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Story Teller  作者: 冬耶心
第三幕
29/34

Horizon


「また船に乗ったの?」


「そうだよ、フォートレスに行くためにね。」


「船は大丈夫だったの?」


少女は英雄ライトを心配していた。

前回船に乗ったときの悲しいお話を、彼女らは覚えていたのだろう。

他の子供達も似たような表情をしている。


「大丈夫だよ、英雄ライトは強いからね。

船の上で…巨大な魔物も退治したよ。」


そう言うと、彼女らは目を輝かせて老人の話に耳を傾けた。





Horizon





ハイデルブルクを出発して、南にしばらく行くと港町フォートと海が見えてきた。

海が近いからか、雪の勢いはほとんどなかったが、うっすらと地面は白くなっている。

ポルトリオやポートレスほど活気のある港町ではなく、 かといって暗いわけでもない普通の町というイメージだ。


「なーんか、寒さにも慣れてきちゃったなぁ。」

「うん、そうだね。でもこれから船で渡ると、今度は暖かい所になるよ。どっちかというと…暑いかも。」


リーナの言葉にシャルが答える。

調べたところ、これから向かうウォルタレスは、雪国とは真反対の南国である。

するとリーナは落ち込んだように、「暑いのも嫌だなぁ」とぶつぶつ文句をいっていた。


「とりあえず、船着き場に向かうか。」

「そうだな。」


クレインがハイデルブルクから貰った書状を片手に船着き場の方向を指差した。

ヤマトがその横で相槌を打つ。

初めはヤマトに対して敵意をむき出しにしていたクレインだったが、

この二人は最近息が合うようになっていると皆がそう思っていた。


「俺とヤマトとリンで船着き場の様子見てくっから、ライト達は買い出しを頼む。」

「えー、俺もそっち側なの?騎士さんや。」

「うるせぇ付き合え、ナンパ男。」


クレインがそう言えば、リンは両手を頭の後ろで組んで文句を言うが、渋々着いていく。

ヤマトはいつも通りの無表情で特になにか言うこともなくクレインに付き合った。


「リン、一人にしておくとすぐどこか行っちゃうからね。」

「…少なくともクレインとレイがいれば逃げられないだろうな。」


そんな状況をイリスはクスクスと笑って眺める。

3人が船着き場の方へ向かったのを見届けて、残った4人は道具や食料の買い出しの為町を回った。


「ポルトリオで買い物してたときと全然違って…やっぱり、楽しい。」

「あぁ…まさか、こんなことになるなんて…。」


ライトとイリスは横にならんで、前を歩くリーナとシャルの背中を見ていた。

さながら保護者のような気分になってくる。


「シャルの魔術本って、どういう仕組みなの?」

「この本に魔力を流すことで、少し詠唱を省略できたり、威力を高めたりして発動できるんだ。」

「へぇ~。あ、ライト達が使ってるあのどっかーんって感じの魔法も使えるんだよね?」

「そうだね、まぁライトさん達とは魔力も全然違うから…威力に差が出ちゃうけどね…。」

「んー、見た感じ英雄と比べても見劣りしない魔法のレベルだから凄いと思うよ?僕は尊敬するなぁ。

ほら、ドラゴンにぶつけたやつだって、スゴかったよ?」


シャルの数歩先にいたリーナは突然立ち止まって振り返りながらそう言った。

海風が柔らかく吹いて、その銀髪が揺れる。

リーナは一つ年上にしては、随分大人びていた。

隠密活動をするための処世術なのかもしれないが、シャルを憧れさせるには十分すぎる魅力がある。


「シャルとリーナも、中々お似合いだね。」


数歩後ろで二人のやり取りを眺めながらイリスはふと呟いて、以前ポルトリオでライトから貰ったバングルに優しく触れる。

横のライトはそれを見てふっと笑った。




一頻り買い物を終えたところで、クレイン達と合流する。

だが、その表情はやや浮かばれない。


「船が出せない?」

「どうにも、航路に巨大なタコの魔物が居てな…もう船がいくつも沈没させられてるらしい。

王族の頼みと言えど、そんな状態で船は出せない、と。」


ライトの言葉にクレインは答える。

それを聞いてライトは顎に手を当てて少し考える振りをするが、クレインはどんな答えが返ってくるのか解りきっていた。


「俺たちが倒す…っていうのは?」

「お前ならそういうと思ったよ。」


他の仲間たちを見渡せば、皆やる気満々の表情をしている。


「まー僕らなら何とか出来るでしょ!」

「ただ、船上となると…足場はどうする?」


ヤマトが冷静にリーナに突っ込むと、おずおずとシャルは前に出て手をあげた。


「あの…僕が足場を作ります。」

「…どうやって作ってくれんの?少年。」


リンが首を傾けて尋ねると、シャルは「魔法で凍らせます」とはっきり全員を見上げて言った。

足場となる氷を作り、維持させようと思えば、かなりの魔力を消耗するだろう。

それを解っていて、彼はやると言って聞かなかった。


「なら、足場はシャルに任せよう。

魔力供給は、一番水と相性のいいリンが手伝ってやってくれ。」

「はいはーい。」


リンは遠距離攻撃を得意とする分、本当は船上からの攻撃を期待したかったが、

水系統の魔法を得意とするリンにこれ以上の適役はないだろうとライトは判断する。

遠距離担当で、水に対して攻撃相性の良い役ならクレインの方が十八番だ。


「レイとイリスはシャルとリンの守りで、クレインは船上からサポート。

…俺とリーナで、突っ込もう。」

「ライトと横にならんで戦えるなんて、置いてかれないように頑張るよ、僕!」

「お前は十分すぎるくらい”速い”だろう?

シャルの魔力の為にも、速く終わらせてやらないとな。」


ある程度の役割分担が決まったところで、再度船の元へ訪れた。


「は?アンタ達が倒してくれるって?大丈夫なのかい?」


事を聞き付けて出てきたのは船長だった。

先程も交渉に訪れたクレインからの申し出に船長は戸惑いを隠さない。


「任せてくれ。それに…どうしても渡りたいんだ。

…このまま航路を放っておくって訳にも、いかないんだろう?」

「それはそうだが…今まで色んな所に討伐を依頼したが、全部負けているんだぞ?

良くて遭難、悪くて沈没だ。」

「それは安心してくれ。…俺たちは、”英雄”だから。」


ライトの真っ直ぐ見据えた赤い瞳に負けて、船長は「やれやれ」というと同意してくれた。

そして万が一のことを考慮してか、最低限の人員を確保して、すぐにでも船を出してくれることとなる。


船が無事出港してから巨大タコが出没する海域までまだ少し掛かるということで、

それぞれは自由な時間を過ごしていた。


船に異常が合った際は、直ぐに停止させて船が沈没しないように頑張ってくれ、と伝えたら、

俺たちを誰だと思ってるんだ?この海に出始めて20年以上の船乗りだ、任せてくれ。

と気前の良い返事が返ってきた。頼りになる船乗り達だ。


「僕、船って初めてなんだ!」


はしゃいでいるのはリーナ。

船首のデッキで柵に身体を預けて海に向かって身体を乗り出す。


「はしゃぎすぎて落ちないようにね?」

「そんなドジするわけないじゃーん、イリス!」


そんなリーナの横に並ぶのはイリスだ。


「ねぇイリス、海って広いね。」

「えぇ、そうね。…何もかも、吸い込まれそう。」

「世界って、色んなところがあるんだなぁって思ってるよ。

場所もそうだし、人だって沢山いる。

僕は今まで、村の仲間以外と本気で助け合うことなんて無かったから…今が、楽しい。」

「…私も、お城の中しか知らなかったよ。」

「僕は、皆と出会って、イリスが僕たちの村を助けようって言ってくれて、助けてくれた。

これからは、僕にできることをしようって決めたんだ。…それは世界の為じゃない、皆のために。」

「ふふ、ありがとう。リーナは強いから…心強いよ。」


二人の長い髪は潮風に揺られてふわふわ舞う。

見据える水平線は、太陽の光が反射して輝いていた。


「イリスは、何のために戦うの?」


リーナの真剣な表情にイリスは一瞬戸惑った。

その言葉の重さが、それを発するリーナという少女がとても大人びて見えたから。


「…初めは、石があるから戦わなきゃいけないんだって思った。

でも、皆と出会って、世界を少しずつ見ていって、時にそれが残酷なことを知ったんだ。

ライトの事だってそうだし、ハイネスで見た人の弱さ、そして…世界の成り立ち。」


外の世界を知らなかった自分にとって、

何もかもが新鮮で斬新で、かつ、知りたくなかったことまで知り得てしまったと思っていたそうだ。


「だけどね、逃げちゃダメなんだって思った。」


イリスは遠い水平線を見つめた。

リーナから見ても、それが一つ一つ美しい挙動に見えていた。

このお姫様は、本当に美しいと。


「自分で考えて、自分で行動しなきゃって思ったの。」

「それは、誰のために?」

「…全部引っくるめて、私のために。

ライトに導かれるだけじゃなくて、自分で考えて行動するの。

そして、世界から争いをなくして、英雄も無くす。

…そうすれば、もう…誰も悲しい思いをしなくて済む。」

「凄い壮大な、ワガママだね。」

「…そうかな?」

「うん、でも…悪くない。僕は応援するよ。」


「ありがとう、リーナ。」




船の後部の甲板では、ライトが一人遠く水平線を眺めていた。

初めて船に乗ったときのことを忘れたわけではない。

初めて戦闘種族の力を使って、魔族に憑依されていた人間を殺したあのときの感覚も、未だに残っている。


「黄昏てんな…シオン。」

「…別に、そんな事はないよ、シュウ。」


そんなライトに後ろから声をかけたのはクレインだった。

甲板から海を眺めるライトの横にスッと立つ、慣れた動作だ。


「シャルのことか?」

「まぁ、あの時の事…かな。」

「辛いのか?」

「…いや、それは克服してる。勿論、忘れることはないけど。」

「じゃ、何を?」

「…色々あったな、ってことだよ。」


クレインは身体を反転させて柵に背中を預けると、そのまま反って空を見上げた。


「確かに、色々あったよなぁー。俺も衝撃の展開だ。」


城が魔王に侵略されて、少年の命を失って、仲間が増えて、自分を見失って、強くなった。

良いことも悪いことも、波のように押し寄せてくる日々。


「なぁ、シオン。お前はさ…

ヤマトの事…好きなのか?」


首だけライトに向けて、真剣な眼差してクレインは問う。


「は…?何を、いきなり…。」

「違うのか?」


クレインが追求すれば、ライトは困り果てた顔をしている。


「…解らない、信頼してるとは、思うけど。」

「じゃ、リンは?」

「いや、あいつは違うだろ?」

「シャルは?」

「シャルは子供じゃないか。」

「…イリスは?」

「…彼女とは、結ばれないから。」


ふぅん、と納得の言ったようなそうでないような顔で、クレインは続けた。


「…俺が、お前の事ずっと好きだった、って言ったら?」


その言葉にはライトも驚いた顔をしている。


「…え?」

「…気づかなかったのかよ?

俺ずっとお前の近くにいたつもりだったんだけどな。」

「いや…あぁ、うん。」

「で?」

「……大事な友達、だよ、シュウ。」

「だよな、俺もだ。」


「なんだよ?!からかってんのか?」


ライトが少し怒ったようにクレインの胸ぐらに掴み掛かると、その手を掴んで不敵に笑う。

こんな風に感情を露にしてくれるのは、やはりクレインにとっても嬉しいことだ。

他の皆には中々見せない顔だろう。

このとき二人は、顔がぶつかってしまいそうなほど至近距離にいるのに、お互いが抱く感情に特別なものはなかったと言う。


「前はそうだった。でも、やっぱりダチだなって思ったんだ。

今は…逆にヤマトを応援してやりたいぐらいだよ。

お前の隣にずっといて、お前の横で並んで戦い続けられるのは、あいつしかいない。

お前だって答えに悩むってことは、それだけ特別な思いを抱いてるってことだろ?

お前が答えるのに一瞬詰まったのは、ヤマトとイリスだけだ。」


その言葉にライトは言葉を失った。

考えないように答えを出すことを避けてきた問題をクレインに追求されては、ライトも逃げ道がない。


「…俺の事、よく解ってるな。」

「そりゃあな?

…世界を背負ってるお前にも、俺は幸せになってほしいんだよ。」

「じゃあ、シュウは…。」


ライトが言い掛けたとき、スッと表情を変えて、水平線に目を移した。

危険を察知したときの顔で、クレインもいつでも戦える状態に気持ちを切り替える。



「来る」



船が揺れた。

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