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Story Teller  作者: 冬耶心
第一幕
7/34

Present

「ここから船に乗って、向こう側の大陸に渡ろう。」

「クレインは、向こうの大陸には詳しいの?」

「いやー…正直文献でしか知らない部分も多い。でも…そっちの方が楽しいだろ?」


クレインの軽いその言葉にはイリスも笑った。こうして誰かの不安を解消できる所はクレインの良いところである。しかしシャルの顔には不安の色が強い。何せここから逃げて来たのにここに戻ってきてしまったのだ。そんな心情を察してか、ライトはシャルの頭を撫でた。すると少しは気持ちが和らいだようだ。


「…取り敢えずレイティアから離れて来たが、大陸を渡る…でいいのか?」

「石に選ばれた者は惹かれあうんだって、だから、自然に大陸を渡ろうとしているならそれは正解だよ、ライトさん。」

「シャルはうちのパーティーの相談役だな。」


クレインが笑ってシャルを撫でた。シャルはすっかり3人と打ち解け、まるで兄と姉のように思っていたのだろう。シャルの言葉を信じて、さっそく船着き場へ向かった。


「船が出るのは丁度2時間後、それまで時間をつぶしててくれ。」


船着き場の船乗りはそういった。2時間というと結構時間がある。


「今のうちに装備品でも整えておきますかー。」


アレルバニアではゆっくりと装備品を整える時間はなかった一行は、道具屋へ向かった。港町ということもあって、そこには沢山の装飾品が売られていた。このような店を見るのがはじめてなイリスは目を輝かせており、横でシャルも同じような反応をしていた。

二人がまるで姉弟のように目を輝かせている脇で、クレインとライトは二人に合う装備品を探していた。クレインとライトの二人は騎士として常に戦いの中に居たことから特に装備品を新調する必要はここではなかったが、イリスとシャルは違う。


「ったく、ライト。装備品くらい持ち出して来いよ…。」

「そんな余裕は俺には無かった、許せ。」


確かにレイティアにある装備品を持ち出せればここにあるものより高価なものが装備出来ただろうが、如何せん非常事態でそこまで気が回らなかった。しかしその件に関してはクレインとて同じである。


「自分で守ればいいとか、思ってたんだろ。」

「…まぁ、あながち間違いでもない。」

「それじゃ、いざとなったらイリスは一人で戦えないし生きてもいけない。…経験を積ませるべきだと俺は思がね。」


普段軽口を叩くクレインにしてはまともな意見であった。この男たまに核心を突くようなことを言う。そういうところがリーダーとして適格だとライトは思っていたそうだ。

その時、ライトの目にふと留まったのはバンクルだった。防御力を上げ、魔力の消費を抑えるバンクルで、綺麗なブルーの宝石が嵌っている。きっとイリスには似合う上、魔力消費を抑えられれば身体ダメージの負担を軽減できる。少し考えたのちそのバンクルを二つ購入した。


ほどなくしてその店を後にした。一行は残りの時間をレストランで過ごすことにする。一般的なレストランだが、港町ということもあって、魚介類のメニューが多い。シャルは見たこともないと言いながら美味しそうにそれを頬張っていた。


「イリス、シャル、手を出して。」


ライトのその言葉に、二人は顔を見合わせて手を出す。ライトは先ほど買ったバンクルを二人に手渡した。


「これ…。」

「ここまで頑張った二人にご褒美…といいたいところだが、これからの旅に役立つ、肌身離さず持っててくれ。」


軽くバンクルの能力の説明をしたが、そんなことは耳に入っていないかのように二人とも目を輝かせてライトとバンクルを交互に見ている。


「ありがとう、ライト!大切にするね!」


思えばこんな風にイリスに物をあげたのは初めてである。この時クレインは確信している「好きなヤツからのプレゼント程嬉しいものはないだろうな」と。イリスの目は間違いなくそういう目だった。


「ライトさん…僕まで、良いんですか…?僕…何も出来ないのに…。」

「だったら強くなれ、そのサポートくらいはしてやるさ。」

「…はい!!え、と、じゃぁこれ、貰ってください!」


シャルは自分のつけていた指輪を外してライトに渡した。シルバーのリングで緑色の宝石がついている。


「これは…?」

「パパとママが渡してくれた、お守りです。エルフの言い伝えで…これがあればなにがあっても大丈夫だって。」

「そんな大切な物を、俺に渡していいのか?」

「とてもお世話になって人とか、尊敬している人とか、そういう人に渡すものなんです!僕にとってライトさんは、命の恩人で…そ、尊敬しているから…。」


自分で言っていて恥ずかしくなったのか、だんだんと声は小さくなっていった。しかし10歳もいかない子供にしては大人と同じように喋る姿は凄いと思う。エルフというのは寿命も長い、早いうちから成長するものなのだろうか、とライトは考えていた。


とはいえ、そんな大事なものを俺なんかが受け取っていいのか


とも思う。しかし自分を慕って大事なものを授けてくれる気持ちを無下にも出来ない。


「…ありがとう、シャル。」


さっそくそのリングを左手の親指に嵌めた。この場所に着けるというのには″意思を貫く″という意味がある。目的を実現するために旅を続ける自分にはちょうどいいと思ったのだろう。そして他の誰もがその意味に気付いていた。それをシャルは大層喜んだ。



Present



「さってと、場も和んだことだし、そろそろ行こうぜ。」


クレインがその場を取り仕切る。一行は船着き場へ向かい、無事大陸を渡る船に乗り込んだ。そこそこ大きい船で、旅人や冒険者、様々な目的の人種が乗っている。


「ライトは、船に乗るのは初めて?」


そんな船の船尾でイリスとライトは海を見ながら話していた。ライト自身も海を見るのも船に乗るのもこの旅に出てから初めての事…素直にうなずいた。


「世界って…広いんだね。」


イリスは体重を軽くライトに預けた。ライトは特にどうすることもなくその体重を受け入れた。仲間をどうやって探すのか、どうやって魔王だけを討ち滅ぼすのか、輪廻を止めるのか―――

考えることは山積みだったが、考えるのは辞めた。今はただこの姫を、一人の女性を守ろうという気持ちしかなかった。守ることが出来るならば、国や世界はどうでもいいのかもしれないとすら。


だがライトは約束してしまった。


レイティア王国を、世界を、守ると。



ドンッ


と鈍い音がした。

悲鳴が聞こえる、何か起きたのだと瞬時に察した。


「ライト…!」

「イリス、俺から離れないでくれ。」


そういって、鈍い音の方向である船首へ向かった。


そしてそこで見た光景に絶句した。


「…シャル。」

「ラ、ライトさん…!」


「悪ィ…ライト、俺も遅れを取った…!」


船の中なら安全だと、何故タカを括っていたのか…。船首で、男がシャルを人質に取っている。


「お前か…ライト・カーウェイ。」

「貴様は、誰だ。」

「ふん…よくも俺の部下たちをやってくれたな。」


道中返り討ちにした賊の頭だろうか、それにしても同じ雰囲気を感じる。魔族に取りつかれたものの雰囲気だ。


「…そいつから手を離せ。」

「できねぇ相談だ。」

「…何が望みだ。」

「てめぇの命だ。てめぇの命さえあれば…あのお方はお喜びになる…。」

「イカれてやがる。」


クレインが割って入った。普段中衛で真ん中に立つクレインが銃を抜いて先頭に立っている。確かにこの状況ならば、確実に距離があっても撃ち抜けるクレインが有利だ。しかしその賊長は怯む様子は全くなくむしろ堂々としていた。


「迂闊な真似はよせ…このガキの命なんてもうどうでもいいんだよ。このガキよりもてめぇを殺して突き出した方が金になるしな。」


いつかこういう風に命を狙われることは幼い時から覚悟していた。姫や女王の警護が仕事で、恨みを買うこともあるだろうと思っていた。しかし、今は違う。全く関係のない他人を巻き込んでしまっている。今まで大事なものは全部守ってきた、だから今回も守れると思ったそうだ。聖剣ラグナガンを具現化させる。


「おい、やっちまいな。」


賊長の言葉を皮切りに、ライトたちは囲まれた。狭い船上で、四方を固められ敵の手中には人質という最悪な状況であった。奴らはジリジリと間合いを計りながら追いつめてくる。


動けば人質を殺される、動かなければ自分たちが殺される。


「…ライトさん、戦って!!!!!!!」


シャルの叫びが聞こえた。

あの少年にとって、ライトは英雄だった。

そんなライトが目の前でやられる所は見たくなかったのだろう、よもや自分のせいで。自分が弱いせいで。


その叫びでライトは迷いを絶った。真っ先にシャルを人質としていた賊長の元へ斬り込んだ。


「残念、交渉決裂だ。」


その速さは誰にも目に留まらない…はずだった。

だがそいつには見えていた。

ライトが動いた瞬間に何も迷うことなくシャルに手を掛けた。


目の前で鮮血が飛ぶ。

ラグナガンが届くぎりぎりの距離まで詰めたところで、その血をライトは一心に浴びた。


ライトの動きは止まる。


「シャ…ル?」


一瞬で理解した。

シャルは死んだ

死んだ…


俺が


殺した…?


次の二手目で賊長はその剣をライトの脇腹に刺してライトの身体を持ち上げた。勝ち誇ったような笑みを浮かべているのがライトの視界に入った。

痛いのは身体じゃない

心が悲鳴を上げている


なぜシャルは死ななければならなかった。


その瞬間に、身体中の血液が沸騰するような感覚を得た。

脇腹に刺さった剣を右手で掴む。

そしていとも簡単にその剣を折った。

自身の体に残った剣の破片は一気に抜き取る。血液が飛散するのが見えたがライトは気にも留めなかった。


「…おい、てめぇ…なんで殺しやがった…なんの理由があってその罪の無い子供を手に掛けた!!!!!!!」


ライトの叫び声に、イリスですら震えた。

あれは普段のライトではない。

どんな窮地に陥っても、冷静に困難を抜けようとするライトではない。


誰もがそのライトの姿に畏怖し、眼を離せなくなっていた。


「許さねぇ…貴様も死んで償え!!」


熱い

あつい

アツい

アツイ…


鼓動の高鳴りと、理性の消滅をライトは自分で感じていた。

こんな感情になったのは初めてだ。


ライトの黒い長髪は、その瞬間真っ赤に染まった。


「な…ッ」


普段も速いが、クレインは目で追えないことはなかった。

しかい今のライトの間合いの詰め方はクレインの目ですら追えなかった。敵である奴が驚くのも解る。先ほどは先制した相手にあっさり付け入られたのだから。

ライトは奴の心臓をラグナガンで一突きした。


普段ライトはやむなく人を殺す場合を除けば、基本的にはそれを嫌がる人間だ。それでもやむを得ない時は騎士として容赦なく剣を振うが…。

そのライトが、嗤っている。

あれはもう、猟奇的だ。

俺の知っているライトじゃないと、長年のライトの戦いぶりを見てきたクレインですら思った。


賊長を殺すとそのまま海へ放り投げた。


そして逃げようとする周りの賊たちを、一瞬で殲滅した。


全ての敵を殲滅した赤髪のライトは、もはや騎士でも戦士でもない、殺人鬼だ。


「ライト!!!!」


イリスがその名前を呼ぶ。

今は自分たちですら敵だと思われているのではないかという恐怖がクレインの胸をよぎる。

だとしたら、力を尽くしてでも止めなければならない。


しかし…


「俺に…勝てるか…っつの。」


正直クレインはライトに恐怖していた。

ただでさえクレインの実力はライトに若干劣る。それが目の前であんな光速を見せられて、勝てるわけがない。だが、戦意をむき出しにした相手に対して武器を構えないわけには行かない。それに…ここでもしもライトがイリスを殺してみろ、あいつは自責の念に駆られて自害する。



「静まれ…ラグナガンに選ばれし英雄。」



その時第三者の声が聞こえた。

全身を黒で包んだ黒づくめの男。突然黒い光と共に目の前に現れ一瞬でライトに近づくと鳩尾を一発殴った。たったそれだけであったが、ライトは気を失った。そして真紅に染まった髪は普段の黒に戻った。


「安心しろ、これでこいつは元通りだ。目覚めたときにはお前たちがフォローしてやれ。」

「どうやって、懐に入った…?」


ライトのスピードは誰の目にも追えない速さだ。それを超える速さをこの男は持っているとでも?黒髪に真紅の瞳なんて、ライトと同じような特徴しやがって…。そんなクレインの悪態を察したのか、男は鼻で笑った。


「馬鹿にするな、俺は戦うために生まれている。…こんなヒヨっ子物の数にも入らない。」


その上ライトをヒヨっ子扱いときた。親友をそんなふうに言われてしまえば、クレインも流石に苛立ちが生まれる。イリスは半泣きの表情を浮かべてライトを抱きかかえていた。


「お前…誰だ?」

「ヤマト・レイカー・クロウレス。」


漆黒の短髪に真紅の瞳を持つ男はそう答えた。そして、一瞬で目の前からいなくなった。

残されたのは、クレインとイリス、そして傷を負って気絶したライト。

船員たちや乗客は無事で、船は予定通りの航路を進み始めた。



航路は長い。

船室で休ませていたライトは、程なくして目を覚ました。


「…イリス。」


真っ先にライトの視界に入ったのはイリスだ。イリスはライトに出来る限りの治癒術を掛けて、目覚めるまでずっとその手を握っていた。そしてその手を握り返す感覚と同時に目覚めた。


「ライト…怪我、平気…?」


恐る恐るイリスは尋ねたが、ライトは小さく「あぁ…」と答えた。そしてゆっくり身体を起こす。


「む、無理しないでっ、怪我したばっかりなんだから…!」


「俺は…何も守れない…。」


イリスの忠告を無視してライトは呟く。クレインは冷静に、あの時の記憶があるのだ、と思った。


「…何が…守るだ。…世界?国?…たった一人の子供すら、救ってやれないのに…!!!」


ライトの頬に一筋の涙が流れる。


「俺が殺したような…物じゃないか…。」


ライトはシャルに貰ったリングを丁寧に握る。これを自分が貰っていなければ、彼は助かったのだろうか、などと詮のないことを考えてしまっていた。


「ライトは悪くない…悪くないよ…!!」


イリスはライトに抱きついたが、その瞬間にクレインが二人を引き剥がした。そしてクレインは失意の底にあるライトの胸ぐらを掴んで引き寄せた。



「アレはなんだ…!ライト…!説明しろ…!!」



以前から知っているライトの修羅モード。それを遥かに凌駕する力。それよりもなによりも、あの時のライトの心情が気になった。


「お前は…殺すことしか考えてなかった。」


クレインの言葉に、ライトは俯くことしか出来ない。確かにその通りだったのだから。


「俺やイリスですら、お前は殺せた。」


イリスはそれ以上言うな、という目を向けてきたがクレインは無視する。


「自分を見失って、騎士としての誇りを失ったのか?ライト。」

「俺は…!」

「気持ちは解るさ、あぁ殺したいくらい憎かっただろうよ、目の前でシャルを殺されて。だけどな…お前は理性を失った。騎士が一番失っちゃいけねぇもんを失って戦ったんだ。その上お前は…その状況を愉しんでたんだぜ?解るか?自分で。」

「…。」


「頭を冷やせ!この馬鹿野郎!!!!!」


クレインは怒声と共にライトの頬を殴りつけた。

そして胸を離すと部屋を出て行った。


「ライト…。」

「…しばらく、一人にしてくれ。」


仕方なくイリスも部屋を後にして、クレインを追いかけた。





「ねぇ、どうして騎士さまは髪の色が変わったの?」

「それはもう少し先のお話で解るよ。」


ライトの豹変の話は子供たちには少しショッキングだったようだ。だがしょうがない、英雄は紆余曲折して最強となったのだ。最初から強かったが、それだけではない。


「騎士さまは、人を殺すのが好きだったの?」

「いいや、嫌いだよ。耐えがたいと言っていた。」

「でも、沢山殺した。…悪党相手だから?」

「大事なものが傷つけられたからさ。」


老人は遠い日を見つめて居た。

子供たちは不思議そうに老人を見上げる。


「さぁ、今日はもう帰るんだ、続きはまた明日。」

「早く帰らないとー。」

「そうだよ、早く帰らないと襲われてしまうよ。」

「こわーい。」


口々に子供たちはそういって散会していった。子供たちが恐れているのはこの世に存在すると言われる戦闘種族の事。

これも英雄ライトと同じように迷信めいたものであるが、親が子供たちを早く家に帰らせる為に言う有名な言葉だ。


「魔族よりも恐ろしいのが来るぞー」


子供たちはお互いに手を繋いだり、競争をしたりしながら走って行った。



「…さて、明日はどこまで語ろうか。」


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