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少年の誓いと彼女の祈り  作者: 歯歯
第二章 『勇者の帰還が意味するものは』
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第七話 『夢見るは戦場の炎、清廉なるもの』

「いくらなンでも急ぎすぎじゃねえか? 

 外に出したのもそうだけどよ、あそこまで言う必要はまだなかっただろうが」


 鬼山おにやま虎太郎こたろうはそう言って、フラムティアに詰め寄った。

 常に倍して凶悪な虎太郎の顔は、気の弱い人なら迫られるだけで涙目になってしまいそうだ。

 そんな虎太郎に、誰もいない部屋の隅へ追い込まれた小柄なフラムティアはといえば――堂々と見上げて、言い返す。


「いや、アタシもあそこまでやるつもりはなかったんだけどね? 

 二人が大丈夫だったならアタシもいけるかなーって思って、ちょい小細工して接触したら記憶取り戻されかけちゃって。

 安全策、打たないわけにはいかないでしょ。

 その前に自力で取り戻してたっぽい技術の方も、不完全で危うかったし」


 詰め所に竜愁たちを迎えに行くという連絡を入れたのは、フラムティアだ。

 ひったくりへの対応から早くも技術系の記憶が戻りつつあると判断した彼女は、それを言い訳に『召還されて狂う前の小川竜愁を見ておきたい』という思いで彼に接触した。

 結果は竜愁の記憶が戻りかけるという想定外の要素こそ混じっていたものの、概ね良好と言えるだろう。

 なにせフラムティアは、確信を得られたのだ。


 かつてソタラハディアで【世界最強】の称号をほしいままにしていた【剣ノ勇者】小川竜愁は、狂人である。

 その狂気の最たるは、自らを犠牲にしてでも大切な人を護ろうとするあまり、その人は竜愁が傷つくのを見て苦しんでいるということに気づけないところだ。

 護ろうとする行為が逆に傷つけるという矛盾――その矛盾を自覚せず、黙々と身を捧げる姿はいっそ神秘的でさえあったが、誰がどう見ても狂っている。


 その狂気は重く、絶対的なものだろう。

 精神年齢一四歳の少年に受け止められる程度では断じてない。

 しかし、小川竜愁は自分の信念を貫ける者(勇者)として選ばれた男だ。

 冷静な状態からなら、受け止めることもできる――というのが雪草の持論。


 フラムティアは、そこまで信じることができなかった。

 竜愁は一度、狂気に負けた人間だ。

 記憶の封印と再生という二つの課程を経て見つめ直すことで、受ける衝撃を低減することはできるだろう。

 それでも――希釈された狂気でも、たかだか一四年重ねた程度の子どもに耐えられる道理がどこにあるというのか。


 しかし、確かめたかったとはいえ、フラムティアも当初は接触しないつもりだった。

 自分との出会いを契機にして記憶を取り戻されては目も当てられない。

 確かめるにしても、竜愁の精神が安定し彼の中である程度の準備が整った後に……と考えていたのだが。


 ――気が変わったのは、竜愁が鮮やかな手並みで暴漢を打ち倒し、ナイフで首を掻き斬ろうとするシーンを目撃したからだ。


 フラムティアは、今からおよそ三百年前、ソタラハディアにてとある【獣災じゅうさい】に襲われた人々の魂が結集し混ざりあい、天文学的な確率の下生まれた聖霊だ。

 だから、三年半前までの地球については竜愁・虎太郎・雪草(勇者パーティーの面々)から伝え聞く限りでしか知らない。

 だが、地球世界の日本人中学生が、あれほどの技を、とっさに繰り出せるまで修練した上、流れで人を殺しそうになるのがありえないことぐらいは、分かる。


 不完全な技術ほど恐ろしいものはない。 

 フラムティアが危惧し、()調()()()と判断するのも、おかしくはないだろう。

 即興では戻った記憶を封印することこそできないが、技術系の封印を解き、他のプロテクトを引き上げるぐらいなら可能だ。

 なにせあの術式にはフラムティア自身の手も入っている。


 そして、万全の準備を整えたフラムティアは竜愁の前に姿を現し、――見た瞬間に倒れられるとは思っていなかったが――封印を調整し、さらに竜愁が想定外に記憶を取り戻す場合へ備えた保険を打って庁舎へ戻った。

 人気のない廊下に出るなり虎太郎()に捕まって個室に連れ込まれ、詰問されているという具合である。


「安全策がどうとか、そういう話はしてねぇンだよ。

 不足の事態が起こりかねねェからしばらくは外に出さないって決めたンだろうが」


「う……、それ言われちゃうと弱いけどさ」


「なンで黙認しやがった。

 理由は、あったンだろ」


「おら、さっさと吐きやがれ」と、虎太郎。

 彼は急に一歩引いて、偉そうに腕を組むとフラムティアの言葉を待った。


 少し、面食らう。

 鬼山虎太郎という男は我が強く、自分と違う意見には徹底して反論するような性格だ。

 何か心境の変化でもあったのだろうか。

 色々と悔しい。


「いや、さ」


「おう」


「リュウシュウ、寝てる間中ずっと、苦しそうに呻いてたんだよね。

 ほんと、ちっちゃい子が魘されてるのまんまな感じで。

 途中からは少し緩んでたけど、たぶんリュウシュウ、ずっと悩んでたんだと思う」


「悩むも何も、ンなことしたって意味ねえだろうが。

 この状況はどうやったって変えられねえンだぞ」


「うん。

 そりゃソタラハディアにいた頃のリュウシュウならそう言うんだろーけど、やっぱり今のリュウシュウは、一四歳の子どもなんだって。

 若干影響は受けてるっぽいけど、そこまで達観はできてないみたいだね」


「……そうかよ」


 虎太郎は、落ち込んでいる様子だ。

 期待しすぎていた自分に気づいて、反省しているのだろうか。

 ――やっぱり、らしくない。

 二四歳という年齢ながらガキと言うか脳筋と言うか、幼い言動の多かった彼が、急な成長を見せている。

 何かあったのは確実だろう。

 聞くまでは、しなかったが。


「とにかく、見てらんなかったんだよねー。

 少しは別のことに気ぃ散らしてやんないと、いつか考えすぎでぶっ倒れそうだったし。

 ……相談しないでやったのは、自分でもどうかと思うけど」


 フラムティアとて、混乱していたのだ。

 いつも毅然として、片腕がちぎれかけるような大怪我を負っても顔をしかめすらしなかった()()勇者が、はっきりと苦鳴を上げていたのだから。

 数秒絶句し、理由を思い当てて落ち着いたつもりでも、平静を失っていたのだろう。


 名案を思いついた直後に、フラムティアの待機していた倉庫の前を仙歌が通りかかったのも、間が悪かったと言える。

 考え直すことなく、倉庫の備品にあった衣服と共に思いつきを押しつけてしまった。

 無様な言い訳にすぎないので、口にすることはなかったけれど。


「……まァ、理由は分ぁーった。

 ティアがやらねぇとって思ったンなら、そうだったンだろうよ」


「……鍛錬、行ってくる」と、フラムティアの返事を待たずに虎太郎は歩きだした。


 フラムティアは、その場に立ち止まったまま彼の背に呼びかける。


「晩ご飯、何がいー?」


「……肉。

 焼いた肉が、食いたい」


「はーい。

 七時までには帰ってきてよ?

 ――行ってらっしゃい」


「おう」



 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 そんな夫婦の会話があった一方で、同時刻、病衣に着替えた竜愁はパイプベッドに潜り込んでいた。

 午前中いっぱいを寝て過ごし、さらには午後五時で就寝など怠惰極まりないが、彼は疲れきっていた。

 暴漢を撃退し、謎の体調不良に耐え、驚愕の事実を知り、未知の【魔術】を体得。

 後半に絞ったこれだけでも充分すぎるというのに、最後に待ち受けていたフラムティアの言葉に残り僅かだった気力を根こそぎ吸い取られてしまったのだ。


 ――それは、竜愁の危惧を完全に肯定するものであったから。


 疲弊するのも、無理のないことだろう。

 フラムティアと入れ替わりに庁舎から出てきた仙歌が何だったのかと聞くのを口八丁でごまかせただけで上出来というものだ。

 端末を手渡し、「ちょっと疲れたから部屋で寝てる」と告げてすぐに別れ、部屋に戻るやベッドにバタンキュー。

 起きあがることなくベッドの上で着替えたところで力尽き、少年は眠りに付いた。

 直前に思うのは、すずやかな声であった。



 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 ――のだが。

 竜愁の脳が見せる映像は、あの一室からほど遠い、高速で過ぎる洋風の町並みだ。

 少し先、遠目にも圧迫感の強い壁がそびえているのだが、その一部が崩れて周辺から煙が上がっている。

 目を凝らすと、黒い影が壁の向こう側から飛来するのが見えた。

 竜愁は、その現場へ向かっているらしい。


「なんだ……?」


 あの夢が、ただの夢でなかったのは察している。

 残った熱感が大きすぎた。

 きっとあの人は実在し、魔術的な何かで干渉を受けているのだろうと推測していて、フラムティアとの会話からそうである裏付けも得られた。

 悩みも少しは解消できると、期待と共に入眠したのだが――どうしてこうなったのか。


 眼下には大通りを竜愁とは逆方向に逃げる人々。

 悲鳴と轟音以外には、何も聞こえない。

 ただ、焼けるような感覚が胸に張り付いていた。

 これは、焦燥だ。

 悲鳴と轟音――つまり、崩落地点で発生している音以外をシャットアウトしてしまうほどに、この自分は焦っているのか。


 ――でも、どうして? 

 答えは出ない。

 今の竜愁には、どうあがいても出せないだろう。

 分かっていた。

 これは記憶だ。

 今日言われた通り、無駄なことと理解していながらも否定してくれる何かを探していただけで。


 認めたくないものからは、目をそらす。

 あるいは、否定する。

 それらは一般的な反応で、だから仕方ない――そうやって自らを慰めようとする自分に、竜愁は焦燥以上の嫌悪を感じた。


 熱に意識を移し、宙を駆ける自分と一体化する。

 そうすると、全力で駆動する肉体のきしみが伝わってくるようだ。

 可動域ぎりぎりにまで引っ張られた肩胛骨が、硬いものにぶつかった。

 剣の鞘。

 それは人を殺しうる重みを収めた鞘なのだと、竜愁は()()()


 壁は、ずいぶんと近くにまで来ていた。

 粉塵は風に散らされたのか、跡形も見えない。

 代わりに、統一性のない異形が穴からわらわらと吐き出されている。

 【魔族】。

 【勇者】の敵にして抹殺対象の、人間だ。

 彼らは応戦する兵士らしき人影を蹴散らして、街の中心部へ走り出す。


 しかし、その進行方向に逃げ遅れた子どもがいた。

 小さな、小学生くらいの女の子。

 集団の先頭に位置する魔族が大きな手を振り上げて、彼女を吹き飛ばそうと――

 竜愁は、その間隙に、稲妻のごとく割り入った。


 いつのまにか、手には剣が握られていた。

 薄い、透き通った刀身。

 装飾品のようなそれに落下のエネルギーを乗せて、竜愁が振りおろす。

 一閃。

 肩から脇下まで、斜めの斬撃が魔族の体を通り抜けた。


 不思議と、返り血が吹き出すことはなかった。

 魔族の体がぐらりとかしいで、倒れかかってくるのを蹴り飛ばす。

 パキリと二つに折れた魔族は、地面に転がった。

 彼らは頑強な肉体を誇っているが、これはどう見ても死んでいる。


 ――やはり自分は、人殺しなのだ。

 その事実が腹のそこにすとんと落ちて、我が物顔にふんぞりかえる。

 ショックなんて立派なものは、感じていない。

 そのためだけに誂えられた最高級の玉座に、収まるべきものが収まった、それだけのこと。


『勇者、様……?』


 あどけない声が聞こえた。

 それに竜愁は、記憶の中の自分と同じ、最高にやわらかい笑顔を浮かべて、

「ああ」

 恥ずかしさなんてかけらもなしに、言った。


 完全に取り戻したわけではないけれど、自分はソタラハディアの大国グリューレに召還された勇者なのだと、竜愁は確信していた。

 疑問点なんていくらでもある。

 でも、何があっても、それだけはたがえることの許されない姿なんだと――


『ここは俺が食い止めるから、早く逃げろ。

 城の方に走れば、兵隊さんか、騎士様が助けてくれるから』


『うんっ!』


『さあ、行け。

 ――止まるなよ!』


 叫んで、振り向きざまに背中の剣を抜き放つ。

 膠着を破り踊りかかった魔族を一刀の下に斬り伏せ、左手から襲いかかってきた敵の爪を、いつの間にか手甲に変化していた透明な剣で、受け流す。

 崩した敵の懐に潜り込んで、一刀両断。

 三人目だ。

 わずかにたじろいで動きを止めた敵軍に、勇者が言い放つ。


『【初めましてだな、魔族。

 ――俺が、【剣ノ勇者】だ。

 ここから先は、おまえらが何人で来ようが、どんだけ強い奴を連れてこようが、絶対に通さない。

 大切なひと、背負ってるんだよ。

 俺は――強いぞ】』


 言葉とともに、全力の殺気を。

 纏い、放出する魂力に練り込まれたそれは、数瞬、戦場を止めた。

 放たれた瞬間こそが始まりの号令だったというのに、動いたのはたったひとり。

 金の残光を引いて、竜愁は増え続ける魔族軍に突撃をしかける。


 大柄な男。

 三メートル近い、関取のような体格をした魔族の膝を斬りつけて、機動力を奪った。

 男が地響きを立てて膝をつく。

 一瞥もくれてやらずに、次の敵へ。

 右足を軸に、長剣の柄を両手で握って、薙ぎ払い。

 二人を殺して、脇下に剣を納める。


『シィッ!』


 渾身の、突き。

 刀身の半ばまで肉に沈め、心臓を貫かれ事切れた象顔の魔族を即席の鈍器にして振り回した。

 先の薙払いに距離を取られたせいで、誰にも当たらない。

 ならばと手首を動かし、百キロは越えているであろう超級の砲丸を投げた。

 もう死んでいるとはいえ戦友を受け止めないわけにはいかないと思ったのか、二人が巻き込まれて派手に転倒する。

 即座に追いかけ、二人まとめて止めを刺した。


『【何が通さないだ、間抜け!!】』


 後ろから、嘲笑。

 止めに費やした一秒で、敵は街の中心に動き出していた。

 このままでは逃げられてしまうだろう。

 ――勇者は慌てることなく、冷酷に告げる。


『【ああ、さっき俺が立ってたのはそこだろ】』


 ――最大強化。

 金光が膨れ上がった途端、竜愁は一歩にして追いつき、先頭二人の首を落とした。

 ぴたりと音が止まる。

 ゆらり、返り血を浴びた勇者が構えを正して、再びの殺気を放つ。

 だが、二度目ということもあり、そこまで大きな効果はなかった。

 近くにいた数人を、斬り殺せただけ。

 部隊長らしき魔族の指示で、群は軍に戻りつつあった。


 ――ここからが本番だと、竜愁の中で目覚めた戦いの知識が教えてくれる。

 魔族は、最下級の者であっても、純人族の上位五〇パーセントに入る実力を持っている。

 勇者がどれだけ強いかは戻りつつある記憶にも見あたらないが、正面から戦っていられる時間は短いだろう。

 ――彼らは数十人、ともすれば百を越す規模で部隊を展開しているのだから。


『【アアアアアア――ッ!!】』


 戦端が開かれる。

 乱戦だ。

 こうなってしまえば小手先の策など役には立たない。

 早く、早く、少しでも早く敵を殺し、屍山血河を築き上げなければ、死が待っている――


 剣を振り、敵を斬る。

 上方に魔術を放って、打ち落とす。

 手甲で防いで、蹴り飛ばす。

 周囲の敵を巻き込む勢いで放たれた火炎の竜巻は、魂力を解き放ち打ち払う。

 斬って、撃って、防いで、防いで、時には肉を斬らせて命を断ち、緑だの青だの赤だのに濡れて。

 勇者は戦った。

 戦い続けた。


 ――果たして勇者は増援が来るまでの間、一人として討ち漏らすことなく戦い抜いた。

 救護兵に運び出されて治癒能力強化魔術を浴びながら、彼は意識を失う。

 そして、夢を見る竜愁の意識も闇の中に消えていく。


 ずぶずぶと沈み、溶けて、解けて――



 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 ――誰よりも強く在れ

 ――決して下を向くな、顔を上げろ

 ――折れるなんてありえない

 ――あいつを殺しておいて、何を今更

 ――意気地無しは殺せ

 ――消してしまえ

 ――邪魔な感情を切り捨てろ

 ――大切を護るために

 ――世界(ひとびと)を救え

 ――世界(呪縛)を壊せ

 ――おまえは

 ――俺は



 ――勇者だ。



 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 夢とも言えない、黒々とした世界。

 そんな言葉が、さらりさらりと額を撫でる冷たい感触とともに、延々と巡っていた。




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