Father
「仲直り出来たんだね~」
騎士の事が大好きな女の子。騎士が女性だったとしても、姫様との仲直りには安堵した様子だ。
「シェーリンでのお話はもう終わりなの?」
冒険譚に興味津々の男の子。この先どうやって魔王を倒すのか、先が気になってしょうがない様子だ。
「いいや、もう少しあるよ。」
羨望の眼差しを向けられる老人。
これから語るお話は、運命がまたあのお方の邪魔をする。
Father
一夜が明けて、早くも村は復興への道を歩んでいた。
英雄たちが積極的に動いたお陰か、怪我人にたいして死者が居なかった事実ゆえか、悲観している村人はいなかった。
「リーナ。」
「じっさま。」
「あの者を守るのじゃ。また…助けられてしもうた。」
長い白髭を蓄え、木の杖を着く村長は孫娘であるリーナにはっきりとそう言った。
「…僕は、村も守りたい。」
「今回の一件で、世界に散った若い衆は村への帰還を進めておる。お主一人が背負うことではない。むしろ、あの…カーウェイの名を持つ者を守り、力を貸すことはお主にしか出来ぬ。」
リーナはしばらく俯いて、小さくうなずいた。
ライトには大きな貸しがある。だがそれ以上に、恨みもある。
「ガイルは、役目を果たした。」
「父さん…僕はあまり、解らない。」
空を見上げた。
ずいぶん青く、透き通った空だった。
「おはよう、ライト。」
この日、一番最後まで寝ていたのはライトだった。厳しい鍛練と、解放した力で疲労は限界だったのだろう。
起きがけ一番に目に入ったのは、イリスの笑顔。
被害を受けなかった宿屋の一室。
「おはよう、イリス。」
起き上がってジャケットに袖を通す。
「皆は?」
「それぞれ。自由に過ごしてるよ。
それでね、リーナが呼んでたの。場所はー。」
ライトはイリスに聴いた場所へ向かっていた。
その道中、女性が集まっている場所を見つける。
その中心に居たのは、リンだ。
「ライト!」
未だあまり交流のなかったリンとライトだったが、なぜか不思議と懐に入ってくる親しみやすさがリンにはある。
周りに居た女性たちもライトに目線を向け、その美麗さに頬を赤らめ、歓声を上げた。
「…あんまりレディたちの視線を集めるのはよろしくないねぇ~。」
「リン…エルフの里に居たときはそういうイメージなかったんだがな…。」
「こっちがホンモノだよ。…ま、行き先決まるまでは羽伸ばさせて貰うわ。」
ふぅ、とライトは一息ついて、歩みを進めた。
ライトが足を運んだのは、村の奥にある墓場だった。
一つの墓石の前で、銀髪の少女が待っていた。
「ライト。…ごめん。」
「謝られる様なことは何もされたつもりはないさ。」
墓石の横にたつ大木の影から、一人の老人が現れる。
「此度は、村を救ってもらって…感謝してもしきれぬ。礼を言う。」
「あなたは…?」
「じっさま。この村の村長で、僕のじっさまだ。」
年長者に頭を下げられては、ライトも深々とお辞儀をする。
「…そなたらに、また助けられてしもうた。10数年ほど前も、村の外で仲間が襲われておった所を、セイン・カーウェイ一行に助けられたのじゃ。」
「父さん達が…?」
「そしてガイルはセイン達と共に世界を巡り、散った。…そなたを守ってな。」
ライトは目を見開いて老人を見た。
「ガイルは儂の息子で、リーナの父親じゃ。」
「このお墓は…。」
小さく頷くことが老人の返事であった。
リーナは俯いたまま、顔をあげない。
「詳しくは解らんが、セリアが襲撃されたときに、そなたを救ってガイルが散ったと聞いておる。」
「俺は…その時…」
「12年ほど前のことじゃ、まだ、幼かっただろう。記憶には…」
「俺は…戦争が終わってからの記憶しかない…」
戦乱が激化したと言われている12年前。
8歳の時、一体自分に何があったのか。
そしてなぜ自分は、10歳からの記憶しかないのか。
セリアに行かなければならない。
ライトは強くそう感じていたそうだ。
「ライト。僕はライト達に着いていく。村を守ってくれた恩を、一族を代表して返したい。」
リーナはライトを見てしっかり言った。
父親を失った戦いを知りながら、それでもまた同じ道を辿るつもりなのだろうか。
「僕は…父さんのように死なない。文句ないだろう?」
「だが、リーナにそこまでする義理は無いだろう?俺のせいで父親を亡くしてるんだ、貸し借り無しさ。」
ライトは目を伏せてそう答えた。
「父さんのことは、よく知らないんだ。…それに、ライトの父さんは世界を守って亡くなったんだ。
ライトに同じ道を辿らせたくないんだよ、もう…イリスに悲しい思いをしてほしくない。
あと、向こう側に付くこともない。…信用してほしい。」
リーナは命を懸けた戦いへの同行に、頭を下げた。
そんなリーナの決意に、長老はライトへ決断を促す目線を送る。
「イリスを守ってくれる人が増えるのは、俺も嬉しいさ。」
「…ありがとう。だけどライト。」
彼女はそんなに、弱くない。
そんなリーナの言葉に、ライトは曖昧に頷くしかなかった。
同じとき、シャルは魔導書を熱心に読んでいた。
自分が大魔法で降らせた雨、だが自分の力ではどうにも出来ない事だった。
「シャル、大丈夫?」
「イリスさん…ありがとうございます。」
そんなシャルを心配して、イリスは飲み物をテーブルに置き、反対側に彼女も座った。
ライトと和解して、以前の笑顔が戻ったイリスを見るのは、シャルにとっても嬉しかった。
「熱心に読んでるみたいだけど…どうしたの?」
「…僕は、一人じゃまだまだ何も出来ないから。」
大魔法の発動には、リンの魔力を借りた。
これからいつも、そんなことが出来る状況ばかりではなくなると思う。
「シャルは小さいのに、色々考えてるんだね、偉いな。」
「強くなりたいから、強くならなきゃ…ライトさんに認めて貰えないから。」
「シャルは十分強いと思うよ。大人でも逃げ出したくなるような状況に、立ち向かってるんだから。」
「…もっともっと、強くなりたいです。」
僕も誰かを、守れるくらい――
その時クレインとヤマトは二人で村の周りの魔物を狩っていた。
幾ら事態は収拾したとはいえ、魔物の存在は復興を妨げる。
滞在中くらいは力を貸してもいいだろう、という配慮から二人は外にいた。
「…セリアには、何があるんだ?」
「気になるか。」
クレインは戦いの合間にヤマトに尋ねた。
「あんたは、ライトの思いの力の為に、全員にセリアへの同行を求めた。
…ってことは、ライトの思いが揺らぐような事実が、そこにあるってことだろ。」
「あながち、間違いではない。」
漆黒の黒髪。
揺らぐことのない鋭利な赤い瞳は、ライトの話をするときだけは儚げに映っている。
「あんたはホントに…誰なんだ!!」
激情に任せて敵に背を向けたクレインを庇うように背後の敵を討って、ヤマトは静かに振り返る。
一瞬の不覚にクレインは息をのんでその光景を見るが、眼は怒りがこもっている。
冷静で居られなかったのだ、とクレインは語っていた。
「俺は、シオンを守るために生きている。」
先ほどの借りを返すかのように、クレインはヤマトの背後の敵を撃ち抜いた。




