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死神の王  作者: はるさき
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第一章:忘れられた悲しみに

―それは古い古い話。


誰もがもう覚えていないだろう、昔話としても語られぬ寂しい話。


せめて誰かが語り継いでくれるなら、その人の心は慰められただろうか。

それでもその時の事は「必然的に封じられなければいけなかった」


遠い遠い、昔の話。

知っているのは風か大地か。それとも―あの時と同じ「夜空」だろうか。











―……


「どうして私がそんな酷い事を貴方にしなくてはいけないのですか?」

「せめて貴方の手にかかるならば、俺の心は悲しみで砕かれないと思ったからだ」


拒む意思の嘆きと、下される手を一人に望む声。

二人の声が悲しい程に響き渡る、静けさは―今。新月の時を迎えている。


玉座に座る黄金の髪をした女性は、まるで月の代役を担えるほどに美しく

しかしその表情こそ、何かを拒む意思に表情を暗くさせていた。


一方、その向かいに跪く黒い髪の騎士だろうか。

この新月の時に溶け込みそうな混じりのない黒、そのものと例えて良い程。


彼は自らの心が悲しみで砕かれぬ方法が、玉座に座る彼女次第だと語っている。


必要以上の明かりしか灯されない、謁見の間にて

二人はどの位語り合う時間を共有したのか。

しかし実の所「時間」等と表現する程、猶予は無かった。


それは両者とも知っている。しかし玉座の―この国の名はまだ後にして

王女の地位に君臨する女性は、騎士の希望を拒み続けた。


「だから、私が冥府の妃になれば……」

「誰も悲しまないとでも言うのか?貴方を守る為に戦ってきた俺を目の前にして」


冥府と言う言葉に、人間の智だけでは及ばぬ危機が感じられる。

そして王女がその妃になる事で、全てが解決する―それもお互い知っている。


しかし騎士が言う様に、自分が今まで命を懸けて守り続けてきた王女の自己犠牲こそ

彼の心が悲しむのだろう。


だが、王女としても彼の意向を望まぬ理由がある。

それは立場も超えて二人の間に深い愛があったからだ。

だからこそ彼の望みを、自分が果たさなければいけないという酷な言葉に

今でこそ悲しんでいる。


―分かっている。どちらの選択肢を選ぶのが相応しいか。


国にとっても、その国を統治する王女としても、そして騎士である彼の立場も考えれば

彼女には一時の苦痛―


悲しみを乗り越えたその先の「望み」を手にするべき。


彼は迷ってはいない。

その目は黒くとも、とても穏やかに見える。

愛する者をただ守ろうとする純粋な心を、王女も分かっているからこそ―辛い。


「……冥府の王を封じるには、もはやこの手段しかない。痛みこそもう慣れた、貴方と別つ痛みも……きっと忘れよう」

「……」

「貴方には未来がある。この国を治め、民の平和を守る未来が。そしてその先に必ず本当に愛すべき人も見つかるはず」


誰に聞いても、恐らく同じ答えが返ってくるはず。

王女の犠牲よりも、騎士の犠牲を選ぶという選択。

二人に立場の落差など無ければ、また違う決断が下されていたのかもしれないが

今まで王女を守る使命を貫いてきた騎士の、最後の望み―


それは、王女との永遠の別ちを意味する。


「どうか、俺をこの「剣」で殺してくれ」

「……」

「その先に必ずやこの国を永遠に守る事を、約束しよう」


―彼が取り出したのは、銀色に光る剣。

刃には人間が読めぬ刻印か紋章か、何かが赤く刻まれている。

それを使って自らを殺せと望む彼。

愛する人を殺すなど、普通に考えて王女が拒む気持ちも分かる。


しかし、この国に猶予は無い。

そして選ばれる選択肢は「彼をその剣で殺す事」

王女の犠牲など誰も望まない。むしろ騎士である彼の言葉は

この国の忠義に等しく、正論だと言える。


その先の未来も守るなど、剣で殺されてしまえばあり得ない話だろうが

恐らくそれも二人は知っているのだろう。


「……悲しみを背負って、私は生きるのですね」

「時がいずれ忘れさせてくれるだろう」

「いいえ、ずっと背負う事が貴方を殺める条件とさせてください―」


忘れない、ずっと。

王女は自らが愛した一人の騎士を忘れない。

誰もが忘れ去り、過去にも残らない運命にあったとしても

王女は自分の生涯全てにおいて、今この場に居る最愛の騎士を心に刻む。


ずっと、忘れない―


「……貴方がそう望むなら―「エメラルダ」」

「どうか、私の事を忘れないでください―「クロード」」


その言葉の交差に、決意を示し

王女は彼から剣を渡され、震える手で―


「例えこの国の全てが貴方を忘れようと、私は貴方を忘れたりはしません」

「永遠にこの美しき国を、守る事を誓おう」


―……その言葉と同時に、刃は騎士の胸を貫いた。



古い話。昔話にも語り継がれぬ―誰もが忘れてしまった話。

それからどうなったのか、今から始まる物語が教えてくれるだろう。

ただ、とても悲しい話の先に。忘れられたその騎士の死と同時に生まれた「国との契り」


それは―


『新月の夜は、誰も外に出てはならない』


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