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死神の王  作者: はるさき
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第二章:草原の姫2


「草原の姫!方向が違うのでは!?」

「少し寄り道してるだけよ!その位良いでしょう!」


一人を好んで散歩していたのに、やっぱりハーメルに見張られていた事を知り

うんざりした私はモンテグロスを後にし、そのままフィーゼに帰って本当にふて寝してやろうと思ったけど

彼が言う様に今走っている方向は本来の目的とは異なり、後方から疑問の声が飛ぶ。


果てしない緑の海に遭難したのか?いいえ、ハーメルだって知っている。

このまま先に進めばある場所に辿り着く事を。


―草原の姫。私はそう呼ばれていた。


気づけば馬と共にこの緑の海を駆け抜ける日々。

王女という立場でありながら、相応しくない個人的な趣味に

国の大臣も呆れて、最初は再教育をと必死になっていたけれど―とうとう諦めちゃった。


何時見ても緑と戯れる人魚の様、私を知る人々に自然と伝わるあだ名。

嫌いじゃない。むしろ好き、この時が自分らしくて一番好き。


でも、王女と言う言葉は好きじゃない。

例えその身分であったとしても、もっと相応しい人を知っているから。


その人はこんな私も「らしいわね」と受け入れてくれて、自らが玉座に座る。

そんな「姉」が大好きで、だからこそ先程の旅人の侮辱がとても許せなかった。


自然とその玉座に相応しい姉の品格を知り、私は例え同じ王女だとしても

剣を手にして女騎士としての道を歩み始めた。


その教育係としてハーメルが名乗りを上げたのだけど、彼も変な人。本当に腕前は良いくせに

地位的な欲が無いというか……でもその彼のお陰で、そこそこの腕前に成長してると思う。


勿論ハーメルを相手にしたら、負けるのは分かってるけど―


『ヒヒィイイイン!』

「っと……着いた。うーんやっぱりここからの眺めが一番好き」


―緑の海を駆け抜けて、切り開かれた視界の先は

青い海を眼下に見下ろす峠。別名「アースソード」

一歩間違えれば海に落ちる。


当然の事だけど、初心者が安易に近づく所じゃない位そこそこに危険。

でも真っ直ぐな視線の先に広がる青い海。その遥か遠く―どれだけ時間がかかるのか知らないけど

ロディッシアの端の一つから、見えないけど別の大陸がある。


何時かはこの緑から青へ―その先を知る事もあるのかしら。

太陽の光を浴びて輝く海原に、誰も立証してくれない自分の未来をふと想像する。


すると後ろからハーメルがため息をつき、疾走の興奮で嘶く白馬をなだめながら私に近づいた。


「危ないですよ。馬に乗ったままでその場に立つのは」

「大丈夫よー慣れてるもん」

「知ってますけど万が一という事もあるでしょう?降りてください、怒りますよ?」


勿論、彼の事だから

本気で怒ると思う。


王女という身分の違いをちゃんと分かっても、彼は私の教育係。

叱る事も当然の事、許されている。

でも彼がその任に就く前の色んな教育係は、私のやんちゃぶりについていけず

根を上げたりしてギブアップ。


今まで着いて来れてるのはハーメル位かしら。


「ぶーっ、もうこのポジションが良いのに」

「降りてください。アイリス王女」

「嫌味な時だけそう言うのって性格悪ーい。分かったわよ、もう」


ハーメルは私が「王女」と呼ばれる事が嫌いと知っている。

だからこそ普段は草原の姫とかアイリスって呼ばれてるけど

言われて嫌いと思うからこそ、諌める時はさりげない陰湿さであえて「王女」と呼ぶ。


どのみち降りなきゃチクチク責められそうでうんざりするから、渋々馬をアースソードから退かせ

その場で降りた。


「海に落ちたら人魚になるかしら?」

「さて、どうでしょうか。現実的に言えば雲の上行きでしょうが」

「ロマンが無い……さっさと所帯持って落ち着けば?」

「ロマンと所帯とどういう関係があるんでしょうか?理解しかねます」


青獅子と呼ばれるだけの腕前と、異性の誰もが惚れる位の容姿に

未だ独身を貫くハーメル。


確かにまだ独身であっても良い年齢なんだろうけど、声を聞かない日は無いと言っても良い位なのに

私の教育係という役職を律儀に全うしている。


まあ女性になびく事があったら言葉にも多少のロマンとか……と、思ったけど

そこそこに頭の固いハーメルの事だから、多分変わらない。


彼にしてみれば人魚?笑わせないでください―って、言いそう……


「でも不思議ね、ここだけ緑じゃない―エリュシーヌのほとんどはこの草原なのに」

「疑われし昔話の名残とでも?」

「かつてはこの草原が荒れ果てていた……でも、皆信じないけどね」


語る人はそうそう居ない。

居たとしても口にする時点で「本当かな?」と疑う―この緑の海がかつては荒れ果てていた事。


その立証も難しく、最初はその光景を実際見て知っている人が居たとして、それから長い年月が過ぎ

語り継がれようとも今のエリュシーヌを見れば、その真実は次第に淀んでいく。


でもこのアースソードには一本の草も生えていない。歩くのが困難な険しい岩地で緑の海と極端に分断されている。

誰もあまり近づかない危険な場所―でもその先は美しい青のコントラスト。


もし本当に荒れ果てていたとしても、草原が生まれる程の平和な日々がずっと今でも続いている。

それが代々フィーゼの国主の統治によるもの。

歴代を重ねても曲がる事のなかった信念の先には、もしかしたら荒れ果てていた事実があり


その理由は今とは極端すぎる「何か」があったのかもしれない。


―でも、皆この緑と共に長く過ごしてきたから

その過去もきっと薄れていったのかもしれない。


それが悪い事だとは言わない。今の安寧こそこれからも続けるべきフィーゼの使命。


「……そろそろ日も暮れましょう。アイリス、暫くはその奔放さを自粛して頂かなくては」

「そう言えば……もうすぐだっけ?」

「ええ暦ではそうなっております。だからこそその『日』だけは行動を……」

「分かってるわよ、くどいわねハーメル」


わざわざ最後まで語らなくても知っている、フィーゼの国に伝わる『古の契り』の日。


だからこそあのまま自由な行動ばかりしていては問題があると思ってハーメルも神経質だったのかしら。

とは言え私も一応王女。その契りを破った事は無い―その日が訪れる度にきちんと約束を守っている。


「本当に、不思議な契りよね」

「多少の不思議も許容範囲でしょう」

「だったら海に飛び込んで人魚になるかもしれない不思議も信じてみたら?」

「もう一度申し上げますが飛び込めば行先は雲の上です」


―不思議を認めたくせに、やっぱりロマンが無い。

かと言ってロマンのあるハーメルって逆に気持ちが……


「……悪いわよね」

「何か?」

「何でもなーい」


どうでもいっか、と思って日が暮れる前にフィーゼに戻る事にした。


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