第四話―木鶏―
とりあえずラフェルについていくことにした。
ラフェルは口笛を吹きながら樹海の中を歩いていく。
「…」
俺はいつ妖魔が出てきてもいいよう、篝火を構えている。
「…お、来よったわ」
「なんでわかるんだよ…」
俺は全く気配を感じない。
「超音波ってやつや。あんさんも赤外線探知とか使えるんとちゃう?」
そうだった、俺は自分の手札すら把握できていなかった。
草むらから物音。篝火を握りしめる。
現れた妖魔は人間のサイズ程度。全身に紫電が這っている。
「雷の眷族やな。倒してみ」
「言われなくてもそのつもりだっての…」
目の前の妖魔に刀の切っ先を向ける。妖魔が咆哮し、雷を撃ってくる。
「相手の動きを読めっ!」
だが光速の攻撃は躱せず、感電する。
「あーもうっ!」
俺を襲ってくる妖魔を、ラフェルが斬り伏せる。
「あのなぁ…光速の光や電撃は予測して回避か、いなせる時はいなす。これ基本やし」
「うるせっ、アンナ先生と同じこと言うな」
俺は戦術理論などの座学は嫌いだ。だがラフェルは苦い顔になる。
「座学の理解度で生存率や勝率が上がるんやで?」
「俺はそういう頭使うのは向いてねぇの!」
ついカッとなって怒鳴ってしまう。
「…悪りぃ」
だがラフェルは全く気にしてないかのように微笑んでいる。
「…俺も“頭は”使っとらんで?」
一瞬耳を疑う。ラフェルの言葉こそ驚くべきことだった。
「感覚や。身体に染み込ませることで感覚として覚えとるねん」
「お前が言うとなんか気持ち悪い」
「酷すぎん?」
だが、感覚として覚える…俺にはそちらが向いてそうだ。
「…でもそっちなら俺もできるかもしれない」
「やろやろ?」
やはり、強くなるには実戦をこなすしかない。
「…俺さ、慣れるまでこっちくるよ」
「ホンマか?」
ラフェルはなぜか嬉しそうな顔になる。
「いや、野郎共だけで華が無かったし、人手も不足しとったから、ありがたいわぁ」
「後者はいいとして、華ってどういう意味だよ」
「まぁ、慣れるまでは俺がついて行ったるから」
ラフェルはさらりと流し、爽やかな微笑みを浮かべる。
「明日からはセレンについていくことにするよ」
「えぇー?」
俺の言葉でラフェルは不満そうに頬を膨らませる。
「んじゃ、俺の特訓に付き合えよな」
俺は先ほど言われた通り、赤外線探知を使って敵を探し進む。
「はいよー…」
げんなりした顔のラフェルは渋々ついてくる。
遠くで梟の鳴き声が聞こえる。
翌朝。
…身体の節々が痛い。全身が筋肉痛だ。
あのあと張りきって30もの妖魔を倒した(もちろんラフェルのナビ付きで)。
ノルマは50だったので達成できなかったが、なんとなく戦いのコツがつかめた気がする。…言葉にすると思い出せないが。
ドアをノックする音。
「カムラン、そろそろ行かない?」
アクアの声だ。
「あぁ、今行くから少し待ってくれ」
鞄に荷物を詰め、ドアを開ける。
「あれ、今日カムラン髪跳ねてないね」
「いつも跳ねてるような言い方すんなよな」
否定できないので、苦笑いしか出てこない。
「…そういや、サリエルは?」
「先に行っちゃってたみたいで、部屋にはいなかったよ」
「あいつにしては珍しいな」
-いつものサリエルなら俺たちを待ってくれているんだが…
「まぁいいや、じゃ行こうぜ」
学校に行くことにした。
16の椅子には1つの席を除き、それぞれ人間が座っていた。
「今から『臨時会』を開く」
感情のない若い男の声が伽藍に響く。
臨時といっても、この前欠けた戦力のことだろう。
「全員周知のように、氷の寒がつい先日死んだ」
敢えて“亡くなった”とは言わない。俺たちに絆とかいうつながりはない。あるのはただ搾取しようとする各々の思惑と、筆頭であるイディオへの畏怖。
一番奥の玉座に、王のように頬杖をついて座っているのがイディオだ。
今話しているのはそのイディオの右腕的存在のレベルソ。
「今から総掛かりで、その後釜を探す。候補があれば逐一俺に伝えろ」
返事はない。イディオの許可がなければ喋ることすら許されないのだ。
「以上だ。解散」
解散の合図で全員が席を立つ。そのまま一言も喋ることなく会議室を出ていく。
フィリに捕まらないように出かけることにした。
-そうだな、久々に母校とやらに戻ってみるか。
学校での授業、今までは苦痛だった座学も、昨日の特訓のおかげかすんなり頭に入った。
今日の授業が終わってアンナ先生に呼び出され、大量の宿題を出された。
寮に帰ってもやる気が出ず、学習室の机の前で惚けていた。
「うわ、もしかしてそれ全部宿題?」
アクアとサリエルがやってくる。
「普段の授業態度がよろしくないので、特別に出しますだってよ」
プリントの束を今日中に終わらせろ、と言われた。
「今日中にやんなきゃなんねぇんだ、手伝ってくんね?」
「あぁ、いくらでも教えよう」
サリエルも手伝ってくれるのなら、心強い。
プリント冊子を開く。
-問一。魔族の16種族を4つの級に分類しなさい。
…一問目から思い出せない。少なくとも俺たち火の魔族は希少種に入らなかったはずだ。
「どうした?早速わからないのか?」
図星を突かれ、肩が跳ねる。
「これなんだけど、全然思い出せねぇ」
「あぁ、これは希少な順に第一希少種、第二希少種、第三希少種、通常種に分けるんだ」
「いや、それはわかるんだけどさ、どれがどれとか思い出せないんだ」
俺の学力は大絶滅しているからな。
「それは教科書を見ろ」
「教えてくんないのかよっ!」
すると、サリエルは真剣な表情になる。
「教科書に載っている事柄までも私が教えるわけにはいかない。基本中の基本は自分で調べること」
「うえぇ…」
渋々教科書を取り出す。裏の索引から希少種の項目を引っ張り出す。
「第一希少種は時の魔族と命の魔族か…」
命の魔族で思い出す。確かフェイドのアホ…いや校長先生も命の魔族だったな。
「第二希少種は無の魔族、空の魔族、物の魔族だな」
セレンたち空の魔族は第二希少種か、覚えておこう。
「第三希少種…音の魔族に光の魔族、闇の魔族、血の魔族か」
音の魔族…ラフェルとスミレ先生が頭に浮かぶ。爽やか系男子(?)が多い気がする。
「んで、残りが通常種な」
「できたじゃないか」
サリエルが褒めてくれる。
「いや、結局教科書見ちまったし…」
「それも勉強のうちだ」
次の問題に移ることにした。
-問ニ、魔器を必要とせず魔法を使える者を何と呼ぶか答えよ。
「なぁ、魔器ないと魔法撃てないだろ?これ間違ってるぞ」
「それも教科書に載ってる」
また教科書か、さっき片付けたばかりなのに…
これは日が変わっても終わりそうにない。
-問三五〇、特異体質でありながら悪魔を生み出す魔族をなんと呼ぶか答えよ。
とうとう最後の問題だ。わからないので教科書を開く。
「特異体質で悪魔を生み出す…」
特異体質と聞き、ふと兄貴が頭に浮かぶ。兄貴も魔器を使わずに魔法を使える特異体質だった。
問題の答えは一〇三四頁に載っていた。
「なるほど、堕神か…」
不吉な言葉だ。堕神など死ぬまでに一度も関わりたくない。
サリエルがその言葉を聞き、少し思考を巡らせる。
「そういえば先生方の話を偶然聞いたのだが、聖魔軍が氷の堕神を倒したそうだ」
「そりゃすげぇ、これで少しは平和になるな」
聖魔軍とは、俺たちが卒業後聖魔になったら所属する軍だ。
「あぁ、私たちも先人達に負けないよう、力をつけなければな」
サリエルも嬉しそうに微笑む。これで妖魔の被害が少しでも減ればいいのだが。
「付き合ってくれてありがとな、おかげで宿題が全部終わったよ」
「私は何もしてないさ」
宿題を終わらせる爽快感は何年ぶりだろうか。
「もうすぐ朝だが、寝ることにしよう」
サリエルが欠伸をする。開放感と眠気が襲ってくる。
「そうだな」
俺も寝ることにした。
寝床につく。同時に起床のチャイムがなる。
…結局一睡もできなかった。
「おい、大丈夫か?」
隣の席のセレンの声で我に帰る。どうやら眠気に襲われていたようだ。
前ではスミレ先生による戦闘術についての講義があっている。
「今夜の特訓、行けそうにないなら休め」
セレンが小声で告げてくる。
「いや、大丈夫だ」
正直、頭を動かすより体を動かす方がいい。
「そうか、無理はするなよ」
「わかってる」
頭を授業に切り替える。
「お、もうすぐ授業が終わるね、じゃそろそろ切り上げよっか」
スミレ先生は板書するのをやめる。
その時だった。上の階から爆音が轟く。一気に全員の顔に緊張が走る。
「スミレ先生!」
廊下から先生を呼ぶ声が聞こえる。少しして教室の扉が開き、先輩らしき生徒が入ってくる。
「レヴァント君、これはどういう騒ぎかな?」
「やっちまったんです、彼が暴走してます!」
それを聞くと、スミレ先生の顔に緊張が走る。
「全員、この教室で待機してて、俺は理事長を呼んでくる」
そう言い、スミレ先生は教室を出て行った。
「…暴走?」
「何かあったんですかぁ?」
教室が騒然とする中、ラフェルの表情は楽しそうだった。
「なぁ、偵察に行かへん?」
「バカか、出るなと言われただろう」
セレンが却下する。だがラフェルは引き下がりそうにない。
「やったら一人でも行くし、俺そんなヤワやないねん」
「はぁ…バカに付き合うのは疲れる。お前を一人にするわけにもいかないしな」
セレンは仕方なさそうに承諾する。
「カムラン、お前も付いてきてくれ。どうも嫌な予感がする」
俺も行かなければならないようだ。
「…アクア、サリエル、悪いが俺も行く」
一言2人に詫びておく。2人とも納得いかなそうだったが、渋々承諾してくれた。
教室を出る。
廊下はまるで冬のように寒い。
ラフェルは相変わらずヘッドフォンをつけ、音楽を聞きながら鼻歌を歌っている。
「…お前ら、寒くないのかよ…」
俺は火の魔族なので、寒さにめっきり弱い。
「俺は平気だ。このアホは知らんがな」
「アホはないやろ!アホは!」
…聞こえていたようだ。
「それで、震源地はどこだ?」
「2-1っぽいわ」
ラフェルがそう言うと、セレンは空間の穴を作る。
「何があるかわからない。戦闘態勢はとっておけ」
セレンの忠告で、俺たちはそれぞれ魔器を構える。
空間の穴をくぐる。
そこは一面氷の銀世界だった。
「ここが2-1か?」
「いや、ここはまだ階段の近くだ。いきなり戦地突入は危なすぎるからな」
ラフェルは近くの氷の壁を触っている。
「魔力の純度パネェわ、こんなのと闘るんやったら死ぬで?」
「言い出したのはお前だろ」
ラフェルに言葉の杭を刺しておく。
「否定はできんさかいな」
「とにかく進むぞ。ラフェル、先導を頼む」
「はいよー」
ラフェルはヘッドフォンをつけたまま、音響探知で先を探る。
「2-1に人が1人おるわ」
「おそらくそいつが、先輩の言っていたコアトルって奴だ」
ラフェルを先頭に、俺たち3人は辺りを警戒しつつ進む。
床も凍りついていて、油断すると滑りそうだ。
50m進んだところで、ラフェルが静止の合図を送る。
「…どうした?」
「…前から、誰か来る」
ラフェルの表情に緊張が走る。俺たちもそれぞれの魔器を構える。かすかに足音が響く。
「…」
警戒しながら進む。向こう側から現れたのは、うちの学校の制服を着た黄緑の髪の青年だった。
「お、ロアガ先輩やん」
「ラフェル?お前なんでここに?」
…知り合いだろうか?ここの生徒らしいが…
「なんかでかい物音がしたもんでなー」
ロアガ先輩とやらは険しい顔になる。
「…クラスメイトが大変なことになっていてな、力を貸してくれると助かるんだが…」
先ほどのコアトルとかいう生徒のことだろうか。
「そのつもりだ」
セレンが承諾する。
「…ラフェルのお友達ってんなら、腕は確かなんだろうな」
ロアガ先輩と目が合う。右目を跨ぐように傷跡があった。
「そこらの妖魔なら100匹は倒せるぜ」
「…わかった、行くとしよう」
先輩に案内され、2-1へ向かうことになった。
-五話に続く-