第六章:破られた契りの代償
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ゾーマの時を過ぎ、朝焼「サン」の刻を迎えるフィーゼ国。
何時もなら昨日と過ぎ行く新月の夜の契りをまた守ったとして
穏やかな日常が続く―と思われた。
しかし太陽が顔を見せると同時に、ゾーマの役目が終わり
城は何時になく慌ただしく、また一人の騎士を責めたてていた。
その言葉も致し方ない事。
「出来なかった」という言葉だけでは済まされない。
エメラルダ王女の側近も大臣も皆、例え約束を破ったのが悪かったとしても
謎の男に連れ去られ、守る事が出来なかったハーメルに怒りを滲ませていた。
「ハーメル!貴様ごときがアイリス王女を守れぬなど、何たる無様か!」
「申し訳ございません―私の力が至らぬばかりに」
「ああ今頃アイリス王女は何処に居られる!貴様から幾ら話を聞いても信じられぬ!」
「落ち着きなさい大臣。皆の者―今私達にできる事はアイリスを探す事。それに専念しなさい」
ハーメルへの一方的な叱咤を諌めたのは
王女エメラルダ。
彼女とてハーメルの腕を知っていながら、この様な事態に陥った事を信じられず
しかし現実がもう既にこの世の者とは思えない馬と、彼を上回る程の「黒騎士」と対峙した末に
ハーメルは打撲の負傷を負い、アイリス王女はその黒騎士に連れ去られた。
そして―その事実を知ってすぐに兵士や他の騎士が捜索に乗り出したが、今の所見つかっていない。
エメラルダもハーメルの責任を知っているが
彼一人で何とか出来る問題だったのだろうかとも考えている。
今まで誰一人としてその新月の契りを破る事無く、もしくは破ったとしても闇に葬られたか。
古きフィーゼの始まりから続くその頑なな約束を破った―長年の歴史に彼の剣一本で全てが解決するだろうか?
かと言ってアイリスを責める様な事はしていない。彼がアイリスの事について黙認しているからだ。
もしかするとエメラルダも察する、全ての始まりはアイリスの行動が原因だとして
仮に無事に帰ってきたとしても、姉として多少は叱る。だがハーメルは自分の責任一つしか語らず
叱るべきアイリスの行動を何一つ言わなかった。
「……それよりハーメル、傷は?」
「打撲程度です。しかし―私の事等お気遣いなく」
「アイリスの事も心配ですが、貴方の事も心配してました。どうか自分だけを責めたりしないで」
「いいえ……っ!私にもう少し力があれば……」
痛みも忘れる程に
自分の失態を自分で責めるハーメルは拳を床に叩きつけた。
彼の実力を知っているだけに、その彼が何も出来なかった謎の存在「黒騎士」
しかしそれが新月の契りの約束の正体―とはまだ誰も口にしない。
知らないのだ。誰も―だから今ハーメルが昨日のゾーマの時に出会った彼の存在が
アイリスを連れ去ったとして、その黒騎士が契りをこの国に強いた本人だという立証がまだ出来ない。
「とにかく今は探すのです。アイリスの無事を祈るしか―私には出来ません」
「私も今から捜索に向かいます。必ず……見つけます」
そう言ってハーメルも謁見の間を後にして、残されたのは側近や大臣―それとエメラルダだけ。
殆どの騎士は彼と同じようにアイリスの捜索に乗り出して、今城はほぼ手薄状態。
本来ならばあり得ない状況だが、行方知れずとなった王女を探す手をありったけ増やさねばならぬ。
こんな混乱した状況にも冷静に対応し、フィーゼの王女が一人行方知れずとなったという情報は
まだ今の所この国に広めてはおらず、大きな混乱も見せていない。
しかしいずれはその事態も国民は知る事となろう。アイリス王女の失踪―そして約束の破られし時。
「……黒騎士……そして得体の知れぬ黒馬。松明を持った骸骨……断片的に聞いてもまだ何もわかりません」
「その存在がこのフィーゼを古くから縛る約束の正体だとしても、その黒騎士が新月の夜誰も外に出てはいけないと言った理由もまたわかりません」
「書庫にて何かきっかけに繋がる文献は無いかどうか調べてみます。王女、必ずアイリス王女を見つけ出しましょう」
「ええ、私が気丈にならなければ……」
そう言って数人の大臣と側近が、過去の歴史にその黒騎士の存在があったかどうか
調べる為に書庫へと向かった。
とは言え今まで誰も知らなかった、知ろうともしなかった。今書庫に行ったとしても
その黒騎士に繋がる文献が見つかるかどうか―例え可能性がゼロに近くても
大臣や側近が今出来る事はそれ位。
一番何も出来ないのは、エメラルダ王女。彼女なのだろうか―
「……アイリス。多少叱りはしますけど、でもとにかく無事でいて……」
―憂う姿もまた美しく、サラリとせせらぎのように流れる黄金の髪は
朝焼の太陽を浴びて輝く。
その玉座に座る一人の美女を、遠くから
「美しき王女エメラルダ。手に出来ぬ主の古思い出す―」
―何者かが見ている事に誰一人気づく事無く―