Fragment
「そうして、4人でエルフの里を目指すことになったんだ。
ポートレイトを出ると、目の前には草原が延々と広がっていて、とても気が遠くなったそうだよ。
魔物も沢山いたしね。」
老人は今日も語る。
不思議と聞いて居る子供たちは前よりも増えた気がする。
あの人の話がこうも沢山の子たちに伝わるのは、誇らしいとすら思う。
「その途中で、見つけてしまった。」
「何をー?」
「何があるのー?」
遠い日を見つめて老人は語り続ける。
若かりし日を思うように。
Fragment
「これは…。」
ポートレイトを出て、エルフの里へ向かう道中。
沢山の魔物たちを相手にして、体力も消耗してきたころ、目の前には石造りの何かが集まった場所にたどり着いた。
「…遺跡?」
イリスは呟く。本で見た遺跡と呼ばれるものによく似ている。
建物だった形跡も充分に伺えるし、広さからしても小さな村くらいはある。
「…ッ。」
ライトはふとその瞬間に頭痛を覚えた。
脳裏に何かの映像が走り抜ける、そんな感覚。
「ライトさん…?」
シャルは不安そうにライトを見上げた。
険しい顔を崩すことはなかったが、「大丈夫」と目の前の光景を見ながら答えた。
「えと、本によると、ここはセリア…石造りの小さな村だったみたいです。」
シャルが本を片手に解説をする。
この大陸のことを何も知らないライトたちにとってその解説は有りがたかった。
「…いつから、こんな感じになったんだ?」
「10年前の…戦役…?」
クレインの問いに、ライトがふと呟いた。
それに対してシャルは頷く。
「たった、10年でこんな風に、なってしまうの…?」
イリスが口元を手で覆って、不安そうな声で言う。彼女が思うのは、この先の今の世界の事だろう。
石造りの、このセリアと呼ばれていた村。
規模こそ違えど、レイティアと繋がるものがある。今の魔王の存在を抑えられなければ、レイティアも10年で荒れ果て、忘れられ、何もなくなってしまうのだろうか。
「守るよ。」
苦痛の表情を浮かべていたライトは、その眼に意志を灯して、静かに言った。
3人はライトに注目する。
「レイティアを…こんな風にはさせない。」
その言葉を聞いて、イリスは安堵の笑みを浮かべ、クレインとシャルは強く頷いた。
しかし、早くしなければこうなってしまう場所が出てくるのは時間の問題だ。
「…っと、感傷に浸ってる間にお出ましだ。」
獣の魔物が陰から姿を現し、瞬く間に一行は囲まれた。
3人は石を武器に具現化させ、シャルは詠唱の為に安全な場所を確保する為身構える。
「…ほう、何やらにぎやかになってるな。」
その魔物たちはすぐに襲い掛かってくることはなく、その向こうから現れた人影に操られているようだった。
「…あんたは!!」
真っ先に反応したのは、クレイン。何せその姿を見るのは久しぶりだった。
「ジーク…?!」
魔族に取り憑かれていたことは知っている。しかし、ここまで人が変わるとクレインも目を疑わざるを得ない。
優しい兄のような存在で、頼り甲斐のあったジーク。ライトと共に何度も鍛錬をして、あまり勝てたことはない相手。
憧れで、目標の存在―――
「…あぁ、久しいなクレイン。」
その言葉に感情など一切籠っていなかった。これが魔族の力か、と船上での賊たちを思い出す。あれも魔族に取り憑かれていた。
「マジであんた…ジークかよ…。」
「油断してるとやられる。…気をつけろよ、クレイン。」
ライトの忠告に、現実を突きつけられて「あー、クソっ」と舌打ちをした。
「イリス…お前も少し逞しくなったようだな?」
兄の顔をした兄ではない何かの言葉に、イリスは戦いの意志を揺らがせる。
「ライトさん、クレインさん、イリスさん…。」
シャルは不安そうな顔をしている。同行するようになってから、初めての窮地だ。
「この場所…セリアは10年前にカルヴァス様が焼き払った。何故だかわかるか?」
「…居たからだ。英雄が。」
「なるほど、蘇ったのか、記憶が。…忌わしい顔だな。」
10年前の英雄…ライトの父が生まれ育った故郷。それが、ここだ。
つまりそれは、ライトにとっても故郷である。このセリアに足を踏み入れてからずっと感じていた違和感、懐かしさ、その全ての理由がこれだ。
「英雄の芽は、摘まなければ。」
その言葉を皮切りに、ライトとジークの剣はお互いにぶつかり合った。火花が散るくらいの、激しいぶつかり合い。
魔物たちも行動を開始し、クレインの銃撃と、シャルの魔法で数を減らしていく。
傷を負えば、イリスがすぐに治癒をした。
「ほう…ダークマター…か。」
ジークは余裕そうであった。対してライトは、防ぐのにいっぱいいっぱいといった所だ。
あの船上での覚醒、あれはクレインによって修羅モードを超える羅刹モードと名前が付けられた。
…使うべきだろうか。
ヤマトが言うことが正しければ、羅刹モードを使っても暴走はしないという。
「光の戦士か…名ばかりだな。こんなので俺は…守れやしない。」
「どうした、諦めるか?」
「迷ってたら、ダメだってことだ。」
鍔迫り合いから、ライトはジークを弾き飛ばす。
羅刹モードの一歩手前、修羅モードまで力を引き上げる。
「怒り、悲しみ…負の感情を背負って闇に落ちると良い。…お前は元々『こちら側』なのだから。」
力を増幅させても、ジークは物ともしていない様子だ。
もはや、悔しさすら感じる。
「アイシクル・エッジ!!」
その時、上級魔法の詠唱と共に、ジークの地面は凍り始めた。突然の事態にジークは避けるのが間に合わなかった。
そこをライトは斬り込み、ジークに傷を負わせる。
「チッ…まあいい、今日は退こう。」
肩に与えた傷に大した痛みは感じていなかったようだが、クレインとイリスも敵意を向けている状況を判断してジークは退いた。
ライトは溜め息を一つついて、少し息を上げたままシャルを見た。
「…いい、援護だった。ありがとう。」
あの時あの魔法が無ければ、負けていたかもしれなかった。シャルは照れたように頬を掻く。
「大丈夫?ライト…。」
イリスは相変わらず心配そうな目をライトに向けている。
「…このまま、例えば5つの石の力を最大限に使ったとしても、憑依されている本体…ジークとカリヤ国王を殺してしまうことになる。」
小さな声で、ライトは言った。ジークの肩にまぎれもない傷を付けたことで、それは確信に変わった。イリスとクレインも同じことを感じていたようで、頷く。
「そして、カルヴァスは憑依していた人間から乖離して、しばらく潜伏した後に再び現れる…。どうすれば、いいんだろうな…。」
「えと…レイティア王国での事、僕ももっと詳しく知りたいです。」
シャルがふとそう言うと、誰からともなく、手近な石に座った。
そして、ライトとイリスが最初に経験したこと、レイティアで起こっている事、ここまでの経緯を簡単に話した。
「それで、俺たちは…国を、世界を守るためにカルヴァスを消さなければいけない。それが俺たちの役割だ。
だが、イリスの父であるカリヤ国王、兄のジーク、この二人を殺すわけにはいかない。…というか、俺たちには出来ない。だから、中に憑依する魔族だけを斬らなくてはいけない。俺の父さんも…出来なかったみたいだが。」
「ライトさんのお父さん以外の10年前の英雄たちは、生きていないんですか?」
その問いに、3人は顔を見合わせた。
「いや…少なくとも、アイリス女王とアレルバニア国王…イリスとクレインの親は生きてる。」
「…そういえば、大して情報も聞かずに出てきちまったな。」
「先人の教えを乞うのもアリ…ということか。」
「でも、母様は…。」
イリスは、囚われの身であるアイリスを思って顔を曇らせる。
早く助け出さなくてはいけない。
「残りの一人に…賭けるか。」
「残り…?5人のうち、あと一人は誰だ?」
クレインは聞き返すと、説明してなかったな、とライトは苦笑いした。
「…ヤマト。ヤマト・レイカー・クロウレス。ダークマターの持ち主だ。」
ラグナガンに嵌るダークマターを見せてライトは答える。クレインは少し顔をしかめ、イリスは納得したようにうなずき、シャルはヤマトに会えるのを少し楽しみにしていた。
「…さて。今日はここに泊まろう。だけど、その前に…。」
「解ってる、ライト。」
イリスは立ち上がって、村の中心であろう場所まで歩いて行った。その所作には誰もが目を奪われる美しさがある。
傾きかけた夕日が、余計に彼女を美しく見せた。
すぅ、と息を吸って、吐き出された音は透き通っていた。
「…イリスさん…?」
「鎮魂歌だ、シャル。…歌ってほしいと思ってな。」
かつて自分が生まれ育った…と考えられる場所、カルヴァスに焼き払われてしまったこの場所からは沢山の未練が感じられた。
しかしその未練も、10年経った今となってイリスの歌声が浄化していくようだった。
癒しの力を引き継いだ彼女だからこそ、出来ることなのだろう。
その日は、かろうじて家の形だけを残した屋根の下で、野宿となった。
「ライト、寝ないの?」
ライトは遅くまで、起き、皆の元を少しだけ離れて空を見上げていた。
星空が瞬く光景は、美しかった。
「…寝れなくて、な。」
周辺警戒という名目で起きておくことにした。
「懐かしい?ここ。」
「あまり実感は湧かない。…ただ、何となく閃いただけなんだ。」
「…そっか。」
「俺にとっての故郷は…レイティアだと思ってる。」
「うん、そうだね。
ねえ、ライト…星を見てると、なんだか世界に争いが満ちてるなんて、嘘みたい。」
「あぁ、俺も同じことを考えていた。」
「このまま、どこかに逃げてしまいたいと思う時もあるの。」
「…。」
「ライト。」
貴方と一緒なら―――
どこにだって私は―――
ライトはイリスの顔を見返すことが出来なかった。
再び空を仰いで、イリスの頭に掌を乗せて、見上げた彼女に小さく笑顔を返した。
「俺は…貴女を守る、騎士だから…。」
恨むなら世界だろうか
それとも己の運命だろうか