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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

「舌きり娘」

作者: 岡田 晧紀

「幸せ」を感じている人はもちろん、「不幸」だと思い込んでしまっている人はぜひ読んでみてください。

これは幸せに飢えた娘と優しい父とその妻のお話です。


「舌きり娘」


ある山奥のコンビニすら一つもない田舎の村に身長も学力も顔もすべてが普通の何の特徴もない青年が住んでいました。青年は母と祖母の三人で暮らしており、

一人っ子だったこともあり、それはそれは可愛がって丁寧に育てられていました。父は青年がまだ少年の時、母親と激しいいさかいがあり離婚をしたため

居場所や、生きているかどうかすらもわかりません。このことを除いては青年は特に不幸もなく幸せに暮らしていました。

少年が通う学校は全校生徒が100人程度という今にも廃校になりそうな所でしたが、生徒が少ないこともあり、いじめはほとんどなく少年の母は安心して息子を学校に通わせていました。

少年が中学校を卒業し、高校に入学したとき青年にある変化が起きました。青年に好きな子ができたのです。

青年は山奥の村から自転車で20分ほどかけて駅に行き、そこから電車でさらに30分進んだ所にある都会の学校に通っていました。

その高校は生徒数が800人という少年のころの青年には考えられないような数でした。それだけ生徒がいれば可愛い子の一人や二人いることでしょう。

青年男子が恋心を抱いた青年女子は誰もが認める美女で、すべてが普通の青年にとってその美女は縁もゆかりもない存在だと自身が感じていました。

しかし、恋する青年男子にある絶好の転機が訪れたのです。美女の両親の関係が影響で青年が住んでいる山奥の田舎の村に引っ越してきたのです。

そして青年と美女は学校の登下校を共にするようになり、すぐに仲良くなりました。それから一年の月日が流れ、冬の学校からの帰り道で青年は美女に告白をしました。

美女は青年の行動に驚いていましたが、見事に青年と美女はカップルとなりました。彼氏と彼女は青春を存分に謳歌し、無事高校を卒業しました。

彼女は彼氏よりも勉強ができていたため、難関の国公立大学を受験することに決めていました。彼氏は彼女と同じ大学へ行くためだけを目標に寝る間も惜しんで死にもの狂いで勉強に明け暮れました。

そして晴れて無事、二人は同じ国公立大学に合格したのです。大学生活も存分に謳歌し、二人は大学を卒業しました。

青年は大学を無事卒業したら実行するある決断をしていました。彼女にプロポーズをするという決断です。

青年は徹夜で考えた文を美女に伝え、二人は彼氏と彼女から夫と妻になったのです。二人は山奥の田舎を出て都会で生活を共にしました。

青年は成人となりごく普通のサラリーマンになりました。都会の生活に慣れ始めたころ最幸の出来事が夫婦に訪れました。子供ができたのです。

夫婦は幸せの全盛期にいたのです。やがて妻のお腹は大きくなっていき、二人の間に子供が生まれました。

赤子は女の子で、夫婦は愛情をこめて大切に大切に育てました。ごく普通の夫婦ですがこれ以上の幸せはありません。

生まれながらの障害や、事故、災害、貧困、虐待・・普通の生活すら出来ずにいる人々は世界にたくさんいます。いや、普通が普通じゃない人のほうがたくさんいます。

普通の生活ができることが生きることの幸せなのです。

ーーしかし、夫婦とその子供はそのことに気が付きませんでした。−−


夫婦の赤子はすくすくと成長していき、保育園に入園しました。夫婦の子供は明るい性格ですぐに友達がたくさんできました。

しかし、夫婦によくない知らせが保育園から届きました。

毎日、友達を泣かせているという知らせでした。友達の親はわが子を傷つけられたことに腹を立て、夫婦を責め立てました。

夫婦が必死に謝ったこともあり一時は相手の怒りは収まりました。母はその理不尽な怒られ方に納得がいきませんでした。

その日の夜、妻は夫に言いました。

「どうして私たちだけこんなに責められるの?」

「今回の件は仕方がないよ。うちの子が悪かったんだから。」

「でも、もしかしたら相手の子が嘘を言っているかもしれないじゃない。」

「先生も言っているんだから本当だよ。」

こんなお互いの攻め合いと庇い合いが夜中じゅう続きました。父はその夜悩みました。初めて妻が皮肉な存在に見えたのです。

次の日からも妻は人が変わったようにわが子への理不尽な過保護が絶えませんでした。そして子供も母に似ていました。ある日子供が保育園から帰ってきたときこんなことを言いました。

「先生も友達も誰もわたしのがんばりを認めてくれないの。」

「みんな言わないだけでわかってくれているよ。」

「絶対そんなことないもん!」

その日の夜も父は悩みました。娘がとてもわがままに感じたのです。さらに不安よりも大きい恐怖が父を襲いました。

愛する妻と娘のことを嫌いになってしまいそうになったのです。父はこんな自分を責め立てました。両隣にはこんなに愛くるしい顔で寝ている妻と娘がいるのに。

そんな毎日が続き、日に日に父の不安と恐怖は大きくなる一方でした。そして父は思い切った行動にでました。このことを妻と娘に伝えることにしたのです。夫はまず妻に言いました。

「最近少し理不尽に文句を言いすぎてないか?」

「え?どうして?」

「ほら、保育園の件とか。」

「ああ、そのことね・・」

夫は妻がその事実を拒んでいるように感じてなりませんでした。そのあとも夫の優しい言葉での説教は続き、やがて妻はこう言いました。

「うん・・・言われてみればそうかもしれないわね。私、うちの子が悪いって心の中では思っていたわ。でも愛するうちの子を私の良心がそれを認めることを必死に

 拒んでいたの。それで自分でもどっちの味方をすればいいのかわからなくなって・・・」

そういいながら妻は泣き崩れました。

「君がそのことを拒んでたのはわかっていたよ。でもそうやって自分の口でそのことを言ってほしかったんだ。口に出して伝えると自分の中の葛藤や悩みも楽になるから。」

二人の両親の良心がお互いに和解し合いました。次の日から妻はまた人が変わったようでした。今度は良い意味で。

それから数日して父は娘にもこのことを言いました。

「最近、友達や先生のこと嫌いになってないか?」

「なってるよ。だって私のこと無視したりひどいときにはこそこそ話で悪口言ったりするんだもん。」

「本当に先生や友達はお前の悪口を言ってるのかい?」

「さっきからそうだって言ってるでしょ!聞こえてくるんだもん。」

「それはお前がみんなのことを先に嫌いになっているからじゃないか?」

「ちがうってば!もうお父さんなんて嫌い!」

娘はそう言い捨てて二階へ上がり自分の部屋に閉じこもってしまいました。父はもうどうすればいいのかわかりませんでした。

妻のように大人心があればいいものの娘はまだ譲り合いや謙虚さという大人心がありません。何を言っても無駄のように感じたのです。父はもう少し娘の心が成長したらもう一度言い聞かせようと考えました。

月日が流れ、娘は高校生になりました。娘は家に帰ると未だに友達や学校の悪口ばかり言っていました。父はそろそろ娘に言ってもいい時期だと思っていました。

しかし、なかなか言い出せずにいたのです。娘はますます反抗的になり並の子供の反抗期ではありませんでした。

あれだけ愛されていた母にも反抗的になり手を付けられずにいました。そんなある日娘はこんなことを言いました。

「私って超運が悪いんだけど。彼氏だってできないし、友達だって・・」

「いい加減にしなさい。」

父は初めて娘を叱りました。しかし娘も一筋縄ではいきませんでした。

「どうして私はこんなに不幸なのよ!家も貧乏だし、友達にもお金にも全然恵まれてない!」

父は人間の生温かい手で首と心臓を締め付けられたようでした。見守っていた母も言葉が出ず父と母は黙り込みました。

「ほら、自分たちの立場が悪くなったらそうやって黙り込むじゃない!」

娘はあの日と同じように二階に駆け足で上がり扉を強く閉めて部屋に閉じこもりました。扉を強く閉める音は父の心に強く響き閉めた扉の音に心を締められました。

次の日の朝、娘は無言で朝食をとり学校へ行ってしまいました。父は夜にもう一度娘に言い聞かせようと思っていました。

その日の夕方、一本の電話が両親のもとへかかってきました。

ーー娘さんが交通事故でお亡くなりになられましたーー

学校を早退した後、近くの街中を自転車でうろつきまわっていたところ、車にはねられたとのことでした。

母はその場で体の全水分を放出し干からびてしまうぐらい泣きました。父は泣きながら後悔しました。とても後悔しました。もっと言い聞かせていれば、厳しく育てていればと。

それから三日後母は生きる気力を失い、他界しました。

その日の夜父は孤独な家で首を吊って自殺しました。かつて幸せだった家庭に残ったものは父の遺体と三人の遺品だけでした。


娘は死んだあと、あるのかどうかもわからないあの世で閻魔大王と出会っていました。

「おぬしは前世で善い行いをしてきたのか。」

「とてもとても善い行いをしました。友達を大切にして親孝行もしました。」

「おぬしは醜い嘘をついておる。自分の幸せに気が付かず不幸とばかり思い込み周りに迷惑ばかりかけてきた。よっておぬしの舌を抜くことにしよう。」

醜い娘は閻魔大王に舌を抜かれ、地獄へと送られました。


ーー娘のように自分が今「幸せ」だということに気が付かずに不幸とばかり思い込み、自分のことばかり考えて他人を悩ませ傷つける。

  普通になりたくても普通になれない人や生まれてすぐ不幸の絶頂に立たされる赤子もたくさんいます。些細でも大切な幸せを思いそのことに感謝をすること。

  父のように優しくおおらかな人間であることはとても大切ですが、優し過ぎ、謙虚過ぎることは時に愛している人や自分の首を締め付けることになります。

  世には悪人で溢れかえっています。もし皆が善人になればそれに越したことはありません。しかし世の中うまくいかず、悪人と同じ舞台で生活をしなければなりません。

  優しく他人を思いやり悪人には間違っていることを気付かせることができれば自分の悪にも気が付き、お互いが善くなることでしょう。

  しかし、悪人のマイナスと善人のプラスがぶつかり合ったとき、プラスが悪人によってマイナスに変えられてしまうこともあるのですーー



日常の些細なことにも大げさに感謝を。

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