表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
上界下界物語  作者: 帝王星
漁火
1/7

第一話―轍鮒―

 この地球(ほし)には、人間と呼ばれる高度な知性を持った生物が生きている。


 その人間は、二つの種類に分けられる。

 常人と魔人である。

 二者の差異は魔力と呼ばれる力を宿すか、宿さないかだ。


 常人たちは魔を忌み嫌い、科学力をもってして魔人を排除しようとした。

 魔人たちは、魔力を使い魔法を使い、常人たちに抗った。

 そして、四度にわたり二つの人間たちは全面戦争を起こした。

 いつか人間たちが手を取り合う日が来るのだろうか。


―評論家、(あずま)の評論、『血の救済』より抜粋―



 鼓膜を不快な音が貫く。

 手探りで音の発生を止めるためのボタンを押す。止まった。


「チッ、もう朝かよ…」


 耳障りな音をたてていた目覚まし時計を睨む。針は縦にまっすぐ伸びていた。


「やべっ、もうこんな時間!」


 ベッドから跳ね起き、鏡の前へ躍り出る。いつものように頭は爆発していた。


「こんなときまで寝癖ついてくれなくていいっての」


 櫛を取りだし、寝癖を落ち着かせていく。浮いた前髪が直らない。

 寝癖を直すのは諦め、壁のハンガーにかけた制服に着替える。

 男子用の制服の胸元がきつい。どうやら太ってしまったようだ。


「…まぁボタンはつけられるからいいか」


 昨日用意した鞄を掴み、部屋を飛び出す。



「おはよう、カムランまた髪跳ねてるよ」


 親友のアクアが俺の浮いた前髪を見て笑う。


「直らなかったし時間なかったからそのままにして来た」

「また夜更かししたのー?健康に悪いからやめなきゃダメだよ」

「母親かよ」


 俺のツッコミにサリエルが笑う。


「はは、出来の悪い息子だな」

「やめてくれ、息子じゃねぇよ」

「じゃあ娘か?」

「こんなお母さんは嫌だ」


 俺が正論を述べると、アクアは頬を膨らませる。


「失礼ね」

「わかったわかった、夜更かししませんから」


 アクアに素直に従っておく。堪忍袋の緒が切れたときのアクアは、恐ろしなんどもおろかなり、と称されるくらいだ。


「約束だからね」


 アクアは心配そうに俺の顔を覗きこむ。


「カムランだぞ?風邪なんか引きっこないって」


 サリエルがさりげに失礼なことを言ってくる。


「それ俺がバカってことか?そうなのか!?」

「ご想像にお任せします」


 ふと気がつくと、アクアは笑っていた。


「いつも思うけどりサリエルとカムランって漫才でブレイクしそう」

「アクアまで俺をバカにするか…」


 俺はがっくりとうなだれる。

 学校が見えてきた。



 クラス内は騒然としていた。


「お、お三方おはようさん!」


 俺たちに気がつくと、ヘッドフォンで音楽を聴いていた男子生徒が俺たちに笑いかける。


「おはよう、今日は何聴いてるんだ?」

「んー?たぶん知らんと思うで?」


 こいつは出身が関西らしく、喋るときは方言混じりだ。本人いわく標準語の練習をしているらしいが、疑わしい。


「無名の破壊者っちゅうねんけど、知らんやろ?」

「あぁ、私は知っているぞ」


 知っているとは意外だ、サリエルは音楽を聴くイメージはなかったが。


「ホンマ?いい歌よなぁ♪」

「どんな曲なの?」


 アクアが興味を示したらしく、ラフェルに尋ねる。


「それがな、曲調がえらい俺の好みなんや!おまけに歌詞に音の組み合わせに至るまで!」


 そんなことを聞かされても返答に困る。そんなものを気にするのは音の魔族くらいだと思う。

 現にこいつは音の魔族だが。


「へぇ…今度ゆっくり聞かせてほしいな」

「もち、ええでー♪」


 アクアは楽しみそうだ。残念なことに俺は興味が全く湧かない。


 チャイムが鳴り、俺たちやクラスメイトは席に座っていく。

 全員が席についたところで教室のドアが開き、女性の先生が入ってくる。俺たちの担任のシャール先生だ。


HR(ホームルーム)を始めます」

「起立」


 委員のサリエルが号令をかける。


「礼」

「お願いします」

「着席」


 礼をしたあと、俺たちは挨拶をし、着席する。


「では出席をとります。アクアさん」

「はい」


 隣のアクアがハキハキとした返事を返す。

 水の魔族だけあって、声が綺麗なのが特徴だ。


「カムランさん」

「はい」


 呼ばれたので返事をする。


「クローフィ君」

「…はい」


 教室のど真ん中の席に座る血色の髪の男子生徒が、気だるそうに返答する。

 血の魔族特有の尖った犬歯が見える。


「サリエルさん」

「はい」


 サリエルが返事を返す。

 地の魔族特有の髪色はこの学校では珍しい茶色だ。


「セレン君」

「はい」


 退屈そうな返事を返すのは、空の魔族のセレンだ。

 眼帯で隻眼となった黄金の瞳は、窓の外に向けられている。


「ラフェル君」

「ほーい」


 飄々とした態度のラフェル。

 音の魔族ということもあってか、HR中でさえヘッドフォンで音楽を聴いている。


「ルナさん」

「はい!」


 元気よく返事を返すのは、無の魔族のルナ。

 常に笑顔の絶えない明るい性格の女子だ。


「ロラン君」

「…はい」


 ルナとは対照に、陰鬱な返答をしたのは闇の魔族のロラン。

 彼の笑顔はこのクラスの誰も見たことがない。


「全員いますね、では今日の連絡です」


 俺たちのクラスは10人も生徒のいない(わび)しいクラスだ。


「今日はまず、グラウンドで本物の妖魔(ようま)と戦ってもらいます」


 妖魔、名の通り妖怪化した魔人を指す。

 俺たちの仕事はその妖魔を討伐掃討することである。


「そのあと、午後から授業です」


 噂では妖魔を生み出す悪魔や、その悪魔を生み出す堕神(だしん)とやらもいるそうだ。

 俺は心の中で、そんなやつらと一生関わることがないように祈っておく。


「では、HRを終わります。すぐにグラウンドへ行って戦闘の準備をしておいてください、解散」


 先生はそう言い、教室を出ていく。

 俺たちはすぐ相棒の『魔器(まき)』を持ってグラウンドへと向かう。



「今日はいい実践日和だね、今からみんなには本物の妖魔と戦ってもらうよー」


 誠実さの欠片もない挨拶をするのは、この学校の理事長兼校長のフェイド…先生だ。


「先生との対戦のように、危なくなったらストップ!なんてことはないからね、んじゃ挨拶終わりー」


 よくもまぁあれで理事長兼校長なんて務まるものだ。


「それでは1年生はこちらに来てください」


 シャール先生が俺たちを先導する。


 俺たちは妖魔や悪魔を狩ることを生業(なりわい)とする魔人、通称聖魔(せいま)を育成するための学校、聖魔学園の一年生だ。ここは常人で言う高校に当たる。

 両親を失い唯一の肉親の兄も数年前に消息不明となり、一人になった俺を拾ってくれたのがフェイドだ。…特段感謝もしていないが。


「それではアクアさんから順番に戦ってもらいます」

「はいっ…!」


 アクアは自分の身の丈以上の巨大な大剣、『雲水(うんすい)』を構える。


「いつでもいけます」


 アクアがそう言うと、シャール先生は封印用の宝珠を取り出す。そのうちの一つが激しく光を放つ。現れたのは人の形をした異形の生物だった。

 これが妖魔だ。


 妖魔が咆哮する。鼓膜を殴り付けるような痛みにアクアが苦しむ。


「お、音の眷属の妖魔やな」


 ラフェルが気付いたように補足する。悔しいことにあいつは平然と立っている。

 俺は耐えきれず膝をつく。


「くっ…」


 アクアが苦しみつつも大剣を大地に突き立てる。瀑布が生まれる。

 妖魔が飲み込まれていく。


「奥義・水圧」


 途端に水が蠢き、まるで腕で掴むように妖魔を握りつぶす。

 透明な水に妖魔の赤い血が広がっていく。


「あ、血だ…」


 ふと声。振り返ると恍惚とした表情のセレンがいた。

 …そうだった、こいつは血が好きだったな…


「アクアさん、合格です」


 シャール先生が名簿にチェックをつけていく。次は俺か。


「ではカムランさん、お願いします」


 俺は愛用の魔器、『篝火(かがりび)』を構える。シャール先生の手で宝珠が煌めく。


 現れたのは人間の頭ほどの大きさの小さな妖魔だった。

 ルックスと強さは関係ない。俺は警戒しながら近づく。

 妖魔がこちらに気づく。


「ーーーーっ!」


 耳をつんざくほど甲高い咆哮。妖魔の体から伸びた鞭が俺へと向かってくる。


「うぉっ…」


 焔の刃で鞭を切断する。切り落とされた鞭はあっという間に炭化。


「…草の眷族の妖魔か…」


 セレンが推測を述べる。恐らく正しいだろう。


「…なら燃やし尽くしてやるよ、奥義・火桜!」


 篝火から炎を纏った斬撃を無数に飛ばす。煙で視界が悪くなる。

 妖魔がいた方向へ近寄る。煙を割いて現れたのは鞭。


「くそっ…!」


 転がって回避。

 直撃はかわしたが、鞭が足に絡まる。恐ろしい力で持ち上げられ、地面に叩きつけられる。


「うぉっ…」


 左腕から鈍い音が響く。どうやら骨折してしまったようだ。

 鞭が俺を再び持ち上げる。叩きつけられる前に焔の刃で鞭を切断。左腕を庇いつつ着地。


「…奥義・芭蕉扇」


 焔の刃を伸ばし、拡げる。篝火の切っ先に焔の扇が出現していた。


「燃え散れっ!」


 扇を思いっきり振る。辺り一面が焔の渦に飲み込まれていく。


「すごい…」


 アクアが感嘆の言葉を漏らす。

 炎が収まったあとには、妖魔だったものが炭化して転がっていた。


「カムランさん合格です。では次、クローフィ君」

「はいよ」


 俺が退場したのを見て、クローフィが入場していく。


 シャール先生の掌の宝珠が光を放つ。

 今度は見上げるほどの巨体の妖魔だった。


「図体はでかいな」


 クローフィは呑気にお菓子を頬張っている。


「やるか」


 クローフィが愛刀『血桜』を肩に担ぐ。


「地の眷族ねぇ、それなりに硬いだろうな」


 首をゴキリと鳴らし、血桜の切っ先を妖魔に向ける。妖魔の目には嘲り。踏み潰そうとする虫を見る目だった。

 クローフィの姿が消える。


「巨体になればなるほど力学的に肉体は脆くなる」


 妖魔が空中に浮く。下ではクローフィが片手一本で巨体の妖魔を持ち上げていた。


「物理学の基本だな」


 妖魔は自分が中に浮いていることを理解できない。


「よっと」


 クローフィがボールを投げるように妖魔を上空に放り投げる。


「どんな筋力しとるんねん、あいつ…」


 ラフェルがあまりに突飛な光景に呆れている。


 重力に従って落下してくる妖魔めがけて、クローフィが跳躍。

 弾丸の勢いで妖魔に着弾。強固な皮膚を破り、肉を引き裂いて反対側から抜け出る。


「理由は簡単だ、骨の強度は身の丈の比の二乗に比例するが、体重は三乗に比例するからだ」


 全身を血で赤く染めたクローフィが笑う。


「う、不味(まず)…」


 手の甲に付着した血を舐め、クローフィがしかめっ面をする。


「クローフィ君、合格です。ではサリエルさん、どうぞ」


 シャール先生が微笑む。

 俺の後方では血を見て暴れるセレンを、ラフェルとロランが抑えていた。


 サリエルが戦闘体勢をとる。


―二話に続く―

ラフェルの聞いていた歌もフィクションです。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ