Party
「あ…あの、姫様これは…」
先ほどからライトが辟易している。
姫らしく振舞うイリスに、つい反射的に騎士としての態度を取ってしまう位だ。
だが、それでもイリスは笑顔でライトに二着の服を見せている。
部屋には二人と、侍女が4人いた。
「ライトの髪は真っ赤だから、あんまり濃い色じゃない方がいいと思うの。」
「で、ですから姫様…エスコートは自分が…」
「あら、それじゃ男女比が合わないでしょう?」
「いえ、どちらにしてもリンが余ってしまうので構わないかと…」
イリスが見せているのは女性もののドレスだ。
片方は濃紺、もう片方は薄い水色。
「私たちは今日招かれてる側だわ。ちゃんとした振る舞いをしないと!」
「は…はい、それはそうですが…」
「…はぁ。」
煮え切らない態度のライトに、イリスはため息をついた。
しかし普段は決定力も行動力も発言力もあるライトが、こうも辟易している姿が少し面白くもある。
「主君命令よ。」
極上の笑顔でイリスはライトへ言い放ったのだ。
ライトはしぶしぶ頷き、「お任せします…」と項垂れるのであった。
Party
不謹慎だろうか。
世界を早急に救わねばならないというのに、正装をしてパーティの準備をしている。
だがこれも、今後北の大国ハイデルブルクと、東の大国レイティアの友好に関わってくることである。
無下にするわけにはいかないだろう。
「あんた、意外と似合うんだな。」
イリスとライト以外のメンバーは、着替えを終えて控え室に揃っていた。
今皆が着ている服は、ハイデルブルクで用意された物だが、ありとあらゆる数の中から全て選んだのはイリスである。
クレインは、左肩から胸元にかけて装飾が施されている、銀に近い白色のタキシードを着ている。
ヤマトはクレインと装飾は同様だが、色はダークグレーのタキシードを、
リンは装飾のないグレーのタキシードを着ている。
クレインとヤマトはきっちり中のシャツも着ているが、リンだけは第2ボタンまで開け、着崩している印象を受ける。
ちなみにシャルは子供用の濃紺のタキシードだ。
その中でクレインは、自分より背の高い男を少し見上げて皮肉っぽく言う。
「…そうか、初めてなんだが。」
皮肉に対してさしたる反応もせずに言葉を返すヤマト。
「こんな場には行ったこともなさそうなあんたに、エスコートなんかできんのか?」
「なんなら、教えるけど」と、呟くように付け加えたクレインはなんだかんだ面倒見がいいな、とシャルは思う。
「知識はあるが、実践はない。…そうしてくれると助かる。」
「…言っとくけど!あんたの為じゃないからな?ライトに恥をかかせない為だからな?」
念を押して言うクレインに、リンとリーナはにやにやしている。
敵意をむき出しにしながらも、クレインという男は優しいのだ。
そうしてあれこれとレクチャーを始めた。
騎士団長ということもあって、色々と経験があるのだろう、
レクチャーの為に見せる動きは鮮やかで、いつもの数倍はかっこ良く見えていた。
「俺はエスコートする女性が居ないから、ある意味選び放題だな~。」
事前の取り決めで、
イリスのエスコートはクレインが、
ライトのエスコートはヤマトが、
リーナのエスコートはサイズ的にシャルが、という話になっている。
「ま、そろそろお二人さんも出てくるだろうし、先に俺は会場に入って偵察しておきますわー。」
先程からリンは浮かれているが、暗殺者などが居ないとは限らない。
一応英雄達はすぐに武器が使えるよう、石を持っておくことにしている。
「あ、リン。暇だから僕も…」
イリスやライト程身長のないリーナも子供用の真っ赤なドレスを着ている。
靴はヒールを履いているのか、いつもより少しだけ高い。
普段は下ろされたままの銀の長髪は結い上げられ、パッと見ただけではどうなっているのか解らないほど複雑な髪型だが、
そこに添えられた大きな雪の結晶がモチーフの髪飾りは良く映えていて可愛らしい。
「だーめ。リーナは少年にちゃんとエスコートされて来な。」
そういってリンはひらひら手を降って外へ出ていった。
そのときリンはシャルに向かってウインクをする。
いつもの軽装とは違う服装で緑髪を靡かせるリンもやはりかっこ良く見えて、
そしてリーナをエスコートしなければならないという現実をつきつけられ、シャルの緊張は最高潮だった。
「ク、クレインさん。…僕にも、手解きお願いします…。」
クレインが振り返ると顔が真っ赤のシャルが見上げていたため、
なんだか可笑しくなって「解った解った」と笑って答えた。
しばらくはクレイン大先生のエスコート講座が開かれ、時間は過ぎていく。
リーナはエスコートされる側として途中まで話を聞いていたが、飽きてしまったのか椅子に座って足をぶらぶらしている。
ヤマトは元々知識があるとはいえ、運動能力が高いからか、エスコートの動作やなにからなにまで一度で吸収しており、
シャルはなんとか形になった、という段階に達したときだった。
控え室のドアが開き、桜色の豪勢なドレスを纏った美しい女性が現れた。
「皆様、お待たせしました。」
そのドレスよりやや色の濃い髪は、サイドに残した髪をくるりとゆるく巻き、
バックは編み上げてまとめられている。
トップには雪の結晶をモチーフとした小振りなティアラが乗っている。
「おぉ…」と感嘆の声を漏らしたのは恐らくクレイン。
「ふにゃぁ、イリス綺麗!やっぱりお姫様なんだね、凄く似合ってるよ~!」
「ふふ、ありがとう、リーナも可愛いわ。」
柔らかい笑顔で言うイリスは、別世界の人間にも見えてしまうほどだ。
「さぁ、ライトも早く。」
イリスの言葉に、息を飲んだのは恐らく全員。
イリスに続いて、スレンダーな水色のドレスを着たスタイルの良い綺麗な女性が現れた。
真紅の髪は、イリスと同じようにサイドの髪を残し、残りはサイドバックで纏められていた。
その髪もくるくる綺麗に巻いてあり、さらにこちらも小振りな雪の結晶のモチーフの髪飾りが添えてあり品を感じる。
イリスの印象をふわりとした柔らかい物で且つ気品のあるものだとするならば、
ライトの印象はややシャープで上品なものだろう。
「綺麗だな。」
いつも多く語らないヤマトが率直に、誰よりも早く感想を述べた。
「…恥ずかしいから、辞めてくれ…。」
「あら、ライト。言葉遣いがなっていませんよ?」
「…も、申し訳ありません…。」
頬を赤らめ、イリスに謝罪の言葉を述べるライトを見て、
彼女がラグナガンの英雄で、
戦闘種族の血を引き、
この中で一番最強だと、
解るものなど誰一人居ないだろう。
「姫様、お手を。」
クレインはすっとイリスの前に跪き、手のひらを上にして右手を差し出す。
イリスは躊躇う事なく自分の手のひらを軽く合わせて乗せた。
「よろしくお願い致します。」
「光栄です、このようにエスコートさせて頂ける事。」
「こちらこそ。」
絵になる二人であった。
クレインの左腕にイリスは腕を絡め、控え室を出て会場のほうへ歩みを進める。
「ヤマト、私の家族を…頼みました。」
「あぁ、任せてくれ。」
イリスは振り返る事なく、背後のヤマトに伝えた。
ライトの事となると二人はお互い平行線を辿る存在だが、妙なところで結託している。
二人とも、どんな形であれライトを大事に思う気持ちは恐らく同じなのだ。
一足先にパーティ会場に足を踏み入れていたリン。
会場内は賑わっていた。
広いダンスホールも備えた会場には、たくさんの食事や飲み物が用意してある。
今日急遽決まったことだというのに、準備が良いことこの上ない。
突然でも集まった周りの人々は、恐らくこの国の貴族階級の人間だろう。
適当に話をしつつ、食事を頂き、飲み交わした。
そしてリンの判断はこの会場に悪意を持つものは居ない。
万が一そのような者がいれば、ヤマトかライトは会場に入った瞬間何かしら感じるだろう。
悪意には敏感すぎる二人だ。
それにしても先程イリスとライトにはすれ違ったが、非常に美しかった。
イリスは姫として気品を元々備えているし、当たり前といえば当たり前で、想像の範疇だったが、
ライトは少々意外だった。
顔立ちは確かに整っているが、見たこともない女の顔をしていたから、少し戸惑った。
あの二人の事を、ここにいる男たちは放っておかないだろうとも思う。
イリスはライトを女性として出すか、男性として出すか、という話になったとき、真っ先に女性、と答えた。
この場ではイリスの発言力は絶対だから反対するものは本人以外いなかったが、
その理由が、「ライトにこれ以上女性ファンを増やしたくない」だと言うことには度肝を抜かれる思いだった。
あの姿じゃ男性ファンが増えるだろうに、とリンは思うのだが、
その辺りは恐らくヤマトが上手くやるだろう、という信頼がきっとあるのだ。
この二人に何かあれば自分もフォローしなければならないのだろう、と思うが、
それは仲間意識から来るものではない。
それぞれがそれぞれの胸のうちで抱く思いを垣間見るのが面白いからだ。
「皆、本日は急遽集まって貰い、感謝している。」
会話を楽しんでいたものも、食事や飲み物を嗜んでいた者も、一同に静まり返った。
ホール中央で声を発したのは、国王。
その周りには女王と、恐らく王子が二人とまだ成人していないであろう王女が一人いた。
「10年程前、我が国の窮地を救ってくれた英雄、セイン・ライト・カーウェイの事は皆覚えているだろう。」
頷いている者がたくさんいる。
親たちはどうやらこの国では人気者だ。
「セインは世界を救い、その身を散らしてしまった。
その事は大いに悲しい事である。」
ライトの父親だ。
会ったことはないが恐らくイケメンだったのだろう。女性達の一部は目に涙を浮かべるものすらいる。
「だが、その子らが今日ここに来た。
しかも、長らく我々の手を煩わせてきたスノーウルフ達を排除までしてだ。」
あのスノーウルフ達はそういう存在だったのか、と今知る。
たまたま襲いかかってきたから倒したに過ぎないのだが、とんだ功名だ。
「これも何かの縁だろう。
今日は祝杯をあげようではないか。」
国王のその言葉のタイミングで、ホールに繋がる階段の上の扉が開いた。
そしてシャルとリーナ、ヤマトとライト、クレインとイリスという順番で階段を降りてくる。
最後に現れたイリスの姿には、誰もが感嘆のため息を付くほど気品が漂っている。
イリス達が階段を降りきると、ホール中央まで進み国王と正面から対面した。
そして一列に並んだ仲間達の横に、リンもすっと並ぶ。
優雅にイリスが一礼をしたのに皆が倣う。
「レイティア王国第一王女、イリス・サクラ・レイティアで御座います。
本日はこのような場を設けていただき、有難うございます。」
「遠いところまで、ご苦労であった。」
「我がレイティア王国は、今、暗黒の時代を迎えております。
ですが、必ずや私たちは闇を打ち払い、レイティアに…ひいては世界に平和をもたらします。
その暁には、ハイデルブルクの皆様と、良き友好関係を結びたいと思い、
本日はここに参りました。」
柔らかくも芯のある声が響き渡る。
「そなたらは我が国の英雄でもある。約束しようではないか。
ここに…それを反対するような者は一人もおらぬ。」
「有り難きお言葉、感謝申し上げます。」
「さぁ、普段は張り詰めた場も多かろう。本日は存分に宴を楽しんでいってくれ。」
そして皆で乾杯をし、散り散りに歓談を楽しむ時間となっていた。
「君たちは小さいのに、英雄達と旅をしているのかい?」
「は…はい、僕たちもライトさんたちと一緒に…」
「僕らをただの子供だと思ってると、痛い目見るよ?おじさん。」
シャルは大人達だらけの空気に圧倒されているのか、先程からずっとしどろもどろだ。
それをひとつ年上とはいえリーナにフォローされているとは、男らしくないな、と思うが何故か二人は微笑ましい。
魔法の天才の少年も、こう見てみるとただの少年だ。
「貴方はとても強そうだ!貴方がセインさんの…?」
ヤマトの周りには、強さを求める若い男性が集まっていた。
男というものは、より強い男に惹かれるのだろうか?
「いや…俺ではない。」
ヤマトの視線の先には、赤髪の美しい女性の姿。
今は数多の男性に囲まれ、戸惑いつつもなんとか答えているという状況がうかがえる。
騎士として、エスコートする側でこのような場は慣れているのだろうが、
誰もがぱっとみて女性だとわかる姿で人に囲まれるなど初めての事だろう。
つまり、女性に囲まれるのは慣れていても、男性に囲まれるのは慣れていないのだ。
それがリンにはありありと解ってしまった。
だがそれでも、凛としたその姿を遠巻きに見ている女性がいるのにはやや嫉妬せざるを得ない。
「あの美しい女性が…?」
「あぁ、強いぞ。」
「見えないな…だがそれもいい…。」
男性のうち一人が恋慕の眼差しでライトを見る。
ふとヤマトにじっと見られていることに気付くと、男性は恐縮して一歩後ずさりしてしまう。
ヤマトは普通に真顔でそれを見ているつもりなのだろうが、あの男に真顔で見られると普通の人は怖いのだ。
…恐らく、目付きが悪いからだろう。
…戦闘種族であることを本能的に感じている訳ではない…のだと思う、多分…。
クレインは常にイリスの一歩斜め後ろに付いていた。
イリスが会話をしているのは、第一王子だ。
「レイティアは、大変な事になってしまいましたね。」
「えぇ…ですが、父がそう簡単に民に手出しをするとは思えません。
信じて、民や他の皆の無事を祈ることしかできませんが…」
「ほう、真っ先に民を心配されるとは。」
「無論です。民無くしては国は立ち行かない。そう教えてくれたのは父です。」
「…なるほど、立派な考えだ。私も学ばねば。」
「この国の皆様も、国王を慕い、国王は皆様を大事にしているように見受けられます。
…とても良い国ですね。」
自分の考えをしっかりと伝え、相手も立てる。
リンはそのイリスの態度に驚いていた。
普段ライトの考えに反対する事なく着いていく、自分の考えなど持っていないと思っていた。
だが、ちゃんと考えているのだ。
考えている上で、ライトを信頼して着いていっているのだ。
「有難うございます。貴女にそう言って頂けると、私も自信になる。」
そんな会話をしている最中、優雅な音楽が流れてきた。
「おっと、丁度いいタイミングですね。
…一曲私と、いかがですか?」
一国の王子が、一国の姫をダンスに誘う。とても優雅な流れだ。
イリスは一瞬斜め後ろのクレインに目配せするが、クレインはただ小さく笑顔で頷いた。
この場に階級などが影響してくるのかわからないが、クレインはアレルバニアの騎士団長だ。
ハイデルブルクの王子を差し置いてイリスと踊ることが出来ない事など瞬時に解っているのだろう。
「えぇ、喜んで。」
二人がダンスホールの中央で踊る姿を貴族達は眺め、その美しさに何度目かのため息を溢している。
「ねぇ、ライト。僕らも踊ろう。」
一方でライトを誘ったのは第二王子だ。
ライトも騎士だが、王子から誘われて断ってしまうのは、イリスに恥をかかせてしまう事は解っているのだ。
「…はい。」
そしてダンスホールの二組のペアに、割れんばかりの盛大な拍手が送られる。
ライトもしっかり踊れるんだな。
「クレイン、嫉妬しているのか。」
ダンスの最中、クレインとヤマトは近くにいた。
「アホか。俺だって王族のやり取りくらい解ってる。」
「階級か、厄介な物だな。」
「あの…」
そこに一人の女性が声を掛けにいっていた。
女性というにはまだ若く、女の子というには失礼な頃合いの年齢だ。
「次に私と…一曲どうでしょう…?」
クレインを目の前に顔を赤らめている。
だが、クレインの次の相手は決まっている、横のヤマトもだ。
そろそろ助けに入らないといけないだろう。
「お嬢さん、そこの唐変木二人はおいておいて、自分と一曲いかがですか?」
まだこの子は男性というものを知らないのだろう。
リンが笑顔で優しく声をかけると、ぱっと顔を明るくして、「はい!」と元気良く答えた。
「…唐変木とは、言ってくれるなあの野郎。」
極上のスマイルでナンパをして王女を伴いダンスの輪に加わっていったリンに悪態を尽きつつ、
クレインはイリスと王子の会話が終わるのを待った。
「次の男に声かけられるぞ、放っておけば。」
「…解ってるよ、あんたもな。」
二人はさっと解散すると、それぞれの意中の女性の元へ向かう。
今日だけは堂々と、世間の目の前でアプローチが出来るのだ。
「イリス姫、一曲よろしいですか?」
「えぇ、勿論です。クレイン。」
「シオン。」
「…レイ。」
それぞれが王子と踊っているときよりリラックスし、極上のパフォーマンスを二組が見せたことは、
後のハイデルブルクの歴史の中でも語り草となるような事になったかもしれない。
「あぁ、いつものイリスで安心した。」
「…少し肩が凝ったかな。久しぶりだったから。
それにしても、ダンス、上手なんだねクレイン。」
「脇役は脇役なりに、いつもこういう場には出されていたからな。」
「今日は主役じゃない。…ほら、皆貴方を見てる。」
「見てるのはイリスの事だよ。…男達は皆釘付けだ。」
「じゃあ、女性の目線は皆クレインに釘付けね。」
「どうかな、俺はそんなにたくさんの目線は要らないよ。」
「あら、私もその一人なのに?」
「それは…嬉しいな。」
「今は貴方しか見てないわ。
…だってそうじゃなきゃ踊れないでしょう?」
「…それは、同じ言葉を返させてもらうよ。」
「…驚いた、レイがこんな場にも馴染んでること。」
「お前が騎士として王家に入ったときから、こんなことがあるかもしれないとは思っていたからな。」
「へぇ…じゃあ、役に立って良かったな。」
「シオンこそ、よく馴染んでいる。…正直、驚いた。」
「…いざってときは姫の身代わりだったから。
…まさかこんな所で使うとは。」
「いいじゃないか、良く似合っている。」
「…ありがとう、レイも良く似合ってるよ。」
「…俺は、お前の隣に並び立てるか?」
「…十分すぎるくらいだよ、色んな意味で。」
「…そうか。」
特に問題が起きること無く、パーティは幕を閉じた。
「や、探しましたよ騎士団長。」
少しの疲労感を感じつつ、一行が宛がわれた部屋に戻ったときだった。
一人の男が部屋の中で立っていた。
クレイン以外の全員は敵意を向けたが、それは杞憂だった。
「…久しぶりだな、ユウ。」
クレインのその言葉を聞いて、全員が警戒を解いた。
どうやら彼の知り合いらしい。
「探しましたよー。一人でこんな北国まで!つっかれたなぁ…。」
「報告は。」
クレインの言葉に緩い雰囲気を放っていたユウと呼ばれた男は、直立不動でクレインに敬礼をする。
「はっ。
隣国レイティアの様子をクレインに伝えよ、と王から命を受け参りました。」
「レイティアの?!」
一番始めに反応したのはイリスだ。
「はい。レイティアの民は今のところ無事です。
どうやら魔王カルヴァスは国を封鎖しているものの、民に手を出している様子は御座いません。
しかし、それは労働力として生かしているに過ぎません。
決して豊かに生活ができている訳ではない、準備を早急に整えよ、とのことです。」
「そう…やはり民に手出しはしていないのね…」
一気に緊張が解けたのか、イリスはその場に座り込んだ。
横でライトが腰を低くして支えている。
「だが、今レイティアに戻っても俺たちに救えはしない。」
「…そうですか。」
「父に伝えてくれ。
早急に石を精霊化して、レイティアに行く、と。」
「かしこまりました。」
今来たばかりだろうに、すぐにユウは出ていこうとする。
この城には不法侵入したのだろう、彼の出口は窓だ。
「あ、そうだ忘れてました。
…魔王軍は、ドラゴンを召喚したようですよ。」
「ドラゴン…?」
「しかも3匹も。英雄達を狙っているのならば、かなり危険な存在です。」
「なるほど…気を付けよう。」
「じゃ、騎士団長も死なない程度に頑張ってくださいねっと。」
そのまま窓から飛び降りて、姿を消した。
「…僕みたいに身軽だなぁ。」
「シェーリン出身じゃ無いと思うけどな…まぁ、口は悪いが自慢の側近だ。」
「それにしてもドラゴンか…厄介だな。」
ヤマトが呟く。
魔物の中では、空を飛ぶ巨大なドラゴンは一番厄介な存在だ。
「ま、今は考えても仕方ないっしょ?
明日に備えて、休んだほうがいいんじゃない~?」
リンの言葉が切っ掛けで、一同は非日常のような長い一日を終えることとした。




