打ちながら聞くに徹する。


 主婦は噂話が好きというのはどの世界でも共通だ。


 それを大人しく聞くのが俺の仕事だと割り切っている。


 まあ、人妻だがこんなに綺麗な人と話が出来るのなら悪くない仕事だなとも思っている。


 俺は結局夕方までアイナの世間話に付き合ったのだった。




 

 

 夜になってリードが帰ってきたら、晩御飯が始まった。


 俺の晩御飯は肉だ。生肉がお皿に乗せられて床に置かれる。


 それを犬のようにむしゃぶりつく。


 元人間としてはたまに情けなく感じるが今は狼なので仕方がないと納得してご飯を食べる。


 背に腹は代えられない。


 頂けるものは大人しく頂くのだ。


 それに結構ボリュームもあるので、そこそこ金がかかっているだろう。それを食べてる姿がみっともないという理由で残す事はしたくなかった。


 

 それからは、エリスが眠くなるまで一緒に遊んでやり、眠くなったらエリスを寝室へ見送る。


 これが俺の今の仕事だ。


 そしてもう一つ。


 エリスが寝たらリードと会議をする。


 エリスの躾がどうだこうだや成長具合などを報告したり、リードの意見を聞きながら今後の方針を決める。


 リードも初めての娘でどう躾たらいいのかわからないそうなので、俺に色々聞いてくる。


 狼に人間の躾を聞くのは間違っているとは思うのだが、その辺に関してはリードは俺に何故か一目おいているようだ。割とすんなりと意見を聞いてくれる。


 俺も育てたことはないが、人間時代に妹も弟もいたので助言できなくも無い。


 リードとはそんな不思議な関係が続いているのである。


 そして。


 「なんか情報は入ったか?」

 「確証はないですが、似た情報は入ってましたよ」

 「どこだ?」

 「キンドル砦付近で、赤と白の獣を見たそうです」


 キンドル砦か。

 北の山に逃げ込まずに、グレッドチース族のところで世話になってるのかな?

 まあ、無事に生きているならそれでいい。


 「わかった。ありがとう。すまないが引き続き頼む」 

 「これで娘の面倒を見てもらっているのだから当然ですよ。

  それに、契約ですからね。私はそれを反故することはできません」


 俺とリードは契約獣と主人という関係だ。

 俺はリードに力を貸し、その報酬をリードから貰う。

 あの殺されると思って目を閉じていた間にその契約が交わされたそうだ。


 だから俺はリードに協力し、エリスの警護と世話役をやっている。

 その報酬にリードはペコとロニの情報を集めて俺に知らせる。

 そして、もし危険が及びそうな時は助けに入る。


 そういう契約内容だ。


 この契約内容は当人間で両方が了解すれば自由に内容を変えることができる。

 そして、話し合った結果こうなったのである。


 

 今は一緒に生活することは出来ないが、見守ることは出来る。


 妹弟を守るために、今はゆっくりエリスを甘やかしながら育てている。


 


 俺の今の日常はこうして流れていた。



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