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上界下界物語  作者: 帝王星
漁火
3/7

第三話―嚠喨―

 2人を見つけ、駆け寄る。

 予想通り、アクアとサリエルの表情は晴れない。


「あぁ、カムランか…」


 サリエルが弱々しく言葉を発する。


「私とアクアは…まぁ想像の通りさ」


 俺たちの前を、チケットを得た生徒たちが歩いていく。そして香ばしい香りのする食堂へ吸い込まれていった。

 負け組である俺たちに目もくれず、生徒たちは楽しそうに話している。ほとんどが希少種の者たちばかりだ。


「お、お三方また昼食抜き?」


 ラフェルが俺たちの前で止まる。音の魔族も希少種の1つである。


「なんだよ、勝ち組ならとっとと中入れよ」


 俺たちはこの先も、チケット制の時は昼食抜きなんだろう。


「実はいい話あるんやけど、乗らん?」

「は?」


 唐突すぎてわけがわからない。


「んー、やっぱカムランやなー」

「勝手に話進めんなよ」


 急に指名され、さらにわけがわからなくなる。


「ほいじゃカムランでいいわー」

「だから、なんの話だっつの」


 声に少しの苛立ちを込める。するとラフェルは少し肩をすくめ、ポケットから何かを取り出す。

 それは4枚のチケットだった。


―あの短時間に、こいつは4枚も手に入れやがったのか。


「交換条件や。カムランが寮の消灯後に俺の部屋来てくれたら、あんたがたにこのうちの3枚、やるわ」

「えっ…?」


 つまりこいつの話に乗れば、今日は昼食が食べられるということだ。


「その話、乗った!」

「待て」


 俺が承諾するも、サリエルは真剣な顔だ。


「いくらカムランでも、男の部屋に女子が一人でいくのは危ないだろう」

「なんだよ、俺なら平気だって」


 だが、アクアも神妙な顔だ。


「わかんないよ、呼び出して何かするかもしれないし…」


 すると、ラフェルの表情はだんだん苦々しくなる。


「ならもうええわ、なんもいらんし」


 ラフェルは俺に3枚のチケットを押し付け、食堂へ消えていった。

 …嫌な思いをさせたかもしれない。謝らなければ。


「あ…行っちゃった」


 俺は呆然と立ち尽くしたまま、ラフェルが去った方を呆然と見ていた。



 食堂で食事をする俺たちの間には、妙に重たい空気が充満していた。


「それでね、えっと…」


 ずっと話を展開していたアクアの話も、勢いを失っていく。


「…」


 とうとう、アクアも黙る。

 すると突然、校内放送が流れ始める。


「一年生は昼休みが終わり次第寮に帰っていいよー、どうせ授業できないし」


 フェイドの声だ。

 食堂の中の同級生たちが、午後の授業の消失に喜びを見せる。


「午後から授業なしかぁ…どこかに出かけない?」

「…俺はやめとくよ」


 アクアが声をかけてくるも、気が乗らない。


「そっか…じゃ私とサリエル2人で行くね」


 アクアは残念そうだ。


「…ごちそうさま。俺もう部屋に戻るよ」

「…うん、わかった」


 味のない食事を食べ終わり、食器を片付けに行く。


 紫の髪が目に留まる。あいつは先ほどのことなどなかったかのように、明るく喋って食事をしている。

 苦々しさが口の中に滲み出てくる。部屋に戻ることにした。



―お兄ちゃん、起きてよお兄ちゃん!


 ふと目がさめる。何年か昔、大怪我をした自分を泣きながら揺さぶる妹の声だった。


 体が重く、蒸し暑い。

 ふと見ると、俺の上に女が寝ていた。


「ん…」


 これも毎朝のことなので慣れた。女が目を覚ます。


「あっ、カンヘル様ぁ、お目覚めですか?」

「あと5秒以内に退かなければ殺す。5、4、3、2…」


 女が即座に俺の上から退く。


「もう、カンヘル様のいけずぅ」

「二度と俺の部屋に入るなと言ったはずだが?」

「一人じゃ怖いんですよぅ、イディオとかイディオとかイディオとかっ!」


 これも毎度のことで慣れた。


「俺じゃなくてイディオさんに様をつけろよ」

「やだ、あんな女たらし」


 女は俺に抱きついてくる。無理やり引き剥がす。


「黙れ家庭訪問型の痴女」


 俺はハンガーにかけられた服を着る。女はうっとりとした瞳で俺の着替えを見つめている。


「今すぐこの部屋から出ろ」

「えぇー、カンヘル様の着替えを堪能した「出なければ殺す」…はぁーい」


 女が出ていったところで服を着替える。いつも肌身離さずつけるネックレスをつけ、部屋を出る。

 女が侍っていた。


「フィリ、お前もさっさと着替えて会議室に集まれ。イディオさんが怒ると俺より怖いのは分かってるだろ」


 女…同僚のフィリは俺を期待の眼差しで見つめる。


「抱っこして運んでくれなきゃ嫌」

「死にたいのか?」

「うぅ、カンヘル様のいけずぅ」


 女は渋々立ち上がって部屋へ戻っていった。

 会議室へ向かうことにした。



 夜の寮。消灯の時間は過ぎ、廊下は真っ暗だ。


―寮の消灯後に俺の部屋来てくれたら…―


 ふとラフェルの言葉が頭をよぎる。あのあと結局謝ることができなかった。



「おいラフェル、起きてるか?」


 なるべく他の部屋に聞こえないように、小さな声で呼びかける。だが返事がない。

 そのとき、廊下から足音。誰かが近づいている。


「ん?カムランか?」


 ラフェルの声が聞こえる。タンクトップ姿のところを見ると、お風呂上がりだろうか。


「なんや、来てくれたん?ありがとなぁ」


 ラフェルは屈託無い笑みを浮かべる。


「てっきり来てくれへんと思とったのに。まぁ入りや」


 ラフェルに言われるまま、部屋に入る。

 中はまるで小さなライブハウスのような光景だった。エレキギター、ベースに巨大なスピーカー、アンプ、キーボードにドラムまで揃っている。


「…昼間は、悪かったな。チケットもらったのにあんなことになっちまって…」

「いいって、俺が内容伝えんかったのも悪かったと思っとるし」


 ラフェルはそのまま、ベッドに大の字になる。

 普段は細く見えるが結構鍛えてあるらしく、シャツの隙間から見える腹筋は割れていた。


「そんで、俺にさせたかった用事ってなんだ?」

「あー…それなんけどな…」


 ラフェルは口ごもる。言いにくいことなのだろうか。


「ちょいとここ抜け出さんとな…」

「…は?とっくに門限すぎてんぞ」

「心配いらんて、とっておきの秘策があんねや」

「はぁ…」


 とにかく、ついていくことにした。



 こっそり寮を抜け出し、ラフェルとともに夜の街へ赴く。

 ネオンサインが光る人間の街だ。


「ちょいとセレンと待ち合わせしとるんや」


―セレンもグルなのか?

 ラフェルは入り組んだ細い路地を進んでいく。はぐれないようについていく。


「お、ここや」


 暗い路地の行き止まりには、セレンが立っている。


「遅いぞ、ラフェル」

「すまへん、ちょいとカムラン口説きよったねん」

「消し炭にするぞ」


 ラフェルの冗談は冗談でも笑えない。

 セレンの横の壁には、虹色の光を放つ円があった。円は脈動し、まるで生きているかのように見える。…一度だけ見たことがある、空の魔族の作る空間移動の穴だ。


「そいじゃ、今夜も特訓やな」

「ラフェルについてきたってことは、お前が助っ人か」

「おい待て、話が読めないんだが。助っ人とか特訓って、なんのことだよ」


―なんだが嫌な予感がする。


「まんまや、こっからセレンの能力で『地獄』に赴いて妖魔を狩る。俺とセレンはそうやって腕鍛えてきたんや」

「なっ…地獄だと…!?」


 地獄とは普通よりも凶悪な妖魔の巣窟だ。普段なら先生の付き添いがなければ入れない。


「さっさと行くぞ」

「ほな行きましょか」


 最初にラフェルが空間移動の穴に入っていく。続いてセレンも穴に消えていく。…行くしかなさそうだ。

 仕方なく穴に手を入れ、足を入れて潜る。



 目の前に現れたのは鬱蒼とした密林だった。

 横にいるセレンは俺たちの部屋に空間をつなげ、魔器を取ってくる。


「…お前の魔器はラフェルのと違って、軽いな」


 セレンが俺の魔器、篝火を投げてくる。手を伸ばして受け取る。


「そか?俺のそんなに重いん?」

「お前のは重すぎだ。それを小枝のように片手で振り回すお前の筋力が謎すぎる」


 セレンが遠心力を利用して投げた魔器『デュランダル』を、ラフェルは片手で受け止める。

 そしてどこから取り出したのか、携帯音楽プレイヤーで音楽を聴き始めた。


「今日のノルマは50だ。倒し終わったらすぐに戻る。あとカムラン、お前は初心者だから俺と来い」

「えー、俺カムランと一緒がええねん」


 セレンの提案に、ラフェルは不満を漏らす。


「…はぁ…カムラン、お前はどっちがいい?」

「んなの突然言われても困るっての…」


 とは言ったものの、どちらかを選ばなければならないようだ。


「それじゃ…」


―四話に続く―

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