第三話―嚠喨―
2人を見つけ、駆け寄る。
予想通り、アクアとサリエルの表情は晴れない。
「あぁ、カムランか…」
サリエルが弱々しく言葉を発する。
「私とアクアは…まぁ想像の通りさ」
俺たちの前を、チケットを得た生徒たちが歩いていく。そして香ばしい香りのする食堂へ吸い込まれていった。
負け組である俺たちに目もくれず、生徒たちは楽しそうに話している。ほとんどが希少種の者たちばかりだ。
「お、お三方また昼食抜き?」
ラフェルが俺たちの前で止まる。音の魔族も希少種の1つである。
「なんだよ、勝ち組ならとっとと中入れよ」
俺たちはこの先も、チケット制の時は昼食抜きなんだろう。
「実はいい話あるんやけど、乗らん?」
「は?」
唐突すぎてわけがわからない。
「んー、やっぱカムランやなー」
「勝手に話進めんなよ」
急に指名され、さらにわけがわからなくなる。
「ほいじゃカムランでいいわー」
「だから、なんの話だっつの」
声に少しの苛立ちを込める。するとラフェルは少し肩をすくめ、ポケットから何かを取り出す。
それは4枚のチケットだった。
―あの短時間に、こいつは4枚も手に入れやがったのか。
「交換条件や。カムランが寮の消灯後に俺の部屋来てくれたら、あんたがたにこのうちの3枚、やるわ」
「えっ…?」
つまりこいつの話に乗れば、今日は昼食が食べられるということだ。
「その話、乗った!」
「待て」
俺が承諾するも、サリエルは真剣な顔だ。
「いくらカムランでも、男の部屋に女子が一人でいくのは危ないだろう」
「なんだよ、俺なら平気だって」
だが、アクアも神妙な顔だ。
「わかんないよ、呼び出して何かするかもしれないし…」
すると、ラフェルの表情はだんだん苦々しくなる。
「ならもうええわ、なんもいらんし」
ラフェルは俺に3枚のチケットを押し付け、食堂へ消えていった。
…嫌な思いをさせたかもしれない。謝らなければ。
「あ…行っちゃった」
俺は呆然と立ち尽くしたまま、ラフェルが去った方を呆然と見ていた。
食堂で食事をする俺たちの間には、妙に重たい空気が充満していた。
「それでね、えっと…」
ずっと話を展開していたアクアの話も、勢いを失っていく。
「…」
とうとう、アクアも黙る。
すると突然、校内放送が流れ始める。
「一年生は昼休みが終わり次第寮に帰っていいよー、どうせ授業できないし」
フェイドの声だ。
食堂の中の同級生たちが、午後の授業の消失に喜びを見せる。
「午後から授業なしかぁ…どこかに出かけない?」
「…俺はやめとくよ」
アクアが声をかけてくるも、気が乗らない。
「そっか…じゃ私とサリエル2人で行くね」
アクアは残念そうだ。
「…ごちそうさま。俺もう部屋に戻るよ」
「…うん、わかった」
味のない食事を食べ終わり、食器を片付けに行く。
紫の髪が目に留まる。あいつは先ほどのことなどなかったかのように、明るく喋って食事をしている。
苦々しさが口の中に滲み出てくる。部屋に戻ることにした。
―お兄ちゃん、起きてよお兄ちゃん!
ふと目がさめる。何年か昔、大怪我をした自分を泣きながら揺さぶる妹の声だった。
体が重く、蒸し暑い。
ふと見ると、俺の上に女が寝ていた。
「ん…」
これも毎朝のことなので慣れた。女が目を覚ます。
「あっ、カンヘル様ぁ、お目覚めですか?」
「あと5秒以内に退かなければ殺す。5、4、3、2…」
女が即座に俺の上から退く。
「もう、カンヘル様のいけずぅ」
「二度と俺の部屋に入るなと言ったはずだが?」
「一人じゃ怖いんですよぅ、イディオとかイディオとかイディオとかっ!」
これも毎度のことで慣れた。
「俺じゃなくてイディオさんに様をつけろよ」
「やだ、あんな女たらし」
女は俺に抱きついてくる。無理やり引き剥がす。
「黙れ家庭訪問型の痴女」
俺はハンガーにかけられた服を着る。女はうっとりとした瞳で俺の着替えを見つめている。
「今すぐこの部屋から出ろ」
「えぇー、カンヘル様の着替えを堪能した「出なければ殺す」…はぁーい」
女が出ていったところで服を着替える。いつも肌身離さずつけるネックレスをつけ、部屋を出る。
女が侍っていた。
「フィリ、お前もさっさと着替えて会議室に集まれ。イディオさんが怒ると俺より怖いのは分かってるだろ」
女…同僚のフィリは俺を期待の眼差しで見つめる。
「抱っこして運んでくれなきゃ嫌」
「死にたいのか?」
「うぅ、カンヘル様のいけずぅ」
女は渋々立ち上がって部屋へ戻っていった。
会議室へ向かうことにした。
夜の寮。消灯の時間は過ぎ、廊下は真っ暗だ。
―寮の消灯後に俺の部屋来てくれたら…―
ふとラフェルの言葉が頭をよぎる。あのあと結局謝ることができなかった。
「おいラフェル、起きてるか?」
なるべく他の部屋に聞こえないように、小さな声で呼びかける。だが返事がない。
そのとき、廊下から足音。誰かが近づいている。
「ん?カムランか?」
ラフェルの声が聞こえる。タンクトップ姿のところを見ると、お風呂上がりだろうか。
「なんや、来てくれたん?ありがとなぁ」
ラフェルは屈託無い笑みを浮かべる。
「てっきり来てくれへんと思とったのに。まぁ入りや」
ラフェルに言われるまま、部屋に入る。
中はまるで小さなライブハウスのような光景だった。エレキギター、ベースに巨大なスピーカー、アンプ、キーボードにドラムまで揃っている。
「…昼間は、悪かったな。チケットもらったのにあんなことになっちまって…」
「いいって、俺が内容伝えんかったのも悪かったと思っとるし」
ラフェルはそのまま、ベッドに大の字になる。
普段は細く見えるが結構鍛えてあるらしく、シャツの隙間から見える腹筋は割れていた。
「そんで、俺にさせたかった用事ってなんだ?」
「あー…それなんけどな…」
ラフェルは口ごもる。言いにくいことなのだろうか。
「ちょいとここ抜け出さんとな…」
「…は?とっくに門限すぎてんぞ」
「心配いらんて、とっておきの秘策があんねや」
「はぁ…」
とにかく、ついていくことにした。
こっそり寮を抜け出し、ラフェルとともに夜の街へ赴く。
ネオンサインが光る人間の街だ。
「ちょいとセレンと待ち合わせしとるんや」
―セレンもグルなのか?
ラフェルは入り組んだ細い路地を進んでいく。はぐれないようについていく。
「お、ここや」
暗い路地の行き止まりには、セレンが立っている。
「遅いぞ、ラフェル」
「すまへん、ちょいとカムラン口説きよったねん」
「消し炭にするぞ」
ラフェルの冗談は冗談でも笑えない。
セレンの横の壁には、虹色の光を放つ円があった。円は脈動し、まるで生きているかのように見える。…一度だけ見たことがある、空の魔族の作る空間移動の穴だ。
「そいじゃ、今夜も特訓やな」
「ラフェルについてきたってことは、お前が助っ人か」
「おい待て、話が読めないんだが。助っ人とか特訓って、なんのことだよ」
―なんだが嫌な予感がする。
「まんまや、こっからセレンの能力で『地獄』に赴いて妖魔を狩る。俺とセレンはそうやって腕鍛えてきたんや」
「なっ…地獄だと…!?」
地獄とは普通よりも凶悪な妖魔の巣窟だ。普段なら先生の付き添いがなければ入れない。
「さっさと行くぞ」
「ほな行きましょか」
最初にラフェルが空間移動の穴に入っていく。続いてセレンも穴に消えていく。…行くしかなさそうだ。
仕方なく穴に手を入れ、足を入れて潜る。
目の前に現れたのは鬱蒼とした密林だった。
横にいるセレンは俺たちの部屋に空間をつなげ、魔器を取ってくる。
「…お前の魔器はラフェルのと違って、軽いな」
セレンが俺の魔器、篝火を投げてくる。手を伸ばして受け取る。
「そか?俺のそんなに重いん?」
「お前のは重すぎだ。それを小枝のように片手で振り回すお前の筋力が謎すぎる」
セレンが遠心力を利用して投げた魔器『デュランダル』を、ラフェルは片手で受け止める。
そしてどこから取り出したのか、携帯音楽プレイヤーで音楽を聴き始めた。
「今日のノルマは50だ。倒し終わったらすぐに戻る。あとカムラン、お前は初心者だから俺と来い」
「えー、俺カムランと一緒がええねん」
セレンの提案に、ラフェルは不満を漏らす。
「…はぁ…カムラン、お前はどっちがいい?」
「んなの突然言われても困るっての…」
とは言ったものの、どちらかを選ばなければならないようだ。
「それじゃ…」
―四話に続く―