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Story Teller  作者: 冬耶心
第二幕
20/34

Past

老人は手記を書いていた。


長い長い英雄の物語を子供達に話すために、記憶の紐をほどいている。


英雄の話は忘れられてはならない。


語り継がなければならない。


「聖なる光」は、闇にまつわる記憶を人々から奪った光。




Past



1週間が経っていた。約束の日である。

ライトを除く一同は、魔力が格納されてある研究室に集まっていた。


「ちなみにアカギさん、これはまた1ヶ月とかかかるのか?」


クレインは随分疲れた顔をしている。


「あれから10年経ったんだ。技術は進化している。

一日もあれば終わる。」


「また記憶に干渉する可能性は、あるんですか?」


イリスも疲れた顔をしている。この1週間ライトには会ってないそうだ。


「ゼロではない。…魔力を許容出来なければ、再度記憶に干渉するしかない。」


イリスは悲しそうな顔をした。

全員が気持ちの沈んだ顔をしていた。



皆の背後の扉が開く。



振り替えると、いつもは束ねた髪を下ろしたままのライトがいた。

心なしか少し痩せたように見える。


「覚悟は、決まったか?」

「…世界を守るのが、俺の、俺たちの使命だ。」


力の無いその言葉。

俺たちとは一体誰を指しているのだろうか。仲間か?一族か?


「力を最大限まで高めろ。そうだな、赤髪の状態まで。」


アカギに言われた通り、ライトは力を高める。あっという間に漆黒は真紅に変わる。


「あとは、このポッドの中に入っていればすぐ終わる。」


ライトはまた一歩ポッドへ歩みを進めた。

覚悟した顔だろうか、いやあれは緊張の面持ちだ。

未だになにも、吹っ切れていないのだろう。


「シオン。」


ずっと押し黙っていたヤマトが口を開く。

ライトは歩みを止めて振り返った。


「お前には、いつも光がついている。」


ふと見渡せば、皆心配そうにこちらを見ている。

イリスと目があった。


「私…ライトのその髪の色好きだよ。真っ赤な、信念の赤。…とても力強くて、暖かい。」


その時初めて、ライトの表情が和らいだ。

確かに光を感じた。


「俺は…貴女の桜色の方が好きだ。」


彼女のミドルネームである、サクラとはレイティアでもっとも愛される樹木の名前であった。

一年に一時期のみ淡いピンク色の、可愛らしい花を咲かせる樹。

最も色付くのは花が散る直前で、沢山の花が舞散る様子も風流だ。

散り際が最も美しいというのはとても儚いな、とライトは常々思っていたが、それでも目を奪われる。


毎年同じようにレイティアは桜色に染まるが、その様子は毎年少しずつ違う。

その花の色付き方、咲き方


来年もまた見たい。


去年とはまた違うと、思いたい。


あの屋上から、彼女と共に…。



ポッドへの入り口は、階段を上った先にある。

扉は開けられていた。扉を開けている研究者Aは、早く入れと促しているように見える。


「ライト!」


そこに入る直前、叫んだのはクレイン。


「例えお前が全部忘れたって、俺が全部覚えてるから安心しろ!」


心強いその言葉。

親友から絞り出されたその言葉に、ライトはふっと笑った。

上から見下ろして見えた景色は、自分には勿体無いほど輝かしいものだ。


皆の未来は、俺が守ろう。


その時のライトの心情はそれでいっぱいだったという。

ふと目があった不安そうな顔のシャルに、ライトはウインクで返した。


女性だと解っているからか、それとも強き騎士として憧れているからか、不覚にもドキッとした。


「お願いします。」


研究者Aにそれを伝えて、ライトはポッドに入った。

ポッドのなかに催涙作用のある空気が満たされ、ライトは瞳を閉じる。

意識が遠退いたところで、ポッドの中は水のような液体で満たされた。


隣のポッドと連結され、青色の魔力がライトの入ったポッドに入っていく。

ライトのポッドはたちまち魔力で満たされ、心臓部分に集束して吸い込まれていく。



「一日中そこで見張るつもりか?」


アカギは一同に声を掛ける。


「セインの子が目を覚ましたときに迎えてやれ。今日は休んでおけ。」


決して優しい言葉遣いではないが、その端々に気遣いが見える。

そんなに悪い人ではないのだろうな。


皆がライトに、

特にイリスとクレインは心配そうな顔を向けた後、各々部屋を出ていった。


「何をしている。俺の言葉の意味が解らなかったのか。」

「あの時のように、知らない間に引き剥がされるなんて、嫌なんだ。」


アカギの強い言葉に、ヤマトはしなやかに返す。

ヤマトだけが部屋に残り、特に異変もないライトの様子を見続けていた。


「糞ガキが。…守るつもりか?」

「守るさ。俺がいなくても、イリスやクレインのような仲間が居るが、それでも…俺がそうしたい。」

「下手をすれば、強くなるぞ、お前より。」

「なら俺は、もっと強さを求める。」


「…まぁ、こいつが男であったなら、あの姫と結ばれたんだろうがな。」

「輪廻は俺たちが止める。…そうすれば、世継ぎを考えることもないだろう。」


永きを生きる戦闘種族は、エルフと同じように世界を見守っている。

時に世界の闇を調整し、魔王の打倒を手助けし英雄となり、英雄たちの色恋沙汰にさえ目を向ける。


「…セインとアイリスも、結ばれなかった。」


それも世界の調整の一つだったのだろうか。


「結ばれていたら、英雄はどうなっていたんだ?」

「ラグナガンの所持者に、迷っていたところだろうな。」


ラグナガンの所持者は運命にて決まる。

ずっとカーウェイ一族が任されてきたが、兄弟が居る場合や、候補者が多い場合は運命という不可思議なもので決められる。

世界を監視する唯一無二の神という存在が居るのだろうか。


「カーウェイ一族の死の輪廻は止める。シオンを殺させない。そうして、英雄たちもいつか世間から忘れられる存在になる。

そんな世界で、俺はシオンと生きていきたい。それが俺の…希望だ。」

「…ふん。言うようになったな。…やって見せねば、この街の長はずっと俺のままになる。」


そんな会話を聞いていたのは、シャルだ。


「小僧、今の話を他言すれば、俺は黙っていられなくなる。」


部屋を出ていこうとしたアカギが扉を開き、扉の裏側に身を潜めていたシャルは戦慄する。

姿は見られていないはずなのに、やはり戦闘種族の気配察知能力は聞いていた以上の物だ。


「…わかっています。僕は…僕の事が知りたいだけなんです。」

「英雄たちに付き添うということは、何かの縁故がある。…過去でなくても、お前から始まるという事もある。」

「僕から…?」

「セインの子から、学ぶといい。強さを、生きるという意味を、自分が成すべき使命を、貴様にしかできない…なにかを。」


向き合うことなく背中で言うと、小さく「喋りすぎたな」と言ってアカギは去っていった。








懐かしいような、力強いような、青い光。

身体の中に吸い込まれ、空っぽだった部分を満たしていくような感覚がある。


遠い意識のなかで、駆け巡る幼き記憶の断片。

記憶というには脆すぎて、思い出と言うには少なすぎた。



「アカギ!約束通り連れてきたぞ、シオンだ。ライト・シオン・カーウェイ。」


ニカっと太陽のように笑うのは、セイン。俺の…父さん。

レイティアの肖像画はとても凛々しかったけれど、どちらかと言うとクレインのような溌剌さがある。


「”自慢の娘”…って感じの顔だな。…こいつは、ヤマト・レイカー・クロウレスだ。」


3つか4つくらいだろうか。

初めてレイと出会ったときの光景。父親の影に隠れて怯えている、幼い自分。


「ヤマト・レイカー・クロウレス。よろしくな!」


手を差し伸べてくれたレイに、ビクリと肩を震わせまた父の影に戻る。

そんな俺に、父は背中を押してくれた。


「…ライト・シオン・カーウェイ…です。」

「じゃぁ、シオンだな!俺の事は、レイって呼んで!」


レイは俺の手を取って、遊んでくれた。

緊張していた俺も、次第と笑えるようになっていた。そんな光景を微笑ましそうに見ている父親たち。



場面が切り替わる。



「お父さん、レイに会いたい。」


その一言がきっかけで、毎日会わせてくれるようになった。

引っ込み思案の俺が、積極的な事を言ったのが嬉しかったのだろうか。


「レイは、剣術が凄いの。…私もやってみたい。」


お父さんは剣術に長けていた。魔法も使えるし、何でもできた。当たり前だ、英雄なのだから。

一人娘ということもあって、剣術も魔法も教えてくれた。

だけどどうしても剣術は上手くならなかった。



また場面が変わる。



「なぁシオン、ヤマト君の事が好きか?」


私はこの時男の人といえば、セリアに居る名前も知らない男の子達と、アカギさんとレイしか知らなかった。


「好きだよ!きっと、レイと一緒なら…旅とかも、できると思う!」


お父さんは少し、寂しそうな顔をしていた。



しばらくして、お父さんは旅に出るといった。

寂しくて、悲しくて、毎日レイに慰めてもらっていた。

レイと一緒に居る時間だけが、寂しさをまぎらわせてくれた。



そしてセリアは炎に包まれた。

家にいた私は、母らしき人に守られるようにしていた。

そこに魔物が攻めてきて、母は重症を負った。

助けてくれたのは、ガイルさんだ。


「この子を…ライトを…!」


母は迷うことなくガイルに私を託した。




そのから先の記憶の断片は、ポッドに入れられるまで聞いた通りだった。

俺の魔力が知っていた、嘘偽りない、記憶。

レイとの大事な思い出。


本当ならばもっと…思い出したいのに。



もう記憶の断片が流れ込んでくることはなかった。





ポッドを何をするでもなく外から見守っていたヤマト。

ふと気づいたことがある。

液体に満たされてこそいるが、ライトの閉じた瞳から涙が一筋流れていることに。


何を感じているのだろうか。


辛い思いだろうか。


あの中から無事に戻ってきたら、聞いてみたい。






まだ日暮れには早かった。

ライトの方も一日掛かるということだったことから、出てくるのは明日の朝になるはずだ。


「イリス、ちょっと付き合ってくれないか。」


クレインは一旦各々が解散した後、イリスを呼び出していた。


「どうしたの?クレイン。」

「…ここじゃアレだから、ちょっと。」


連れ出した先は、ライトとヤマトの思い出の場所だった。


「ここ…すごい、夕日が綺麗だね。」


丁度時間帯が良く、草原を赤い光が照らしていた。


「ライトとヤマトの、思い出の場所だってさ。」


クレインがそう言うと、イリスは少し複雑そうな顔をした。当然だろう、嫉妬しているのだ。


「ヤマトの事…どう思う?」

「悔しいけど、ライトの事を私よりよく知っていて、ライトの理解者で、ライトの事を大切に思っていて、ライトはきっと、気付いてないだけでヤマトの事…特別に思ってる。」


よく見てるな、とイリスの洞察力…もはや女の勘とでも言うべきか、感心する。

だが、特別に思われている相手というのは、イリスも同じである。


「じゃあ、ライトの事は?」

「…変わらない。大好きな人。大好きな…家族。」


「俺もだよ。」


クレインは、イリスの向こう側に広がる赤い草原に目を向けた。


「女だとずっと知っていた。知っていて…俺の気持ちは親友の枠を越えていたと思う。」

「クレイン…。いつから、知っていたの?」

「初めて出会ったとき、本能的にそう感じた。しばらくして仲良くなって、より強くそう感じた。…まぁ、打ち明けられた事はないけど、お互い気付いてることには、気づいてた。」


イリスの知らないライトの世界はここにもある。

イリスよりも広い世界をずっと、ライトは持っていたのだ。


「…今でも、好きなの?」


それは核心だった。


「…解らないんだ。ずっと、ライトの事は守らなければならないと思っていた。騎士という男だらけの世界のなかで、逞しく生きるライトが折れるときがあるなら、それは俺がなんとかしてやらなきゃいけないって思ってたんだ。

だけどあいつが本当に折れるときなんて無かった、ただただイリスを守りたいっていう固い意思の元で動いていたからな。

けど…。」


無敵の騎士、最強の戦士

彼女は気付けばそうなっていた。姫を守るという強い意思がそうさせた。


「本当に折れたとき、俺はなにも出来なかった。アイツに…任せることしか出来なかった。」


ライトを助けたヤマトの姿がちらつく。

あの時ライトが何を言ったのかは、きっとヤマトしか知らない。


「入り込めない世界を感じたよ。

それで…俺は、俺が守る必要って無いんだって、俺は何にもできねぇなって感じたよ。」



草原を見ていたクレインと同じ方向をイリスは見た。

クレインは横に並び、二人で、彼らが見ていた風景を見た。



「…同じだね、クレイン。」

「え?」


呟くようにイリスは言った。


「私も、ここに来てから…ううん、シェーリンでヤマトと一緒にライトが現れてから、ずっと思ってた。

私は、ライトの事何にも知らなかったんだなぁって。

勿論、女性だってことも、戦闘種族の事も、記憶の事も、全部…何にも。

ライトが壊れそうなとき、そっと寄り添うヤマトの姿を見て…敵わないなぁって思った。

私の為にライトがいっぱい頑張ってくれてること、家族として愛してくれてること、それは凄くわかるし、とても嬉しい。

でも…この旅の終わりに、ライトが死なない旅の終わりを迎えられたとしても、きっと…その先ライトは私の傍には居てくれないと思うの。

そんな…気がする。」


クレインもその話を否定することはできなかった。

ライトは、戦闘種族として、ヤマトと生きていきそうな気がする。拭えないそんな予感がある。

死ぬ運命から脱却できる可能性があるだけでも、喜ぶべきなのに、そんな少し寂しい未来を予感させる。


「国を守るのが俺の使命だけど、俺はこの旅を始めてから、イリスを守るライトを守ろうと思っていた。

けど…それが無くなったら俺には、目的が無くなってしまうんだ。英雄として国を守る、そんな事は規模がデカすぎて実感がない。」

「…そうだね。」


クレインはそこで初めて首を横に向けイリスの横顔を見た。

夕日に映えるその横顔もやはり美しい。


「だから…さ。」


イリスも視線を感じてクレインと目を合わせる。

疑問符を浮かべるように、首をかしげた。



「…守らせてくれないか、俺に、貴女を。」



クレインは久方ぶりに、騎士として跪いた。

イリスはそんなクレインに向き直り、跪き右手を差し出すクレインにどう答えるか考えていた。


「約束したんだ、ライトと。『もし自分にもしものことがあれば、姫を頼む』と最初に頼まれていた。」


ライトが居ないとき、常にクレインが気にかけてくれていた理由はここにあったのか。


「その約束を守りたい、という気持ちもあるが…。個人的に、貴女を守りたい。

それを俺の…旅の目的にしたい。…駄目、だろうか。」


クレインはいつも皆のムードメーカーで、ライトの事となると熱くなる、そんなイメージがあった。

こうして騎士らしく振舞う姿は、きっと世の女性が放っておかないのだろうなぁ、等とイリスは考える。

今までライトとジークくらいしか同じくらいの年の人を知らなかったイリスにとっては、とても新鮮な経験だった。


「…そこまで情熱的な事を言われて、お断りする女性なんて居ないと思います。」


騎士として振舞う彼に対して、一国の姫としてその右手に自分の右手を重ねた。


「だけど、守られてばかりは嫌なの。

貴方の事も、守らせてほしいな、クレイン。」


そして英雄として、対等であることを求める。


「イリス…ありがとう。」




この二人もまた、この瞬間に一歩を踏み出していた。


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