Frozen
「きっとお姫様は綺麗だったんだろうね」
少女は、うっとりとした表情でその状況を想像している。
横にいる少年はそんな少女の様子をチラチラ見ながら、
想像するのは、エスコートする側としての嗜みだろうか。
この子達は毎日ここに来ている。
どこの子達かは知らないが、毎日聞いてくれるお客さんがいるというのは嬉しいものだ。
「あぁ、とても綺麗だったよ。騎士様もね。」
「見てみたいなぁ~!!」
少女は相変わらず英雄ライトのファンだった。
「次は?ねぇ次はどこへいったの?」
少年は相変わらず冒険譚を求めた。
「氷の森で…大激戦だったよ。」
Frozen
「氷の森へ入られるのであれば、こちらをどうぞ。
ハイデルブルク製のコートですので、防寒対策はバッチリです。」
出発前、侍女から全員分のコートを受け取った。
確かに他の国で売られている厚めのコートよりも、軽くて暖かい。
「城には戻って参られますか?」
「まだ調べ終わってないこともあるので、その予定です。」
ライトは侍女へ答える。
彼女はこの城の中で女性だと知れ渡っているが、ライトの振る舞いはやはり男性騎士のようで、
女性達はその立ち振舞いにときめきを隠さない。
ライト達が戻ってくると聞いた侍女も、僅かだが顔を明るくしている。
「では、お戻りの時には、フィアリス夫妻の書籍も集めておきましょう。」
「助かります。」
ライトは彼女に一礼すると、仲間達を伴って、城の裏側に回った。
裏門の先は直ぐに氷の森だ。
「クレイン、何か思うことはないか。」
森を目の前にして、ヤマトはクレインに尋ねた。
「…気のせいかもしれないけど、エメラルドを通して魔力が吸われている気がする。」
「それでいい。…最初の精霊化はクレインだな。」
森の中の魔物達は、確かに外に居るものより狂暴だった。
木々に覆われた森で、その隙間から姿を表すが、
それ自体はここまで旅をしてきたライト達にとって敵ではない。
いつも通りの陣形で進んでいく。
「で、精霊化ってどうやるんだ?」
「基本的には石を持つ英雄二人で行う。」
ヤマトの説明はこうだった。
精霊化する石を持つ英雄は、基本的に精霊化をする間は無防備で、意識も失ってしまうらしい。
その間、エメラルドを通して魔力を吸われ続けるから、枯渇してしまわないように、
もう一人の英雄が魔力を注ぐ、という流れだ。
「魔力を注ぐって、どうやるの?」
イリスの問いに、ヤマトは「簡単なことだ」と言って、丁度横にいたライトの手を握る。
「肌で触れるだけでいい。まぁ、一番簡単で、安定した供給ができるのがこの方法だ。」
「…レイ、やるにしろ突然はやめてくれ。」
「ふぅん…安定した供給って?」
ヤマトはやや冷徹なイリスの視線を受けて、ライトの手を離す。
「触れる場所、相手を思う気持ちの強さ、気持ちを込めれば込めるほど、
一気に魔力を供給したり、少し供給したり、そういうことができる。」
リンはシャルに魔力供給した時を思い出した。
あのとき少年の胸に手を当てたが、直接触れた訳ではないから、本当に足りなかった分の少ししか与えてないことになる。
「魔力はある意味生命の源の一部でもある。
魔力が完全に枯渇すれば、命にも関わりかねない。
特に戦いの場では、魔力が無ければ、直接攻撃を防ぐ最後の手段もなくなってしまうからな。」
「ヤマトはどうやって精霊化させたの?」
リーナは尋ねる。
ハイネスで行動を共にしてから、戦闘種族に対する警戒心は無くなっていた。
ヤマトという人間がどのような人間か解ってからは、何となく話しやすい相手になっている。
積極的な口数が少ないだけで、冷たい人間ではない。
「俺が精霊化させたときは、周りに石を持った英雄はいなかった。
だから、単純に魔力量が多かった親父と…あとは、その仲間だったリンの母親の力を借りた。」
石はすでにそのとき後世…つまり自分達に引き継がれていたから、二人から魔力供給を受けたのだという。
「へぇ、母さんが。」
「…精霊化という理論にたどり着いたのはセインさんと親父だ。
その理論を実証するために、セインさんとその仲間は…全員協力を惜しまなかったからな。」
セインがいない今、それを引き継げるのは当時の仲間と、自分達しかいない。
「ッ…」
そんな話をしながら奥に進んでいると、突然クレインの足が留まり、片膝を付く。
「クレイン、大丈夫?!」
イリスがそれに気づいて、身体を支えてあげている。
「なんだ…これ…。魔力が……凄ぇ勢いで…引っ張られる…。」
普段石の力を使って激しい戦闘をしてしまうと、激しい疲労感に襲われる。
戦っていないのに、それ以上の疲労感が突然襲ってきたのだという。
「シャル、借りてきた地図だと…最奥まであとどのくらいだ?」
「えっと…もう少しです。もう、すぐこの先です!」
ライトに言われシャルがさっと地図を確認すると、すぐ先が目的地、
氷の森の最奥の、氷の湖。
「クレインへの魔力供給は…」
「私、やる。…やりたい。」
イリスが間髪いれずに名乗り出たので、ライトも頷く。
クレインに対する思いも色々と強いのだろう。
きっと相性はいいはずだ。
「クレインへの魔力を供給はイリスに任せる。
その間ヒーラーが不在になるが…いざってときはリーナとリンは回復魔法担当で。」
精霊化に二人を必要とするとはライトは想像していなかった展開だったが、すぐに判断を下した。
リーナとリンとシャルでメインの魔法を使ってもらい、ヤマトとライトで前線を担当すればいい。
皆が頷き、リンがクレインの身体を支えさらに奥に進むと、地図の通り湖があった。
森の中に、巨大な氷を貼った湖とは、不思議な光景だった。
その脇に、人一人分より大きいであろう氷が聳え立っており、エメラルドと呼応するように緑色に淡く光っていた。
「あそこだ。」
ヤマトに指示された通り、クレインはその場所の目の前まで行く。
横にはイリスが居て、手を繋いで魔力を供給している。
「…負けるなよ。」
ヤマトが小声でクレインに言うと、「解った」と答える前にクレインは意識を失い膝から崩れ落ちた。
イリスも横に座り、心配そうにクレインを見ながら、手はしっかり握っている。
「…これは、どうなるんだ?」
「今クレインは、意識の深淵でエメラルドの精霊と対峙している。
…精霊の試練だ。それに耐えれば……」
そこでヤマトは異変に気がついた。
クレインから目線を外し、空を見上げる。
ここは木々が開けていて、空が見える。
そして、聞いたこともない魔物の声が響き渡った。
キィィィィィィィエェェェェェェェ
叫び声と共に、その空を飛ぶ巨大な魔物は氷のブレスを吐いた。
ヤマトは瞬時に目の前のクレインとイリスの盾となり、
リーナとリンは自ら魔法で防御姿勢をとり、
ライトは反応しきれなかったシャルを遠くに突き飛ばし、何とか自分も防御魔法を発動させた。
だが、ここは魔力濃度が非常に高い場所、通常のブレスの何倍も威力があった。
突き飛ばされたシャルが振り返ってみると、ライトも、ヤマトも、リンもリーナも、氷で手足を固められてしまった光景が見えた。
クレインは意識がないし、イリスも身動きはとれなくなっている。
「ライトさん!!!」
「シャル!逃げろ!!!」
声が聞こえたのは不幸中の幸い。
ライトは迷うことなくシャルにそういった。
その言葉の意味をシャルは一瞬理解できなかったが、上空を見てすべて悟る。
巨大な奇声を上げ、氷のブレスで英雄たちを一瞬にして行動不能とした、空を飛ぶ巨大な魔物…
「ドラゴン…。」
「一人じゃ無理だ!退け!!」
いつになく切迫した声が聞こえてくる。
僕があのとき、反応できていればライトさんは回避できる位置だったのだろうか…
僕がこの窮地を、招いたのだろうか…
ライトさんが自由の身なら、ヤマトさんでさえ逃げろとは言わないだろう。
戦って勝てる可能性か、クレインさんが目覚めるまでの時間稼ぎは出来たはず。
僕のせいだ…
弱い僕の…
「少年!なにやってんの?逃げなって!」
「そうだよ!シャル一人じゃ勝てないよ!」
リンさんも、リーナも僕に逃げろと言う。
僕は戦場を走り回れないから、大魔法の詠唱などしている間に殺されてしまうだろう。
ヤマトさんは何も言わずじっとこちらを見ている。逃げろといっているようだ。
でも、それでいいのか?
僕は、なんのためにライトさんたちに付いてきたんだ?
『セインの子から、学ぶといい。
強さを、生きるという意味を、自分が成すべき使命を、貴様にしかできない…なにかを。』
アカギから受けた言葉を思い出して、
シャルは、よろよろと立ち上がった。
こんなとき、ライトさんならどうする?
決まっている。
絶望的な状況にも立ち向かう。
「よせ!止めてくれ…!!!」
こんなに焦った声を出すライトさんを初めて見たかもしれない。
その声を他所に、僕はドラゴンに向かい合った。
高いところでホバリングを続けるドラゴンは、こちらを見ている。
少なくとも、直ぐに氷で動きを止めた仲間達を攻撃する意思は無さそうだ。
僕は、魔術本を開いた。
僕の武器は魔法だ。
魔力を増幅させる武器である本を開いて、炎の魔法のページを開く。
「シャル!!」
「ライトさん!僕…戦います…!!」
「止めろ!…一個師団でも、負けるほどの相手だぞ…!!」
「ライトさん、言いましたよね?
『強くなりたいなら、守らない』って!
僕、強くなりたいんです!!」
そうだ、僕は強くなりたいからここに来た。
だけど、ずっと守られてばかりだった。
「…シャル…。
確かに言ったけど…。」
僕は、ドラゴンに対峙した。
奇声をあげて、低空飛行でこちらに立ち向かってくる。
僕は横に回転するように飛んで避けた。
教えてもらった受け身の取り方はちゃんと出来ているから、ダメージはない。
その間も詠唱をして、魔法を放つ。
「ファイアボール!!」
火の玉を3発ドラゴンに向けて放つが、ダメージはあまりないようだ。
だが、一発を敢えてドラゴンから逸らして、ライトさん達を拘束している氷にぶつける。
少し溶けたような気配があるが、全くダメだった。
僕は、とりあえず時間を稼ぐことに決めた。
「…クソ、なんとかなんないのか…!!」
ヤマトはこんなにも取り乱すライトの姿を見たことがなかった。
「気持ちはわかるけど、落ち着かないと良い策も思い浮かばないよ…!!」
リーナもなだめようとするが、リーナ自身も取り乱しているように見える。
この場を切り抜けるための秘策…。
ヤマトはひとつ思い浮かんだが、直ぐにその考えを捨てた。
あまりにもリスクが大きすぎる。
しかし、何かを思い付いたのかライトは一瞬黙り込む。
「…シオン!お前、まさか…!!」
「…魔法を固定化出来るなら、これだって…可能なはずだろ…?」
ヤマトが首だけ動かしてライトを見ると、右手から赤い光が見えた。
ヤマト自身も考えた、ひとつの考え。
ライトの身体に負担は大きいが、この場を乗り切れる唯一の策。
「おい…!それって、無茶苦茶だろ…!!」
「…集中させてくれ。」
リンの制止も一切聞き入れなかった。
目の前でシャルは今も交戦している。
ドラゴンなど、滅多にエンカウントすることはないが、
例えばレイティアの騎士団ですら、一個師団全滅する可能性のある相手に、
少年が一人で挑んでいるのだ。
詠唱がほとんど必要ない初級魔法で撹乱して、攻撃はなんとかギリギリで避けている。
何度も汗を拭い、身体の痛みと戦っている様子が見える。
そんな少年一人に戦わせておいて、黙って見ていられる程ライトは冷静ではない。
「ライト…!」
「イリス…俺は…!!」
「…あなたの思うように、すれば良いと思う。
止めたって止まらないんでしょう?
なら、助けなさい!ライト!!!」
イリスの言葉はライトに大きな力を与える。
それが例え無謀な案だとしても、ここで試さないと後悔してしまう。
イリスはライトの気持ちを理解しているようだ。
恐らく一番それを止めたいのもイリスだろうが、それでも背中を押す。
ライトの得意系統は炎だ。
シャルの初級魔法では打ち砕けない氷だったが、魔力が誰よりも多くある自分の力であればあるいは、と考える。
利き手である右手から、魔力を集中させる。
炎を体に纏うイメージで、順番にそれは右手から腕、首周辺、左腕から左手に掛けて、
少しずつそのコントロールも上手くなってきた。
利き腕である右側は、自身の強大な炎の力をコントロールし切れず、少し火傷をしてしまったが、
そんなものは後から治してもらえば良い。
防御をするという事が、一切頭にない。
この氷を溶かすほどの大魔力の炎で、自らを覆う。
「シオン、よせ、お前の身体が持たない…!!」
「…大丈夫、だ。…その為に、俺は…戦闘種族になったんだ…!!」
内側からジリジリと炎は猛り、その炎はライトを覆う氷を少しずつ溶かしていく。
シャルが撹乱してくれているお陰で、ドラゴンは気づいていないようだ。
シャルが辛うじて立っているという状況を見て、ライトはさらに魔力を強めた。
「…ガーネット、力を貸せ。」
それは禁忌の言葉である。
魔力を増幅させる代わりに、使用者の体力や生命力を奪う最後の手段。
「うあぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」
力を振り絞ったライトの叫びと同時に、ライトを覆っていた氷は砕け散った。
ヤマトがその姿を確認すると、右腕はほとんどの箇所を火傷している。
それ以外の場所はある程度魔法のコントロールが出来たのだろうが、
ハイデルブルクで借りた防寒用のコートは殆ど焼けて無くなってしまっている。
普段旅をしているときのスタイルだが、寒さなど感じていないようだ。
そしてガーネットを聖剣ラグナガンに変え、空高く飛ぶ敵へ向かっていった。
「シャル!俺が時間を稼ぐ!俺に合わせて大魔法を使え!!」
「は…はい…!!」
ライトは広い氷の湖を剣を持って走り回る。
ドラゴンはその姿を追って、ブレスを吐いたり、突進を仕掛けたりするが、
巨大な図体ではライトの早さには追い付くことができていない。
「シャル!行けるか?!」
「…いつでも!!」
ライトは元々魔法のセンスがある。
記憶を失う前も完全なコントロールの元で魔法を使っていた。
自然とそれは使えたのだろう。
聖剣ラグナガンに魔法を纏わせる力、魔法剣だった。
「ブースト!」
更に自身の脚力を増幅させる魔法を使い、一度のジャンプで空高くへ舞い上がった。
炎を纏った剣を避けようと、ドラゴンも大きな翼を翻そうとするが、
その翼が届く位置よりも高く、ライトがいた。
「いっけぇぇぇぇぇぇ!!!!!!!
インフェルノ・ブレード!!!!!!」
大きな炎を纏った剣が、ドラゴンより高い位置から背中に突き刺さる。
「エンシェント・バースト!!」
同時にシャルの炎魔法が、上空からドラゴンを額部分を一直線に撃つ。
ライトが初めて魔法を使ったときに、集団を蹴散らすために、魔法を広域に広げたが、
シャルはその力を集約して、ドラゴンの額にぶつけた。
ドラゴンはよろよろと上空から下降をし、氷の湖に大きな音を立てて墜落した。
その質量は、固い氷の湖にヒビを入れてしまうほどだ。
ライトは剣を抜き、ドラゴンから離れヤマト達の前で両膝をついて息を荒げている。
シャルはそこに駆け寄る。
だが、氷が溶けることは無かった。
つまり、まだドラゴンは仕留められていない事を意味する。
ライトは死力を尽くして、魔力もほとんど枯渇しているだろう。
シャルも、長期戦を一人で耐え抜いてきて、最後の大魔法でその体力は限界を迎えているようだ。
「おっせぇんだよ…シュウ。」
「…悪ィ。ヒーローはいつも遅れるんでな。」
だが、希望は失われたわけではなかった。
そう、二人の健闘は時間稼ぎだ。
「エレクトリック・バースト」
静かなその声の後、巨大な雷が上空からドラゴンを目掛けて落ちた。
それと同時に湖の氷は砕けちって、水の中にドラゴンは落ち、
雷撃は水と混じりあって更に強力な力となってドラゴンを穿つ。
氷はすべて砕けた。
仲間達を凍らせていた氷も、氷の湖を作っていた氷も、
そして森を凍らせていた氷すらも全て溶けてしまった。
クレインは意識を失った瞬間、暗い世界にいた。
周りを見渡しても何も見えない、真っ暗な世界。
「ここは…?」
突然まばゆい緑色の光が現れ、右腕で目を覆う。
「初めましてだな。」
突然聞こえる声に、腕を目から離す。
目の前には、仁王立ちの男がいた。
「…はっ、精霊って割りには、どうにも男臭いな。」
「ふん、威勢がいいな、たかが人間の癖に。」
タナトスは精霊といわれても納得の行くような出で立ちだった。
だが、目の前の男は、どちらかというと歴戦の戦士というような見た目だ。
金色の髪は逆立って、服は白銀の甲冑を身に纏い、腰に剣を差している。
身長はクレインと同じくらいだ。
「そうだ、たかが人間なんだよ。だから、力を借りに来た。」
「貴様のような人間に、なぜ力を貸さねばならぬ。」
「世界を守るためだろ。」
「守りたいと本当に思っているのか?」
間髪いれずに返ってきた問い。
精霊は、その立派な剣をクレインに向け構えた。
だが、クレインが怯む事はない。
「人間というのは強欲だ。
力を欲し、その力をいつも使い方を誤る。
故に…世界は常に混沌にまみれている。」
クレインは答えない。
探し続けてきた答えを、こんなに早く求められるとは思っていなかった。
「人に世界は守れぬ。
なればこそ、常に世界は英雄を求める。」
「英雄だって突き詰めれば人じゃないか。」
「ラグナガンの英雄は人としては生きられぬ。
死ぬ運命にあるものを、人と果たして呼べるのか。」
「ライトは人だ。たった一人の人間なんだ。
殺させねぇよ、世界なんかに。」
「ほう…」と感情を露にしつつあるクレインを面白そうに見ている。
エメラルドという石を通して、この男の事は見てきた。
感情豊かで、とある思いを秘めている男。
迷いはあるが、流されるような男ではない。
「ならばお前はどちらを取る?」
「はぁ?」
「姫か、騎士か。
貴様はそれほど強くもない、両方守ることなど出来まい?」
「…ライトは、ダチだ。俺とあいつはいつだって対等なんだ。
俺が守る必要なんかないって解ってんだ。」
「なれば何故、守ろうとした。」
「そうでもしなきゃ、俺が戦う意味が無かったからさ。」
一国の騎士団長でありながら、戦う意味を見いだせなかった愚かな男。
守りたいものもなく、守った先の目的も見失った。
友人であり、時にそれ以上の情愛を抱いた相手は、自分より遥かに強くなった。
そして、それを守ってくれる頼れる存在まで現れた。
この男は、友人を守ることが本当の意味では無いことに気がついた。
「だけど、やっと見つかった。」
そう、この男は見つけている。
真に生きる目的を。
「思ったほど弱くない奴だけど、真っ直ぐで、ずっとあいつの事が大好きで、
たまに危なっかしくて、優しくて…美しい。
理屈なんて解らねぇ。
けど、初めて自分から守りてぇって思った。」
「ほう…一人を守るために、世界の理を手に入れようとするか?」
「あぁ、そうだ。
あいつを守って、あいつが女王になれば…きっと世界は変わる。
英雄なんて居なくても、安寧をもたらせる。
そのくらいの力と強さと勇気を持った女王になる。
だから邪魔な魔王なんてぶっ飛ばして、輪廻なんてさせねぇ。
人が守る世界を、創れる。
それの何が悪い。」
ニヤリと笑みを浮かべた男の目は、自信に満ち溢れていた。
そして、自分自身の得意とする二丁銃をまっすぐに構えている。
石を手にしたときに比べて成長の程が伺える。
そしてかつての英雄達に比べても、随分変わって来た。
笑いが込み上げてきた。
「…何がおかしい。」
「どこまでも強欲な男よな…!!面白い…!!
姫を守って、世界を守って、最後は世界を手にいれるつもりか?」
「はっ、それは最高のシナリオだな!」
何百年も待ち続けてきた、真の英雄たち。
「行け、仲間の窮地を救って見せろ。
貴様の希望する力を貸そう。
荒れ狂う大地に突き刺さる雷鳴の力だ。」
クレインは外で起きている出来事を理解した。
脳のなかに直接映像が流れてくる。
氷付けにされた仲間たち
一人でドラゴンに立ち向かうシャル
氷を無理矢理溶かして振りほどくライト
「我に名を授けよ。」
高く飛んだライトから繰り出される魔法剣
炸裂するシャルの大魔法
それでも終わらない戦い
「その力、存分に使わせてもらう!
アレキサンダー!!」
唐突に意識は回復した。
寒いこの氷の湖で、掌だけは暖かい。
「クレインっ…!!」
「…イリス、ありがとう。」
「助け…られる…?」
「当たり前だ。」
石に干渉するように魔法を発動させようとしても、不思議と疲労感はない。
これが精霊の力か。
大魔法の詠唱も、ほとんどその時間を必要としないくらい早くなっている。
「エレクトリック・バースト」
精霊の力か、自力で発動するよりも威力は数倍強いだろう。
そして、仲間たちの氷は溶け、氷の森そのものの氷が溶けていった。




