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上界下界物語  作者: 帝王星
漁火
2/7

第二話―娑婆―

 サリエルが短刀を構える。

 現れたのは全身から火の粉を零す妖魔だった。


「火の眷族の妖魔だな…」


 サリエルが冷静に敵を分析する。


「問題ない」


 言葉が聞こえた途端、サリエルが消える。

 瞬時に間合いを詰めたサリエルが高硬度の刃で妖魔を貫く。妖魔は断末魔をあげる間も無く絶命。


「さすがに速いな」


 地の魔族は基本的に鈍重で動きが遅いと思われがちだが、サリエルはこのクラスでトップクラスの素早さを誇る。


「サリエルさん、合格です。セレン君、どうぞ」


 シャール先生が微笑む。


「ふぁ…」


 名前を呼ばれたセレンは退屈そうにあくびをしている。


「ま、どうせ大した妖魔でもないんだろ?」


 セレンの手に握られているは、ボウガン型の魔器『ガストラフェテス』だ。


 シャール先生の手に乗った宝珠が光り、弾ける。

 現れたのは黒い霧。物の眷族の妖魔だ。


「この妖魔を相手に、そう強気でいられるかしら?」


 シャール先生は不敵に笑う。セレンは少し残念そうな顔になる。


「先生、この妖魔じゃ血が出ても分からないじゃないですか」

「ガタガタ文句言うなら不合格にするわよ」


 シャール先生がそう言うと、セレンは不満そうに頬を膨らます。

 照準が妖魔に向けられる。


 妖魔が蠢き、立方体を形作る。即座に凝固し、セレンを押しつぶそうと降ってくる。

 セレンは瞬時に妖魔の上方に移動していた。


「便利だな、空間移動は…」


 サリエルが呟く。

 セレンがやってみせた技は高速移動ではない。空の魔族は空間を切り貼りするのはもちろん、新たに生み出したり消したりすることもできる、希少魔族だ。


「はぁ、面倒くさい」


 気のない声とともにガストラフェテスから矢が打ち出される。当然のように妖魔は霧散し、矢が素通りしていく。


「奥義・界」


 その声とともに、妖魔のいた場所が暗くなる。

 セレンの手元には“妖魔の入った透明な箱”があった。


「ほらな」


 セレンの両手が箱を押し縮めていく。膨大な魔力波長で立っているのも辛い。

 そして“妖魔のいた空間”は消えて無くなった。希少種の強さが改めてわかる。


「セレン君、合格です。次、ラフェル君」

「ほーい」


 イヤホンをつけたまま、ラフェルが前に出る。背負っているのはアクアの『雲水』よりも巨大な魔器『デュランダル』だ。


「先生、いつでもいいでー」


 ラフェルは、背中のデュランダルを片手で軽々と構える。


 シャール先生の持つ宝珠が光を放つ。現れたのは黒水晶とでも呼ぶべき物体だった。

 黒みがかった結晶の底から黒い触手が噴出する。


「氷の眷族やな」


 ラフェルが片耳のイヤホンをとる。そして口笛を吹き出す。

 妖魔から成長した氷の結晶が伸びる。


「おっと」


 氷の刃をラフェルが飛んで避ける。着地しすぐに追撃の氷の弾を避ける。着弾した氷の弾からまた妖魔が生まれる。


「増えんのかい!」


 ラフェルが苦い顔になる。

 2体の妖魔はラフェルを狙い、氷の刃を伸ばす。空中のため逃げ場はない。


「っ…!」


 アクアがおもわず目を瞑る。だが氷の刃はラフェルを捉えられなかった。


「奥義・万壊」


 ラフェルの声とともに、氷の刃が砕ける。


「なるほど、さっきの口笛はそういうことか」


 サリエルは絡繰(からくり)が読めたらしい。


「氷は固有振動数で壊したんだな」


 固有振動数。物体すべてにあるとされる、固有の振動だ。音で再現すれば、どんな固いものだろうと容易く砕ける。

 刃を砕かれた妖魔たちは咆哮をあげ、氷の弾丸を飛ばす。


「よっと」


 デュランダルが振られ、氷の弾丸を紙細工のように破砕。


「ほな、さいならー」


 音速で間合いを詰めたラフェルが妖魔の胴体を横に凪ぐ。妖魔が構築した氷の盾も全て切断、刃が抜けていく。

 両断された妖魔たちの死骸が転がる。


「ラフェル君、合格です」


 ラフェルは外していたイヤホンを付け直し、また音楽の世界に入っていく。


「さすがに自分の魔族の特徴を熟知しているな」


 サリエルが感嘆の声を漏らす。


「ではルナさん、どうぞ」

「はーい♪」


 可愛らしい声で返事し、ルナは前へ出る。

 シャール先生は少し考え込むようなそぶりをする。


「先生!早く妖魔と戦いたいです!」


 ルナは無邪気に笑う。先生はため息をつき、一つの宝珠をとる。

 現れたのはまばゆい光の塊。光の眷族だ。


「よっし、やるぞー!」


 ルナが構えるのは、雲水ほどの巨大な剣の魔器、『ツヴァイハンダー』だ。

 ルナの声を合図に、宝珠から封じられた妖魔が顕現する。


「うわっ、眩し…」


 強烈な光の放射で直視できないほどだ。


「こんな時は…7つ道具、超遮光サングラス!」


 ルナはどこからかサングラスを取り出し、かける。


「とぉりゃあっ!」


 掛け声と共に血が飛び散る。勝負はついたようだ。


「血だぁ…あはははは…!」


 血を見て暴れるセレンを、クローフィとラフェルが必死に抑えていた。


「やったー!勝ったよっ!」


 ルナは嬉しそうにはしゃぐ。


「最後はロラン君ね」

「…お手柔らかに…」


 ロランは巨大な鎌状の魔器、『ナイトメア』を構える。


「難しいわね…」


 シャール先生は首をひねる。

 ロランの場合、辺りを闇にして視界を奪い、魔器で切り裂いて終わりだ。その手を封じる妖魔を考えているのだろう。


「では、これはどうかしら?」


 シャール先生の手の宝珠が光る。現れたのは黒いモヤのようなものだった。


「また物の眷族か?」


 確かに、先ほどの物の妖魔と似ている。


「…こんなの、一瞬で終わる」


 ロランの声がした途端、辺りが闇に包まれる。金属音。

 だが、いつもならすぐ晴れるはずの闇が晴れない。


「くっ…」


 ロランの苦鳴(くめい)が聞こえる。


「なるほど、闇の眷族だったわけだ」


 セレンの声が聞こえる。となると、闇で敵の方も動きやすくなっているわけだ。…全く見えないが。


 闇が晴れていく。額から鮮血を流したロランが、妖魔の攻撃をすんでのところで止めている。

 ロランが妖魔を弾き飛ばし、距離を取る。


「…奥義・闇餐(あんさん)


 突然ロランの姿が消える。妖魔の体が切り裂かれたのも同時だった。


「なんっ…」


 からくりが読めなかった。


「…先生、これでいいですか?」


 ロランが近くの木陰から出てくる。


「…全員合格ね」


 シャール先生は少し残念そうだ。


「それでは教室に戻りましょう、これから座学の時間です」

「えぇー…」


 シャール先生の指示に、クラスメイトから不満の声が漏れる。


「先生、やっぱここは実戦じゃね?」

「そう、なら今日のお昼はチケット制にしてもらうよう、理事長に計らうわね」

「えぇー!?」


 クラスメイトからブーイングが飛ぶ。だが先生の中では決定事項になっているらしく、覆る様子はなさそうだ。


「最悪だな…」


 チケット制とは…いや、時間になったら説明するとしよう。

 …今は授業だ。



 午前中の授業も終わり、ようやくお昼の時間だ。

 本来ならば平和なはずの昼休みの教室も、殺気で充満していて入るのが辛い。

 全員が魔器を構え、互いに睨み合っている。


 特に俺たち3人は、チケット制となるとお昼にありつけないことが多い。地獄である。


 ルールはいたって簡単。チケットを持っている者から奪えばいいだけだ。

 チケットを持っているのは先生たち。なお、チケットを得た生徒から奪うのもアリだ。


 ちなみに先生たちはチケットを失っても昼食は約束されている。

 こんなクソルールを考えたアホの頭が浮かんだ。剣で刺しておいた。深く刺しておいた。


「…カムラン、今日もご飯ないのかな、私たち…」

「言うな、まだ希望を捨てるな」

「そうだ、今日はまだこれからだろう?」


 アクアが暗い言葉をこぼす。…否定できないのが辛い。

 サリエルも顔は引きつっている。


「我が校の生徒の諸君!今から昼食争奪戦を始めちゃうよっ!」


 バカ臭のする声、フェイド理事長兼校長だ。


「いいから早く始めろバカ校長が」


 やつに聞こえないよう文句を言ってやる。


「んじゃ始めまーす。制限時間は10分ね。よーいどん」


 気の無い号令で生徒たちは先生に襲いかかる。

 腕が折れたままで本調子ではないが、先生を倒さなければ食事はない。

 魔器『篝火』を持って走る。まずは先生を探さなければ。


 全方に制服ではない人影。先生だ。


「お、カムランか。チケット取りに来たってんなら渡さねぇぞ」


 爽やかな微笑みを浮かべるのは、音の魔族のスミレ先生だ。

―あまりいい相手ではないな。

 先生は腰から優美な曲線を描く刀を抜く。先生の魔器『鈴音』だ。


「あ、もしかして相性悪いって思ってる?ダメだよ、戦況は頭脳で覆さなきゃ」


 俺は黙って篝火を構える。瞬時に背後に回りチケットを奪う。…ことはできなかった。

 先生の背後に回ったはずが、先生は俺から見て先ほどと変わらない位置に立っている。

 違う、先生も俺と全く同じように移動したのだ。


「さすがにそれは単純でしょ、読めちゃう」

「奥義・芭蕉扇」


 炎の扇をまとった篝火を振り、辺りを猛火で埋め尽くす。


「それ食らったらチケットも黒焦げだぞー?」


 上空から声。先生は近くにあった鉄塔の頂点に座っている。

 重力の影響できないスピード…音速で駆け上がったのだろう。


「殺る気でかからないと先生は倒せないんでさ」


 俺は正論を述べておく。


「できれば降りてきて俺にチケットをくれると嬉しいんだけど」

「ははは、冗談きついぞー?」


 どことなくフェイドの笑いに聞こえてきて、妙に鼻に付く。


「んじゃ俺はおさらばするね」


 瞬くように先生が消える。…逃げられてしまった。

 次の先生を探す。



 残り5分。再び先生を発見。知的な雰囲気を漂わせるアンナ先生だ。


「あら、カムランさん、こんにちは」

「こんにちは先生。突然だけどチケットくれない?」

「持ってるけどあげられないよ。チケットを持っていればいつもより豪華な昼食が出るから」


 またまたクソルールを決めたであろうバカ校長の顔が頭に浮かぶ。蹴っておいた。蹴って吹き飛ばしておいた。


「欲しければ奪いなさい」


 アンナ先生は腰から魔器『雷嵐(らいらん)』を抜く。

 俺も応えるように篝火を構える。


「奥義・鳳仙火」


 刃を一閃。火球が辺りを埋め尽くすほど飛んでいく。

 アンナ先生は平然と火球を避ける。だがこの技は基本的に攻撃用ではない。

 火球に隠れて先生に接近する。チケットに手を伸ばすが、何かに阻まれたように手が先に進まなくなる。


「おっとー、それは危なかったかな」


 アンナ先生は腰につけていたチケットをピラピラと振る。


「くそっ、なんで触れられない…」

「電磁結界ってやつよ。相手と自分をそれぞれ同じ電荷に帯電させ、斥力を生み出す」


 アンナ先生は丁寧に解説しているつもりなのだろうが、ちっともわからない。


「カムランさんは私の授業、ちゃんと聞いてないからわからないの」

「俺座学嫌いだもん」

「基本戦術を頭に叩き込まないと、妖魔との戦いはもちろん、それより上の階級の悪魔や堕神に遭遇した時に対処できないわよ?」

「そんなのと戦う機会なんてないですよ」


 チケットを取りに来たのに、なぜ諭されているのだろう。


「もうすぐ実戦投入でしょう?危機感を持ちなさい」


 …そういえばそんなことを言われた気もするな。

 説明の合間に時計を見る。残念ながら時間切れだ。


「聖魔の一人になれば妖魔や悪魔、時には堕神をも相手取ることになる」


 だが先生の説教は終わりそうにない。


「だから今までの復習も兼ねて、カムランさんにはあとで宿題を出します。たくさん出します」

「うげぇ…マジかよ…」


 昼食抜きが確定した上に大量の宿題宣言、最悪だ。


「あら、もう時間切れのようね」


 アンナ先生はそう言うと、食堂へ歩いていく。

 …アクアとサリエルを探すことにした。


―三話に続く―

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