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上界下界物語  作者: 帝王星
漁火
7/7

第七話―転瞬―


 現れたのは蝙蝠の羽、人間の体。


「ここで『悪魔』に会えるとはな…」


 セレンは魔器の照準を悪魔に合わせる。


 悪魔…人間の姿を持つ、妖魔の上位存在だ。堕神よりは下だが、見くびることのできる相手ではない。


「やるぞ」


 それを合図に俺たちは三方向へ散る。悪魔の手に魔法陣が浮かぶ。雷の悪魔だ。

 俺は篝火を一閃。鳳仙火を発動する。辺りが無数の火の玉で埋め尽くされる。

 炎に紛れ、クローフィが悪魔に接近。血桜で悪魔の胴を薙ぐ。


 だが、悪魔は立体光学映像(ホログラム)のように消えてしまった。


「そこだ」


 セレンが魔力を凝縮した矢を、何もない空間に撃つ。断末魔が響き、血が溢れる。

 だが即座に血も矢も消えて見えなくなる。


「これで死なないとは、なかなかの生命力だな」


 セレンは苦笑している。

 クローフィが刃を抜き、一閃。辺りが斬撃で埋め尽くされ血が(ほとばし)る。だがその血も消える。


 赤外線探知で敵の場所を探る。いた。


「紅蓮拳っ!」


 反応のある場所に高速の拳を叩き込むが、手ごたえがない。逃げられたようだ。

 すると、膨大な魔力反応。辺りから稲妻が飛来してくる。


「うぉっ!」


 すんでのところで稲妻を躱す。稲妻が着弾した木は一瞬で炭になる。


「当たったら死ぬな」


 セレンが冷静に分析する。

 赤外線探知で敵を追跡し、高速の拳や脚を叩き込む。が当たらない。


「電磁加速か、厄介だな…」


 雷の魔人がよく使う加速技、攻撃にも防御にも使える優れ技だ。


「奥義・界」


 セレンが高速の矢を放つ。が、矢は悪魔を捉えられない。


「くそっ、速すぎる」

「退いていろ」


 クローフィがセレンを押しのける。


「血の魔族の秘術、見せてやる」


 クローフィが先ほどの攻撃で剣に付着した血を舐めとる。


「秘奥・血写」


 魔力が凝縮していく。


「なんだっ…?」


 クローフィの体に奇妙な模様が浮かんでいく。俺とセレンは口を開けて見ているしかなかった。

 クローフィが足を(たわ)め、跳躍。高速すぎて目で捉えられない。

 悪魔の絶叫が響く。


「あのスピードについていけたのか…?」

「…わからない」


 そう口にする間も血の雨は降り止まない。絶叫は断末魔に変わっていく。



 数分後、俺たちの前には悪魔“だった”ものが散らばっていた。


「…雑魚が」


 全身を血で染め上げたクローフィが呟く。


「バケモンかよ…」


 希少種との力の差を思い知らされる。俺はあまりにも無力だ。


「カムラン、怪我はないか?」


 クローフィはふと俺のほうへ向き直り、心配そうな口ぶりで尋ねる。


「あ、あぁ…大丈夫だ」

「よかった」


 それを聞くとクローフィは安心したように微笑む。


「…なるほど、模写の能力か」


 セレンは分析者の目となっていた。クローフィは嘲笑うような笑みを浮かべる。


「今頃気付いたのか?」


 俺に至っては全く分からなかった。


「相手の血を取り込み、能力を一時的にコピーする能力だ」


 クローフィの体に浮かんでいた奇妙な模様が消えていく。


「コピーできる時間は取り込んだ相手の血の量に比例する」


 なるほど、つまり相手と同じ能力で拮抗したというわけだ。


「大物が出たが今日のノルマは変わらない。悪魔は妖魔10体分としてカウントしよう」

「了解だ」


 俺とクローフィは魔器を構え直す。湧いてくる妖魔を焼き、斬り伏せる。


「…」


 何かクローフィがつぶやいているのが聞こえた気がした。



「なんかすごい音しはったな」


 俺の鋭敏な耳は、遠くのセレンたちの奮闘ぶりを捉えていた。


「は?なんか聞こえたか?」


 Sは首をかしげる。


「あーすまへん、あんさんには聞こえんかったんやな」

「音の魔族と耳の良さ比べんなよ…ったく」


 Sは呆れ顔だ。


「駄弁る暇あったら手ぇ動かしや」


 木陰に隠れている妖魔を木ごと両断。妖魔の断末魔が響く。


「よく言うぜ、言い出しっぺはお前だろがよ」


 嫌な予感がする、すぐに向かうべきだ。俺の本能はそう告げていた。


「なんか嫌な予感すんねや、早いとこ片付けんと」

「嫌な予感?」


 Sは怪訝な顔をする。


「いいから、早く済ますで」


 湧いてくる妖魔を片っ端から斬り伏せる。


「お前ら邪魔やねん」


 ある程度狩ると、妖魔は怯えたのか出てこなくなってくる。


「あらかた片付いたか」

「今のうちやな」


 俺とSはセレンのいるであろう方角を目指す。そのとき、背後から気配。



「理事長、まだ時期尚早です。なぜこの時期に生徒を戦地突入させるなど…」


 ヴェークは応接椅子に座る人物に詰め寄る。


「実戦経験のない彼らを投入しても、無駄に命を散らすだけです。どういうおつもりですか」


 応接椅子に座る人物はため息を一つつく。


「揚羽が奪われた以上、ここは安全ではなくなった。生徒たちにはもう自分の身は自分で守るよう指導すべきだ」

「しかし、彼らはまだ実力不足です」


 ヴェークは必死に反論する。


「…先生はお気づきにならないのか?」

「は…?」


 フェイドはどこからか水晶玉を取り出す。曇った水晶玉はゆっくりとどこかの景色を映し出す。


「…これは…?」

「生徒達の一部はこうして、毎晩地獄で妖魔を狩っている。実戦経験がゼロではないし、非力でもない」


 そこに映るのは、地獄で妖魔狩りをする生徒たちの様子だった。


「っ…」


 ヴェークは口を閉ざす。反論できなかった。


「先生は生徒達を見くびりすぎている。彼らはもう実戦をこなしている」


 応接椅子の人物の言葉は止まらない。


「だから私は戦地投入が可能と考えた。以上だ」


 ヴェークは諦めた表情になる。


「…失礼します」


 一言だけそう言い残し、ヴェークは理事長室をあとにした。



「お前たち、こんなところで何をしてる?」


 現れたのはセレンだった。


「なっ、なんやセレンか…脅かさんといてくれへん?」

「何も驚かした覚えはないが?」


 続いてクローフィにカムランも現れる。Sは少しがっかりした様子だ。


「なんだよ、全然平気そうじゃんか」

「いや、なんかヤバい魔力波長聞き取ったんやけど…」

「あぁ、悪魔が出てきたが討伐した」


 セレンはすました顔だ。


「は、悪魔倒したて…お前ホンマもんのバケモンか?」

「俺じゃない」


 セレンは横目で、隣に立つ血まみれのクローフィを見る。


「やったのはこいつだ」


 クローフィは無言のまま。カムランは青ざめた顔で身を竦めていた。…よほどのことがあったに違いない。


「カムランの身に危険が及んだから敵を排除した。それだけだ」


 名前を呼ばれたカムランは、さらに顔を青くする。


「…なぁ、今日はもう終いにせん?」

「待て、今日のノルマは終わっていない」


 セレンが反論してくる。


「せやけど…みんな疲れはっとるし、カムラン真っ青やで?気づかへんの?」

「…悪い」


 カムランは普段の威勢からは想像できないほど小さな声でそう言った。


「どうしたカムラン、気分が悪いなら早く言えばいいものを」


 セレンはあまりにも鈍感すぎる。若干の苛立ちを覚える。


「あんさんたちが怖かったんとちゃう?」

「…いいんだ、俺が内臓とか見慣れてないから…」


 消え入りそうな声でカムランが二人を擁護する。


「…はぁ、だがこれ以上の妖魔の討伐は無理そうだな。今日は引き上げるとしよう」


 セレンも渋々了承した。


「残りの2人を呼んできてくれ」



 布団に篭っても気分は晴れなかった。


「…“俺は”、弱い…」


 そう、俺は虚弱だった。

 自分は希少種ではないから?…いや、弱いのは自分自身だ。


 セレンの話が本当なら、明日から俺も戦地投入だ。戦争は演習とは違う、夜中にやる鍛錬とも違う。


「…兄貴は、強かった」


 それも、希少種のセレンやラフェルが手も足も出なかったほどに。


「…強くならなきゃいけねぇ」


 闇雲に訓練したって、実践を重ねたって無駄だ。

 ふと壁に立てかけた『篝火』を掴む。

 この魔器は、兄貴の愛用していた魔器『漁火』と対になるものだ。


「…兄貴…」


 魔器は使用者を選び、持ち主の心を反映するらしい。

 …漁火は、どうなったのだろうか。兄と同じで、もう…


 いつの間にか、意識は途絶えていた。



 セレンは自室を抜け出し、ある部屋の前に立っていた。


「…ラフェル、まだ起きているか?」


 なるべく周りに音が響かないよう、小さな声で語りかける。あいつが起きているなら、この声量でも聞こえるはずだ。

 しばらくして、扉が開く。


「セレン、なんか用なん?」


 ラフェルは相変わらずの風呂上がりのタンクトップだった。


「あぁ、少し時間はあるか?」


 それだけでラフェルは察してくれたらしく、ニッと笑う。


「ええで」


 室内に通される。部屋の狭ささえなければまるでライブハウスだ。

 俺たちはベッドに腰掛けた。


 暫しの沈黙。


「…カムラン、兄貴おったんやな」

「…そうだな」

「家族のこと聞くと、俯いたり睨んだりしてきよったし」

「…あぁ」


 ラフェルはふぅ、と息を吐く。


「…俺な、姉貴がおる…いや、おったんや」

「…初耳だな」

「当然や、あんさんに初めて言うたし」


 ラフェルが自分語りをするのは珍しい。


「…3年くらい前やったかいな、失踪して…今も見つかっとらんねん。多分、死んどるわな」

「兄弟仲は良かったのか?」

「いんや、いっつも俺んこと着せ替え人形にして遊ぶ鬼畜やったわ」


 着せ替え人形、ラフェルがスカートをはかされているのを想像し、笑みがこぼれる。


「ちょ、笑うとかひどいやろ」

「いや、あまりにも平和だからな…」


 …自分の意思ではないとはいえ、家族を皆殺しにした俺の家よりは…口から出かかった言葉を飲み込む。


「今のどこに平和要素あんねん…」

「はは、笑って悪かったよ」


 ラフェルは泣きそうだ。かなり辛かったのだろう。

 俺はそれを察し、話題を変える。


「…そろそろ、本題に入ろう」


―八話に続く―

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