Who?
「最強の騎士さまなのに、負けちゃうの?」
「最強でもね、出来ないこともあるんだよ。」
今日も老人は子供たちに囲まれていた。英雄ライト・シオン・カーウェイの物語はどうも子供受けがいいらしい。
「じゃあ、その時はどうやったの?」
「助けてくれた人がいたんだよ。」
50年前の真実を知る者は少ない、ましてや英雄など居たのかどうかも実際には知られていない。子供たちにとってこれは夢物語…。
「その人、騎士さまよりかっこいい?」
「どうだろうね…それは、君たちの考え次第かな?」
子供たちには難しいのか、ぽかんとしている。老人はそんな顔を見て少し笑顔を浮かべると、物語の続きを話し始めた。
Who?
死ぬと思った―――
その瞬間の事をライトはそう話していた。だが、気付いた時には襲いかかってきた魔物は真っ二つに斬られており、ライトは背中合わせに人を感じた。それは敵ではないが、知った人間でもない。詳しく確認することは出来なかったが、味方してくれているというのは有りがたかった。そして、その人の助けもあって窮地を抜け出し、戦いは終わった。思った以上の長期戦に、ライトの息は上がり立っているのがやっとだった。
「ヒーリン」
森に響く低い声の詠唱は、ライトの傷を癒した。
「あ…ありがとう、助かった。」
初めて恩人の姿を見ると、黒髪の短髪、黒色のコートに黒いシャツ、黒いパンツと全身を黒で覆っていた。しかしそれ以上にライトが気になったのはその赤い瞳だった。自分と同じ赤い瞳を持つ人間を、ライトはその時まで知らなかった。
「…大事なら、ちゃんと守れ。」
赤い瞳のその人は、その瞳でイリスを見た。
「あれは石の力でかなりの体力を消耗している。放っておくと…良い目には遭わない。」
「…どうしたらいい、どうすれば助けられる…?!」
その人が言うに、石の力を使えば使うほど、通常使う体力の3倍は消耗するということだった。ライト自身も通常戦うよりも疲労感が大きいことから納得だった。ましてや戦闘に慣れていない人間が長時間使用すれば、命すら削る羽目になるという。だから激しい戦闘が周りで繰り広げられていても目を覚ますことがなかったのだ、と…。
「まずは体力を元に戻してやることだな。…回復魔法は使えるのか?」
「俺は…魔法は、殆ど使えない。昔から…ダメなんだ。」
「…やはりそうか。」
やはり、という言葉が気になったが、彼は先ほどライトに掛けた回復魔法をイリスに掛けた。すると、小さなうめき声が聞こえ、先ほどまでほとんど動かなかったイリスが身体を動かす所作が見えた。そこまで窮地だったと気付けなかったライトは、イリスが目覚めようとしていることに安堵した。
「…そういえば、名前は?」
「…今は、そうだな…ヤマトでいい。」
「今は…って、どういうことだ。」
「いずれ本名を教えよう、また会うことになるだろうしな。」
それだけ言うと、ヤマトは森の奥へ歩き出した。ライトは一歩踏み出すが、首だけヤマトが振り返ったところで歩みを止めた。
「大事な姫が起きたときに、一人にしておくつもりか?」
感情を伺えないその赤い瞳から目を離すことが出来ない。だがヤマトはそれだけ言うとまた正面へ向き直り歩き始めた。
「ライト!…ライト・シオン・カーウェイだ。」
少し声を張ってそれを伝えると、ヤマトは右手を軽く上げてひらひらと振る。そして一言、「知ってるよ」とだけ言い残してその姿は暗闇へと消えて行った。少しの間呆然と立ち尽くした後、イリスが起き上がるのを感じて駆け寄った。
「…大丈夫ですか?」
「はい…すみません…。」
「いえ…俺は平気です。無事で、よかった…。」
ゆるりと浮かべた笑みにイリスは安心したのか涙を流した。イリス自身意図していなかったので、慌てて拭う。
「…大丈夫です、今は…なにも心配しないでください。」
きっと不安で、怖くて、どうしていいか解らなくて…自然と溢れた涙であることに気付いたライトはイリスを抱きしめた。するとイリスも拒絶することなく頭一つ分背の高いライトの胸に顔を埋めた。前にも似たようなことがあったな、と二人はこのとき同じことを考えていた。
あれはもっと前のお話。
10年前に魔王を討ち滅ぼして、2年経った頃…二人は出会って2年の時を共に過ごしていた。魔王から解放された世界を見たいとイリスは好奇心旺盛であった。
「ダメだって、外へいくなんて…。」
「大丈夫!シオンが守ってくれるんでしょ?」
「それはそうだけど…サクラ。」
あの頃は立場もなにも考えずに話していた。同い年の友達などお互いおらず、肉親を失っていたライトにとってイリスの存在はなくてはならなかった。そしてそれは、イリスも同じであった。
「行くよ、シオン!」
こうなったら止めることは出来ず、ライトは武器をもって、走り出したイリスを追いかける。まだ剣術も未熟で、実践など経験のないライト。心に不安がよぎる。
二人は城を抜け出し、人目のつかぬよう町を抜け、国の外の川の近くまで来ていた。
「凄い…!これが外の世界なんだ!シオンはこんな、外の世界から来たの?」
2年前の争いの時、親を失ったライトはこの国へ来た。だが、それ以前の記憶は戦争のショックか覚えていない。自分がどこに住んでいたかもわからない。ライトは曖昧に頷いた。
「…川よりもっと広い、海って、見たことある?」
イリスの問に、ライトは首を捻る。海は、水が大量に集まった所というその程度の認識しかなく、実際に見たことはなかった。
「すっごく綺麗なんだって、母上が言ってた。いつか…見てみたいなぁ。」
川の水に手を伸ばし、呟くように言った。その儚げな顔は、同い年とはライトには思えなかった。もっと大人で、イリスだけ先に大人になってしまったような気分だった。
「…連れてくよ、いつか、俺が、絶対!!」
「ほんと?!約束、だよ?」
その瞬間だった。
イリスが足を滑らせて川に転落する。ライトがあっと思ったときには遅く、イリスは川に飲まれ、必死にもがく姿が目にはいる。
「…サクラっ!!」
ライトは迷わず後を追って飛び込んだ。浅そうに見えた川だが、足が付くか付かないかという深さで、必死で泳ぐ。なんとかイリスの右手を掴んだが、流れに飲まれてどうすることもできなかった。
守れない
自分は無力だ……
気付いた時には、ベッドに横になっており、焦りの表情を浮かべたカリヤとアイリス、そしてジークが目に入った。
「…なんて無茶をしたんだ…!!」
カリヤは父のようにライトを叱った。
「無事でよかったわ。」
アイリスは母のように胸を撫で下ろした。
「今度から気を付けろよ!」
ジークは兄のようにライトの頭を撫でた。
本当の家族のようだとライトは感じた。
「…っ、サクラは?!」
「サクラが無理を言ったんだろう?さっき目を覚まして、同じように叱ったところだ。」
「…ごめんなさい。」
「二人とも無事だったからいい、ただ、今度はこんな無茶はしないでくれ。」
「はい…」とライトは力なく返事をする。どうやら隣国の視察から帰国途中のカリヤ一行が川で溺れる二人を見つけて救出してくれたようだった。
その夜、何気なく屋上庭園に向かうとイリスがいた。こっぴどく叱られたようで、その表情は浮かばない。ライトを見つけると駆け寄って抱きついた。
「…サクラ?」
なにも言わないイリスだったが、その肩は震えていた。きっと誰にもそんなところは見せなかったのだろう。
「俺…強くなる。一人でサクラを守れるように、何があっても…!」
その言葉に安心したのか、イリスは顔をあげて笑顔を向けた。対して守れなかった悔しさでライトは泣いていた。
それから、ライトは騎士として修行に励んだ。イリスは姫として教養を積んだ。二人が会う機会も減り、気付けばライトはイリスを姫と呼び、イリスはライトをファーストネームで呼ぶようになっていた。そうして二人はそれぞれ大人への階段を昇り、今に至っている。あの時の約束が、誓いが今の二人を結びつけている赤い糸だった。
「思えばライト…あの時から、泣いてないですね。」
「…強くあろうと、決めましたからね。…さぁ、ここは急いで抜けましょう。隣国は…すぐそこだ。」
ライトが一歩先を歩き出すと、イリスは後ろから左手でライトの右手を握った。ライトはその小さな手を握り返して進んでいく。
しばらくして森を抜けた先に、レイティア王国と似たように城が聳え立つ国が見えてきた。アレルバニア王国。花と緑が美しいレイティア王国とは事なり、街の至る所に水路が張り巡らされ、水の都としても知られた美しい街だった。