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死神の王  作者: はるさき
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第二章:草原の姫

アルコールの匂いが充満し、賑やかな歌声と語りが交差する

一件の酒場にて

二人の男が種別の異なる酒を飲みながら、訪れたこの地について語り合っていた。


酔いもそこそこに回っていたものの、悪態をつく訳でもなく

むしろ耳を傾ければ断片的ではあるものの「褒めている」に近い。

その語らいの傍には満足そうな笑みを浮かべ、盗み聞きをしている一人の少女。

関係は無いだろうが、とりあえず彼女は悟られない様にその会話を聞いていた。


まずはその話の内容に、耳を欹てよう―


「全く、エリュシーヌ地方は穏やかだな。この土地に来て諍いに一度も遭遇してない」

「旅を続けていれば多少はもめ事もあるのだが、これほどまでに平穏とは」

「それもこの地方を統治する『フィーゼ国の王女』の手腕の賜物じゃないか?」

「噂に名高い美しさと聡明さを兼ね添えた王女か。一度はお目にかかりたいな!」


ここはエリュシーヌ地方、統治するはフィーゼ国の王女。

戦争のない穏やかさを誇りとするだけに、他国からはるばる足を向ける旅人も多かった。

その統治下にある一つの町「モンテグロス」もまた同じ。酒場と言うだけあって普通ならば

酔いが回りすぎた人や荒くれ者で多少のもめ事もあって当然。

しかしそれを禁じているのか、王女の資質が民衆に認められているのか

些細な喧嘩すらもごく僅か。良く言えば平穏だが、悪く言えば―


「少々、暇ーな所な気もするけどな」

「ははっ、ちがいねぇ」


その結論に盗み聞きをしていた少女がガクッと項垂れた。

エリュシーヌもフィーゼも、その国の王女もこれでもかと褒めた末に

暇と位置付けられて不満そうな表情を浮かべる。

かと言って何か言いたそうな、反論でもあるのかどうか口を数回動かしただけで

特に喋る事もしない。


むしろ、我慢している―そんな様子だ。


「そうだな、まあ田舎風情があって良いんじゃないか?」

「田舎か。王女も案外知られてないだけに、本当は田舎臭さがあったりしてな」

「絶世の美女と謳われても、本物を見てないから何とも言えないな」

「もしかするとこのエリュシーヌ「だけで」一番美人なだけ。とか…」


―ゴスッ!


一人の男が、最後まで語ろうとしたその瞬間

物凄い勢いで座っていた椅子から弾き飛ばされた。

気づけば脳しんとうを起こして気絶した男が床に倒れ、それを唖然とした表情で見つめ

酒が注がれたコップを落としたもう一人の男。


振り向けばそこには、怒りの色を浮かべ

顔を真っ赤にした一人の少女が仁王立ちしていた。




信じられない。

旅人にそこまで言われるなんて。

何も知らないで、発言の自由は許されていようと

エリュシーヌやフィーゼ国、それ以上に王女を侮辱するなんて。

田舎と言われただけでも腹が立つわ!暇だなんて、何処が悪いの。

むしろその平穏を統治し続けた王女に敬意を称するべき!


「あんたね!王女を侮辱するなんて失礼よ!」

「は…?てか連れはお前に蹴られたのか?」

「無礼な事を言ったから蹴飛ばしてやったわ。むしろこの程度で気絶する方が情けないわね」


悪びれるつもりなんてない。

仮にもフィーゼの王女を田舎臭さ…言い方によっては他国と遅れているって言われているようなもの。

私にはその言葉を制裁するだけの愛国心があるの。だから思いっきり頭を蹴飛ばした。

そんな田舎な国にも平和を守るだけの規律と、王女に対する忠誠心を頑なにする騎士が居てこそ。

他国から来たから何も知らないで、言いたい放題も許せなんて私が認めない。


「こんの…小娘が!エリュシーヌが田舎臭いと言って何が悪い!」

「訂正しなさいよ!さっき何て言った?王女がこのエリュシーヌだけでの美人だって?ふざけんじゃないわよ!」

「そうかもしれねぇじゃないか!そもそもお前こそ王女の何を知ってるって言うんだ!ああ!?」

「そっ…と、とりあえず謝りなさいよ!」


体格も年齢も大きく違う相手と口論する私。

その様子を見て周囲の人々もただ事じゃないと、先程までの賑やかさが途絶える。

こんな諍いもあってはならないのに、例え切り出したのが私だとしても

王女の侮辱に怒りが止まらなかった。


すると男は腰刀に触れ、脅すような仕草をした。

謝れば済む話なのに歳を考えもせず、妥協もせず―私に対して傷でもつけるつもり?

そっちがその気ならこっちだって張り合う度胸はある。女の子だからって甘く見ないで。

普段から身に着けているミドルサイズの剣に手を付け、痛い目にあっても当然と

エリュシーヌから追い出すつもりで柄を握った―その時。


―ギリッ!


「っ!?い、いでぇっ!?」

「年甲斐も無い行動は慎んで頂けますか?旅人の方」


勿論張り合うつもりで、多少の傷にも臆病にもならない。

自分の力量過信してる訳じゃないけど、この位なら腕ならしにもならないと

刃の交差寸前で、相手が突然悲鳴を上げた。


「ここはエリュシーヌ地方。貴方の発言は平穏なる統治を続けてきたフィーゼの王女に対する侮辱に近い」

「ひ……いぃ、痛ぇ……」

「ご期待に沿えない様であれば別に貴方の来訪を望んではいません。お引き取りを」


見れば粗相をした旅人の背後に灰色の髪をした、一人の青年騎士が冷静に語りかけ

その腕を軽くひねり、痛みで制裁を下していた。

剣を使うまでも無い。彼の握力だけで十分―その平然とした様子には、酒場に居た数人の

女性達の声に色がつく位の、眉目秀麗な姿をしている。


冷静沈着、見た目も申し分ない。完璧な騎士。

そう見えて意外と内面は?そうそう見せない彼の片鱗、剥がれていく。


「こう見えてもあまり時間を割く程余裕のある人間ではないので……まだ何かあればその都度痛みが増えますが?」


―ほら、やっぱり。

最初は穏やかでも、内心はどうだか。

怒らせたら多分怖い。外見だけで判断したら痛い目見るって知っている。

一方彼に会って、その片鱗を見る不運に見舞われた旅人は彼の視線に冷や汗を浮かべ

数回頷いて気絶したままの相方を担ぎ、酒場を出た。


「……田舎臭い、ですか。言われて気持ちのいい言葉でもないですが」

「もっと痛い目に遭わせたらいいのよ!」


フィーゼで最も、腕の立つ騎士。

空に近い青を得る事を王女直々に許された彼の名は―


「それより『ハーメル』着いて来たの?一人で良いって言ったのに」

「ご身分をお考えください。そう言われてもお一人にする程私も呑気ではありません」


彼の名は―『ハーメル=イヴァンテール』

フィーゼの青獅子と言われる程の器量を兼ね添えた、恐らくエリュシーヌ地方で一番の剣豪と言っても良い。

しかしその腕前があるにも拘らず、団長としての地位も望めなくもないのに

一個人としての騎士の立場に甘んじている。


そして、選んだ自らの役目が

私のお目付け役兼教育係。

だからこそ彼が言う様に、私が一人で外出したいと言っても

何処かで目を光らせて、今まさに目の前に居る。

厳しいのよ意外と。女性には優しいって評判だけど―本性知ってるだけに

その評判もどーだか。


「もし貴方が剣で相手すれば、この酒場が混乱したでしょう?簡単に剣で解決しようと思わない事です」

「だって王女の侮辱……」

「言い訳は無用です。そもそも侮辱したとしても相手は旅人ですよ?怒りの沸点が低過ぎます」


―さっきのハーメルの発言を聞いて、あんたに言われたくないわーと思ってみた。

思ってみただけで、言葉にはしない。こんな状況で私が何を言おうとハーメルには敵わない。

どんな発言も軽くあしらわれる。とは言え密かに追跡されていた事を知って

一人の気ままな外出も最初からある程度見張られていたのね、と肩を落とした。


それより、私がハーメルと言った事で

酒場が少しどよめいている。

それだけハーメルの名はエリュシーヌに知れ渡っているから。

そのハーメルとごく普通に話す私の事も、最初は誰もがその辺に居る少女と思っていたのかもしれないけど

今この場においてもはや普通の少女と見られてはいない。そんな視線を痛いほど感じる。


この酒場も、何回かお忍びで来たんだけど

もう普通を装って来る事も出来なさそう。

自由気ままな居場所がこうやって減っていく。


やっぱり私にはエリュシーヌの草原が相応しいのかしら。

青い空と白い雲、時には憂うような雨雲の色を見せるけど

何時だって裏切らない緑の草原。まるで海原のようで―清々しい。

馬で何度も駆け抜けた、緑に溶け込む程に。何度も、何度も。


「……分かったわよもう。帰るってば。どうせもうここにも居られ無さそうだし」

「自由奔放過ぎる性格がどうにも改善されませんね。教育の仕方が間違っているのでしょうか?」

「逆に束縛し過ぎなのよ!あーあーもう帰る!ふて寝するー!」

「やれやれ……ご自身の立場の意識改善にも努めなければ」


さほど表情は動かずとも、呆れていると言って良いハーメルを無視して

私は変に悟られぬ前に酒場を後にし

そして外で待たせていた馬に跨り、手綱を張った。

ハーメルもこれ以上自由に行動させまいと、自分の白馬の傍にすぐさま従える。


「さっさとしないと置いて行くわよ!ハーメル」

「素直にお帰り頂きましょうか。『アイリス=フィーゼ王女』」

「……嫌味ったらしい言い方ぁ……もう知らない!」


丁寧な言い回しでも、彼の意地悪さが伺えた。

わざとこの場で『王女』とつける事で、聞いた人全てにその存在を植え付けるんだから。

だからもうこのモンテグロスにも、お忍びで来る事が叶わない。

顔も堂々と知れちゃった以上、例え訪れても町の人は多分普通に接してくれない。


―そうして手綱をしならせ、颯爽と馬を走らせる。

風に近い疾走にあっという間に遠のくモンテグロスの町。

その外は見渡す限りの緑の海。


エリュシーヌが誇る美しき草原へと駆け抜けて行った。


四季折々の彩りと、恵まれた風土で有名な「ロディッシア大陸」に一つ。

争いとは無縁の統治を続けてきたフィーゼを主国とするエリュシーヌ地方。


その領域は殆ど見渡す限りの草原地帯で、別名緑の海とも呼ばれている。

他国と比べ、エリュシーヌは文化の発展から少し遅れてはいるものの

それは大した問題ではないと、穏やかな生活を送る人々の幸福で満ち溢れていた。


ロディッシアこそ他の大陸に比べれば、そう広いものではないだけに

訪れた旅人の中には、刺激が少ないと軽く嘲笑する人も居る。


そんな大陸だからこそ、その中にあるエリュシーヌ地方もまた、他国に劣る部分も多々ある。

しかし古くからエリュシーヌに住んでいる人々にとってはごく普通の安寧―平和こそ恵まれているのだと知っている。

だからこそ不平不満を述べる者はそうそう居ない。居たとしてもその地を離れれば良いだけの事。


どれだけの月日があって今の平穏が築かれたのかは分からない。


しかし―もう語る人も少なくなってはいるが

このエリュシーヌの草原はかつて荒れ果てていたのだと言う。


今のこの地を見てそう言われても疑うのが当然かもしれない。むしろ言った本人の神経を疑われる。

だから口にはしない―古きこの緑の海のかつての姿。例え言ったとしてももしかしたらそれは単なる御伽噺かもしれない。


知っているからこそ話す事は出来ようと、言うべき本人も実は疑っている。


それにこの緑の海がかつて荒れ果てていたという事が事実だったとしても

今の草原を目にして、過去を掘り下げても意味が無い。


ごく僅かな研究者こそ居たとしても、その形跡を見る事も出来ない故に


『それは多分御伽噺』と片づけられ、今では子供の暇を潰す昔話の一つになっている。


とは言え、聞いた子供とて―そんなの嘘だ。と言い返すだろう。


その緑の海を駆け抜ける馬が一頭、いや二頭。

先陣を切るは茶毛の馬に跨る少女、そして追従するは白馬に乗った一人の騎士。


どちらが早いだろうか。本気を出せばその順位は異なるだろうが

騎士としての立場で言えば、先頭を走る少女の自由を適度な距離を保って護衛している―そんな様子だ。


緑に消えてはまた現れ、甘栗色の髪をなびかせる

少女は巧みに手綱を操り

もしかしたら無限なのかと思う位の草原に自分の目標を迷わせる事無く、駆け抜ける。


心地良い風に、あどけない笑み。

余程この草原を走り慣れているのだろう。


そんな彼女の日課に近い緑の疾走から付けられたあだ名は―

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