Warm
「シャル、怪我は…してないか?」
「ぼ、僕より…ライトさんの方が、重症です…!」
氷が溶け、皆がライトとシャルのところへ駆け寄った。
リンがライトへ、リーナがシャルへ急いで回復魔法をかける。
「シャルの怪我は僕の魔法でも治ったよ。…全く、無茶するんだから!
死んじゃったらどうするんだよ!?」
リーナは両腰に手を当てて怒っていた。
だがその目は安堵故かうっすら涙が浮かんでいる。
「あはは…ごめん。」
「でも、少年のお陰で助かったのは事実だ。よく頑張ったな少年。
…っと、イリス、ライトに上級魔法は使えるかい?」
「あ…う、うん。もちろん…!」
リンの言葉にシャルは少し照れるが、ライトの様子を見ると、この窮地を脱することが出来たのはやはりライトのお陰だ。
リンの初級回復魔法では、体力が少し元に戻った程度だった。
自らの炎で負った火傷も、ドラゴンの攻撃を回避する際に負った数多の擦り傷も、
ほとんどが生々しいまま残っている。
「待て、魔力はほとんど残ってないだろう?
エクスヒーリング。」
クレインにずっと魔力を供給していたことから、イリスの魔力はほぼ残っていなかった。
使うとすれば、石の力を使わなければならないところだろう。
立ち上がったその素振りでも、足元が覚束ないのが解る。
すかさずクレインが支えに入っている。
クレイン自体は精霊化に成功したことで、魔力は殆ど回復しているだろう。
だが、体力と精神力はかなり消耗した様子で、少し顔色が悪い。
ヤマトは回復魔法は得意ではないが、タナトスの力を借りれば上級の回復魔法は使えた。
だが、イリスほど感覚的に丁寧な魔法は使えない。
殆どの傷は消えたが、火傷だけは治せない。
「レイ…大丈夫、大丈夫だ…。」
回復魔法を掛けても体力は全快ではなく、声はガラガラで、浮かべた笑みも辛そうだ。
「…立てるか?」
コクりとライトは頷くが、立ち上がるその動作は弱々しい。
ヤマトはすっとライトの脇に入り込むと、立ち上がるのを支えた。
感じる体重は、想像よりも遥かに軽い。
「…全く、無茶をする。」
「…あぁするしかない…って、レイも、解ってたんだろ?」
ヤマトは答えられない。
答えられないまま、皆の最後をゆっくりと着いてハイデルブルクまでの道を進み始めた。
「あのさぁ…クレイン、なんで森全体の氷が溶けちゃったの?」
リーナは少し重い空気を変えようと、クレインに尋ねた。
「あぁ…それは…」
≪私の魔力がここから無くなったからだ≫
突然現れた金髪の戦士。
クレインが精神世界で対峙した時よりもサイズは小さく、
タナトスと同じくらいのサイズに成っていた。
「…アレキサンダーだ。」
突然出てきた精霊に肩を竦めてクレインは言う。
≪元々私の魔力が原因でこの辺り一体は氷付いていた
魔物達の狂暴化も、もう収まっているだろう≫
強力な魔力が森を凍り付かせていたので、無くなってしまえば氷は途端に溶けたということだ。
だが、氷が溶けたと言っても雪が降っていることに違いはなく、気温はやはり低い。
「…寒くないか?」
「…少し、な。」
ヤマトは自分が着ていた防寒用のコートを脱ぎ、ライトに掛ける。
一回り大きいサイズのそれは、すっぽりとライトを覆った。
「…暖かい、な。」
いつもの数倍弱々しい声。
「ライトさん…。」
そんな姿をシャルは見て、泣きそうな顔でライトを見上げた。
強くて、カッコよくて、頼りになって、
だけれど女性であるライトに、守られてしまった。
悔しさと情けなさで、なんと声を掛けて良いか解らなかったが、
居ても立っても居られなかったのだ。
そんな胸中を察してか、ライトはシャルの頭に手を乗せ、笑顔を向ける。
「よく…頑張ったな。」
Warm
「僕…僕は…!」
「あんなの、誰だって…逃げたくなる相手だ。
よく立ち向かった。よく…俺と、クレインの事を…信じてくれたな。」
シャルは心のどこかで、ライトかクレインが何とかしてくれるだろうと信じていた節もある。
「でも…僕一人じゃ何も…」
「…ばーか。俺たちは、チームなんだよ。
仲間を信じて、戦えたことは…何よりも強い証だ。
お前みたいに…強くて優しい子が、背中にいるから、俺たちは…前に出て戦えるんだ。」
「な?」と、ヤマトに同意を求めて見上げると、ヤマトもしっかり頷いた。
かすれた声だったが、その言葉の端々にライトの優しさを感じる。
「俺たちは…命を掛けて戦ってる。
本当はお前のような子供を巻き込むべきではないんだ。
…だが、本当に強くなったな、シャルロット。」
足がすくんだ。
本当は逃げ出したかった。
だけど…きっと後悔すると思った。
「僕…役に、立って…ますか…?」
シャルは堪えていた涙を堪えきる事ができなかった。
一度決壊した涙腺からは、とめどなく涙が流れてくる。
その声に気づいて、前を歩いていた皆も気づいて足を止め、振り返った。
ライトとヤマトは少し戸惑いの表情を浮かべている。
ライトはなんと言葉を掛けようか悩む。
この少年に掛けてやりたい言葉は山ほどあった。
「…シャル、そんな、悲しい事…言わないでくれ。」
その言葉にはっとシャルは顔をあげる。
ボロボロに傷ついて、ヤマトに支えられなければ立っていることすらやっとの英雄。
船の上でその姿に憧れて、半ば無理矢理ついてきた。
一生懸命役に立とうと、魔法を、そしてその他の自分に出来ることをやって来た。
逃げたことなんて無かった。
だけど、ここに居ていいのかずっと解らなかった。
また突然目の前から、誰かが離れていってしまうのが怖かった。
「大事な…仲間なんだよ、お前は。
…誰一人だって、ここから欠けては…駄目なんだ。」
ライトは振り替えってこちらを見ている皆の目をそれぞれまっすぐ見つめた。
石が引き合わせた不思議な巡り合わせ。
出会ってすぐの頃に比べれば、随分仲間意識が深くなっている。
「だから俺は、全力で守るんだ。」
「ライト~、それは、ダメ。」
ニコニコと笑顔を浮かべて、だけど少し呆れた声イリスが言う。
他の仲間たちも同じような顔をしていた。
「私たちにとっても、ライトが欠けちゃダメなんだよ。」
「その通り、まぁ、今回は助けられちゃったけど、少しは俺らの事も頼ってほしいもんだよ?」
「ちょっと今回はヒヤヒヤさせられたよね~…っていうか、その傷も生々しいし…。」
イリスに続けて、リンとリーナも呆れ声を出している。
「お前は何でもかんでも背負いすぎなんだよな。…そんなに俺らが頼りねぇか?」
「…こんな調子だ、常に中央で戦況を見渡せるお前が…ライトの事を見てやってくれ、シャルロット。」
シャルは涙で顔をぐしゃぐしゃにしながらも、笑顔で頷いていた。
こんなに暖かい場所に、出会えたことが本当に嬉しかった。
この瞬間、真の意味で英雄達の仲間になれた気がしていた。
「…悪かったな、突っ走って。」
そう言って少し拗ねたライトの話は置いておこう。
行きは何度も戦闘を行ったが、帰りは殆ど戦闘をすることなくハイデルブルクに着いていた。
裏門の入り口には、警備の兵がおり、英雄達の姿を見て急いで門を開けてくれた。
飛んでくるようにジェイクも現れ、驚きの声を上げる。
「一体…何があったのですか…?
森の氷も溶けてしまって、見たところ大きな戦闘でも…?」
「詳しい話は、負傷した仲間の治療の後でも大丈夫か?」
「はっ、では急いで治療室へ。」
クレインの言葉を受けて、ジェイクは治療室への案内を促した。
城の兵士たちも手伝い、ライトとイリスは真っ先に運ばれる。
シャルも横になるよう促されたが、リーナの回復魔法で殆ど傷は癒えていたので断った。
「ライト、火傷…大丈夫?」
白い治療室で、隣同士横になるライトとイリス。
しばらく横になって、治療を受けていた。
ハイデルブルクの治癒術師達が、丁寧に回復魔法を使用してくれたお陰で二人の体力は全快に向かっている。
他の仲間達は、色々国王への報告や、精霊についての調べ物などで部屋にはいなかった。
イリスはベッドの上で上体を起こして、大火傷を負っているライトの右腕を不安そうに見つめる。
ヤマトの上級回復魔法のお陰で、傷自体は癒えているが、痕は残ってしまっているのだ。
炎を描くように、まるで紋様のような傷跡になってしまった。
「…ごめんね、私が回復してあげられたら…。」
回復魔法は有能だ。
大体の怪我はイリスほどの治癒術師であれば何でも直せる。
命さえ繋がっていれば、大体のことはなんとかなってしまうのだ。
もしあの時、イリスが治癒術を使っていれば痕が残ることなく治せただろう。
それこそが得意系統の真髄だ。
だが、一度治された怪我を、痕を消すために更に治療するということは出来なかった。
「大丈夫、自分で付けた物だし、そのうちこの痕も消えるさ。
…誰も欠けなかった、それだけで十分だ。」
「ねぇ、貴女はそうやって…仲間のために命を掛けてくれる。
…だけど、貴女が仲間を助けようとして、貴女自身がどうしようもない事態になったら、どうするの?」
氷の森では、辛そうな顔と声を出していたが、それはもう殆ど無かった。
ハイデルブルクの治癒術師の尽力もあるが、
戦闘種族特有の力なのか、体力などの回復が著しく早くなっているといつだか言っていた。
だが、イリスはそんなライトの自己犠牲的な姿勢を心配していた。
仲間のピンチには、自己を省みずに突っ込んでいってしまう、
いくら体力の回復や怪我の治りが早い戦闘種族になったといえど、不死ではない。
だけど、それでもしライトがピンチになったとき、助けてあげられるのだろうか。
先程皆から戒められていたが、恐らくライトは同じような状況になったらまた同じことをする。
「…俺が守れないものは、レイが守ってくれる。」
呟くように紡ぎ出た言葉。
それは、イリスを嫉妬させるには十分すぎる言葉であったが、
それしか方法がないという悔しさの方が大きかった。
今回もライトの気持ちを汲んで、背中を押すことしか自分には出来なかったからだ。
「私だって、貴女に何かあったら守ってあげたい。」
「それでも俺は、真っ先にイリスを守る。それこそ…命を掛けて。」
守られてばかりなのだ。
守らせてくれようとはしない。
「どうして?それは私が…レイティアの姫だから?」
身体を少し乗り出して、語尾も強くなるイリス。
お互い負傷している状況で、こんな話をするべきではないと解っていたのだが、
それでも言葉が止まらなかったのだという。
氷の森から帰ってくる道中、ヤマトを見るライトの目は、信頼で溢れていた。
二人の中で通じ合う何かを感じ取ってしまったから、と。
「…違う。」
「じゃあどうして?私が…弱いから?
守ってもらうには頼り無さすぎる?
そういうことなの?」
「違う!」
言葉の勢いでライトは上体を起こしてイリスを見ている。
遮るような声に、イリスも驚いてライトの目を見る。
真っ赤な目。
信念を持った、真紅の瞳。
吸い込まれそうな緋。
いつからだろう?
ライトがこんなにも意思を持った目をするようになったのは。
「俺は…レイティアに居たから、
イリスに出会えたから、ここまで来れたんだ。
初めて出会ったときを覚えてるか?
俺は多分…何も希望なんて持ってなかった、死んだような目をしていたと思う。
だけど…イリスに出会って、俺にたくさんの感情をくれて、楽しくて充実した日々をくれた。
…だから思ったんだ。
俺にいろんな感情と、力をくれたイリスの事を守りたいって。
世界で一番大切な人を守りたいって思った。
だから俺は…強くなれたんだ。
その意味と、目的を無くしたくない。
…だから、守らせてください。命を掛けて、俺に…貴女を。」
段々と言葉は小さくなって、真っ直ぐに見つめられていた目線は、
懇願するように下に向けられていた。
前にも、ライトが女性だと知った後、似たような事を言われた。
はっきりと、『愛している』と。
それは家族としての言葉だったけれど、思わず勘違いしてしまいそうになる。
目の前のライトが、やはり男性に見えてしまう。
けれど、イリスはこのときはっきりと思ったのだそうだ。
『このままでは、ダメだ』と。
イリス自身も抱き続けてきた悩みを、ライトにぶつけてはいけない。
一国の姫として、この先未来を担う人間として、
自分自身も心を決めなければならない、と。
「…貴女の気持ちは、解りました。」
ライトの顔がゆっくりと上がる。
お互いが敬語を使うとき、それは常に主従である事を意識させられる距離感。
「だけど、一つだけ聞かせて頂けますか。
貴女は、この旅の終わりも…ずっとこの先も、
レイティアに、私に遣えるつもりですか?」
ライトの瞳が揺らぐ。
迷っているのだと、イリスは確信する。
「…姫様が、それを望まれるのであれば。」
「それならば貴女も、自らの道を…そろそろ探して下さい。」
主従としての二人の会話はそこで終わる。
魔力の回復はまだ足りなかったが、体力は元に戻っている。
魔力の枯渇でふらふらだった身体も、少し休んだことでどうということも無くなっている。
ベッドからゆっくりと降りて、ライトの横で立つ。
「と、言うことで私は皆のところに戻るね。」
いつも通りのイリス。
仲間として、明るい笑顔を向けてくれるイリス。
「ねぇ、ライト。私を守ってくれるのは、貴女だけじゃないから。」
少し悪戯な笑みを浮かべてライトに言葉を放つ。
「だからもっと、自分の事…考えて良いんだよ?
ライトが居なくなってしまったら、皆も辛いんだから。」
それだけ言うと、イリスは治療室から出ていく。
一人になったライトが窓から外を見ると、変わらない雪景色。
「…姫様を変えたのは、クレイン…か。」
あまり考えてこなかった、この旅の先の事をぼんやりとライトは考えてみる。
それでもやはり具体的なビジョンは見えなかった。
考えたことなど無かったのだ
死ぬと思っていたから。
今でも、死ぬ可能性を拭っていないから
旅の始まりよりも、着実に強くなっていくイリスを見て、
少しの寂しさを感じずには居られない。
世界から置いていかれている気分だ。
ライトはもう一度白いベッドに横になる。
気づいたら寝てしまっていた。
「クレイン!」
「イリス、身体はもう平気なのか?」
「うん、もうばっちりだよ。」
城の書庫に皆がいた。
広いテーブルに、大小様々な本がたくさん積み重なっている。
その椅子に座って、漁るように読んでいるのはシャルとヤマトだ。
戦闘種族の住んでいた街は研究者が沢山いたので、ヤマトもきっと研究などは得意なのだろう。
まるで周りの事など見えておらず、集中している視線の先は文字の羅列。
それを凄い勢いで読み取っているのは、目の動きを見れば何となく察せられた。
「なんか…ヤマト、ちょっと意外な姿だね。」
「そうだな。…だから、俺たちは本を探すほう担当だ。」
書庫自体非常に広大で、何階まであるのかわからない。
階段も沢山あって、背の高い本棚も沢山あり、梯子も至るところに架かっている。
「どんな本を探しているの?」
「僕は世界の歴史系担当ー。」
「俺は少年の両親が残した本が他にもないか探してるとこ。」
フィアリス夫妻の書物に関しては、大多数を城の者が探してくれていたが、
他にも関連書などがないか探しているようだ。
「シオンは平気か」
本から一切目を離すことなく、ヤマトはイリスに声をかけた。
先程まで全く言葉を発する気配が無かったのに、内心とても心配しているのだろう。
「…少し、休ませてあげようと思って、部屋においてきたけど…」
「…そうか。」
そこから先はまた一切話さなくなってしまった。
気づけばそのまま夜遅くまで皆でそこに居ることとなる。
次は何処に行けばいいのか
次の魔力溜まりはどこへあるのか
「なぁ、ヤマト。親父達はなんで精霊という結論に行き着いたんだ?」
「…世界の成り立ちから、そう仮定した、と聞いている。」
クレインの突然の疑問に、ヤマトは本から目を離して思い出しながら答える。
「世界の成り立ち…って、私たちが知る世界は、魔王が輪廻する世界だけど…
それと関係あるのかな?」
「そもそも、魔王の輪廻っていつから始まったんだ?初めから?」
イリスもクレインもヤマトを見ている。
気づけば他の面々も作業の手を止めてヤマトの方を向いていた。
「ここにある歴史本を読む限りだと、魔王が出現してからの歴史しか記載がない。
それとも何か…なにか見落としているのか?」
机の上には難しい本が山のように積んである。
これをヤマトと同じくらいのペースで読み進めていくシャルという少年にも感服させられる。
「シャルのほうはどうなの?なにか解った?」
リーナはずっと考え込んでいる様子のシャルにも声をかけた。
「うーん…正直両親の残した文献は、既に僕たちが知っている事が殆どだよ。
魔法の詠唱を簡略化する理論とか、魔法の仕組みとか。」
「そもそも魔法って、空気の様に散らばってる魔力を、肉体を通じて魔力を纏めて、放つんだよね?」
どこかの文献にそのまま載っていそうな一文を思い出すようにイリスが発する。
するとシャルは頷いて、付け加えた。
「その肉体で魔力を纏める事の出来る総量が、個々人の魔力になります。
この魔法や魔力という概念も太古からありますね。」
うーん
皆はまた頭を悩ませた。
石に導かれた自分達は、仲間を集めたので魔王カルヴァスに挑む資格が既にある。
だが、それではラグナガンの英雄つまりライトが死ぬ可能性があることから立ち往生している。
そうして頭を捻っている間に、リンがふと「そういえば」と空気を割った。
「石の力を放っても死なないために、頑丈な体にするために戦闘種族にライトはなったんだろう?
じゃあ、今力を解放しても、ライトって死なないんじゃないの?」
「…戦闘種族とはいえ不死ではない。
5つの石の力を使って聖なる光を放てば、生き残れる可能性は薄いだろう。
そもそも普通の人間が放てば、100%その生命力を奪ってしまう大魔法だ。」
「じゃあ、石を精霊化して、精霊の力を自由に使えれば、普通の人間でも大丈夫ってこと?」
「…先例が無いから解らないが…。
少なくとも先の戦闘のシオンは、戦闘種族でなければ、魔力を高めて氷を砕いた当たりで力尽きていてもおかしくはない。
…あのあと、気力だけであの戦いは出来ないだろう。
精霊の加護があったとしても、それと体力的な問題は別物だ。」
勤めて冷静に言葉を選んでいる様子だ。
ヤマト自身認めたくないという気持ちもあるのだろう。
ライトを戦闘種族にせずに済んだのでは、という可能性を。
あんな悲しい思いをさせなくても良かったのではないか、と。
「最もシオンは、初めから死の螺旋を脱するために戦闘種族とされることがほぼ決まっていた。
…親父達が精霊化に気づいたのは、戦乱が終わる少し前だと聞いている。」
「ふぅん…」とリンは納得したようなそうでないような顔をする。
「失礼します。」
突然6人の中に入ってきた新たな一人。
色々と世話を焼いてくれている侍女の一人だった。
「皆様、差し出た真似とは存じ上げておりますが…こちらを。」
彼女が持ってきたのは一冊の本だ。
だが、今まで読んできた難しいものとは打って変わって、それは絵本だった。
「かつてセイン様がこの本をご覧になられて…なにかを思い付いたようにアカギ様と話していらっしゃいました。」
「…あ、この本…。」
懐かしいものを見るようにシャルが受けとる。
古ぼけたその本を開くと、決して上手とは言えない絵と、子供向けの文章が描かれていた。




