Sunset
巨大なタコの魔物が絡み付き、揺れる船の上で躊躇うことなく船首に向かって走る。
そこが事前に打ち合わせたポイントだからだ。
ライトは状況を確認しながらそこへ向かう。
船の左右に3本ずつ、タコの足が絡み付いており船の動きを完全に固定している。
「シオン!」
「レイ!状況は確認した!…いける、よな?」
「あぁ、勿論だ。」
船首にはライトとクレイン以外はすでに集まっていた。
ちょうど船首の甲板の先には巨大タコ自身が堂々とこちらを見ている。
「シャル、足場作成の為の詠唱はどのくらいかかる?」
「リンさんに魔力を分けてもらえれば、5分ほどで!」
「5分か…、解った。」
ライトの頬が緩んだのを見たシャルは、この戦いに負けることが無いことを確信した。
この人に立ち向かえない、越えられない敵なんていないんだ、と。
「俺とレイで、左右に展開して絡んでる足を斬って捨てる。
残りの皆は、ここでシャルを守って詠唱を援護!」
「…二人で大丈夫?」
イリスが一応そう尋ねるが、ライトは強く頷いた。
「…レイは左、俺は右だ。
なるべく同じタイミングで減らしていこう、船のバランスもある。」
「了解した。…お互い見えんが、合わせられるか?」
「あぁ、多分平気だ。…感じれるだろうし。」
ライトとヤマトは一度背中を合わせて、タイミングを図って別の方向へ飛び出していく。
戦闘種族同士、感じ合う所があるのだろう。
きっと二人のタイミングがズレる事などないと仲間たちも確信を持っていた。
イリスはそんな二人にも力を与えるようにフルートを奏でる。
「あっちはあの二人に任せておけば平気さ。
…シャル、行けるな?」
「はい、クレインさん!リンさん、お願いします!」
「おーらい、少年。」
Sunset
ーー全てを凍てつかせるいにしえの氷よーー
「さて、あのタコ野郎の攻撃は俺とリーナで防ぐとするか。」
「僕は遠距離攻撃は苦手だから、そこんとこ宜しくね。」
タコは黒いタコ墨の塊を飛ばしてくる。
それを二丁銃で的確にクレインは撃ち落としていく。
希にその防御を越えてくる攻撃は、リーナが一番先頭に立ってスピード重視の短刀の二刀流で切り落としていく。
「ちょっとクレインこっちまで回さないでよー。」
「ったく、解ったよ!」
クレインはエメラルドで銃の形を変形させる。
二丁銃から、二丁のアサルトライフルに変えたそれは、墨の塊を片っ端から撃ち落としていく。
「おぉ…やるじゃんクレイン。」
「イリス!シールド!!」
「わかった!クレイン!」
クレインが咄嗟にイリスに指示を出す。
あまりに勢いよく撃ち落とされたことが気に障ったのか、先程までとは比べ物にならないくらい多く、
また塊も大きいものが頭上から降り注いでくる。
全員を守るようにイリスはシールドを展開する。
ある程度はクレインが落としたので、船自体に被害はない。
ーー我が呼び掛けに応じ
力を与えよーー
「…こりゃ凄い魔法だね。俺の魔力ぐんぐん吸ってんだもんなぁ。」
リンは目の前のクレイン、リーナそしてイリスが戦っているのを危機感も持たずに見ていた。
片手はシャルの胸に手を当て、役割は魔力の供給だ。
隣のシャルは片手に魔術本を開き、ぶつぶつと詠唱をしている。
小難しい言葉を言って、周りには青い魔力の波動が渦巻いている。
ーー海の使者よ
氷の使者よ
我らに道を与えよーー
「待たせたな、片付いた。…シオン。」
「こっちもだ、レイ。」
ーー凍てつけ!!!!ーー
シャルの詠唱が佳境に入り、本を持つ方と逆の手を天に掲げて、目の前に降り下ろす。
手に収束した光が、目標の海面に飛び、一面に光が広がっていく。
「ナイスタイミングだねぇ、お二人さん。」
シャルとリンの前には、二つの黒い影が背中合わせに立っている。
ヤマトは以前から神出鬼没の気配があったが、ライトも行動が日に日にヤマトに近づいてきている。
そしてその向こう側では、船からタコの魔物に向かう海が、凍りついた。
「よし、リーナ。」
「はいよー、ライト!」
「ライト、リーナ!」
ブースト!
イリスは二人の脚力に強化魔法を掛ける。
「イリスの強化魔法は、自分で掛けるより強力だね。」
「あぁ、そうだな。」
ぐっと二人は武器を持つ手に力を込め甲板から凍った海へ飛び降りた。
足は強化魔法のお陰で軽く、跳躍力も走るスピードも格段に上がっており、不安定な氷の上でも滑ることなく走り抜けていく。
タコの魔物は足を6本切られて怒っている様子だが、残りの2本も器用に使ってライトとリーナに向かってきた。
しかしそれは、船上にいるクレインの銃撃とヤマトの魔法で撃ち落とされる、二人のナイスアシストだ。
それで魔物は死期を察したのか、最後の力を振り絞って、船の上で魔法を発動しているシャルに向けて墨の塊を飛ばす。
その数は先程クレインが一人で撃ち落とした数よりも多く、大きい。
直撃してしまえば、船の沈没は免れない。
だが、ライトとリーナはその危機にも振り返らずにお互い目を見合わせて敵に向かう。
「任せて!」
イリスの広域のシールドが船全体を覆い、ダメージをゼロにする。
「リーナ、行くぞ。」
「いつでもおーけー!」
二人は最大のスピードでクロスしながら、巨大な魔物を斬り割いた。
魔物は奇声をあげて、海でもがき苦しんでいる。
「ライト、リーナ、退け!」
クレインの声を聞いて、ライトとリーナは甲板に戻り、シャルも氷の道を解除する。
「サンダーボルト!!」
水の魔物に雷撃は非常に有効だ。
直上から突き刺さる雷撃と、船に絡み付いていた駆除したタコ足も残すことなく焼き付くす雷撃が広がる。
雄叫びを上げて巨大タコは沈んでいった。
「ふう、シャル、お疲れさん。」
クレインがシャルを労うと、その場にシャルは座り込んだ。
あれだけの雷撃魔法を使ってもけろっとしているクレインを見ると、やはり精霊の力は凄いな、とシャルは感心する。
「いやぁー…凄い魔法だったなぁ。俺はほとんどすっからかんだ。」
リンは緊張感のない声で、ややその顔に疲労感を滲ませて言う。
「ぼ、僕もすっからかんですよ…。」
「よくやってくれたな、シャル。」
膝から崩れ落ちたシャルの頭をライトが撫でると、シャルは嬉しそうに笑った。
「リーナも、タイミングばっちりだったね。」
「ライトが合わせるの上手いんだよなぁ。僕は自由にやってただけだよ。」
「ま、なんてったってライトは親衛隊長だぜ?周りが見えなきゃやってらんねぇよ。」
「なんでクレインが得意気なの~?」
自慢気に言うクレインにイリスが笑いながら突っ込む。
そんな光景を、船乗りたちは唖然とした顔で眺めていた。
誰も倒せなかったタコを、たった7人でなんとかしてしまうとは。
そして、和やかに笑い合っているとは。
「化け物染みてるな…あんたら。」
「いや、あの状況で船を沈めさせないあんたらのほうが海の化け物だよ。」
「はっはっは、俺たち船乗りを舐めるなよ?」
「あんた達に任せて良かったと思ってるよ。」
船長は船の舵取りが安定したことを確認して、甲板に降りてきてクレインに声を掛ける。
「所で、あんたがここのチームのリーダーかい?」
「いーや、このチームのリーダーは、あの赤髪の美人さ。」
「…ん?」
「綺麗だろ?…それに加えて俺達のなかで一番強い。あいつを倒すって言い出したのも彼女さ。」
「…女か、船乗りに女ってのは縁起が悪いんだがな。」
船長は豪快に笑うとライトの元へ歩み寄る。
船首で海を見つめるその姿に、確かに言われてみれば女だ、などと考えつつ後ろから声を掛けた。
「お陰さまで、航路が開けた。他の船乗りたちも喜ぶ。…感謝する。」
「…いや、元々は俺達の為だ。」
「それでも、あんた達がしてくれたことは大きな事だ。」
「役に立てたなら、何よりだよ。」
「英雄、だな。俺らにとっちゃ。」
船長が肘を曲げて腕にこぶしを作りながら、豪快な笑みを浮かべるとライトもふっと笑った。
もう一度海を見渡せば、日が傾き始め、少しずつ海は赤く染まっていっている。
「ここから、あとどのくらいかかる?」
「一晩寝て頂けりゃ、もうフォートレスさ。」
「そうか、引き続き安全な航海を頼む。」
「了解した。…っと。」
「ライトだ。
ライト・シオン・カーウェイ。」
船長は満足そうに頷いて船室へ戻っていった。
「シオン。」
「…海、綺麗だな。」
ヤマトはその返答にやや驚く。
今聞こうと思っていたことを、先に答えとして返されてしまったのだから。
「…解るのか?」
「何となく。…だからさっきも、レイがどのタイミングでどうやって戦ってるか解った。」
「戦闘種族は少数精鋭だからこそ、連携も上手くできるように成っている。
普通は魔力を読んでするテレポートも、仲間であれば魔力が尽きかけていても出来る。
お前にテレポートの力は宿らなかったが、相手を読む力はあるんだろうな。」
「ふーん」と興味があるのかないのか解らないような声で、目線を海に向けた。
両肘を柵に乗せ、体重を預ける。
傾き始めた夕日が海を真っ赤に照らし、ライトの赤い髪を一層輝かせる。
あぁ、綺麗だな。
ヤマトは純粋にそう思ったと言う。
「…今、俺が何を考えているか解るか?」
ライトは首を横に振る。
ヤマトとの間柄とはいえ、細かい感情や心を読むことなど出来ない。
「…そうか。」
「レイは、この戦いが終わったらどうするんだ?」
「戦闘種族の長がやるべき事は、この世界の闇の調整だ。」
「調整と言うことは、闇を払うこともするってことだよな?」
「まぁ、基本的にはそうだ。…放っておくとこの世界は闇で溢れる。魔王がいるかいないかに関わらず、な。」
ライトが造り出された事すら、今の長であるアカギが行った闇の調整の一つだと言うことは、ヤマトは心に閉まっておいた。
どこか一つ狂えば、彼女は闇に落ちても可笑しくなかったのだから。
「…俺は…いや、私はどっちとして生きるのが正しいんだろうか?」
「…人か、戦闘種族か、ということか?」
ライトはコクりと頷く。
英雄として石の力を持ち、かつ戦闘種族であるライトは限りなく戦闘種族側に近づいている。
本人の意思などないままに戦闘種族と世間から恐れられる存在と成り果てたこと、
そしてその力を最大限活かしている事をヤマトは喜ぶべきか悩んでいた。
人として生きることを望むのであれば、ライトはその寿命の尽くす限りレイティアに遣えるだろう。
戦闘種族として生きることを望むのであれば…いや、その考えがライトの中に本当に存在しているのか、ヤマトには自信がない。
とはいえ、ここでヤマトが出した答えはたったひとつだ。
「どちらも、という答えもある。」
「…人として、時に戦闘種族として、生きる…ってことか?」
「選択の余地は幾らでもある。これからどんなタイミングが訪れるか、解らないからな。」
「じゃあ…戦闘種族を選んだとして…」
――お前は一緒に、生きてくれるのか?――
ライトは海風に拐われてしまいそうな小さな声でそう呟いた。
しっかりとヤマトの耳に届いたそれに、ホッと安堵の息を吐くような思いだったという。
「無論、初めからそのつもりだ。」
ライトは、ヤマトと目を合わせ小さく微笑んで、「そっか」と安心したような声を漏らした。
一夜明けて、船内はざわつき始める。
英雄達が何事かと思い外を見ると、フォートレスの港が見えていた。
その港では、しばらく来なかったフォートからの船を感激して歓迎している様子だ。
「…っていうか、あっつい。」
「海越えただけなのに、気温の変化激しいね…。」
リーナは甲板でいの一番に文句を漏らし、それに同意したのはイリスだ。
「…暑くないの?ライト。」
黒のジャケットを着ているライトが平気そうにしているのをみて、不審そうにリーナは見上げた。
この人が気候くらいで左右される人間でないのは重々承知だったが、それでもなぜか納得がいかなかった。
「…レイティアの暑さに比べたら…かなり暑いな。」
「ほらー!暑いんじゃん!」
苦笑いしながらライトはジャケットを脱ぐ。
リーナがまじまじとライトの体を見上げると、袖を捲り上げた白のシャツから覗く腕は細いがしっかり鍛えられていることが解る。
全体的に細身だが、余分な肉がついていないだけなんだろうと思うと、本当に同じ女なのか解らなくなるときがあるほどだ。
だが、一つに結い上げた赤い髪の隙間から覗く首筋は男性のように逞しいものではない。
「どうした?」
「…いや、ライトって…本当に女なのかなぁ…って。」
「今さら何を言ってるんだ?」
そういって笑うライトの笑顔は爽やかだし、女性から憧れてしまうのも何となくわかってしまう。
この中性的な感じで、男性的な振る舞いをされれば誰だって勘違いをする。
「さて、そろそろ下船だ!」
船長が甲板に降りてきて一行に告げた。
「世話になったな。」
「それはこっちの台詞だ、英雄。」
ライトと船長は固く握手を交わす。
同時に船から錨が下ろされ、船着き場と船を結ぶ橋が降ろされ、順番に下船を始めた。
こういう時さらりとイリスをエスコートするクレインの行動がここ最近目立つようになっている。
「またここを渡るときは俺らを頼ってくれや。」
「あぁ、そうさせてもらう。」
「またな、ライト・シオン・カーウェイ!」
船を降りたあと、船乗りたちは全員甲板で一行を見送った。
船長はライトに向け、豪快に手と声を挙げて見送った。
ライトは振り返って、片手を軽く挙げて返事と変える。
降り立った場所は、港町フォートレス。
年中真夏の活気ある港。
「何で誰もおれの話を聞いてくれないんだよ!!!」
港の中心で叫ぶ少年の声が、英雄たちを新たな冒険へと誘う。




