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ライトの父親は10年前の騒乱で、悪の根元を打ち破り、対価としてその身を散らせた。
遠い異国の地で行われたその戦いをライトは記憶していない。
気付いた時には、既にこのレイティア王国に居た。
そして父の盟友であったという今の女王、アイリス・サヤ・レイティアに救われ、国王のカリヤ・バルト・レイティアに騎士としての地位を与えられ研鑽に励んだ。
肉親も居ない10の子供が今20を迎えるまで心折れずに生きてこれたのは、単に支えがあってのことという。
その支えというのが、レイティア王国の姫君、イリスであった。
同い年の二人は時に双子のようであり、やんちゃであった姫に振り回されて共に危険な目にも遭っている。
その時は幼く、大人たちの擁護がなければ守れなかった悔しさがライトを強くした。
気づかぬ内に、幼い子供であったライトは父のような立派な騎士となり、確かな地位を確立した。
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「おじいさん!その先を教えて?」
「そうだね、では、国が壊れてしまったときの話をしよう。」
「騎士さまはかっこいい?」
「あぁ、とてもかっこいいよ。なんといってもこの国を取り戻して守ったお方だ。」
争いのない世の中で、一人の老人は子供たちの期待と羨望の眼差しを一身に受けていた。
男の身なりは決して綺麗とは言えない、だがその男の語る物語に子供たちは夢中であった。
物語の舞台の時は50年程遡る、この国を守った英雄の話。
ライトは屋上でイリスやジークと話したその夜中、胸元のペンダントが淡い光を発しているのを見た。
父親の形見の一つだと、かつて国王から手渡された、赤いガーネットの原石が嵌め込まれたペンダント。普段は見えないように騎士服の中に仕舞い込み、イリスにすら見せることはなかった。
そのガーネットが光っている。
ライトは不審に思いそれを取り出すと、何かと結び付くように光は直線となる。その光を追いかけると、武器庫にたどり着いた。
武器庫の中の隠し扉のその奥。
国王の他第一親衛隊隊長のみが立ち入ることを許されたその場所には、大きな肖像画が掛けられその前に一本の片手半剣が立っていた。
その剣と共鳴するようにペンダントが輝いている。
恐る恐る、ライトはその剣に手を触れた。
その時目の前に走馬灯のような映像が流れた。
人々を苦しめた魔王の姿、その回りに取り巻く人間でも動物でもない夥しい数の魔物たちの姿、倒れる人たち、そのなかで苦し紛れに立ち上がり、力を集めて聖なる一太刀を振るう男の姿。
その周囲で力を捧げる男の仲間であろう4人。
その中には女王もいた。
男の放った一太刀は、魔王を苦しめ追い払う。
しかし傷ついたその体は、大きな力を放つと同時に力尽きた。
映像はそこで終わった。
「…父さん…!!」
突如頭に流れ込んだ映像に息が上がったライトは剣に身体を預けて、両膝を地面に付いた。
そして亡き父の最後の姿に、ライトの頬を一筋の涙が伝った。
「まさか、父さん…倒せなかったって言うのか…?」
映像の中で魔王は、聖なる一太刀により致命傷を負ったが、その瞬間憑依していた人間から離れ、どこかに飛び去ったように見える。
だからこの世はまだ偽りの平和だと…?
「…そうだ、シオン。」
失意のままに振り返ると、国王が立っていた。
「国王陛下…!」
慌てて立ち上がろうとするが、国王自らそれを制す。
「…そう固くなるな、ここには私たちしか居らん。」
ライトにとって国王は、育ての親と同様だった。シオンという名を授けたのも国王である。
「セインは…お前の父は聖剣ラグナガンに選ばれた男であった。生まれも育ちもここからは遠い国だ。セインは魔王カルヴァスが現れ、この世界を脅かし始めると、同じく世界に選ばれた者を探しに出た。今お前の持つそのペンダントと同じものをもつ4人を…。」
ペンダントには5種類あるという。ガーネット、ダークマター、アクアマリン、エメラルド、そしてローズクォーツ。
「このペンダントとその持ち主が揃うとき、聖剣ラグナガンは真の力を得る。その力は魔王を光の中に消すほどの目映い輝きだ。故に魔王は常にその力を恐れ、輪廻の度にその力を消し去ろうとする。」
「輪廻…。再び奴は現れると…?」
「奴は何度もこの世界の歴史に現れている、その期間は概ね10年から20年に一度だ。
だからこそ訪れた平和は仮初めと言われる…。」
ライトはラグナガンを見つめた。これに選ばれたと言うことは、戦う運命にあるということ…。
「…シオン、お前は強くなった。
私は選ばれた戦士ではなかったが、セインのことはよく知っている。この10年で、今や父を凌駕するほど強くなっている。
そして寸分のたがいもなくお前は選ばれた。」
「…世界を、守る…?俺が…?」
ライトは世界など考えたことはなかった。守るべきはこの城と、育ての親である国王、女王、そして…イリスなのだ。
「…アイリス女王の力を引き継いだ者は、誰ですか…?」
「…イリスだ。あれも…戦う使命を負わされた。」
ライトは身体中が熱くなるのを感じた。大事に守ってきた姫を、危険な目に自ら遭わせろと言われたようなものだ。
「お前にしかできないのだ、ライト・シオン・カーウェイ。」
力強く放たれた言葉に、ライトは思わず姿勢を正し騎士として敬礼した。
「はっ…必ずやこの世界に平和を。」
「頼んだぞ。このラグナガン、好きに持ち出してよい。」
それを伝えると国王は武器庫から出ていこうとする。その時小さく呟いた。
「…イリスを、サクラを…頼む。あれは私たちの…宝だ。」
それは国王としてではなく、一人の父親としての悲痛な叫びに聞こえたそうだ。
「当然です。この命に代えても…お守りします。」
姫は、俺にとっても宝ですから…。
言ってしまえばあらぬ誤解を生みそうな言葉は飲み込んだ。
「明日の朝の鐘で、この城を出よ。」
「…はっ。」
国王が出ていった後しばらくラグナガンを見つめたあと、剣をそのままに武器庫を後にした。
「…ラグナガンに呼ばれたか、ライト。」
暗い廊下を歩いていると、突如目の前に黒い影が現れた。この声色はジークのものだった。
「お前は、この国の人間ではないのにこの国を担うか。」
「…違う。」
暗さに目が慣れると、その金色が目に入った。だがいつもと雰囲気が明らかに違う。よく見えない暗い目からは、憎悪のような感情が見てとれた。
「俺だってこの国の…!」
その影は気づけばゼロ距離でライトの首を片手で締め上げていた。その速さは見たこともなく、ライトに成す術はなかった。
「ジー…ク……っ!!」
「お前さえ居なければ…俺は…。
なぜ、なぜいつもお前なんだ…!父も母も、血の繋がりのないお前に目をかけ、実力に差もないのにお前にこの地位を与えた…
息子の俺を差し置いて……!」
いつも気持ちに余裕をもつ、兄のような優しいジークの姿はそこにはない。
魔族でも乗り移ったかのように半狂乱だった。
「だがお前にも手に入らないものがあるな…。」
ニヤリと浮かべたその顔に、初めてライトは恐怖を感じた。
「…どんなに互いを思おうと、お前たちは永遠に結ばれない運命だ、ライト…いや、シオン。」
ライトに手に入れられないもの、それはイリスに他ならない。
この男は、すべてを知っている……。
「…だ、から…なんだ…!
それでも…俺は…守る、イリスを、俺が…!!」
血が身体中を駆け巡る。
その鼓動の高鳴りは、目覚めた力と呼応してジークを跳ね返すほどの力となった。
「…っなるほど、それがお前の秘めた力か…。」
ジークから解放されたライトは、片膝をついて右手で首を触りながら息を整えようとした。
「無力さで絶望を味わえ、ライト。」
その言葉とともに、ジークのようなジークではない何かは消えた。いつも通りの静寂が城の中に流れている。夢か現実かも解らない出来事だったが、首に感じる痛みは現実を知らしめた。
王国は、朝を迎えようとしていた。
仮初めの平和が訪れて丁度10年という記念すべき日。このとき全ての歯車が狂った。