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Story Teller  作者: 冬耶心
第一幕
6/34

Sea

「ねぇねぇ、魔王ってなに?」

「光の中の…影、かな?」


そう老人が答えると、少年は首を傾げた。すると老人は、少年の後ろに出来ている影を指さして「これみたいな物だ」と付け加えた。


「君が英雄ライトだとしたら、君の後ろに続く影は魔王だよ。」

「うーん、じゃあ、英雄が居ると、魔王もいるの?」


察しのいい子供だと老人は人知れず感心した。そう、光あるところにかならず影は存在する。光と闇は対照で無くなることはない。そのどちらかを討ち滅ぼすということは不可能だと考えられていた。


「でも、魔王なんていないよ?」


そう、今この世界に輪廻する魔王は居ない。伝説の英雄が討ち滅ぼしたということになっている。最もそれは、神話のような物で実際にそういうことがあったと記憶している人間はいない。たった50年ほど昔の話であるというのに、人の記憶というのは頼りないものである。それともあの聖なる光は、影の記憶を人々から消し去ったのだろうか。

今となってはその真実を知る者はいない。



Sea



小高い丘を3人は登っていた。決して舗装されているわけではない道は険しく、外に出る経験のないイリスを二人は気遣いながら登って行く。途中で何度か魔物にも遭遇したが、一国の騎士団長が二人も居てこのあたりの敵は大した相手ではない。頂上がうっすら見え始めたところでクレインは言った。


「もう一息で頂上だ。あそこまで行けば後は下りだから多少は楽になる。」


レイティアからは森を一つ越えた場所にあるアレルバニアのその先をライトも実は殆ど知らなかった。対してクレインはこの辺りの地理には随分詳しい。ライトもレイティア王国周辺の地理には随分詳しいことから、別段不思議とも思わなかった。それに何より、国の周辺地理を知らずして何が騎士か!と幼い頃理想を掲げて意気込んでいたのはこのクレインだ。その甲斐あってかは知らないが、実際にクレインは騎士団長として立派な地位を築いている。


親友、などという言葉でライトとクレインの関係は片付けられるが、ライトは何気にクレインを尊敬していたのは事実だ。特技が二丁銃で、この旅が始まって以来中衛としてその武器を使っているが、城に居たときは殆ど剣を使っていた。その剣技は剣一筋のライトやジークにも全く引けを取らない。それでいて人柄も誰彼問わず好かれる性格で、簡単に人の信用を勝ち取ってしまうような男だ。


「ライト?どうしたの?」


先頭を歩く男の事をライトが考えていると、真ん中を歩くイリスは振り返って心配する目を向けた。まさかイリスはライトが疲れているなどそんなことは想像もしないだろうが、常に周囲に気を張り危険がないかレーダーのように感知しているライトが気を散らしている姿が珍しく映ったのだ。


「いや…何でもない。頼もしいな、って思っただけさ。」

「クレインが?…ふふ、ライト、とても信用しているのね。」


曖昧な笑みでライトは返す。こんな厳しい環境に置かれていてもイリスが笑顔を作れることはとてもいいことだ。その笑顔に安堵する。ちょうどその時に丘の上にたどり着いた。着いたその場所は太陽の光を浴びて草が青々と輝いており、その草は道中のように伸びきったものでもなく、まるで寝ころびたくなる芝生のようでとても美しかった。

だが、一行が…いや、ライトとイリスが感動したのはそこではなかった。


「あぁ…ライトもイリスも初めてだったか?…あれが、海だ。」


真っ青な水が丘に向かって波打っている。それを見下ろせばそこで上がる水しぶきはキラキラと輝いている。そして先を見渡せば、終わりのない果てしない青が続いている。


「綺麗…。」


ぽつりとイリスは呟いた。崖となっているぎりぎりまでその歩みを進める。


「危ないぞ、イリス。」


転落すれば命はないであろう崖に容赦なく近づいたイリスを左脇からクレインが制する。落ちてしまわないようにイリスの左手首をしっかりと掴んでいる姿を見たライトはいささか穏やかな気持ちではなかったが、不思議とそれがクレインであるという理由だけでそれ以上何も感じることはなかった。もしかしたら、冗談で話した話も、あながちそれが一番の得策かもしれないと思っていた所に、イリスはライトに飛びついた。


「イ…イリスッ?!」


突然の出来事に慌てるライト。ふと視線を上げるとイリスの向こうにクレインが見え、何か言いたげな、ニヤついた顔をしている。何を考えているのか一瞬で解ってしまったライトは、クレインを睨んだ。


「ありがとう。」


イリスが言った言葉はそれだった。最初、ライトにはその言葉の意味が解らなかった。それ以上にイリスの温もりに戸惑っていた。


「約束…守ってくれて。」


その言葉でやっと、ライトはピンときた。幼い頃に確かに約束した、必ず海へ連れて行くと。それがこんな形で実現してしまうとは、皮肉なものだとライトは思ったようだ。


「…俺は、約束は破らないよ。」

「そうだね、いつだってライトは約束を守ってくれた。」

「行こう、日が暮れる。」


貴女に甘えれば、自分の剣は鈍ります―――

そんな言えない言葉を心の中で噛み砕いた。胸中を察してか、クレインは何も言わずまた先頭を歩き始めた。



その道中、一人の少年に出会った。深い草木に囲まれたところで、蹲って泣いていた。


「…迷子、か?」

「こんな所に一人で居るなんて…助けてあげましょう。」


イリスの提案に、クレインもライトも反対する理由はなかった。その意思を確認すると、イリスは少年の元へ駆け寄って、膝を曲げて少年と目線を合わせる。すると泣いていた少年は顔を上げ、ぐしゃぐしゃの顔でイリスを見つめた。


「どうしたの?大丈夫?」


よく見ると少年は怪我をしていた。イリスはためらうことなく治癒魔法で傷を癒す。


「あ…あり、がとう…お、おねえちゃん…。」


石の力を使えば使用者に身体的負担がかかる。勿論石の力を使わなくても本来魔法は使えるし、ライトやクレインほど鍛えたものなら使わなくても十分に強さを発揮できる。石の恩恵を受けるそれぞれの武器を使ったとしてもそれは石の力を使っている事にもならない。しかしイリスは魔法と石の力をまだ上手く使い分けることが出来ていない。魔法を使えば、その度に石の力に頼っているところがある。だから、魔法はなるべく使わないでくれとライトはアレルバニアを出る直前にイリスに言っていた。しかしこのように困った者を見つければ躊躇することなく力を使う。それはイリスの優しい気質のいいところであり、弱点だとこの時二人は感じていた。特にクレインは、ライトが死にそうになれば、イリスは自分の命を掛けてでも石の力を最大限使ってライトを助けるだろうという確信がある。


守るものが一気に増えたな…と、この先の旅に一抹の不安を覚えざるを得ないクレインだった。


「どうしてこんなところにいたの?ご両親は?」

「パパも…ママも、居ない…。ぼく、一人でここまで来たんだ…。」


10歳も行ってないだろう少年は、まだ恐怖心は抜けていないのか、相当な体験をここに来るまでしてきたのか、上手く話すことの出来ない様子だった。


「え…っと」


イリスも言葉に詰まってしまった。


「…名前は、言えるか?」


助け船を出したのはライトだ。イリスの横で同じように少年と目線を合わせる。一瞬ライトの真紅の瞳に驚いたように見えたが、小さな声で「シャル」と名乗った。


「シャル、男だったらメソメソ泣いてんな。」


ライトのその言葉にイリスは驚いてライトを見た。優しい言葉を掛けると思っていたのに、どうにもその言葉は冷たいものに聞こえた。


「ここまで一人で来たってことは、何かあったんだろう?…どっから来たかは知らないが、その年で大したもんだ。だからこんなところで泣いてるんじゃない。」


イリスは冷や冷やしたと言っていたが、少年はライトの言葉にコクリと頷いて落ち着きを取り戻したようだった。一息深呼吸をして、事の次第を話し始めた。


聴けば少年はポルトリオからここまで一人で来たらしい。出身は隣の大陸の村で、ある日突然男たちに攫われて気付いたらポルトリオの屋敷に居た。なぜならば自分はエルフだからだと言っていた。

エルフとはこの世界では希少種である。自在に様々な魔法を操り、その特徴は耳が長く尖がっており、緑色の頭髪をしているという種族だ。


「…チッ、どの国にも悪趣味な貴族みたいなのが居やがんだな…。」


クレインは悪態をつく。エルフの子供は見た目が非常に可愛らしいということで有名であった。そして希少種ということもあり、悪人はエルフを捕まえて高く売り飛ばす等の外道を働く。


「で…逃げて来たのか?」


ライトが尋ねると、シャルは頷いた。


「戻りたいか?家に。」


シャルは頷く。


「戻るためにはもう一度ポルトリオに行かなければいけない…行けるか?」


シャルは強く頷く。

ライトは小さくため息をついた。こうなれば乗りかかった船だ、送らずにはいられない。


こうして、お互い軽く自己紹介をした後、姫一人、騎士二人、そして少年一人の旅が始まった。



「なぁ、エルフの村って、どこにあんだ?」

「海の向こうの…森の中だよ。」

「へぇ…いや、実際エルフって初めて見るんだ。」


子守は基本クレインに任せた。戦闘となればライトとクレインが前線に出る為にイリスに任せた。10歳も行かない少年に、生臭い魔物との戦闘風景を見せるのはいささか気が引ける3人だったが、致し方ない。

丘を降りきった一行は、その日はそこで野宿することにした。クレインは簡易のテントを張って、ライトは食事を作った。


「ライトさんも、クレインさんも…強いし、何でも出来るんだね。」


シャルは3人に対する警戒心をすでに取っ払っていた。というのも命を救い、命を守ってくれている3人だという分別がついているからだったのだろう。


「ま、俺とライトは最強コンビだからな。」


子供の前で胸を張って適当なことを言うクレインは子供だな、とライトは笑った。するとシャルは思いもよらないことを言う。


「光の戦士…英雄だから?」


光の戦士とは、魔王カルヴァスを倒した石を持つものに与えられる称号。魔王を闇だ影だと見立てるならば、その対となる存在は光だと昔偉い誰かが言ったのだろう。だが、3人はその力を少年の目の前で殆ど使っていない、何故わかったのだろうか。


「…どうして、それを?」

「ライトさんの目は、聖剣に選ばれる者の目だって、昔長老から聞いたんだ。」

「この目を持つ者は、ほかにもいる。」


先日出会ったレイの事を思い出す。


「じゃあきっと、その人も英雄なんだ。」


どうやらエルフという種族、その手の話に詳しいらしい。


「それにその剣は、昔エルフ族の長老様が作ったものだよ。」


3人は呆気に取られる。その時、空気が揺れた。咄嗟に反応したのはライトとクレインで、ライトはシャルを庇うように抱きかかえる。クレインはイリスの前に立った。ライトは人と獣の両方の気配を察知した。その瞬間銃弾が飛んできて、シャルを抱きかかえるライトの肩を掠める。もしも咄嗟にシャルを庇っていなければ彼の心臓を打ち抜いていただろう。


周囲は暗い、圧倒的に不利だ。


「ライトさん!!」


シャルは叫んだが、ライトは傷に対して一切気に留めてない様子だった。ガーネットから聖剣ラグナガンを具現化させる。


「クレイン。」

「合点。」


ライトの呼びかけにクレインは雷系の魔法を使う。周囲の木々の隙間が一瞬明るく照らされる。数はざっと10人と3匹。シャルを追ってきた外道な奴ら…いわゆる賊であった。例えシャルを殺してでも連れ戻そうとしているのだろう。エルフは死してもその価値があると聞く。


だが、位置と人数さえわかればこちらの物だ。


「斬り込む。」


ライトは冷静に言う。ライトの傷はイリスがすぐに治癒しようとするが、クレインがそれを制した。その瞬間にライトはシャルをイリスに預け森の中へ入って行く。その速さを目で追えるのはここにいる人間ではクレインだけだろう。クレインもなるべくイリスとシャルから離れないような距離を保って銃を構えた。正確に目視出来ない相手であっても確実に撃ち抜くことが出来る、それがクレインという男であった。


しばらくは銃弾と悲鳴が響いたが、数分後には木々の間から剣を持ったライトが出てきた。


「ライト!」


イリスが叫んだのは、何も無事にライトがそこに現れたからではない。後ろから狼のような魔物がライトに飛びかかってきたからだ。しかし、そんな心配を余所にライトは一切振り返ることなく剣を振って魔物を真っ二つにする。その姿は少年のシャルにとってはとてつもない英雄に思えたそうだ。


「無事か?」

「そりゃーこっちの台詞だライト。無茶しやがって。お前自分で怪我してるって気付いてんのかよ?」

「そういう割には俺に合わせたじゃないか、クレイン。」

「修羅のライトを見たのは久々だったんでね。」


クレインは茶化すように言うと、イリスに傷を癒してやるように言った。


「どうしてさっきは止めたの?クレイン」

「賊ってのは厄介でね。治癒術を使える絶世の美女が居ると解ると必ず狙ってくる。…それだけは避けたくてさ。」


クレインの咄嗟の判断にはライトも感謝せざるを得ない。この世界で治癒術を使える人間は貴重だ。そして一国の姫ともなれば誰彼問わず狙ってくるものが現れる。納得したようなしないような表情でイリスはライトを治癒した。みるみる内に銃弾で傷つけられた肩は癒されていく。ぱっと見ただけでもそれがかすり傷でないことは解るというのに、こんな腕で賊を全滅させたライトはどれだけ強いのだろうか、とイリスは思ったそうだ。


「ライト…さん。」

「怪我の事なら心配しなくていい。…この通りだ。」


そういうとシャルは安心したような顔をする。そしてそこで向けられた目は尊敬の眼差しだった。


「かっこよかった、僕も…あんなふうに強くなりたい!」


その眼に対して、笑顔で頭をくしゃりと撫でた。そして、寝る様に促した。


「イリスも、今日は休んだほうがいい。」

「…ライトとクレインは?」

「周辺を警戒している、俺たちは慣れてるからな。」


ライトはそういってイリスをテントに促した。野営訓練も、野営の実戦も何度も行った。二人にとってこの程度の警備は朝飯前だ。何か言いたげなイリスだったが、大人しく二人の好意に従う。


そして、周囲は落ち着きを取り戻した。



「珍しいな、ライトが身内以外のことでキレるなんて。」


先ほどのライトは間違いなくキレていた。クレインは勝手にそれを修羅モードと呼んでいる。その修羅モードのライトははっきり言って手が付けられないほど強い。もし国同士の争いになれば、一人で1000人くらいは余裕で相手にしてしまう位の恐ろしさだ。そしてその時ライトからは一切の感情が消える。正直クレインであってもたまに恐怖を感じるほどだ。


「…俺も、理由が解らない。」


ただ行きずりに懐いてきた少年を守る、ただそれだけのことなのになぜ自分がそこまで感情的になったのかライト自身解らなかった。


「子供には甘いってことか?」

「…茶化すなよ。」


ただしこの修羅モード、本当はとてつもない力だということを今はまだ誰も知らない―――



翌朝、一行は無事に港町ポルトリオに到着した。


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