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死神の王  作者: はるさき
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第三章:青獅子の心は


一寸の乱れも無い粛々とした謁見の間にて

玉座に座る一人の女性。


幼さも見えるが、その鎮座こそ相応しいと表現すべき品格も垣間見える。

幾つもの窓から差し込む夕暮れのセピア―彼女一人を命をかけて護る使命に準じる

騎士の姿もまた乱れが無い。


傍らの職務用に使われるテーブルには沢山の書類。

仕事をしていたのだろうか、しかしその役目もそろそろ終わる。

また明日、そして終わりまた明日―繰り返される王女としての仕事。


疲弊の色も浮かばない。むしろその黄昏に少し背伸びした色香の一瞬が見える。


美しき王女―名は『エメラルダ』

その名はかつてのフィーゼの始まり、エメラルダ女王から付けられた。

生まれて来た時から美しい黄金の髪に、彼女の両親は恐れ多くもその始まりの人と同じ名を

付ける事を決めたのだという。


今はその両親共々エメラルダに職務を委ね、離れで隠居の身。

まだ責務を託すには早いと思われたが、その不安を裏切るかのように彼女は

エリュシーヌとフィーゼの平穏に尽力を注いでいた。


誰もが言う、彼女の黄金の髪は―エメラルダの再誕だと。

城内の肖像画に描かれている美しき女性。フィーゼ初代女王「エメラルダ=フィーゼ」

そして今の国主を担うエメラルダも後もう少し歳を重ねれば王女という身分を上げ

女王としての地位を得る。


その時は恐らく傍らに、次の世代の生誕には欠かせぬ彼女に相応しい伴侶が居るだろう。

そんな未来を誰も疑わない。


かと言って当の本人は周囲が勝手に定めたような運命に幸福を感じているか?

誰も彼女の本心を聞いた訳じゃない。

周りが「きっと幸せ」と思っているだけで、エメラルダは本当に全てにおいて幸せか?


―いいや、一縷の杞憂はある。

それは歳違いの一人の妹の存在。

嫌いと言う訳じゃない、疎ましくも思ってない。

自由奔放すぎる性格を面倒と思っている訳でもない。


『落差』があるのだ。その妹とエメラルダの扱いに。

同じ血を引くフィーゼの王家の一人なのに、彼女の聡明さと美しさが育つにつれ

一緒に成長してきた妹への関心はどこか希薄。


両親とて同じ。愛されて育ってきた自分の幸福に反して、一人の時が多かった妹。

今はエメラルダも安心できる度胸の据わった教育係の存在があり

本人がどう思っているかは分からないが、今の所一先ず「孤独」ではない。


気づけば剣を手に、エメラルダの御身を守る女性騎士としての道を歩み始めた。

それが妹の選んだ道とは言え、本当なら対等な立場を望んでいる。


確かに歳の差があって、長子が王座の任に就くのが当たり前だとしても

危険を伴う騎士の道を選んだ妹に、多少の気まずさも心の片隅にあったのだ。


「……今、何時でしょうか?」

「もうすぐ夕刻『ジスタ』から初闇『ヴォルト』へと傾く頃です」

「ではそろそろ休みましょうか。今日の仕事はもう終わらせていますし」


この世界で統一されている時刻の名前。

太陽が昇りはじめる早朝を『朝焼:サン』、登り切った太陽に照らされるその日の一番長い穏やかな時『恩長:クエルム』

そして日が傾き始める『夕刻:ジスタ』、夜の始まりを『初闇:ヴォルト』

月を天に深まる夜更け『深淵:ゾーマ』

大まかに分けられ、特にその時を数字では表現しない。時を計る機械で今がどの時刻かを把握する。


エメラルダの質問に答えたのは彼女の傍で仕事の補佐を担当している専属の大臣。所持していた懐中時計で

もうすぐヴォルトに差し掛かる事を告げた。


「お休みになられますか?王女?」

「そろそろ帰ってくる頃でしょう。少し待ちます」


―色が黄昏を深めていく中で、彼女の髪色が豊穣を意味する「小麦」色に近くなる。

恐らく今が最も美しい時―しかしどの時をもってしても彼女の美しさが陰る事は無い。


例えこれから初闇に差し掛かろうとしても、その黄金の髪はまた黒と相反して映えるだろうし

深まる夜の天に輝く月が黄金を照らす。そして朝を迎えた太陽の光でもまた輝くのだろう。


そんな彼女に寄せられる求愛の声は絶える事が無い。

あまりの美しさにロディッシアを越え、他の大陸からはるばる声がかかる事もある。


しかしフィーゼには決まりがあり、国を統治するのは「女王」

同じ権力を持った同格の相手では、伴侶として迎える事が出来ない。

だからこそ代々このロディッシアの中で、女王の傍らに相応しい「騎士」であったり「貴族」であったり

そう言った人々が女王の伴侶として選ばれてきた。


いずれ彼女―エメラルダも、歳相応に善き伴侶を選ぶべき時が来るだろう。

そうして丁重に扱われる反面、城内での彼女の妹に対する関心はどこか希薄だった。


「ハーメルも青獅子と呼ばれるだけの技量がありながら、アイリス王女の教育係に甘んじておられる」

「大臣、私から言えばハーメルが傍に居るだけで妹の安心に繋がると思っているわ」

「しかし恐れ多くも多分今一番エメラルダ王女に相応しい伴侶は……」

「……大臣、言葉を慎みなさい」


囁きに近い叱咤に、大臣は言葉を飲み込む。

受け入れるだけが彼女の役割ではない。


時には罰を下す事もエメラルダの仕事、確かに聊か言葉が過ぎた大臣に

彼女が彼を諌めるのも無理はない。


そうしていると扉の向こう側から騒々しい声と、足音が聞こえてくる。

その音に気付いたエメラルダは、今日もまた無事に帰ってきたのだと現れる姿に微笑んだ。


―バタン


「……ただいまーっ!姉様!」

「お帰りなさい。アイリス」


フィーゼに帰ったらまず一番に、日課と言って良い程

エメラルダ王女―私の姉様に挨拶する。

きっと私が帰ってくるまで待っていたはず。仕事に疲れて先に休んでても良いと思うのに

その色も浮かべず笑顔で今日も待っててくれた。


日はやっと落ちて、ヴォルトの刻を迎えたのか

謁見の間に一つ一つ明かりが灯され、外は少しずつ暗くなる。

ずっと先はまだほのかな紫に染まっているけど、それもあっという間の出来事。

玉座に座ったままの姉様に近づいて、身分を弁え跪く。


「えーっと、ただいま帰りました。エメラルダ王女」

「もう……改めなくても良いのに」

「一応女騎士だもん。それより!」


あっという間のスイッチ切り替えに、傍にいた大臣がガクッと傾いた。

それと同じくしてハーメルも現れ、私の後ろで姉様に帰還の挨拶をする。

まあそれはともかく、私は今日の出来事を姉様に話し始めた。


「今日ね、モンテグロスの酒場に居たんだけど。そこで失礼な旅人が居て……」

「あら酒場だなんて……まだ歳が早くてよ?」

「良いの!飲んでたのはミルクだから。ともかくその旅人が本当に失礼で、姉様の事を侮辱したのよ!」


フィーゼの民は、姉様の悪口なんて一言も言わない。

それだけに今日私が知った旅人の無礼に、隣にいる大臣は少し顔をしかめていた。

でも姉様は特に気にもしていない様子で、黙って聞いてくれている。

ハーメルに言われた怒りの沸点が高いって訳じゃない。多分姉様の性格からして

そう言う言葉があっても不思議じゃないと言いたいんだと思う。


「エリュシーヌの事を田舎臭いとか暇だとか……姉様の美しさにもエリュシーヌ止まりとか!」

「あら、他国の事を知らないからそれは当たっているかもしれないわよ?」

「その他国からも声がかかっているんだもの、他にも綺麗な人がいるかもしれないけどそれは言い過ぎと思わない!?」

「アイリス王女、怒りの沸点下がってますよ」


軽く柄で私の脇腹をこつくハーメル。

それこそ立場的に失礼なのかもしれないけど、もはやハーメルと私の関係は周知の事。

むしろハーメル位しか私を止められないと周囲が信頼している。

そして彼は顔が赤いと言いたいのか、自分の顔を指差して少しは落ち着けと仕草を見せた。


「……ですが恐れ多くもアイリス王女の言った事は本当です。なので少し痛みを覚えて頂きました」

「そんな事気にするものでもありませんよ。色んな人が居るのです、その言葉も一つの意見なのですから」

「エメラルダ王女、ハーメルの処置は正しいかと。全く旅人の中にはそう言う人間も居るのですね」

「でっしょー?まあ結局その場でハーメルの株が上がった位しか今日の実りは無いわ」


嫌味ったらしく言って隣のハーメルに鼻息一つでそっぽ向いた。

あの場でもし私が活躍したら、ちょっとは良い気分になったと思うのに

いいとこ取りって言うのかしら。歩くだけで異性の目に留まるハーメルの穏やかな制裁に

またちょっと株を上げたのは彼だと思う。


「ふふ、今日は怒りん坊さんね。アイリス」

「だって……」

「言葉の縛りなんて無いのよ?誰がどう言おうとその人の自由―ハーメルも相手が旅人ならば少しは控えなさい」

「申し訳ございません、エメラルダ王女」


私では軽くあしらわれるけど

姉様が相手となると流石に委縮するハーメル。

それこそ立場をきちんと理解していて、騎士と王女の分別が成されている。

だからと言って私にも同じ対応しないの?なんて言わない。逆にハーメルが姉様と同じ態度で

接してこられても気味が悪い。


すると姉様の隣にいた大臣が一つ咳払いして、話しだした。


「エメラルダ王女、やはりこの際ハーメルは王女と婚姻なされては……」

「大臣、その話は止めなさいと……」

「いいえそうすればきっと今後の安泰も約束されましょう。ハーメル、お前の心はどうだ?」

「私ですか……?」


―別に今が初めての話じゃない。

何度も聞いている、ハーメルと姉様の婚姻の話。

まあ彼だって私の教育係だけに留まるには、勿体ない品位があるし

さほどその話を反対する気持ちも無い。


むしろそうなる事、認めてる方。

でもその話が何度も浮上しては、曖昧にされて先送り。

そして大臣は今こそハーメルの意思をしっかり聞きたいと思ったのかも。

かと言ってハーメルは名が知れても「騎士」であり、王女が望むなら彼が何を思っていても

婚姻の要求を受け入れる立場なはず。


「さんせーい。私もハーメルが姉様と結婚した方が良いと思うー」

「アイリス……彼は貴方の教育係よ?」

「私ってもう16歳だもの。そろそろ自分でちゃんと行動できる歳なの」

「……そうですかね」


今度はハーメルがため息をついて、先程の粗相を勝手に振り返る。

まあ軽く蹴とばした位じゃない。その位、適切な行動範囲。

それに本気でハーメルが姉様と結婚したら本当にフィーゼの先は安泰だと思う。

容姿気品実力申し分ない文武両道。いずれ女王の即位を迎える姉様の傍らを守る無敵の剣となるんじゃない?


「私は姉様の幸せに繋がるなら、それでもいいの。じゃ、湯浴びしてくるね」

「アイリス……」


―この場で決まるなら、それでいい。

自分の幸せよりも姉様の幸せを優先すべき。

そう言うの、慣れてるから―と、ハーメルをその場に残し謁見の間を後にした。



アイリスが去り、残されたのはエメラルダ王女と大臣。その前に気まずそうな表情のハーメル。

するとハーメルは自分の出で立ちが不適切と分かり、改めて跪く。

大臣は自分の質問に未だ即答しないハーメルを見下していた。

申し分ない待遇に何度も曖昧にされただけに、それこそ彼の無礼さを見たのだろう。


「ごめんなさいね、ハーメル……大臣。下がりなさい」

「御二方でじっくり話してください。アイリス王女の後押しもあってこそです」


そう言って大臣も謁見の間を去って行く。

一方ハーメルは俯いたまま、エメラルダの方を見ない。

彼女も察しが悪い訳ではないのだ。ハーメルの心がどこにあるか。

だからこそ今まで「教育係」として傍らに居た―


一番鈍感なのは―アイリスなのだと。


「……私ももうすぐ18になります。そろそろ新しい王室を整えたいと大臣も焦っているのでしょう」

「申し訳ございません……エメラルダ王女」

「いいえ、心を変えるなど酷な仕打ちはしません。私には私なりに相応しい人が居るはずです」


その言葉に、ではエメラルダ王女の本心はどうなのか―と、問うべきか。

しかしきっともしそうであったとしても無言を貫き、決して言わないだろう。

ハーメルの心はずっと前から決まっている。逆に言わせてみればアイリスの幸せを願うならば

その傍らに彼が居た方が良いと思っているはず。

それに彼女もいずれ女王としての地位を得る以上、伴侶に傾く程必要以上の愛情は邪魔になるのだ。


ある意味、結婚に妥協すべき部分がある事を理解している―

それが女王として生きる彼女の宿命。


「……下がりなさい。ハーメル、疲れたでしょう?」

「いえ、これから国内の警護に当たります」

「ふふ、仕事熱心ね……大臣の話は気にしないで」

「……」


普段から器用なハーメルでも、エメラルダの心には器用になれない。

分かっているのだろう。自分が最も無礼である事を。

しかし彼女が言う様に心を変えるなど、恐らく酷なのかもしれない。

そんな二人の気持ちの交差に、無知のまま去って行ったアイリス。


―ハーメルの心は、アイリスの傍なのだ。


「失礼します。エメラルダ王女」

「……ええ。ではまた明日」

「続かれし平穏に、剣の忠誠を―それでは」


そして、ハーメルも去り

たった一人残されたエメラルダ王女。

彼の後姿をそっと見つめ、自らもその場を退席した。


―自らの心を変えるのも、また酷なのかもしれないが―



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