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Story Teller  作者: 冬耶心
第四幕
32/34

Water

ウォルタレスはそんなに固く閉じられている国ではなかった。

商人たちの荷物を積んだ馬車は数多く出入りしていて、高い城壁の一角の出入り口でウォルタレスの兵士がチェックをしている。


「余所者でも入れてくれるのかな?」


そんな光景をみてリーナがテッタに尋ねると、「理由を話せば多分通してくれる」と曖昧な返答をする。

見たところ入場を止められている人はあまり見かけないし、厳しそうな雰囲気は感じない。

しかし、サウザーのエルフ嫌いを目の当たりにしたリンは、念のため目深にフードを被りエルフであることが解らないようにしている。


ライトたちは意を決してウォルタレスの兵士の元へ近づいた。


「入国証は?」

「ここに来るのは初めてなんだ。」

「どこから来た?」

「北のハイデルブルクから。」

「航路は魔物で塞がれていると聞いていたが。」

「それなら俺たちが退治しておいた。」

「ほう…腕がたつ方々のようだ。だが…。」


断られそうな雰囲気を感じ取ったクレインは、ライトの脇からハイデルブルクの国王の印影で封をされた書状を見せる。

中を開けなくとも、北の大国の王家の紋章の書状と言うのは効果が絶大で、兵士は顔色を変える。

そしてなにやら別の兵士と小声で会話を交わして、笑顔でこちらに戻ってきた。


「中へどうぞ。」

「恩に着る。」

「城にて正式にウォルタレスの入国証を発行してください。」

「心得たよ、ありがとう。」


ライトは爽やかな笑顔で伝えると、ウォルタレスへの門を通り、仲間達もそれに続いた。




Water




門の中は非常に栄えていた。

水路が町中に張り巡らされた水資源の豊かな街で、あちこちで商人達が商売に勤しむ姿が見える。

周囲があまり魔物の脅威に曝されていないことが、この街を盛んにしたのだろう。

人々は魔王の存在など、もしかすると知らないのではないかというほど、往来ですれ違う人たちは平和そうに笑っていた。


「…ねぇ、僕が言うのも変だけど…お兄さん達は何者なの?」


入り口で見せたハイデルブルクの国王の書状をテッタも見ていたのだろう。

それが王家の物とは知らなくても、それだけで部外者をこの国に入れるほどのもの、という認識があるのだ。


「それを知ってどうする。」


一番始めに答えたのはヤマトだった。

冷徹な目線を高い位置から放つヤマトにテッタは言葉を詰まらせ萎縮する。


「だ…だって、可笑しいじゃないか!海の魔物は倒したっていうし…さっきだって…魔物を相手にすることに慣れすぎてる!」


テッタが今にも泣き出しそうな声でヤマトに抵抗する姿を見て、イリスは少年の両肩を優しく掴んで目線を合わせる。


「私たちは君を助けたい。…それだけだよ?」

「で…でも、僕を助けたって…。」

「お前を助けることが、俺たちの目的に繋がる。…そう思っているだけだ。」


「もう…!ヤマト冷たい…!」


普段から感情を表に出さないヤマトが、子供相手に優しく接する姿など想像出来ない仲間達だったが、その物言いは普通の人を畏怖させる。

イリスはそんな態度を少しは軟化出来ないのかとヤマトに対して怒る。

ヤマトは内心困惑して助けを求めようとライトに目線を向けるが、主の言い分に反論など出来ないライトは明後日の方向を向いて目を合わせようとしなかった。

そんな光景に他の皆は笑いを堪えきれない。

その和やかなやり取りすら、テッタは不思議でならなかった。


「で、取り敢えずここまで来たわけだけど」


クレインはそんな和やかな雰囲気を打ち消すような固い声で切り出した。

一行は比較的広い公園の隅でお互いを見えるように円になって立っている。


「…まずは、テッタの目的のためにラスマン領に行きたい、が…」

「そのためには入領証が必要、ってことだね。」


クレインの言葉にリーナが相づちを打って、クレインは頷く。


「城に行って入領証を得るのはそんなに難しくは無さそうだ。

この書状は入り口の一兵卒を動かす程度には認知されてた様子だったしな。」

「じゃ、情報収集係と、入領証を得る係に別れる感じ~?」


リンはフードから目を覗かせておどけた様に言う。


「そうだな、じゃあ…」

「ラスマン領に全員で行くのは危険…な、気がする。」


クレインがメンバーを分けようとしたところで、ライトは呟くような声を漏らした。

全員が一斉にライトを見ると、考える素振りを見せて話を続けた。


「勘なんだ。

けど、テッタが言うようにその”領主さま”とやらのところで何かしらが起きているのは事実だ。

そうなると、全員でラスマン領に入るより、偵察の意味合いで少ない人数の方がいいんじゃないかと思ったんだ。」


ライトの言葉には妙な説得力がある。

危機察知センサーは港に着いたときからずっと働いているし、間違いはないのだろう。

ヤマトもそれに対して否定をしないということは、きっとその通りなのだと皆を納得させる。


「と、なると…誰が行く?」

「俺は行く。行きたい。」


クレインが本題を切り出すと、予想外の人物が真っ先に手をあげた。


「リン…。でもお前、ここは居づらいんじゃないのか…?

大人しくしてた方が…。」

「そんなこと俺は気にしてないって、クレイン。

ただ俺にも確かめたいことがあるんだ、だから…行かせてくれ。」


こんな風に自己主張をするのは、初めてだった。

いつもちゃらんぽらんで、適当で、言われた通りにはいはい、と動いていたリンが、いつもと違う様子を見せる。


「…いいんじゃないの、別に。」


援護をしたのはリーナだ。

ずっとわからなかったリンの戦う意味が、ここで解るのかもしれないと思うと好奇心もあったのだ。


「俺も賛成だ。

あと…城にはイリスが行くだろうし、そうなれば俺も行こう。」


ライトも港についてからここまで、リンの変化には気づいていた。

ライトの援護も受けて、クレインはため息を一つ吐くが反対する気は無さそうだった。


「となると…クレインさんとヤマトさんはウォルタレスに残った方が良いと思います。」


クレインは自分も行くと言い出しそうな雰囲気だったが、それを牽制したのはシャルだ。

頭では解っていたのだろう、シャルに反論はしなかったが理由を待った。


「えっと…ヤマトさんは行動が自由にできるし、クレインさんはいざというときには身分が使えます。

リーナは情報収集に長けてるし、僕は…今回はあまり役に立てそうにないのでテッタに付いてます。」


一番最年少のシャルに全て言われてしまっては大人としては立場がない。

英雄たちはそう感じていたが、反論する余地もなかった。


「じゃ、じゃあ私はライトとリンとお城に行って、ウォルタレスの入国証と、

ラスマン領への入領証を貰ってくればいいんだね。」


イリスがぽんと手を叩いて笑顔でまとめた。

「そういうことだな」とクレインは腕を組んで頷くと、皆の目線は一斉にテッタに集まる。

話の展開に付いていけてなかったテッタは吃驚して一歩引いてしまう。

とんでもない人たちに助けを求めてしまったのではないかと思っていたようだ。


「…ここでまた邪魔されるのもあれだから、宿屋で詳しい話を聞こうか。」


情報は行動の基本だ。

クレインがテッタに言うと、テッタは頷いて宿屋まで案内してくれた。


広い一室にベッドが5つ。

宿屋が混雑しており人数に対しては少し狭く、男女の別も出来なかったが文句を言うものは居ない。

適当にそれぞれが位置取りをして、テッタが話始めるのを待った。


「えっと…ラスマン領っていうのは…正確にはウォルタレスの軍隊の訓練所みたいな感じなんだ。

っていうのもラスマン領は水の神様を祀っているって言う巨大な滝があって、その神様の庇護を受けると強くなれるっていう言い伝えがあるんだ。」


概要はこうだった。

ウォルタレスのすぐ近くにあるラスマン領は、軍隊の訓練所の役割を果たしている。

だが、そこで育てられるのは全ての軍人ではなく、将来性のある者を見いだしてそこで教育するのだと言う。

一見して特に問題の無さそうな場所ではあるが、大きなラスマン邸と軍の訓練所の周囲に昔から住んでいる一般の住民の税金はここ数年でどんどん値上がりしているそうだ。

その理由としては、軍隊を育てていること、そして育てた軍隊がこのウォルタレス周辺の魔物を狩っているから安全に暮らすことができているということ、らしい。

そして抗議に行くと、女たちは悉く帰ってはこない。

それならば、と本国ウォルタレスの兵士に言っても、改善がされない、と。


「…何故、抗議に行くのが女だけなんだ。」


ヤマトが疑問を口にすれば、テッタは答えづらそうに「領主さまは…”女好き”なんだって。」と言う。

一同に異様な空気感が漂う中、ライトは冷静に尋ねた。


「ラスマン領で訓練を受けた軍人はどうなるんだ?」

「大体がウォルタレスに戻って昇進するか、ラスマン領で親衛隊になるかって父さん達が言ってたよ。」

「そうか…なら、情報が歪められても可笑しくないな。」

「どう言うこと…?」

「残念だが、テッタ達の叫びはウォルタレスの中まで届いていない…ってことだ。」

「そんな…!!」


テッタはその現実に叫び出しそうだったが、ベッドに腰掛けて膝の上においてあるライトの拳が固く握られ少し震えているのを見てやめた。

まるで関係のないはずの人たちなのに、自分達のために何とかしようとしてくれるというのを感じたからだ。

テッタの横に座っていたシャルは、テッタの肩を優しく叩いた。

同じくらいの年頃の少年二人の方が、解り合えることも多いだろう。


「水の神様ってのは、具体的にはどういう物なの?」


リーナは話題を変えようと、テッタに尋ねる。

テッタも気を取り直して、天井を見上げて思い出すように話し始める。


「軍隊でラスマン領を過ぎて行ったところの滝まで行って、そこから戻って来る儀式みたいなのがあるんだ。

その辺は魔物の活動が活発らしくて、それをクリアして初めて一人前認定されるって言うことみたい。」

「その滝までは、ラスマン領を通らないと行けないの?」

「うん、ラスマン領の領主の家の裏から細長い崖がしばらく続いてるんだ。他からは寄り付けないよ。」


そこが魔力溜まりである想像は容易に付いた。

そうなれば行かない理由は一つもない。


「…イリスとライトは、あれは持ってきたんだったか?」

「…あぁ、持ってるよ。たぶんそっちの方がいいよな。」


クレインが言うと、ライトは旅の間ずっと持っていた鞄を開けて中を探る。

一番底、使うことはないだろうと思っていた二着の服を取り出す。

小さく折り畳んで、なるべく場所を取らないように、そして必要最小限のものだけにしてあるそれを広げると、


「…あっ、ライト…持ってくれてたの?!」

「もしかしたらいつか、必要になるかと思ってな。」


それはイリスのドレスと、ライト自身の親衛隊の騎士服だ。

アレルバニアで服を変えてから、ずっと持っていたのだ。


「じゃ、リンはこれな。」


クレインも同様にアレルバニアの騎士服を持ってきている。


「え、俺もこれ着るの。」

「俺たちの騎士服は結構似てるし、知らない奴が見たら違いなんて解んないだろ。

それにこっちはフード代わりになるのがあるから、エルフだってことも隠しやすい。」


クレインが楽しそうに説明する反面、リンの表情は浮かばなかった。


「設定としては、ライトの部下ってことで。」

「あぁ、そうすればしゃべる必要も、礼節を必要以上に意識する事もない。」

「クレインもライトも…簡単に言ってくれんなぁ~…。」


少し着替える、といって交代交代に部屋を使ってその服装に着替える。

イリスは白と薄いピンクを基調とした比較的動きやすそうな形のドレスに、

ライトは白のパンツに、白のロングコートを腰の辺りを剣帯で絞り、左腰に立派な剣を差し、

リンは白のパンツに、白のフード付きのジャケットで、騎士らしい装飾は殆どはずしてある。


リンの騎士服、正確にはクレインの騎士服のジャケットは、ロングコートとしても本来使えるような仕様になっている。

銃や剣をそれぞれ使いこなすスタイルのクレインにとって、時にロングコートが邪魔になるので腰より下の部分は着脱式にしたらしい。

それに対していかなる時もライトは同じスタイルを貫いている。

ライトが動く度に揺れ動く腰より下のコートの裾が、ライトをより凛々しくさせる雰囲気がある。


「…やっぱり、お兄さん達何者なの?」


テッタが再度疑問を投げ掛けると、イリスは満面の笑みで答えた。


「東の小さいお国のお姫様、だよ?」

「…と、その騎士、だな。」


イリスのそんな小さな嘘に、リーナは笑いを堪えようと必死だった。

どう見ても、小さい国の姫という雰囲気でないし、それにしても騎士ライトは強そうに見えすぎている、と。


「少し国がゴタゴタしてしまったから、それを解決するために聖地を巡っているの。」

「…っていう設定ってことね。」


リンが呟くように付け加えた言葉はきっとテッタには届いていないだろう。

リンは部屋の奥で慣れない騎士服に、先ほどから自分の格好を見ては、違和感でため息をついている。


「…似合ってますよ?リンさん。」

「ほんとかよ~?少年!!」


「あとは…これだな。」


ヤマトは脇からライトに3着分ハイデルブルクのコートを差し出す。

いくらなんでもこの格好で街中を歩けば目立ってしまうが、ハイデルブルクのコートならば全身を覆うことができる。

比較的気温の高いこの国でコートは地獄以外の何者でもないが、それを受け取って羽織る。


「さて、準備はできたな。

じゃ、イリス、ライト、リン…頼んだぜ。」


クレインはイリスにハイデルブルクからの書状を手渡す。


「うん、任せて。」

「何かあったときはクレイン達の方で頼む。」

「俺は…バレないように気を付けるわ~。」


「シオン。」


宿屋を出ようとしたとき引き留めたのはヤマトだ。

その手にはダークマターが握られている。


「…一応、持っておいてほしい。

邪心がある人間から守る効果をタナトスに頼んでいる。」

「だったら、一番危険になるかもしれないイリスに渡してくれ。…いざって時、イリスが無事なら、俺は安心して戦える。」


一瞬ヤマトは躊躇うが、その黒い石をイリスに渡した。


「いいの?」

「…あぁ、シオンの願いだ。」

「…ありがとう、けど貴方は石がなくて平気?」


「俺は今の一度も戦いでそれに頼ったことはない。」


それだけ言い置いて、ヤマトは皆が待機している部屋へ戻っていった。


「ちょっとちょっとお二人さん置いてくよ。」


最後のヤマトの言葉に、イリスとライトは顔を見合わせ笑うと、少し先を行っていたリンの元へ足を進めた。


城への道は、大通りを真っ直ぐ行くだけの一本道だ。

途中露店商人達に様々な販売文句と共に声をかけられたが、3人は適当に答えて進んでいく。

城の回りは広めの水路で囲まれており、一本の橋がかかっていた。

そこを進むと、城に入るための門が構えてあり、兵士が二人立っている。


「何者だ?」

「私、東のレストリア王国の第二王女リース・レストレアと申します。」

「…レストレア王国だと…?」


レイティアのさらに東にあるレストレア王国とは実在の国で、さほど規模は大きくないが、レイティアの傘下にあり交流は深い。


「訳あって世界を回っております。

先日ハイデルブルクの王には謁見を済ませ…この通り書状も御座います。

…こちらの国の入国証の発行と、国王様との謁見をさせていただけないでしょうか?」


兵士は疑心の目を向けるが、リースことイリスは悲愴感を募らせた瞳でその兵士を見返す。

いつの間にこんな技を身に付けたのだろうとライトとリンはこっそり目を見合わせて口許を小さく緩ませた。


「後ろの二人は?」

「はっ。私は姫の護衛を勤めております親衛隊長のライトです。同じくこちらは副隊長のリン。」


騎士服のフードを目深に被るリンのことを疑いの目線で兵士はジロジロと見つめる。

こういった場に慣れていないリンは内心冷や汗を掻くが、目線だけライトとイリスに向けても二人は平然としている。

それを見てリンは思わずため息を吐きそうになるが堪えた。


「…そうですか、ではこちらにお名前を。」

「他にも道中旅を助けてくれた仲間もいるのですが、そちらも?」

「では、全員分のお名前を。」


イリスは慣れた手つきで全員分の名前を記していく。

ただ、英雄であることを悟られないように、ファーストネームは記さないよう気を付ける。

名前を記すと、兵士はさっと書き写して入国証らしき紙を発行する。

それを受けとると、今度は一つ奥の部屋に案内された。


「国王との謁見はこちらでお待ちください。」


コートを脱いで世話係りの侍女へ預け、与えられた椅子にイリスが腰を掛け、その横に直立でライトは立つ。

ハイデルブルクの時もそうだったが、その慣れた所作にリンは気後れしてしまう。

見よう見まねで真似してみても、どこかそれはぎこちない上に、小さくライトに笑われたのでリンも辞めた。


「お待たせいたしました。」


程なくして兵士に呼ばれ謁見室の重厚な扉の前まで行く。

3人という心許ない人数で、しかも殆ど打ち合わせも出来ていないのにこれからどういう状況になるのか。

リンにとって不安が無いわけでもなかったが、イリスもライトも毅然とした態度を崩さないので細かいことは二人に任せる決心はしている。

例えリンにこの二人の考えが読めなくても、この二人はきっと通じあっているから問題はないだろう。


ただただリンは、自分が果たすべき目的のことだけを考えることにして、開いた扉の中へとイリスとライトに続いて入っていく。


「この度は突然のご訪問となり、大変失礼致しました。

レストレア王国第二王女のリース・レストレアと申します。」


扉の向こうでは国王陛下が玉座へ鎮座していた。その脇には護衛を任されているのだろう兵士が一人立っていた。

武器を所持したままでの謁見を許可されたことからも、その兵士が相当の手練れなのだろうという確信を得る。

近くまで歩いていき、イリスは上品に王族としてのお辞儀をする。

これはハイデルブルクでも見たと思ってリンはライトを盗み見ると、想像通りライトもお辞儀をしたのでリンも遅れないようにお辞儀をする。


「よい、ハイデルブルクの王の書状を見せられてはな。」

「…有難うございます。」

「して、目的は?」


国王はどこか気だるそうに応じていた。

これがレイティア王国の姫として、英雄としてのイリスであれば態度は変わったのだろうか、それは誰にも解らない。


「はい、隣国レイティア王国が魔王に支配されたことはお聞きおよびのことかと思いますが…。」

「我が国には関係のないことだな。」

「…レイティアとは関係の深い間柄故に、英雄を探す旅をしております。

そこで、魔力濃度の高い地域が英雄に縁故があると知り、その地をめぐっております。」

「それが我が国にあると?」

「…ラスマン領に水の神を祀った場所があるとお伺いしております。」


国王陛下の瞳には、ハイデルブルクの王のような優しさや輝きが感じられないな、とライトは感じていたそうだ。

そして、魔王が占拠している大国があるというのに、どうにも冷たい反応だ。

これが大陸を越えている差なのかもしれないが、それにしても違和感を感じずには居られない。


「あの場所は我が国の軍隊訓練所だ。一国の姫君が行かれて好ましいところではなかろう。

それに、小国とはいえ我が国の軍事力の偵察…という思惑も捨てきれぬ。」


レイティアの姫としてこのような対応を受けたことは今までなかった。

誰もが利益を優先し、思惑を抱え、好意的な態度で接してきた記憶しかない。

英雄としてハイデルブルクに赴いた時など手厚すぎる歓迎まで受けて、それが当たり前だと思ってしまっていたのかもしれない。

イリスの思考は完全に一度ストップしてしまった。


「…では、一つ提案をさせていただいてもよろしいでしょうか。」

「…貴様は、騎士か?」

「はい。レストレア王国第一騎士団団長のライトと申します。」


ライトは一歩前に出て、イリスの横で国王に向け跪き、顔だけ上げて言葉を続けた。


「私に、軍隊の指導をさせていただきませんか。」


国王の表情がピクリと動いたのをライトは見逃さない。逆にリンはこの展開に冷や汗を掻いていた。

そんなことを突然見ず知らずの人間に言われても、不信感は増すだけだ。

これも作戦の内なのかとリンはイリスを盗み見るが、彼女も僅かだが内心が揺れ、心配そうな目をライトに向けている。


…どうやら、イレギュラーな事態のようだ。


「…小国の団長ごときにか?」


レイティア王国の親衛隊長だと解れば、どの国もその申し出に疑うことはしないのだろう。

レイティアの平和と安寧を守り続けている親衛隊は、世界の抑止力になるほどのものだ。


「小国とはいえ、レイティア王国と対等に渡り合ってきた歴史を持っております。

そして、私はレストレアからここまで、少人数で姫を護衛しながらたどり着き、海に現れていた巨大なタコの魔物も退治してきております。

船乗り達に聞いていただければ、私の名前を口にするでしょう。」


「貴様が他人を名乗っているという可能性は?」


「この赤毛と赤目の人間を、私はそう見たことが有りません。」


ふむ…と国王は顎髭を右手で撫でるように解き、脇の兵士に目配せをした。

合図を受け取った兵士は、突然イリスへ斬りかかる。

スピードも殺意も申し分ないほどに受け取ったライトは、すぐに対応して立ち上がりながらイリスの手を引き後ろに無理矢理下げる。

その勢いで自らが前に出て、同時に剣を目の前に真横に抜いて縦に振り下ろされた刃を止めた。

鉄と鉄がぶつかり合う甲高く重たい音が部屋中に響き渡る。思わずライトも膝を折りそうになるが、剣を抜いた逆の手で支え、力を入れて耐えた。

それだけの勢いと重さを持ってこの兵士は斬りかかってきたのだ。


「…止められるとは、思いませんでした。…あぁ、勿論寸手で止める予定でしたが。」


その兵士は、面白そうに笑顔を浮かべていた。

それは悪意ではなく、ただ、強い者と対峙したときの高揚感。ライトもそれを良く知っている。


「突然の無礼をお詫びいたします。僕はラスマン領の護衛隊第二大隊隊長のノースです。」


剣を腰に納めながら、姿勢を正して言ったその男の肩書きはどこかで聞いたものと似ている。

姿勢を崩したイリスとライトも同じように姿勢を正してその男をまじまじと見た。

サウザーと言った男に比べ、物腰も柔らかく、眼鏡を掛けた優男風の騎士だ。


「国王陛下、このライトと言う者…腕は確かなようです。今訓練中の軍隊に足りないものを持っています。

それに、剣筋もその瞳も…とても真っ直ぐです。」

「…そうか、ノースが言うのなら問題あるまい。」


緊迫した空気から一転、ほっとした空気が流れる。


「ラスマン領への入領を許可しよう。…条件は、軍隊への指導だ。」

「…はい、有難うございます、国王陛下。」


最後はイリスが綺麗な礼で締めた。


「では、ラスマン領へは私が案内いたしましょう。」

「頼むぞ、ノース。後のことはカイラスへ引き継げ。」

「はい。」


扉の外へ解放され、元の控え室へ戻ったとき、リンは深く長くため息を吐いた。

ここのところ姫として凛とした姿を見せていたイリスも、この時ばかりは安堵の表情を見せている。


「…全く、無茶苦茶だ。」

「…まぁ、結果オーライということで。」

「…ライト、ありがとう。」


しばらくして遅れてやって来たノースに続いて、3人はラスマン領への入領という最初の目的を果たすことが叶った。

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