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Story Teller  作者: 冬耶心
第三幕
23/34

Farewell

受け入れ


手放し


そうやって前を向いていく



Farewell



女性から話を聞いていたリンとライト。

彼女の話はこうだ。

戦乱が終わって約2年後、フィアリス夫妻が子供をつれてこの村へやって来た。

彼らは戦乱の時はハイデルブルクで魔法の研究をしていたらしい。

魔法の発動を容易にするための、詠唱を省略した術式等を開発したのが彼らだ。


戦乱時は多くの魔物から民を救うために重宝された魔法が、戦乱が終わると犯罪に使われた。

それ故に、フィアリス夫妻は狙われたのだそうだ。

ハイデルブルクには居られなくなったが、小さい子供がいるから遠出も出来ない。

そこでたどり着いたのがここだった。


戦乱の影響で今以上に人も少なく、医療の環境もまったく整っていなかった。

魔法を使えるものもいなかった。


「あの方達は、ここにいる代わりに、ここにいる人たちを助けてくれました。」

「…それで、居場所がばれた、と?」


女性は頷く。

そもそもここはハイデルブルクからさほど遠くはない。

夫妻がここに来て数か月後、夫妻を追っていた者に嗅ぎ付けられたのだ。


「私たちも守ろうとしました。ここに夫妻は居ないと言っていましたが、その人たちは宿に居座っていて…

気付いたら夫妻の家にその人たちが乗り込んでいました。

私たちにはもう、どうすることも出来ませんでした。」

「うん、流れは解ったんだけど、それでなんで少年のせいみたいになってんの?」


リンがそう尋ねると、女性は目を伏せた。


「それは…解りません。」

「貴女も、そう思って?」

「…いえ、でも村の皆はそう思うように教えられてるんです。」

「なぜ貴女はここに花を?」

「…私は、フィアリス夫妻に助けられました。…重病を、治してもらったんです。」

「そうですか…大変でしたね。でも、全ての人がシャルを忌み子だと思ってる訳じゃないって解っただけでも良かった。

話してくれてありがとう。」


ライトがそう言って柔らかい笑顔を向けると、女性は頬を赤らめ目を伏せた。

リンには不思議でならなかった。

こんな表情はなかなか仲間内ではしない。騎士として民に接するとき、上司として部下に接するとき、自然と作っているのか?

そうだとすればこれは天然のタラシだ。手強い。俺が女なら落ちてしまうかもしれない。


いやちょっとまて


こいつは女だっての!


二度目の突っ込みを心の中で入れて、リンは小さくため息を付いた。

おっと二人がこっちをみている。

話の内容のヘビーさにため息をついたと思われるかもしれない。


「ライト、そろそろ戻ろう。」

「…そうだな。」




その頃クレイン達は暖かい部屋で寛いでいた。

だが、外で皆が調査をしているのだ、うかうか休んでいる訳にはいかない。

この宿も安全とは言えないだろうと察していたクレインは、身体は寛いでいるようでも、精神的には何も寛いでないのだろうとシャルは思っていた。

それでも他愛もない会話をしている瞬間だけは、一時苦痛から解放された。


「ちなみにシャルは、ここを出て、移動商人に拾われた時の事は覚えているの?」

「…少しだけ、とても賑やかな人で、楽しかったのは覚えてます。」

「賑やかな人…クレインみたいな?」

「イリス…俺はそんなに賑やかか?」

「んー、最初ほどじゃないかな?リンの方が賑やかかも。」

「確かに、リンさんは賑やかですね。今ごろライトさんと…」


どんな会話しているんですかね?

と、問いかけようとした瞬間に、クレインが口の前で指を一本たてて言葉を遮るよう無言で伝えた。

クレインは無言でエメラルドを武器である二丁銃に変え、ドアの脇に背中を着けて扉の外の空気に意識を集中させた。



『…よし、いいな。』

『えぇ…覚悟は出来ているわ。』


『お願い、もう辞めてよ…』


『黙ってなさい…!!』


ヒソヒソと交わされる会話をクレインは恐らくすべて聞いているのだろう。

部屋の中央にいるシャルやイリスには聞こえなかった。

クレイン曰く、止めようとした声はアイカで、その他の声はこの宿の夫婦だろう。



カチャリ



ドアが控えめに空く音か

クレインが銃のロックを解除する音か

ドアの向こう側にいる人たちが狩猟用の銃のロックを解除する音か


ドアが空ききったのと同時に、シャルに向け銃を持った襲撃者のこめかみにはクレインの銃が当たっていた。



「その引き金は引かない方がいい。」



固く重たい声だった。

恐らく、ここで引き金を引かれるようなら、それよりも早く引き金を引く覚悟があるのだろう。

魔物でも敵でもない相手であっても、仲間に殺意を向けるのであれば、容赦はしないといった声だ。


「俺が引くより早く引けるなんて思わないでくれ。俺だって撃ちたくはない。」


イリスは強い目で、相手の銃の先端をみている。

その相手の顔は強張っていた。恐怖を目の前にしたときの顔だ。


「ご両人、うちの仲間に何か?」


後ろから、明るいリンの声が聞こえた。

いつもの陽気さだが、それは能天気な声ではない。

入り口で、ローグに問いかけた時の、怒りを含ませた声だ。

当然その後ろには、ライトの姿がある。ため息でも付きそうな、諦めたような顔で一言いった。


「聞かせてもらおうか、全部。」


その声に狩猟用の銃口は下ろされた。

その銃を持っていたのは宿屋の主人、アイカの父親だった。

その後ろに付いていたのは宿屋の主人の妻、アイカの母親。

さらにその後ろにはアイカが泣きそうな顔で立ちすくんでいた。


英雄達のアイカ達を見る目があまりにも冷たく、殺されるのではないかと思っていたそうだ。



「あぁするしかなかったのよ!!」



そして響くのは妻の金切り声。



「シャル達を売るのが、助かるための唯一の道ーって事かぁ。」


その声を聞いてリーナとヤマトも戻ってきた。大体何があったか察したようだ。


「そうよ!!だって急にあの人たちがここに来て、しばらく見つからないとアイカを人質に取って、居場所を教えないとここをすべて壊すって…私たち二人にとって、大事なものを…」


金切り声はだんだん涙声になっていった。


「でも、私たちのせいだなんて解ったら…私たちだってここにいられなくなるからって…ローグさんが…」

「やめろ…もう、やめるんだ…。」


夫妻はその場に座り込んでしまった。

妻は泣き、夫はその肩を支えている。


「…シャルの両親は、この村で匿われていた。」


淡々とした声はライトのものだった。


「魔法の研究者だった両親は、戦乱が終わってここに逃げてきた。だけど、匿われていただけではない。

魔法の力で、この村に貢献していたし、頼られていた。」


その内容にはシャルも驚いた。両親は恨まれていたわけではない。


「だが、ハイデルブルクからそう遠くないここは、すぐに追っ手に見つかった。…たぶん、魔法の研究を良く思わない奴等だろう。

その者達は、両親を排除するまでここに滞在していた。」


「そして巻き込まれた。シャルロットの両親は居場所を嗅ぎ付けられ、殺された。…恐らく家の中で。」


ヤマトの声も淡々としたものだった。

妙なところでこの二人は案外似ているのかもしれない。…同じ種族だからか、それとも何か通じあっているのだろうか。


「これは推測だが、目の前で両親を殺されたシャルは、魔法を爆発させた。」



「そうじゃ。」



第三者の声。

聞いたことのあるこの声はローグのものだった。


「その子の魔法は大爆発を起こして、両親を殺害した者達を焼き殺した。

 建物もあの通りの丸焼けなのに、なぜか不思議と、その子自身と両親の死体だけはそのまま残っていた。」


「攻撃魔法と、防御魔法を同時に使ったってこと?」


リーナの言葉に、魔法に詳しいシャル自身、そして防御回復魔法に精通したイリスは、不可能ではないが有り得ない、という表情をする。そう少なくとも、子供にできるレベルの事ではない。


「とんでもない才能だね、少年は。」

「ワシは魔法に関しては知識は皆無だが…危険だと言うことだけそのとき感じた。」

「この宿屋を守りつつ、その危険な少年を追い出す事ができる口実が、忌み子としての扱い…ってことかー。

この子が全部やった、すべて壊した。そうすることが、この村にとっての最善の解決策だった、と。」


シャルの頭の中には色んなことがグルグル回っていた。

特に、攻撃魔法と防御魔法の同時発動はどうすればいいか理論を考えていた。

まずは対象にシールドをかけて、更にそれを維持しつつ炎の魔法を詠唱省略で放つ。

理屈では簡単だが、実際にやるのは難しい。

魔法というのは発動するときに一番魔力を消費し、シールドを維持するのにも魔力を消費する。その消費状態でさらに新しい魔法を発動するのだ。かなりの魔力が必要になる。

英雄達ほどの魔力があれば比較的簡単に可能だろうが、幼い頃に自分がやったとなれば、かなりの魔力が自分にも備わっているのだろうか?


こんな思考が回るなんて、現実逃避だ。


もっと考えなくては行けないことが沢山あるはずなのに。


あぁ、でも僕が殺したわけじゃなかったんだ。



「それなら、もうシャルを狙う理由はないだろう。

俺たちはこの話を口外するつもりはない、一泊だけさせてもらえれば十分だ。

明日の朝早くにここを発つ。それで問題ないだろう?」


ライトが尋ねると、夫妻はしぶしぶ頷き、ローグも納得したようだ。


「でも、これからも…シャルはずっと忌み子の扱いをされるって事…?」


イリスの問いかけには、ローグは曖昧に頷いた。


「それって…おかしいよ…。」

「いいんです、イリスさん。僕はもう…。」


考えるのは疲れる。

忌み子とされるならもういい。

それは諦めだった。


ふとシャルはアイカをみたが、俯いていた。



そういえばアイカは一言も発しなかった。




夫妻もローグもアイカも、誰一人他には何も発することなく部屋を後にしていった。

一度部屋のなかに集まった英雄たちも、気まずさと歯切れの悪さに、重たい空気を発している。

しばらくその重たい空気を感じていると、ライトは

「明日の朝早くには出発する。…今日は休もう。」

と、それだけいってイリスとリーナを連れて隣の部屋へいった。



夜遅く、外はもう真っ暗だ。

昼間は真っ白い雪ですら、黒く見えてくる。

この村に入って感じていた、もの悲しい雰囲気は、村人達の秘めた闇の心の現れなのだろうか。

どんなに明るい昼間でも、雪が太陽の光を反射して光っていようとも、この村は暗い。

しかしそう見えるのは、ライトが戦闘種族のハーフだからなのだろうか。普通の人がみれば、普通の村なのだろうか。


「シオン、どうした。」


寝静まった宿を抜け出し、焼けて真っ黒になり、骨格しか残っていない家の前に立っていた。


「この村の闇を…浄化できるのか考えていた。」

「…確かに、俺たちは闇を吸収し糧と出来る力が確かにある。だが…」

「なんでも出来る訳じゃないか…」

「人の心の闇に干渉するには、個々の闇は小さすぎる。魔物や魔族ならば斬ってしまえばいいが、人の心は斬れない。

それでも俺たちが闇を浄化するとすれば、それは常に行動を共にしていて可能か不可能か、というレベルの話だ。」


ライトは息を吐く。その息は真っ白だった。


「じゃあ、レイの側にいれば、俺の闇は浄化されるのか?」

「…邪心があるか?シオンに。」


軽く笑って、ライトは振り替えって斜め後ろのヤマトを見た。

そして、「さぁ?」とおどけて見せた。


「むしろ俺からすれば、眩しいくらいさ。」

「…そうか、それなら良かった。」

「何か不安なことでもあるのか?」

「いや…。なんと言うか最近、守るものが増えた。

それに…今のレイティアがどうなっているのかも気になって。」


ライトの独白のような言葉を聞いて、ヤマトは静かに耳を傾けた。


「俺は…今何を目的に戦っているのか見失いそうになる。

世界を守る…というより、イリスとイリスが生きる世界を守るために戦ってきたけれど、今のイリスに俺は必要なのかな。

守るという意味では、クレインの方が余程イリスを守ってくれている。」


今日銃口が向けられた相手はシャルだ。だが、その横にイリスがいた。

あの時銃が撃たれていれば、イリスはシャルを庇ってその銃弾を受けただろう。そうさせないためにクレインは牽制したのだ。


「つまり…嫉妬か?」

「あぁ、そうかもしれない。俺はこの寿命を持って、イリスが死ぬまで守ることは出来る。だけど…幸せには出来ない。」

「それでも彼女は、お前に側に居てほしいと思うだろう。お前が側に居たいと思うように。」

「それはそうかもしれない…だけど、辛いな…私には。」


側に居たいと思いながら、やはりどこかで誰かの物になるのは辛いと思っている。


「…っと、ごめん。レイにこんな話をするつもりなかったんだ。」

「いや、シオンの思いが未だに彼女に向いていることは良く解った。」


なぜかヤマトは笑っていた。

笑顔と言うには小さいが、嘲笑でもなく、誰にも向けないような優しい顔で笑っていた。


「たぶん、クレインは本気だろうな。」

「あぁ…多分そうだと思う。シュウは本気だ。

本気で…この先ずっと守るつもりだ。」


アレルバニアで冗談めかして話した事を、本当の事にしようとしているのだろう。

長い付き合いだ、見ていればすぐに分かる。


「ならばどうする?愛する人を取られるな。」

「もしもシュウが俺にその事を言ってくるなら、俺はシュウと戦うよ。

…レイティア王国第一親衛隊の隊長として、その力は全力で試させてもらう。」


目はキリッとした隊長としてのライトだった。

その後ろには朝日が昇り始め、薄い光がその赤い髪を照らす。


白に良く映える赤だ。


「ほどほどにしておいてやれ。」

「そうだな、全力でそうするよ。」


そして笑顔を向けるライトは、輝いていた。

何か吹っ切れたような顔をしている。


「やっぱり、レイといると闇が浄化されるみたいだ。」

「…そうか。」


ヤマトには今はそう答えるのが精一杯だったという。

戦闘種族であり、人である世界で唯一のハーフ。この先どんな人生を歩むのだろうか。

そこに自分の姿はあるのだろうか。

もしもこの先ライトを欲しいという人が現れたとき、自分は全力で相手を打ちのめすだろうな。

そんな事を考えながら、宿へと戻った。もう全員が起きている頃だろう。



まだ明け方と言うこともあって、積極的に誰も話そうとはせず、静かに村の出口へ向かった。

昼間以上に厳しい寒さだが、ここに滞在することの方が皆嫌なのだろう。誰も文句は言わなかった。



「待って!」



村の出口を一歩出たとき、中から声をかけられた。


「アイカ…」

「シャル、ごめんなさい。」


深くお辞儀をすると、アイカのポニーテールも活発に動いた。


「…私、貴方の事知ってるの。宿の近くだから、良く遊びにいってた。…だから、場所が解って、狙われちゃったの。

まさか貴方がまだ生きていると知らなかった。

だけど…もし生きていて、またここに来ることがあれば、暖かく迎えようって決めてた。」


村で唯一歓迎してくれたのはこの少女だった。

そして少女は大きな箱を差し出した。


「これ…ハイデルブルクまではもう少しあるから皆でどこかで食べて。」


お弁当だった。

シャルはそれを受けとる。


「また…戻ってくる?」


シャルは少し考えた。

正式にここは故郷ではない。両親の最期の場所。

そして、決して歓迎される場所ではない。


回りを見ると、イリスが心配そうにシャルをみていた。

リーナや他の皆もそうだ。


シャルは首を横に降った。


「アイカだけは歓迎してくれて嬉しかったけど…僕はもうここには戻ってこない。

確かにここに僕は居たかもしれないけど…今の居場所は、皆といるところなんだ。」

「そっか…そうだよね。」


「さよなら。」



シャルのその言葉は固かった。

アイカだけに言ったのではないだろう。

故郷とも呼べる場所に、両親が最期に居た場所に告げたのだ。





ハイデルブルクに向かう途中に皆で食べたアイカお手製のサンドウィッチは


暖かくて優しい味がした。

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