Stone
「久しぶりだなーライト。」
「あぁ…元気そうでなによりだ、クレイン。」
声の主は、アレルバニア国王の次男であり城騎士団長のクレイン・シュウ・アレルバニア。明るい茶色の短髪は光を浴びてキラリと輝き、その光に違わぬ明るい笑顔を浮かべている。
レイティア王国とアレルバニア王国の親交は深く、よく騎士団同士で合同訓練も行っている関係で、以前からの親しい知り合いであった。
「お目に掛かれて光栄です、イリス姫。」
「ライトのご友人でしょう?…なら、気軽に呼んで下さい、騎士クレイン。」
「ありがとうございます。」
クレインは丁寧なお辞儀をした。
クレインから聴いた話によると、昨日レイティア王国がカルヴァスに支配されたという事実はその日の内に伝令から伝わってきたらしい。クレインとしても城の守りを固めている所であった。
Stone
「で?…石に選ばれた戦士なわけか?ライト。」
「…そうだ、石とついでに…聖剣にも選ばれた。確か、この国の王は10年前の英雄だったな?ということは…。」
「そうだな、俺も多分そうなんだと思う。」
ライトはクレインの部屋で二人きりとなって話していた。親友同士水入らず、というイリスの計らいもあってライトは事の成り行きを説明する。イリスは何かあればすぐに対応できるようすぐ隣の部屋に控えていた。そしてライトが石の話を持ち出せば、クレインは腰に下げている石の嵌ったキーチェーンを手のひらに乗せた。
「エメラルド、俺の力の源だ。」
ついでに言うとこの力が目覚めたのはライトと同じ一昨日だという。
「石については、親父から聞いた。…力を増幅させる代わりに、身体に負荷を掛ける。だから使い方には要注意…ってな。」
「あぁ…身を持って実感した。」
「あとは、こんなことも出来る。」
クレインが集中力を手のひらの石に集中させると、エメラルドは共鳴するように光り、武器へと変化した。騎士として剣を持っているクレインだがそれよりも得意とする二丁銃が現れる。
「ライトやイリスも…出来る様になる。そうすれば重たい武器を持ち歩く必要もないぞー。」
「…なんというか、便利だな。」
呆れたような声を出すライト。この石の真の力はもしかするとこれだけではないのかもかもしれない。
「…聖剣に選ばれたお前は、仲間を集めてカルヴァスを倒すのか?」
「そういうことになる。」
「それで…死ぬのか?」
クレインは特に躊躇うことなくそう聞いた。ライトとは長年の付き合い、考えていることくらいは簡単に把握できていたそうだ。その問に対して、「…そうなるかもしれない」と小さく呟く。
「そこまでする、覚悟は?」
「俺は、あの人を…あの人が生きる世界を守りたい。」
「忠実な騎士だな。…いや、まさか、待て…それだけじゃないな…?」
クレインは恐る恐る尋ねる。するとライトは困った顔をする。
「待て待て待て待て、彼女は…。あ、まさか、し、知らないって言うのか?!」
「…そう声をあげるな、隣に聞こえる。」
「惚れたのか?」
「…いや。でも…守りたいんだ。かけがえのない、大切な人だから。」
その時の儚げなライトの顔を見て、クレインはあきれたように小声で、「…そういうのを、惚れてるっていうんだよ…」と呟いた。そして同時に、皮肉な運命を哀れんだ。
「…じゃあ、俺が幸せにするってのはどうだ?国交的にもなんの問題もないどころか利益だろ?」
国の、世界の一大事と言うときに呑気と思われるかもしれないが、これはライトにとっては世界よりも大事なことである。冗談めかしてクレインは言ったが、ライトは対して真面目な顔をした。
「…バカ言うな。」
「…そうムキになるなよ、あくまで提案だ。いずれ彼女だって誰かのものになるんだ、その覚悟くらいしとけよ、シオン。」
「解ってるさ…解ってるよ、シュウ。」
「まぁ…そんな冗談はさて置き。」
急にクレインは真面目な顔をした。その顔はやはり一国の騎士団長としての威厳が見える。こういう人間だからこそ、ライトは安心してその背中を任せることが出来る。初めて出会った頃はなんて適当な男だ、と思ったようだが今となっては昔のことだ。
「俺は…お前を死なせねぇ、絶対生かす。そんで、平和も取り戻すし魔王に輪廻もさせない。」
「…無茶苦茶言うな、クレイン。」
「親父が…お前の親父さんを死なせたこと、今でも後悔してる。…俺たちみたいに昔から交友があった相手じゃないみたいだけど、仲良かったんだってよ。」
「そっか…じゃあ、後二つ付け加えてくれ。」
「…なんだ?」
「カリヤ国王とジークは殺さない。…あと―――」
「…あぁ、俺とお前の約束だ。」
この時の約束が果たされるのは、もう少し先の事になる。
「じゃ、俺はお前らについてく算段整えるからしばらくはこの城で休んでてくれや。」
「了解した。世話になる。」
「水臭いな。」
ライトはクレインの部屋を出て、隣のイリスの部屋へ入る。どんな状況であっても自分達は主従であることを、強く意識しているライトは、その場での礼を失することなく許可を得て中に入った。どこまでも律儀だと、イリスは笑った。
「クレインとのお話は終わりました?」
「…はい、クレインも同行することで決まりです。」
「…ねぇ、ライト。不謹慎なのは解っているのだけど…。少し、楽しい。」
段々小声になっていくその声に、ライトは笑った。緊張ばかりしているよりも、楽しめる方がよほどいいと思ったのだ。
「クレインも同行してくれるので、もっと賑やかになりますよ。」
そこから、ライトはクレインとの出会いや、二人で強い敵と戦った時のこと、喧嘩だってしたこと、クレインとの思い出を聞かれるがまま語った。こんな風にゆっくり話をするのは久しぶりで、時間を忘れて話し込んでいたようだ。幼い頃を思い出したのか、話の途中では互いの敬語もなくなっていた。
「ライト、これからは…このままでいいんじゃないかな?…私たち、お城にいるわけじゃないから…。」
ライトにとっては、主従であることが何より一番ケジメであった。深くイリスの事を考えないように、主なのだから守るのは当たり前だと自分に言い聞かせるように。それを取り払ってしまうというのは、それだけお互いの距離が近づいてしまうことの裏返しであった。とてつもない恐怖感を覚えたと、後に語っている。
「だな、イリス。」
それに対して肯定の言葉を発したのはライトではなくクレインだった。突然部屋に入ってきて失礼だとも思うが、言わせてみれば入ったのに気付かないのは話に夢中な二人の責任だ、と笑って返す。
「これから外の世界に行くのに、姫と騎士という身分はあまり好ましくない。」
「…と、言うと?クレイン。」
「身分の所為で余計に苦労することもあるってことだ。そのくらいは察しがつくだろう?だから…格好も変えよう。」
確かに、恐怖のどん底に落ちている国の姫が気安くうろついているなどと解れば快く思わないものもいるだろうと言い分にライトは納得する。クレインはそういうとどっさりと持ってきた様々な私服を箱ごと置いた。
「ある程度の私服と装備を整えたら、出発だ。じゃ、俺たちは隣で着替えてくるか、ライト。」
「あぁ。」
数分後、3人は着替えて落ち合った。イリスは膝上の薄いピンクのスカートにスパッツ、白のブラウスにベストという動きやすくも可愛らしい恰好を、クレインはゆるりとした濃い青のズボンに、Tシャツ、黄色のパーカーというラフな恰好を、ライトは、黒のジーンズに白のシャツ、黒の皮ジャケットという大半を黒で固めたレイと同じような恰好をしていた。
「ライト・シオン・カーウェイ。」
出立の時、アレルバニア国王に謁見を許された。
「…いつか、お前にお前の父の話をしよう。」
ただ一言、そういった。ライトの父と共に戦った仲間である国王は、ライトに死ぬな、と暗に言う。それを察したライトは頭を下げた。
「必ず…生きて戻ります。」
「クレイン、必ず仲間を守れ。」
「勿論です、父上。…では、行ってきます。」
イリスとライトの二人の背中を見て、何があってもこの二人を守ると一人固く誓うクレインだった。
次の目的地は港町ポルトリオ。