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Story Teller  作者: 冬耶心
第三幕
28/34

World


「…また、戦争が始まるのか。」


赤く長い髪、蒼く精悍な瞳を持つ男は、その玉座にて世界の行く末を憂いた。


≪戦争を終わらせたいか≫


男の脳に直接響く声を発するのは、男が飼い慣らした人ならざる世界の真理の一つ。


「終わらせられる物ならば、永劫無くしたいものだ。…精霊よ。」


≪ならばその願い叶えよう…我々に力を貸せ≫


幾度も精霊の力を借り、この国を守ってきた男は疲弊していた。

人と人が争う歴史に、その都度産み出される人の悲鳴に、疲れきった顔をしていた。


「あぁ、いいだろう。…恩を返そうではないか。」


≪契約は成った≫


「何をすればいい。」


≪使命を与える≫


精霊は赤い光の柱となって天へと立ち昇る。

世界には、同じときそれぞれの場所で光の柱が出現した。

赤、青、緑、黒そして桜色の5本の柱が。


≪5つの光の力を持つ英雄と共に、世界を救い、そして散れ≫


精霊だったものはそういうと、赤い石となった。



場面が変わる。



ガーネットと名付けられた石を持った男は、その石が導くままエルフの里に向かう。

その道すがら、狂暴化した魔物達と何度も出くわし、蹴散らす。

そして出会うのだ。


「あんたはサハンの王か。」

「そういう貴様はウォルタレスの。」


山一つ隔てて争い続けてきた二国の王が邂逅する。

しかし互いに石を持ち、使命を受けていた。


「…今は争うべきではない、我々は使命を果たさねばならぬ。」

「ふんっ…言わずとも承知している。」


二人は争うことをせず、エルフの里に共に辿り着いた。

そこには他に3人の石の保持者がいた。

ハイデルブルクの王、レイティアの女王、

そして世界で最強の少数部族という戦闘種族。


「世界の最果てに闇の存在が出現した。」


エルフの長老が語ったのは魔王の話。


「魔王カルヴァスを討ち滅ぼし、世界を救ってほしい。

さもなければ闇の力が世界を飲み込み、魔物は更に狂暴化し…人など住めなくなるだろう。」


そして長老はサハンの王へ差し出した。


「決して歯零れすることなく、折れることもなく、

未来永劫世界を救う鍵となる剣…聖剣ラグナガンだ。」



再び場面が変わる。


最果ての地で、魔王カルヴァスに対峙する5人。


「…どのような結末になろうと…この私、この先もずっとお慕い申し上げます。」

「…貴女のような美しい方に思われ、これ以上の幸せなどない…感謝申し上げる。

だが…我の使命は一つ、世界を救い…散ることだ。」


決して迷うことなく、争いの終焉を望んだ男は力を集めて聖なる光を魔王へ放った。

そしてその地に倒れる。

駆け寄り涙を流す美しい女王。

そして石は英雄達の手の中で静かに輝きを失い、再び力を貸すことはなかった。


そう、魔王カルヴァスがまた現れるまでは。



そして世界が輪廻に囚われると引き換えに、人々の争いは無くなった。



世界の人々にとって、敵は人ではなく、魔王となったからだ。





World







「っ…!!」


ライトは周囲を見渡した。

相変わらず白いベッドの上で、窓の外からは真っ暗な世界が見える。


「夢…?」


一瞬夢と現実の区別が付いていなかった。


「ライトさん、お身体は大丈夫ですか?」


白衣のハイデルブルクの治癒術師に横から声をかけられ、これが現実だと認識する。

そして何か思い付いたように慌てて捲し立てた。


「俺はどのくらい寝ていた?!あと、仲間はどこだ?!」

「え…えぇと、お休みになられていたのは4時間程で、皆様は書庫のほうにいらっしゃるとか…。」


ライトは部屋を一周ぐるりと見渡すと、普段着ているジャケットがハンガーに掛けられているのが見えた。

今着ているのは白いシャツ一枚だったが、城の中はどこも暖房が効いていて暖かい。

ライトは慌てて立ち上がり、ジャケットを乱暴に取ると着ることなく走り出そうとしていた。


「ま、まだ動かれるのは…!!」


扉付近でやっと状況を飲み込んだ治癒術師が引き留めようとするが、ライトは首だけ振り返る。


「世話になったな、ありがとう。」


半日ほどまともに動いていなかった身体はやや重たかったが、書庫まで一直線に走っていく。

早く皆に伝えなければいけないと気持ちばかりが急いていた。




一方書庫では、一冊の絵本から仮説が生まれていた。


「むかしむかし、あるところに…」


決してきれいな絵で描かれたわけではない絵本の内容をイリスは読み上げ始めた。


「4つの大きなくにと、5人のせいれいがいました。」

「4つの大国ってのは、レイティア、ハイデルブルク、ウォルタレス、サハン、だな。」


クレインが補足をいれる。

今まで調べてきた知識の総まとめだ。


「4つの大きなくには、いつも争っていました。

何年も、何百年も争いはつづいていました。」

「この時代は…魔王や英雄が現れる歴史より…前ってこと…?」


今まで調べた歴史の中にこんな話はなかった。

魔王と戦い、英雄が死ぬ、そんな歴史しか載っていなかったことを思い出して、リーナは呟く。


「あるとき、一人のくにの王さまが強くねがいました。

世界から人どうしの争いが、なくなりますように…と。

そうねがったとき、5本の光の柱が世界にたちのぼりました。

そして魔王があらわれ、世界をやみに落としました。」

「精霊の5つの光…今俺たちが持ってる、石ってことになるんだね。」


アクアマリンを眺めながらリンは言う。

想像しか出来ないけれど、なぜか納得のいく話である。


「そして争いあっていたくにの英雄達は一つにまとまって、

聖剣ラグナガンを手に魔王を打ち破り、争いの終わりをねがった英雄は死にました。」

「…聖剣ラグナガンの保持者。…シオンたちの運命が決まったと言うわけか。」


ヤマトは未だ消えないライトの死を想像しているのか、苦々しい顔をしている。


「いちどは魔王に支配された世界は、争うことをやめて、

つぎの争いに向けて、人々は一つにまとまりました。」

「…世界の平和のために、一人が犠牲になる世界の始まり…。」


シャルは呟くように言う。

そこで絵本は終わっていた。


「…僕は、この絵本を知ってる。」


本の何処を見ても、作者の名前は見当たらなかった。

ただ、シャルの記憶の奥底にはこの絵本の話が合ったのだ。


「どうして…忘れていたんだろう…。」


12才の少年とは思えない哀愁の漂う表情だった。

シャルにとっては、母親が毎晩読み聞かせてくれたと言う、親との数少ない思い出なのだ。


「これを書いたのは誰かわからないが…次の目的地は決まりだな。」



ヤマトがそう言った時、勢いよく書庫の扉が開いて、上ずった声が飛び込んできた。



「次の目的地…!!」


「ウォルタレス、だろ?」


上ずった声を遮るように言ったのはクレイン。

クレインの周りには、当たり前といったように仲間たちが皆腕を組んで笑っていた。


「…え?あぁ、そう、だけど。」


素っ頓狂な声をあげるライト。

その珍しい態度に、また皆が笑った。


「僕たちだって、何も休んでいた訳じゃないんだかんねー?」


リーナが両腰に手を当てて誇らしげに言う。


「身体は大丈夫なのか?」

「あぁ、明日には出られる。」


ヤマトは心配そうに尋ねるが、ライトはスッキリとした表情で頷いた。


「ウォルタレスに行くには、海を渡る必要があります。

少し南下したところに、フォートという港町がありますので、そこから渡りましょう。」

「海を渡る…ってことは、船を使うんだね…。」


シャルの言葉に、イリスは以前の航海を思い出したのか、あまり表情が明るくない。

クレインも察してライトを見るが、守りの指輪を右手で押さえて目を閉じていた。

少しして決意が固まったのか、意思を持った凛々しい表情に変わる。


「よし、じゃぁ今日はもう休んで、明日フォートに向かおう。」


「了解」


と皆が頷いた所で場の空気は和らいだ。

ずっと書斎に篭りっぱなしだったライト以外の皆は、腕を後ろで組んで背伸びをしたり、

欠伸をして眠たそうな顔を擦ったり、

一息ついている者もいる。


「そういえば、どうしてライトは目的地が解ったの?

すごく慌ててたみたいだけど。」

「あぁ…それは、夢を見たんだ。」

「夢…?」


イリスに尋ねられ、ライトは先程見た夢の内容を語った。

大筋が絵本の内容と酷似しており、ライトもその絵本を見て驚く。


「もしかしたらこれは、昔英雄が描いたものかもしれないな。

それが巡りめぐって…シャルの両親の手に渡って、ここの書庫に仕舞われた。」


ライトの言葉を聞いて、シャルはふと思った。

そういう形で、自分自身も英雄と縁故があったのかもしれない、と。

この出会いが、偶然ではなくて必然だったのだ、と。


「その夢が本当なら、サハンの王がライトで、ウォルタレスの王がクレイン、

レイティアの女王がイリス、戦闘種族がヤマトとして…

リンは、ハイデルブルクの王なわけ?」


ライトが夢に見たとき、確かに人物像はリーナの言うとおりの人物に酷似していた。

たまたまライトの記憶の中にある人物、ということでそうなったのかもしれないが、

女にだらしないエルフのリンが、ハイデルブルクの王など想像できなかったリーナは笑う。


「まぁ…石の持ち主も巡りめぐっているんだろう。」

「でも、俺がウォルタレスの王だとしてもあながち間違いじゃないな。

アレルバニアは建国の時に、ウォルタレスの街並みをモデルにして造られたって話だし。」

「じゃあ益々、リンが王様っていうのは変な感じだね。」

「酷いなお嬢さん。

俺だって遠いご先祖さまが王様だったかもしれないじゃないか…。」


あまりにリーナが笑うので、リンはあからさまに落ち込んでいる振りをしている。

リンとリーナは仲がいいな、とシャルは少し二人を羨ましそうに見ている。


「そういえば、精霊からこの話は聞けなかったのか?」


ライトがヤマトに尋ねるが、ヤマトは静かに首を横に振る。


「聞いたことはあるが、精霊達はそのときの記憶はないようだ。」

「俺もアレキサンダーに聞いたけど、記憶を持っているのは恐らく…ガーネットの精霊だけだと言われた。

ただ自分達は…永きに渡り、真の英雄を待っていた、と。」


首に下がっている赤い石を手のひらにのせてライトはまじまじと見る。

書庫の光が当たり、綺麗な真紅の光を発する石。

先程の夢も、このガーネットが見せたのだろうか、と想像する。


「争いの終わりを強く望んだのが、サハンの王だったから…力を持ったのかも、しれないな。」


このときライトは疑問に思っていたそうだ。

なればなぜ、この夢を今までの英雄達に見せてこなかったのか、と。

この夢を見ていれば、セインもより早く精霊ということに辿り着き、早く手を打てていたかもしれないというのに。


ライトがそんなことを考えているとき、ヤマトは全く別の事を考えていたそうだ。

争いの終わりを望んだサハンの王は男であり、レイティアの女王はそんな王に惹かれていた。

だが、結ばれることなくサハンの王は死に、レイティアの女王は涙に濡れる。

恐らく、ガーネットの保有者と、ローズクォーツの保有者は絶対に結ばれない運命がこのとき出来てしまったのだろう、と。

何故かはわからないが、それは世界の調整であり、セインとアイリスも結ばれることが無かった。

そして…目の前で笑い合うライトとイリスもまた、結ばれることがないのだと。


どんな形であれお互いを想い合っているというのに、因果なものだ…とヤマトは一人ため息を吐いた。


「どうしたの?ヤマト、怖い顔してる。」

「いや…なんでもない。気にするな。」


イリスに声を掛けられ我に帰るヤマト。

ライトを想うヤマトにとっては、イリスという存在が足枷であることに違いはない。

だが、ライトがイリスと結ばれないと解っても、いい気分ではない。

恐らく、イリスの居ない世界を生きるライトのことが想像出来ないからだ。

ライトが生きる意味と目的を失ってしまう姿を想像したくないからだ。


「また、怖い顔、してる。」

「…元々こういう顔だ。」


「…解ってるよ、結ばれないこと。

でもそれは、運命だけの話じゃない。」


イリスは強い瞳でヤマトを見上げた。

それでいて少し悲しそうな顔をしているのは、ヤマト自身が考えたことと同じことを感じたのだろう。


「私が選ぶの。そういう道を。」

「…決めているのか?」


「…私は、一国の姫だもの。

それに、自分で選んだ道に後悔なんてしないわ。」


そう言って笑顔を見せたイリスの瞳の奥底に強さを感じる。

いつからこの姫はこんなに強くなったのだろうか。


「貴方は、あの人を見てあげてて。危なっかしい、あの人だけを…。

それはきっと、貴方にしか出来ないから。」

「…あぁ、約束しよう。」


「ありがとう、ヤマト。」



笑顔でイリスはそう言って、皆に「そろそろ休もう」といって解散させていた。

リンもリーナも、「疲れた」といって書庫を出ていき、

シャルとクレインとイリスも、「おやすみ」と声をかけてそれぞれの部屋へ向かう。


「…イリスと、何を話していたんだ?」


最後に残ったライトは、同じく残っていたヤマトに尋ねる。

何故かその表情は不安そうなものだ。



「…秘密だ。」



イリスとヤマトが秘密の会話をしていたことが気に障ったのか、

ライトは少し不機嫌な表情を浮かべた。


「…そっか。」


「サハンの王は死ぬ間際、どんな感じだった?」



「…使命を果たして、スッキリした顔をしていた。


多分、疲れていたんだ。


人同士が争う世界に、自分が沢山の人を殺している事に。」



二人はしばらく無言になった。

どのくらいの時間が流れたのかはわからないが、

突然にふと、ヤマトが選ぶように言葉を紡ぐ。



「…お前は…どう感じると思う?」



「生きたい」と答えてほしかったのかもしれない。

皆がライトを生かすために今こうして危険を冒して旅をして居るのだ。

本人に一番、生きたいと願ってほしい。

しかし、俯いた目線は上がることはない。



「…輪廻を止めて、世界に人の作る平和をもたらしたい。

…だけど、そこに俺の生き死には…よく、解らない。」



もしもイリスが、魔王の居なくなった世界で、共に生きてほしいと強く願えば、

きっとライトは死んでも生き残る、と言うのだろう。

だが、イリスがそれを望んでいないことも解っているからこそ迷っているのだ。

それはイリスがライト自身の為を思っての決意であることは、おおよそ気づいていない様子である。


「なら何故、精霊化をしようとしている。」


「…そうしなければ、魔王の輪廻は止められないし、

今まで通り魔王に憑依されている人間を殺してしまうことになる。

それは俺の本意じゃない。」


「それは…イリスの望みだろう。」


「…叶えると約束した。」


「お前は、もう少し自分というものを持った方がいい。」


ヤマトの口調は先程よりも語尾が強くなっている。

苛立ちと焦りを含んだ口調に、ライトはゆっくりと顔をあげてヤマトの瞳を見た。


「確かに貫くべき信念も、強さもある。

…だが、そこにお前の意思は本当にあるのか?」


「本当の…意思?」


「お前の周りに居るものは皆、お前を死なせたくないと思っているのに、

何故お前はそれを強く望まない?

生きる意味や目的を持たない、

そんな生き方を、彼女はお前に望むのか?」


ずっと考えないようにしてきた事を、今日はよく考えさせられる日だ。

ライトは返す言葉も無く、立ち尽くしていた。








翌朝


ハイデルブルク城に招かれたときと同じように、一行は国王と謁見をして事情を話していた。

対応しているのは相変わらずイリスだ。


「そうか、行くのか。」

「はい、色々と手を掛けていただき、ありがとうございました。」

「フォートから船で渡り、ウォルタレスへ行くのであれば、これを持っていくがよい。」


国王は横に立っていたジェイクに指示を出すと、二通の書状をイリスへ手渡した。


「これがあれば、すぐに船も出してくれるだろう。

もう一通は、ウォルタレスで王と謁見するために使うとよい。」

「何から何まで…有難うございます。」


「落ち着いたらまた、こちらに顔を出してくれ。」


「はい、喜んで。」


城を出て、ハイデルブルクの街を後にするとき、騎士団が大々的に見送ってくれた。


「ライト殿、是非今度はうちの騎士団への指南をお願い致します。」

「…はい、ジェイク殿。自分で良ければ幾らでも。」


ジェイクはライトがドラゴンを倒したという話に大層感激していた。

二人は握手を交わして、城門を出る。




英雄達を歓迎し、手厚い待遇をしてくれたハイデルブルクを出発し、

次に向かうのは港町フォート。



英雄達の旅は、まだまだ続く。


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