第二話―娑婆―
サリエルが短刀を構える。
現れたのは全身から火の粉を零す妖魔だった。
「火の眷族の妖魔だな…」
サリエルが冷静に敵を分析する。
「問題ない」
言葉が聞こえた途端、サリエルが消える。
瞬時に間合いを詰めたサリエルが高硬度の刃で妖魔を貫く。妖魔は断末魔をあげる間も無く絶命。
「さすがに速いな」
地の魔族は基本的に鈍重で動きが遅いと思われがちだが、サリエルはこのクラスでトップクラスの素早さを誇る。
「サリエルさん、合格です。セレン君、どうぞ」
シャール先生が微笑む。
「ふぁ…」
名前を呼ばれたセレンは退屈そうにあくびをしている。
「ま、どうせ大した妖魔でもないんだろ?」
セレンの手に握られているは、ボウガン型の魔器『ガストラフェテス』だ。
シャール先生の手に乗った宝珠が光り、弾ける。
現れたのは黒い霧。物の眷族の妖魔だ。
「この妖魔を相手に、そう強気でいられるかしら?」
シャール先生は不敵に笑う。セレンは少し残念そうな顔になる。
「先生、この妖魔じゃ血が出ても分からないじゃないですか」
「ガタガタ文句言うなら不合格にするわよ」
シャール先生がそう言うと、セレンは不満そうに頬を膨らます。
照準が妖魔に向けられる。
妖魔が蠢き、立方体を形作る。即座に凝固し、セレンを押しつぶそうと降ってくる。
セレンは瞬時に妖魔の上方に移動していた。
「便利だな、空間移動は…」
サリエルが呟く。
セレンがやってみせた技は高速移動ではない。空の魔族は空間を切り貼りするのはもちろん、新たに生み出したり消したりすることもできる、希少魔族だ。
「はぁ、面倒くさい」
気のない声とともにガストラフェテスから矢が打ち出される。当然のように妖魔は霧散し、矢が素通りしていく。
「奥義・界」
その声とともに、妖魔のいた場所が暗くなる。
セレンの手元には“妖魔の入った透明な箱”があった。
「ほらな」
セレンの両手が箱を押し縮めていく。膨大な魔力波長で立っているのも辛い。
そして“妖魔のいた空間”は消えて無くなった。希少種の強さが改めてわかる。
「セレン君、合格です。次、ラフェル君」
「ほーい」
イヤホンをつけたまま、ラフェルが前に出る。背負っているのはアクアの『雲水』よりも巨大な魔器『デュランダル』だ。
「先生、いつでもいいでー」
ラフェルは、背中のデュランダルを片手で軽々と構える。
シャール先生の持つ宝珠が光を放つ。現れたのは黒水晶とでも呼ぶべき物体だった。
黒みがかった結晶の底から黒い触手が噴出する。
「氷の眷族やな」
ラフェルが片耳のイヤホンをとる。そして口笛を吹き出す。
妖魔から成長した氷の結晶が伸びる。
「おっと」
氷の刃をラフェルが飛んで避ける。着地しすぐに追撃の氷の弾を避ける。着弾した氷の弾からまた妖魔が生まれる。
「増えんのかい!」
ラフェルが苦い顔になる。
2体の妖魔はラフェルを狙い、氷の刃を伸ばす。空中のため逃げ場はない。
「っ…!」
アクアがおもわず目を瞑る。だが氷の刃はラフェルを捉えられなかった。
「奥義・万壊」
ラフェルの声とともに、氷の刃が砕ける。
「なるほど、さっきの口笛はそういうことか」
サリエルは絡繰が読めたらしい。
「氷は固有振動数で壊したんだな」
固有振動数。物体すべてにあるとされる、固有の振動だ。音で再現すれば、どんな固いものだろうと容易く砕ける。
刃を砕かれた妖魔たちは咆哮をあげ、氷の弾丸を飛ばす。
「よっと」
デュランダルが振られ、氷の弾丸を紙細工のように破砕。
「ほな、さいならー」
音速で間合いを詰めたラフェルが妖魔の胴体を横に凪ぐ。妖魔が構築した氷の盾も全て切断、刃が抜けていく。
両断された妖魔たちの死骸が転がる。
「ラフェル君、合格です」
ラフェルは外していたイヤホンを付け直し、また音楽の世界に入っていく。
「さすがに自分の魔族の特徴を熟知しているな」
サリエルが感嘆の声を漏らす。
「ではルナさん、どうぞ」
「はーい♪」
可愛らしい声で返事し、ルナは前へ出る。
シャール先生は少し考え込むようなそぶりをする。
「先生!早く妖魔と戦いたいです!」
ルナは無邪気に笑う。先生はため息をつき、一つの宝珠をとる。
現れたのはまばゆい光の塊。光の眷族だ。
「よっし、やるぞー!」
ルナが構えるのは、雲水ほどの巨大な剣の魔器、『ツヴァイハンダー』だ。
ルナの声を合図に、宝珠から封じられた妖魔が顕現する。
「うわっ、眩し…」
強烈な光の放射で直視できないほどだ。
「こんな時は…7つ道具、超遮光サングラス!」
ルナはどこからかサングラスを取り出し、かける。
「とぉりゃあっ!」
掛け声と共に血が飛び散る。勝負はついたようだ。
「血だぁ…あはははは…!」
血を見て暴れるセレンを、クローフィとラフェルが必死に抑えていた。
「やったー!勝ったよっ!」
ルナは嬉しそうにはしゃぐ。
「最後はロラン君ね」
「…お手柔らかに…」
ロランは巨大な鎌状の魔器、『ナイトメア』を構える。
「難しいわね…」
シャール先生は首をひねる。
ロランの場合、辺りを闇にして視界を奪い、魔器で切り裂いて終わりだ。その手を封じる妖魔を考えているのだろう。
「では、これはどうかしら?」
シャール先生の手の宝珠が光る。現れたのは黒いモヤのようなものだった。
「また物の眷族か?」
確かに、先ほどの物の妖魔と似ている。
「…こんなの、一瞬で終わる」
ロランの声がした途端、辺りが闇に包まれる。金属音。
だが、いつもならすぐ晴れるはずの闇が晴れない。
「くっ…」
ロランの苦鳴が聞こえる。
「なるほど、闇の眷族だったわけだ」
セレンの声が聞こえる。となると、闇で敵の方も動きやすくなっているわけだ。…全く見えないが。
闇が晴れていく。額から鮮血を流したロランが、妖魔の攻撃をすんでのところで止めている。
ロランが妖魔を弾き飛ばし、距離を取る。
「…奥義・闇餐」
突然ロランの姿が消える。妖魔の体が切り裂かれたのも同時だった。
「なんっ…」
からくりが読めなかった。
「…先生、これでいいですか?」
ロランが近くの木陰から出てくる。
「…全員合格ね」
シャール先生は少し残念そうだ。
「それでは教室に戻りましょう、これから座学の時間です」
「えぇー…」
シャール先生の指示に、クラスメイトから不満の声が漏れる。
「先生、やっぱここは実戦じゃね?」
「そう、なら今日のお昼はチケット制にしてもらうよう、理事長に計らうわね」
「えぇー!?」
クラスメイトからブーイングが飛ぶ。だが先生の中では決定事項になっているらしく、覆る様子はなさそうだ。
「最悪だな…」
チケット制とは…いや、時間になったら説明するとしよう。
…今は授業だ。
午前中の授業も終わり、ようやくお昼の時間だ。
本来ならば平和なはずの昼休みの教室も、殺気で充満していて入るのが辛い。
全員が魔器を構え、互いに睨み合っている。
特に俺たち3人は、チケット制となるとお昼にありつけないことが多い。地獄である。
ルールはいたって簡単。チケットを持っている者から奪えばいいだけだ。
チケットを持っているのは先生たち。なお、チケットを得た生徒から奪うのもアリだ。
ちなみに先生たちはチケットを失っても昼食は約束されている。
こんなクソルールを考えたアホの頭が浮かんだ。剣で刺しておいた。深く刺しておいた。
「…カムラン、今日もご飯ないのかな、私たち…」
「言うな、まだ希望を捨てるな」
「そうだ、今日はまだこれからだろう?」
アクアが暗い言葉をこぼす。…否定できないのが辛い。
サリエルも顔は引きつっている。
「我が校の生徒の諸君!今から昼食争奪戦を始めちゃうよっ!」
バカ臭のする声、フェイド理事長兼校長だ。
「いいから早く始めろバカ校長が」
やつに聞こえないよう文句を言ってやる。
「んじゃ始めまーす。制限時間は10分ね。よーいどん」
気の無い号令で生徒たちは先生に襲いかかる。
腕が折れたままで本調子ではないが、先生を倒さなければ食事はない。
魔器『篝火』を持って走る。まずは先生を探さなければ。
全方に制服ではない人影。先生だ。
「お、カムランか。チケット取りに来たってんなら渡さねぇぞ」
爽やかな微笑みを浮かべるのは、音の魔族のスミレ先生だ。
―あまりいい相手ではないな。
先生は腰から優美な曲線を描く刀を抜く。先生の魔器『鈴音』だ。
「あ、もしかして相性悪いって思ってる?ダメだよ、戦況は頭脳で覆さなきゃ」
俺は黙って篝火を構える。瞬時に背後に回りチケットを奪う。…ことはできなかった。
先生の背後に回ったはずが、先生は俺から見て先ほどと変わらない位置に立っている。
違う、先生も俺と全く同じように移動したのだ。
「さすがにそれは単純でしょ、読めちゃう」
「奥義・芭蕉扇」
炎の扇をまとった篝火を振り、辺りを猛火で埋め尽くす。
「それ食らったらチケットも黒焦げだぞー?」
上空から声。先生は近くにあった鉄塔の頂点に座っている。
重力の影響できないスピード…音速で駆け上がったのだろう。
「殺る気でかからないと先生は倒せないんでさ」
俺は正論を述べておく。
「できれば降りてきて俺にチケットをくれると嬉しいんだけど」
「ははは、冗談きついぞー?」
どことなくフェイドの笑いに聞こえてきて、妙に鼻に付く。
「んじゃ俺はおさらばするね」
瞬くように先生が消える。…逃げられてしまった。
次の先生を探す。
残り5分。再び先生を発見。知的な雰囲気を漂わせるアンナ先生だ。
「あら、カムランさん、こんにちは」
「こんにちは先生。突然だけどチケットくれない?」
「持ってるけどあげられないよ。チケットを持っていればいつもより豪華な昼食が出るから」
またまたクソルールを決めたであろうバカ校長の顔が頭に浮かぶ。蹴っておいた。蹴って吹き飛ばしておいた。
「欲しければ奪いなさい」
アンナ先生は腰から魔器『雷嵐』を抜く。
俺も応えるように篝火を構える。
「奥義・鳳仙火」
刃を一閃。火球が辺りを埋め尽くすほど飛んでいく。
アンナ先生は平然と火球を避ける。だがこの技は基本的に攻撃用ではない。
火球に隠れて先生に接近する。チケットに手を伸ばすが、何かに阻まれたように手が先に進まなくなる。
「おっとー、それは危なかったかな」
アンナ先生は腰につけていたチケットをピラピラと振る。
「くそっ、なんで触れられない…」
「電磁結界ってやつよ。相手と自分をそれぞれ同じ電荷に帯電させ、斥力を生み出す」
アンナ先生は丁寧に解説しているつもりなのだろうが、ちっともわからない。
「カムランさんは私の授業、ちゃんと聞いてないからわからないの」
「俺座学嫌いだもん」
「基本戦術を頭に叩き込まないと、妖魔との戦いはもちろん、それより上の階級の悪魔や堕神に遭遇した時に対処できないわよ?」
「そんなのと戦う機会なんてないですよ」
チケットを取りに来たのに、なぜ諭されているのだろう。
「もうすぐ実戦投入でしょう?危機感を持ちなさい」
…そういえばそんなことを言われた気もするな。
説明の合間に時計を見る。残念ながら時間切れだ。
「聖魔の一人になれば妖魔や悪魔、時には堕神をも相手取ることになる」
だが先生の説教は終わりそうにない。
「だから今までの復習も兼ねて、カムランさんにはあとで宿題を出します。たくさん出します」
「うげぇ…マジかよ…」
昼食抜きが確定した上に大量の宿題宣言、最悪だ。
「あら、もう時間切れのようね」
アンナ先生はそう言うと、食堂へ歩いていく。
…アクアとサリエルを探すことにした。
―三話に続く―




