Light
ライト
それは光を表す言葉
英雄が持つことを許された名
闇を穿つ、聖なる光
Light
これから先はリーナが同行することを一同に告げると、反対する者は居なかった。
むしろイリスは、女の子が増えて嬉しい、と喜んだくらいだ。
「イリス、僕は皆の輪を乱しちゃったけど…大丈夫?」
不安そうにそう尋ねると、イリスは笑顔を向けた。
「私がリーナの立場だったら、それしかできなかったと思うの。それに…もっとライトの事を知れたから…よかった、かな?ありがとう。」
その言葉にはリーナ以上にライトが驚いていた。クレインはライトと目を合わせると、笑顔を向けた。
だがその顔はどことなく疲れているように見えた。
「クレイン…大丈夫か?」
「ん?…あぁ、何ともない。大丈夫だよ、ライト。」
「それで、俺たちゃ何処向かうんだい?リーダー。」
リンが尋ねると、ライトは全員の顔を見た。
家族として、守るべき大事な人であるイリス。
親友として、常に共に戦ってきたクレイン。
強くなりたいといって傍に居て、だが何があっても守ってやろうと思わせるシャル。
強い信念を持ち、小さな体と大きな機動力を持つリーナ。
飄々として掴みどころが無く、だが空気に流されることのない緑髪のエルフ、リン。
黒い髪と赤い瞳、孤高に見えて時に優しい顔をする、ヤマト。
いつの間にか、仲間が増えたものだ。
いや、まだ志一つの仲間とは言い難いのかもしれない。
「セリアへ行く。
この世界の悪の輪廻を断ち切る方法を探るために。
…そして、俺の事を知るために。
付き合って…くれるか?」
全員が頷いた。
なんて心強い、とライトは人知れず微笑んだ。
「セリアであれば話が早い。…俺が全員を連れて行こう。
…覚悟は良いか、シオン。」
「…あぁ、レイ。」
二人の親密さはなんなのだろうか、クレインは疑問しか浮かばなかった。
そして、言い知れぬ嫉妬を覚えたそうだ。
全員は円を描くようにそれぞれ手を繋ぎ、眼を閉じた。
時空に体が引きずりこまれる感覚を数秒味わった後、眼を開けると遺跡があった。
「ライト…ここは…。」
「俺の故郷…のはずだ。」
「そうだな、ライト・シオン・カーウェイ。
ここは貴様とセインの故郷…
そして…そこのクソガキと俺の故郷だ。」
セリアに着いた直後、出迎えてくれたのはアカギだった。
ニヤリと口の端を上げ、真っ直ぐヤマトを指さし言った。
「いや、語弊があるか…クソガキと俺の故郷は厳密にはここではないな。」
その表情の不気味さには、隣でずっと手を繋いでいたイリスはその手の力を強めた。
イリスが横のライトの表情を伺うと、少し強張っているように見えた。
クレインはアカギに疑心の眼を向ける。
シャルは不安そうな顔を、リーナとリンは至って冷静。
「さぁ…行こう、シオン。」
手を差し出したのはヤマト。
この場所がそうさせたのだろうか。
ライトはイリスの手を離し、もう一方の手をヤマトに差し出していた。
「ライト…!駄目…!!」
この時イリスは本能的に感じてしまった。
この先にライトが行けば、壊れてしまうのではないかと。
そんな不安を余所に、ヤマトはライトの手を引いて、セリアの奥へ進んで行く。
他の全員は、その後を追うだけだった。
セリアの最奥。
洞窟への入口があった。
その入り口からは長く長く続く階段。
一行は深く深く地下へと潜って行く。
どのくらい潜ったのか解らない。
気付いた時には、目の前に街が広がっていた。
地下縦横無尽に広がる街、そこにあるあらゆる建物には、研究用らしき巨大なポッドが見えた。
もくもくと湯気が立ち上る場所。
街というには、そこはどうも機械的すぎる。
「ここはセリアの最奥…名前などない研究者の街。」
通り過ぎる人の大半は、白衣を身に纏い、黒い髪と赤い眼をしている。
アカギは淡々と話し、更に街の奥まで進んでいく。
「この街最大の実験施設、イニティウム。
さて…セインの血を引く英雄よ、覚悟は決まったか。」
覚悟を問うその台詞さえも、淡々としている。
冷たすぎる冷気を感じた。
ライトはこの時、言い知れぬ動悸を感じていた。
「ライト…大丈夫…?」
そっとイリスはライトの肩に触れるが、それを振り払う。
ここまでずっと下を向き、何か苦痛に耐えるような顔をしたライトのその行動に息を飲む、イリス、クレイン、シャル。
ゆっくりとライトは顔を上げ、アカギを見据えた。
「…俺は、誰なんですか。」
絞り出された低い声。
「世界で唯一創り出された、俺たちの仲間。
戦闘種族YAMATOの唯一の成功例。
ラグナガンの英雄で戦闘種族…世界最強の戦士だ。」
この世界には魔族すら恐れる種族があるという。
それは少数精鋭で、歴史の表舞台に立つことは殆どない。
魔族が自身の心の闇を力に変えて現れた存在であれば、世界に蔓延る数多の闇を力に変える存在。
「戦闘種族は…純血でしか生まれないから…少数精鋭だと、僕は聞いたことがあります…!
だけど、ラグナガンの英雄が戦闘種族だなんて、聞いたことも…!!」
シャルは持ち得る知識を最大限に動員して、アカギに反論する。
「その通りだ。」とアカギはまるで褒めるつもりなどないかのように少年を見下ろした。
白亜の建物であるイニティウムへの階段を数段昇り、全員を見下ろす。
「ラグナガンの英雄は、他の英雄とは比べ物にならないほど膨大な魔力を持つ人間が選ばれる。
それが、代々セリアに住むカーウェイ一族だ。…なぜカーウェイがそれほどの力を持つのかは知らない。
無論、セインの子であるライトもその例から漏れてはいない。
…だが、ラグナガンの英雄一族は、死の螺旋に囚われている。」
死の螺旋
魔王を討ち滅ぼしては、死ぬ。
また新たな英雄が現れ、魔王を討ち滅ぼして死ぬ。
「だから、創った。」
「俺たちの種族は少数ながらに、年を取ることを知らない。
ある一定の年を迎えると、そこからは何も変わることはない。」
「賭けた。」
「死の螺旋を抜けるために、賭けた。」
アカギの言葉は重しとなってライトに降り注ぐ。
「愉しかっただろう?」
初めて力を解放した後に、レイに言われた言葉を思い出す。
戦闘種族は、戦うために生きる種族。戦いが愉しくないはずがない、ということ。
イニティウムへの扉が開いた。
重い足取りで、一歩ずつそこへと向かう。
知らねばならないという衝動と、
知りたくないという感情が渦巻く。
扉の向こうは広く長い一本の通路。
両脇には大人が一人分入るであろうポッドが並んでいた。
そしてその中には、大小さまざまな人がポッドに満たされた液体の中で眠っていた。
「失敗作だ。」
ここでもアカギは淡々としていた。
大人、子供、魔族、人間…中にはエルフもいた。
エルフの姿を認識したとき、リンは初めて複雑そうな表情を向けた。
「俺たちは数が少ない。絶対数が少ないのだ、増やすことも容易ではない。
だが、絶やすわけにはいかない。俺たちは世界の闇を監視する役割も担っているからな。」
「…戦闘種族が力を使うということは、世界に溢れた闇の力を使う事…それは、世界から闇を減らしていることになる。
だからこそ、選ばれた英雄は″光″を名乗ることが出来る…というわけ?」
「賢いな。…流石はガイルの娘だ。あいつも筋肉バカのように見えて賢しいやつだった。」
数多に並ぶ失敗作と呼ばれたポッド。
生命維持装置は作動しており、ポッドの中で生き永らえているという。
そしてまた、重厚な扉の目の前に一行は立たされていた。
「で…アカギさん、何故ここにライトを連れてくる必要があった?」
クレインの声は重たい。
それも無理はない、親友の顔があれほどに強張り、息苦しそうにしている。
そんな姿を容易に許容できるほど、クレインも今の状況に頭がついて行けていない。
「不完全だからだ。今のこいつは魔力の殆どを失った状態だ。
かつて魔力のほぼ全てを、戦闘種族としての力に置き換えた。だが、魔力が無くては魔王を穿つ聖なる光は発動出来ない。
だから…戻すんだ。魔力をこいつの身体に戻す。」
「戻すって…どうやって…?」
「こいつは己の強大な力を、思いの力によってコントロールする術を学んだ。本来魔力で支えていた部分を自分の力で支えられるようになっている。
ならば、その空いたスペースに元々あった魔力を戻す。その魔力はここにキープされている。」
「大丈夫…なの?ライトは…ライトはッ…道具じゃないんです!!」
イリスは叫んだ。
精一杯叫んだ。
そんな叫びなどさらさら聞こえないかのように、アカギは扉を開く。
そこには、それまでに見た物の数倍はあろうかというポッドが二つ並んでいた。
周りでは数人の研究者が何やらデータを取ったり、作業をしている。まるでこちらを見る様子もない。
そして二つのポッドはチューブで繋がれており、片方は青い光で満たされていた。
ライトはその光を真っ直ぐに見つめた。まるで懐かしいものを見るような目で。
「…シオン、お前の中にはこれだけの魔力があった。」
普通は自分の持つ魔力を視覚化することはない。
英雄たちも、自分たちの持つ魔力が多い自覚はあっても、それが一体どのくらいの量なのかを見たことはない。
だが、これだけは解った。
「…こりゃ、半端じゃない量の魔力…ってぇことは解る。」
「これだけの魔力を器として力を全て置き換えても、俺たちの力を許容しきるには足りなかった。」
リンが呟き、アカギは続けた。
「…だから俺には…ないんだ…。」
この場所、その言葉、その全てが一本に繋がった。
彼女の手は、震えていた。
「…ここの、ここまでの…子供の頃の、記憶…。」
「記憶というのは、俺たちにとって魔力に相当するくらいの重要な器官にあるものだ。
人というのは記憶をたどり、強くなれる。
悔しい記憶、辛い記憶、楽しい記憶、笑った記憶、泣いた記憶、叫んだ記憶…。それらの記憶が感情を作り出し、人を形成していく。
そうやって人は、無意識の中で思いの力をつけていく。
負けたくない、泣きたくない、強くなりたい、守りたい…。
そうして得た思いの力は、記憶とはまた別の新たな中枢を作り出す。
だが人にとってそれは無意識で行っている事だ。
それを意識的に行うことで、俺たちは更に強くなれる。
お前にはやっとそれが出来た。
セインが当然のようにやっていたそれを、やっとお前は身に付けた。
だが悲観することはない、それはお前から記憶を奪った俺たちの責任でもある。
その力を付けさせたそこの姫には、感謝してもし足りんくらいだな。」
イリスは泣きそうだった。
横でクレインがイリスを支えるが、クレインの手も震えていた。
初めてライトに出会った時、眼に輝きはなかった。
ただ無心で剣を振い、力を追い求めていた。
興味を持って近づいて、過去の事を尋ねても何一つ返ってこなかった。
最初は無愛想だとも思った。
可愛くないとさえ思った。
今わかった。
答えなかったんじゃない。
答えられなかったんだ。
「こんな莫大な魔力を、ただでさえ戦闘種族として本来の自分と違う力を持っている中に戻したら…ライトはどうなるのさ?」
「上手く行けば英雄の更なる覚醒。
こいつの弱さが自らの莫大な魔力に負ければ…良くて暴走、最悪死ぬ。」
その言葉を聞いた瞬間クレインはアカギに掴み掛ろうとした。
だがそれよりも数倍早く動いた人間が、アカギに掴み掛っていた。
「…そんな話は聞いていない…!!」
今まで冷静を貫き、どんな時でも感情を一点張りにしていた男が、怒りを露わに父親に掴み掛っていた。
「ほう…お前は昔からこの娘の事になるとダメだな…クソガキ。」
「クソはどっちだ…!このクソ親父!!」
赤子の手を捻るように、アカギは掴み掛るヤマトを振り払った。
「…ふん。英雄を殺すことほど世界を危険にさらすことはない。…死なないように最大限の事は勿論出来る。
…後は貴様の意志だけだ、セインの子。」
「俺は…。」
胸が苦しい。
ライトの右手は胸元を強く掴んでいた。
悲しい?
辛い?
身体の中に抑えてある力が、自然と外へ溢れ出す。ライトの身体は自らの力の赤い気配で取り囲まれる。
周りで他人事のように仕事をしていた研究者たちは、一斉に戦闘種族の眼になりライトを見つめる。
違うな。
俺はいったい誰なんだ。
何のために…ここまで来たんだっけな。
ガクリとライトの身体は膝から落ちていく。
左手を左膝を地面に付き身体を支え、相変わらず胸を抑えている。
「ライト!!…ッ」
イリスはライトに触れようとするが、溢れだした力が電流のように走り、その手は傷を負った。
「イリ…ス。」
どうして傷付けているんだろう。
守りたいだけなのに。
守る為なら、この身を散らす覚悟なんてとっくに出来ていたはず。
彼女と世界を守って…死ぬ。
それが定めのはず。
「くっ…。」
身体の全身に電流が走るような痛みが駆け抜ける。
ライトは両膝を地面に付き、両腕で自分自身を強く抱きしめ苦しんだ。
「ぐあぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
力が爆発的に放出される。
全員はその力の起こした爆風に眼を覆った。
髪の色が黒から赤へと変わろうとする。
「赤い…髪…。そうか、そこはお前は…人なのだな…!」
アカギは興味深そうにその光景を見ていた。赤い髪、やはり魔力が元に戻せる可能性を感じていたという。
だが溢れ出す力に、誰も近づくことが出来ない。
「シオン!!!」
突き返されそうな力の爆風に立ち向かったのはヤマト。
一歩ずつ彼女へ近づいていく。
「ヤマト…!守れ…守ってくれ…あいつを…ライトを!!」
クレインは叫んだ。
今この瞬間守れないと思った。俺には出来ないと思った。
悔しい、死ぬほど悔しい。
だけど俺は何も知らなかった。あいつの事、ずっと知ってるつもりで何も…。
そうして今、目の前で苦しむあいつの事を、救ってやる方法すら思いつかない。
「…先刻承知だ!!」
クレインの言葉を受けて、ヤマトははっきりと目を見返していった。
お前には感謝している。
シオンの親友で居てくれたこと、今まで陰で守り続けてくれたこと。
脆くて、弱くて、泣き虫だったシオンをここまで強くしてくれたのは、お前の力も大きいだろう。
「俺は…俺は…ッ。」
頭の中で思考と恐怖がぐるぐる回る。
これが世界の持つ闇というのだろうか。この感覚は覚えがある。
初めて力を解放した瞬間、闇に飲まれたあの瞬間、あの時と同じだ。
これが、戦闘種族としての力なのだろうか。
「シオン…。やっと、辿り着いた。」
「レ、イ…。どうして…くッ。」
ヤマトはライトを抱きしめた。
正面からしっかりと。
「…怖、いッ。私には…誰もッ…守、れない…!」
「大丈夫だ。…俺がついてる。お前に守れない物は、俺が守る。だから俺は、お前を守る。」
「レイ…。」
「お前の望みを教えてくれ。俺が…叶える。」
優しい声だ
懐かしい
記憶じゃなくて、心が訴えかけてくる。
「…助けて、レイ…。」
か細く絞り出されたその言葉。
ヤマトの耳元でのみ発せられたその言葉。
「安心しろ、お前は…一人じゃない。」
心が解けていく
ずっと前から、こうしたかったのかもしれない。




